隣で星を数えたい

棚霧書生

隣で星を数えたい

 大して親しくもない泥酔した知人なんてお荷物以外の何でもない。別に路上に置いていったっていいのだが、きっとあいつならそんなことはしないのだろうと思うと前後不覚になっている人間を放り出す気にはならなかった。タクシーをつかまえて、泥酔くんから聞き出していた住所を運転手に伝え、送り出す。ここまでやっておけば、あいつの道徳ラインに照らし合わせても合格点だろう。

「はぁ……つっかれたぁ……」

 夜の公園のベンチに座って、さっき自販機で買ったホットココアを飲む。このどろどろに甘いのがたまらない。真冬の夜の冷えた空に白くなった息がのぼっていく。空にはたくさんの星が見えた。ロマンチストでもないけど、あらまぁ綺麗ねと感じた自分にちょっと驚き、続けて、笑ってしまった。コートのポケットからスマホを取り出し、発信履歴の一番上に表示されている番号をタップする。お待ちかねの相手は三コール目に電話に出た。

「はい、もしもし、春馬どうしたのこんな時間に……」

「オレオレ、オレだよぉ、風詩母さん」

 ちょっと戯れつきたい気分だった。外は暗くて寒くて、寂しかったからかもしれない。

「……酔っぱらいの悪ふざけなら切るよ?」

 風詩はちょっと間を置いてから、わかりやすく不機嫌な声をつくってきた。

「ああッ、ウソウソ、まだ切らないで!」

 ごめんね、が俺の口から軽く出てきて、星を見たときと同様にまたちょっと感動する。

「風詩と星を眺めたいなと思ってさ。今日は月も大きく見えて格別だよ」

「春馬……そうとう酔ってるの?」

 可哀想で珍妙なものを労るような声音に、頬がちょっぴり熱くなる。ガラにもないことを言ってるのは自分自身でもよくわかっていた。

「そうだよ! いいから空を見てよ!」

「はいはい……っと……あらら……」

 電話越しに風詩がため息をついたのがわかった。風詩が眉を寄せている表情が頭に浮かぶ。

「どうしたんだよ?」

「こっち、曇ってるから星も月すらも見えないね」

「……マジか」

「ショック受けすぎじゃない? 空は繋がってるって言っても天気は場所によって変わるんだからさ、こういうこともあるよ」

 風詩は当たり前のことを言ってるだけなのに、俺はなんだかすごく傷ついていた。風詩が俺のすぐ隣にいれば一緒に星を見られたはずなのだ。

「お前さ、今どこにいるの」

 風詩が居場所を聞かれるのを嫌がるだろうことをわかっていて俺は踏み込んだ。風詩の返事はなかなか返ってこない。このまま、通話を切られるかもしれないと思い始めた頃、風詩の蚊の鳴くような小さな声がした。

「秘密だよ……。言えるわけないだろ、私は逃亡犯なんだから……」

 風詩は苦々しく吐き捨てるようにそう言った。きっと思い出したくもない記憶なのだろう。俺には詳しいことはわからない、だって風詩からは何も話してもらえていないのだから。

「なあ、俺はお前が人を殺ったなんて信じられない。犯人は別にいる、そうだろ?」

「……さあね、春馬がそう思いたいのならそう思えば? もう切るよ。おやすみ」

「あっ、待てよっ…………はぁ……切られた」

 通話も切れ、真っ暗になったスマホの画面には無数の星が映っていた。星を手にしたみたいに思える。あー、またロマンチストみたいなことを考えてしまった。

「風詩ならどう感じるだろうって考えるの癖になっちまったのにな……」

 風詩が事件に巻き込まれて、姿を隠してから三年が経つ。風詩がまた俺の隣で無邪気に笑ってくれる日が来るのなら空の星だって取ってきてやるのに。あいつは俺を頼らない。なんにも話してくれないし、会ってもくれない。

「ああ……、星が綺麗だ……」

 涙を流すのが悔しくて、俺は上を向く。ひとりっきりで寒空の下、涙が乾くまでひたすらに星を数えていた。


終わり

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隣で星を数えたい 棚霧書生 @katagiri_8

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