3. 消えない悪夢


 地下鉄サリン事件の2日後、3月22日に、警視庁は強制捜査を開始。

 名目上は、目黒公証人役場事務長の拉致監禁である。

 施設からは、サリンの残留物も検出された。


 その後、教団幹部が次々に逮捕され、地下鉄サリン事件の関与だけでなく、その裏で判明していなかった、様々な事件が明らかにされたのだ。

 教団被害者を支援していた坂本堤弁護士一家も、彼らに殺されていたことが判明。

 加えて、教団が計画していた数多の大量殺戮計画が暴かれていった。


 1995年5月16日、上九一色村の教団施設を家宅捜索した警察により、潜伏中の麻原彰晃を逮捕。

 ここにオウムの野望は潰えたのであった。

 その後約7年に渡って行われた裁判で、教団幹部13名に死刑判決が下ることとなる。

 麻原も13件の事件の関与、26名の殺人と1件の監禁致死の首謀者として起訴され、2004年2月27日に東京地裁で死刑判決が言い渡された。

 

 ところが、一連の事件に関与した信者3名が、警察の手が及ぶ直前に逃亡。

 特別指名手配犯となり、顔写真付きの手配書が全国各地にばら撒かれたが、その行方は一向に分からなかった。


 地下鉄サリンを含む、一連のオウム真理教事件が再び動き出したのは16年後の2011年(平成23年)12月31日。 もう間もなく年を跨ごうかという大みそかの夜だった。

 午後11時35分、警視庁本部に突如、1人の男が出頭した。

 長らく特別指名手配されていた、元オウム真理教男性幹部だった。

 あまりにも突拍子もない事態に、たらい回しにされた挙句、向かった所轄署で自ら身分証明書を提示し、ようやく逮捕されたのだという。

 

 翌2012年(平成24年)6月3日には、同じく特別指名手配されていた女性信者も逮捕され、彼女の供述からつい数年前まで、最後の特別手配犯となった元信者 高橋克也と行動を共にしていたことが判明。

 捜査はここにきて、一気に動き出した。

 警察は、潜伏中に使用された履歴書の顔写真や、防犯カメラ映像を、当事件が特別報奨金制度の対象であることを添えて公開。 市民に再度、情報提供を呼び掛けた。


 そして同年6月15日午前9時40分。

 東京都大田区蒲田のマンガ喫茶で、最後のオウム逃亡犯 高橋克也が逮捕された。

 逮捕につながったのは、がに股で歩く彼のクセ。

 情報提供をしてくれた人物は馬の厩務員きゅうむいんで、仕事柄馬や人の歩き方を観察していたその人は、テレビで公開された彼の歩くクセと、目撃した人物の歩き方が全く一緒であったため、通報したのだという。


 2018年(平成30年)7月6日、麻原彰晃を含む7名の、20日後の7月26日には6名の死刑が執行され、これで確定死刑囚となっていた全ての人物への刑が執行され、オウム真理教事件はここに一つの区切りを迎えたのである。

 それは、平成という時代が終わる約10ヶ月前の出来事だった。


 しかし、地下鉄サリンをはじめとする事件の影響は、まだ日本に暗い影を落とし続けている。

 オウム真理教は信者の脱退や破産、宗教法人法の解散命令を経て、1999年に休眠宣言を出した。

 しかし、オウムは完全に消滅したわけではない。

 「アレフ」、「ひかりの輪」、「山田らの集団」など、元信者によって作られた後継団体が、名前を変え今も活動を続けている。


 地下鉄サリン事件では、救護や医療現場での問題点も浮かび上がった。

 実は負傷者の中には、消防士や医療関係者も多く含まれていたのである。

 原因がサリンと判明したのは、事件発生から3時間後。

 その後の情報共有に時間がかかり、二次被害を生み出したからだ。

 事件後、トリアージや除染などの救命活動の見直しや、対化学兵器医療の研究が開始されることとなる。


 ―― 現在も日本中を走り続け、私たちの暮らしを支える鉄道。

 電車内で必ず流れる「不審物を見かけた場合、触らず車掌か駅係員にお知らせください」というアナウンスは、地下鉄サリン事件をきっかけに流れるようになったと言われている。

 また、駅などの公共の場所にあるごみ箱も、テロの標的になるという理由で撤去が進んだり、中身の見える透明なものへと姿を変えた。


 来年2025年で、事件から30年の節目を迎える。

 2024年現在の死者は14名、負傷者は約6500名となっている。

 地下鉄サリン事件は教科書の中の出来事となり、オウム真理教を知らない若い世代も増えてきた。

 後継団体がSNSや大学サークルなどを使って、10~20代の若者を積極的に勧誘しており、警察はX(旧 Twitter)などで情報を発信すると共に、注意するよう呼び掛けている。


 そして絶対に忘れてはならなことが、ひとつ。

 いまだに、サリンの後遺症で苦しんでいる被害者が数多くいるという現実である。

 あの時、地下鉄に乗っていただけ。 ただそれだけの人々が……。

 

 地下鉄サリン事件。 平成日本が背負った傷が癒える日は、来るのだろうか――。


 ■

 参考資料

 ・「昭和・平成 日本テロ事件史」 別冊宝島編集部 編 2005年

 ・「現代殺人事件史」 福田 洋著 石川 保昌編著  2011年増補新版

 ・「オウム真理教大辞典」 東京キララ社編集部 編 2003年

 ・「日本凶悪犯罪大全217」 犯罪事件研究倶楽部著  2019年

 ・警察庁ホームページ

 ・公安調査庁ホームページ

 ・「プロジェクトX 地下鉄サリン 救急医療チーム最後の決断」 NHK 2005年2月8日放送

 ・「アナザーストーリーズ 運命の分岐点 地下鉄サリン事件 27年目の“真実”」 NHK 2021年12月21日放送

 ・「ザ!世界仰天ニュース 17年逃亡!大金稼いだオウム指名手配犯の謎」 日本テレビ 2024年4月16日放送

 ・「【地下鉄サリン事件】警察無線73分30秒の交信記録(1995年3月20日)」 YouTube ニコニコニュースチャンネル 2023年3月20日


 その他複数のインターネットサイト、動画サイトで公開されているニュースチャンネル動画を参考にさせていただきました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

平成ダークヒストリア ~時代を変えた平成事故・事件史~ 卯月響介 @JUNA

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ