第3話 破滅の魔女と滅びゆく世界

 黒髪の少女が目を覚ますと目の前には見知らぬ天井があった。


 彼女は運命の番なんて迷信だとすっと思っていたが、ある日、自分の番が生まれたと本能で察して居ても立っても居られず、自分を監禁していた家族の目の盗んで逃げ出したのだ。


 本能の向くままに森までやって来たのはいいが途中で力尽き倒れたところまでは覚えているがそのまま気を失ったらしく、ここがどこかは皆目見当が付かない。少なくともベッドに寝かされているので奴らに見つかって家に連れ戻されたのではないのは確かだった。


「あら。目が覚めたのね。よかった。森でボロボロな姿で倒れてたのを見つけた時はびっくりしたのよ」


 銀色の髪に虹色の瞳をした女性が優しげな笑みを浮かべて少女の顔を覗き込んだ。


 よく見ると彼女の手元を見るとまだ人型も取れぬ生まれたばかりの赤子の神の姿があった。


 間違いない。ひと目見てこの子が自分の番だと少女は本能的に悟った。またその赤子もそうだと答えるかのように淡い虹色の魔力の光を放つ。


「あ。起きたみたい。あなた、この子が気になるの? この子ね。最近生まれたばかりなの。あの人がね。名前悩んじゃっててまだ決まってないんだけど、私たちの大切な大切な宝物よ」


 そう言って彼女は手元の玉の姿をした我が子に目を落とし、愛おしそうに撫でた。


 その言葉を聞いて少女の胸がチクリと痛み、思わずその金色の瞳を伏せる。


 彼女は自分の家族からそんな感情を一度も向けられたことがなかったからだ。一族の将来の長として一族のために力を付けたのに彼らにはそれを疎まれた挙げ句、彼らの欲求を満たすための道具にされた。


「大丈夫? どこか痛いところあるの?」


 少女が目を伏せたのを痛みのせいかと心配し、女性が少女の顔を覗き込んだ。


 少女はその問に首を横に振って答える。体の痛みはないのは嘘ではない。


 そんな時、家のドアがノックされる音がした。


「大変申し訳ありません。ゼウス様はいらっしゃいますでしょうか」


 その声を聞いて少女が震えた。それは間違いなく彼女の父親のものだったからだ。そして自分の首嵌められた赤い宝石の埋め込まれた金属製の首輪に触れる。


 迂闊だった。この隷属付与がされた婚姻の首輪がある限り、奴らに居場所はバレバレだし、すぐ見つかるに決まっているのに。


 その姿を見た女性がイベントリから一本の短剣を取り出して少女へと手渡してきた。


「これは神殺しの短剣よ。これを持ってお逃げない」


 少女はそれを受け取り、呆けた顔で彼女の顔を見返す。


「大丈夫。私、これでも最高神ゼウスの妻よ。すっごく強いんだから」


 そう言うと彼女は少女へとウィンクをした。


「早く行きなさい!」

「あ、ありがとう」


 ベッドから抜け出した少女はちらりと自分の番に目をやった。


 その子を置いていくのに抵抗はあったが奴らに居場所がバレバレなのに一緒に連れて行くわけにも行かず、後ろ髪を惹かれつつも部屋の窓から外へと飛び出した。


「我が主、あの短剣を彼女に渡してしまって良かったのですか? 武器はあれしかないのでしょうか?」


 姿を消していた彼女の眷属である一匹の狼フェンリルが姿を現した。


 女性は我が子に口付けをすると自分の魔力をその子に分け与えた。


「フェンリル、この子を連れて逃げてくれるかしら?」


 彼女は我が子をおくるみに包み、フェンリルの背中へと括り付けた。


「私の大切な大切な宝物。お願い。あの人が絶望して世界と主に消えようとしたら止めてちょうだい。あの人、あれでもこの世界の最高神だから。いい、格上相手には隙きを付いて後ろから思いっきりやるのよ。……あと最後に私の宝物。どうか死なないで。愛してる」


 優しげな虹色の瞳した彼女は最後には悲痛な表情を浮かべ、フェンリルごと我が子を抱きしめた。


「フェンリル、行ってちょうだい。あとは頼みました」


 彼女は覚悟を決めた顔でそう言って我が子から離れると部屋の扉を開けて出ていった。


 * * *


 それから数年が経ち、時を同じくして奇しくもゼウス達が老害共を襲撃していた頃、あの黒髪の少女は自分の父親と対峙していた。


 彼女の足元には身体が崩れ始めた無数の神々の死体が転がっており、その右手にはあの銀髪の女性からもらった神殺しの短剣が握られていた。


 女性が逃がしてくれた後、少女は何度か父親から放たれた刺客をその短剣で撃退して何とかいままで逃げ延びていた。


 だがある日、あの時の女性が死んだことを知り、もしかしたら自分の番がこの男に捕まっているかもしれないと居ても立っても居られず、こうしてわざわざ逃げていた父親の元へと乗り込んできたのだ。


「ごきげんよう、クソ親父。そしてさようなら」


 少女は狂気に染まった金色の瞳で腰を抜かしている自分の父親を見下ろしながらそう言うと、右手に持っていた短剣を彼へと振り下ろした。


 * * *


 少女はあれからずっと自分の運命の番であるあの子を探していた。


 父親を殺した後、屋敷中を探してみたが見当たらなかった。


 魔力は何となく覚えているが当時は人型も取れない赤子だった為、その子の今の姿どころか性別すらわからない。何の手が掛かりもなく、闇雲に探している状態だ。


 運命の番が目の前にいればそうだとわかるが、近くにいないとはっきりとした居場所がわからないのだ。あの時出会えたのは奇跡だった。


 あの女性は自分を「ゼウスの妻」だと言っていたので番の父親であるゼウスの元を訪ねようと考えたこともあったが、そのあと彼が名と力を奪われたと噂で聞いて行っても無駄だと思い止めた。

 誰に奪われたのか知らないがその程度の力ではあの子は守れないと思ったからだ。


「ん? あれ、何だ? ゴーレムか?」


 たまたま見付けた空飛部島に降り立つと向こうの方にアイアンゴーレムの姿が目に入った。その頭上には人の姿も見えた。


 * * *


 金髪の青年が鼻歌交じりに花に水をやっていた。その隣にはアイアンゴーレムが佇んでいた。


「ミネルヴァ、その花はもう枯れている……」


 黒髪、碧眼の大柄の青年が悲痛な面持ちで話しかけるがミネルヴァと呼ばれた金髪の青年には聞こえていないようでそのまま茶色く変色したかつて花であったであろうものへと水をやり続けていた。


「シヴァ、無駄だって聞こえてないよ。この世界が消滅寸前なのは創った本人が一番わかってるんだ。でも現状を受け入れられないんだよ」


 金髪の青年と同じ緑色の瞳をした黒髪の青年が困り顔でアイアンゴーレムの頭上からシヴァを見下ろしながら言った。


 この島はかつては島ではなく自然豊かな異世界だったのだ。だが今はその姿は見る影もなく、直径100メートルほどの浮島と化している。


ラクリマさー。もういっそのこと、思い切ってこの世界消し飛ばしちゃおうよ」


 話しかけてきたのはショートの黒髪にシヴァと同じ碧眼の女性だ。


色欲ラスト、それもいいかもしれねえな。跡形もなく無くなっちまった方が潔く諦めもつくかもな」


 ラクリマと呼ばれた黒髪、翠眼の青年がミネルヴァの方を見ながらラストへと力なく答える。


「ねぇねぇ、そのアイアンゴーレムって強いの? 神は殺せる? 多量生産できるの?」


 しんみりとした空気をぶち壊すようにいつの間にかその場にいた黒髪の少女が金色の瞳をキラキラと輝かせてラクリマの方を見上げながら話しかけて来た。


「ニケはそういうのじゃないから! 殺戮兵器扱いするんなよ! てか、テメェ誰だ!」


 ラクリマが突然現れた少女に警戒して構える。


「僕? 僕はオーディンだよ。へぇ、その子、ニケ君って言うんだ? あ。男の子で合ってる? そっかー、神は殺せないのか。残念」

「オーディンって、あの一族殺しの魔女か!?」


 構えているラクリマを気にすることなく、オーディンは無邪気に笑顔を向けてくる。

 ラクリマは全く相手にされていないことに苛立ちを覚え、内心で舌打ちをした。


「んー。あの最高神ゼウスから名前と力を奪った神はどうやったら殺せるだろう? きっと今の僕よりは強いんだろうなー。このゴーレム応用して戦闘特化に改造すればいけるかな? やっぱり最悪あれを使うしかないのかな?」

「ねぇ。そこの露出狂、さっきから何ブツブツ言ってるの?」


 ラストがオーディンの前に立つと彼女の胸の星の部分を突いた。


 露出狂と呼ばれたオーディンの服装は胸も下も辛うじて隠れる程度の面積の布しかなく、その上、胸の星部分以外は透けて丸見えだった。


「これ、僕の趣味じゃないから! 無理やり着せられたやつだから! 着替えられないから仕方なく、そのまま着てるだけ。てかそう言う君こそ、人のこと言える格好じゃないでしょ。あと変なところ、突くの止めて」


 逆にオーディンから服装を咎められたラストの格好は胸元が大きく開いており、豊満んな胸の谷間が覗いている。下のスカートも大きく大胆にスリットが入っており、太ももが顕となっていた。


「あら。私は色欲ラストだからいいのよ」


 そう言ってラストはオーディンの胸に自分のものを押し当てた。


「ラスト、子供をあまりいじめるんじゃない」


 そう言ってシヴァがラストの首根っこを掴み、オーディンから引き剥がした。


 一方、子供と言われたオーディンは一瞬ムスッとした顔をしたがすぐに相手を誘うような妖艶な笑みへと変える。そして彼へと向き合うと彼の肩へとの腕を回し、自分の胸を押し付けた。


「子供なんて失礼だな。言っておくけど、こんな成りだけど成人してるんだよ」


 オーディンはシヴァを煽るように言った。


「そうか。ならば相手をしてやろう」


 一見堅物そうに見えた青年は髪をかきあげると獲物を見つけた獣のようなギラギラとした眼でオーディンを捉え、舌なめずりをした。


「あーあ。あの色欲王、煽るとか。オレ、しーらねっと」


 ラクリマはそう言うとニケにミネルヴァを拾わせ、巻き込まれては困るとばかりに彼らから距離を取る。


「やっちゃったはね。色欲を捨てたとは言え、認識してないだけで性欲は残ってるから。あと絶倫なのは変わらないから。がんばってねー♡」


 武神シヴァ、彼はかつて性に奔放すぎたことが原因で自分の世界を滅ぼしている。そのことを反省をして色欲を捨てたのだ。そしてその色欲から生まれたのがラストである。


「やるならオレの目に付かないところでやってね」


 ずっと反応のなかったミネルヴァがうんざりした顔をしながら言った。


「わかった」

「え? え?」


 シヴァは一言そうとだけ告げると、困惑しているオーディンを肩に担ぎ、どこかへと歩き出した。


 * * *


 途中から参戦したラストがスキップしながら戻ってきた。

 その後ろをぐったりとしたオーディンを抱えたシヴァが歩いてくる。


「そいつ、大丈夫か? 体力オバケ二人の相手とか……」


 さすがのラクリマもオーディンのその姿を見て若干引いていた。


「大丈夫よ。あの子、精神的に疲れてるだけでMPは満タンだから♡」


 お肌ツヤツヤのラストが満足そうに答えた。


「少しお仕置きをする程度で留めるつもりだったのだが思わぬ事態が発生して結果無理をさせてしまった。しかし、は随分と厄介なものを付けられているな」


 シヴァがオーディンの首に嵌められた首輪を忌々しそうに目をやった。

 ラクリマはその話を聞いて、本当に少しで終わらせる気あったのかと疑いの目をシヴァへと向けた。


「ちょっとシヴァ、あなた何やってるの! その子、まだ子供じゃない! いくら色欲王でも今まで子供には手を出したことなんてなかったでしょ! そんなに溜まってるなら妻である私を呼べばいいのに!!」


 声をする方を見るとエスニック美女、もといヌンが両脇に手を当てて怖い顔をして立っていた。


 実は彼女とシヴァは夫婦である。と言っても彼女の母親から匿ってもらうために結んだ契約結婚なのだが。


「ヌン、落ち着け。こいつはこんな成りだが呪で姿を変えられているだけでだ」


 シヴァがヌンの方をちらりと見やりつつ、オーディンをその場に横たわらせて、彼の首輪を指差す。


「成人男性? 呪? 何…この首輪? やばいってもんじゃないじゃない。婚姻用のものだけど無理やり性別・年齢を変える効果に『能力制限』。さらに『隷属付与』に『催婬効果』まで」


 ヌンがオーディンの横にしゃがみ込み、首輪に触れる。


「この状態じゃ、『離縁の呪』じゃ切れないわね。恨み・憎しみでしっかり繋がっしまってるは。こんなに深く繋がってると無理に縁切りしたら魂が砕けるはね。ここまで計算してやってるのか。これ考えたやつ、相当性格悪いわね」


 ヌンは彼女の首に嵌められた首輪を睨みつけた。

 たがその理由は折角編み出した『縁切りの呪』を使えないことに対しての悔しさからだった。


「ところでヌン、『離縁の呪』とうとう完成したのか?」

「ええ、そうよ。さっき、弟の婚姻の繋がりを切ってきたところ。だからシヴァ、あなたも希望するなら離縁してあげようと思って」

「俺は別にこのままで構わない」

「え? あ。うん。あなたがそのままでいいと言うなら構わないけど。不都合が出たらいつでも離縁するから言ってね」


 即答するシヴァにヌンが戸惑いながら返事をする。


「そんな申し出をする気は一生ないのだが……」


 シヴァがヌンに聞こえないような小さな声で呟いた。

 ヌンは彼女たちの結婚を契約的なものだと思っているがシヴァの方はまんざらでもなかった。ここだけの話、契約結婚だと思っているヌンもまんざらではない。知らぬは本人同士だけなのである。


「リア充爆発すればいいのに」


 二人の様子を見ていたミネルヴァが死んだ魚のような目をしながら呟いた。



 しばらくすると倒れていたオーディンが起き上がり、地面へとあぐらをかいて座った。


「もう起きたの。回復早いのね」


 ヌンがオーディンに関心して声をかけた。


「くそ。外せないならせめてこの服だけでもなんとかならないかな」

「無理ね。その服もその首輪の一部でしょ。本当創ったやつ趣味悪いわね。ところでどうやってその首輪嵌められたの? あなた、相当呪耐性高いわよね? 本来ならそんなの着けてたら自由に動けないのよ」 

「ああ。成人祝の席で酒に一服盛られて身動き取れなくされたところを一族の男集に散々嬲られ、犯された後に、トドメに母親のように慕っていた人から実は本当の母親を殺した犯人は自分だったと告げられてそれがショックで心が一瞬折れた隙きに着けられた」


 ヌンに聞かれオーディンが淡々と話す当時のことを聞いて周りドン引きする。


「おおう。そんな状態でよく逃げ出せたな…」


 口の端を引きつらせながらラクリマ何とか言葉を紡いだ。


「しばらくは全く身体が言う事聞かなかったけどね。でもある日、自分の運命の番が生まれたのを感じたら、そもそも実の母親は生まれてすぐ死んだって言われて一度も会ったことないから思い入れもないし、赤の他人にどうされたからって気にすることないなって気がついたんだよね。そしたら身体動かせるようになってた。で確実に逃げ出せるタイミング見計らって抜け出したんだよね」


「ヌン、運命の番って都市伝説じゃないの? 神様なのに運命ってそもそも何?」

「ラスト、契約結婚した私にそんなこと聞かれても困るわよ」


 話の途中、ラストがヌンはとこそこそと話しかける。


「待て待て。タイミング見計らったって…つまりお前身体動くようになってから自由が効かないフリしてやられてたってってことか?」


 あっけらかんとしてるオーディンに、ラクリマは額に手を当て制止するように右手を前に突き出した。


「うん。そうだけど? だって運命の番に会うためならその程度のこと、些細なことでしょ?」


 オーディンはそんなの大したことではないですよねと言わんばかりに答える。


「あ。この子、超ポジティブ思考な上に鋼どころか超合金メンタルだは」


 そのやり取りを見ていたヌンが思わず呟いた。



「頼もう! 我が名はゼウス! 全知全能の神なり! そこの黒髪少女! お前、私の運命の番であろう! と言うわけで尋常に勝負!」


 そんな時だった。彼らの頭上に銀髪に虹色の瞳をした青年が姿を現した。その後ろにはフレイアとクロノスもいる。


「ちょっとゼウス、何で見つけた運命の番とやらに喧嘩売ってんのよ!?」

「何を話していいかわからん時は拳で語り合うものだ!」

「ちょっと意味わかんないんだけど?!」


 さすがのフレイアもゼウスにツッコミを入れる。


「ああ。銀髪に虹色の瞳。あれは間違いなく、あの魔法系脳筋女神の子ね」

「ああ。間違いないだろうな」


 ヌンがどこか遠い目をしながら言うと、それにシヴァが答えた。


「わかった! 僕の名はオーディン。我が運命の番に全力で答えよう!【世界の終焉ラグナロク】!!」


 ずっと探して自分の運命の番を前に満面の笑みを浮かべ、自分の持ちうる最強の呪文を唱える。

 するとオーディンの周りを金色の魔力が渦を巻き、それをゼウスへと放った。


「「オーディンこっちも大概だった!?」」


 オーディンのその様子見て、今度はラクリマとラストがツッコミを入れる。


「そう来なくてはな!【神の絶対領域アイギス】!!」


 オーディンが答えたくれたことに喜び狂気にもに似た笑顔を浮かべ、ゼウスが最強の盾を展開する。


 その盾が展開寸前にちゃっかりミネルヴァを抱えたニケがその中へと転移していた。もちらんその頭上にはラクリマもいる。またその足にはラストもしがみついており、その彼女はヌンを抱きしめたシヴァの首根っこも掴んでいた。


「なるほどなるほど。あれは物理・魔法複合型なのか。でこっちの結界は魔力をエネルギーとし吸収して物理は反射と。まさに最強の盾と剣。力は均衡してる」


 ミネルヴァがゼウスとオーディンの魔法は観察しながら何かブツブツ言っている。


「よし。フレイヤ。魔法ぶっ放せ!」

「アイアイ、ゼウスー! フレイアちゃん、いっきまーす♡ ケラウノス砲、発射!!!」


 フレイアの魔法が放たれたことにより先程までの均衡が破れ、辺り一帯を巻き込んで大爆発を起こした。


 その行き場を失った膨大なエネルギーは多くの下級異世界を飲み込み、消滅させたのだった。


 * * *


「何か下の世界の方で大爆発あったようだがお前また何かやらかしたのか?」


 プライドが戻ってきたゼウスをうんざりとした顔で見る。


「何、ちょっとした事故だ」


 ゼウスはやらかしたことを隠すことなく事故だと言い切った。


「事故……それで済むレベルじゃないと思うんだがな……まあ、いい。でだ。その両脇に抱えてるのは何だ?」

「ちょっとそこで拾ってきた」

「神はちょっとそこで拾ってくるもんじゃないからな? いいから元の場所に戻してきなさい」

「無理だな!オーディンこっちは私の嫁にする。あとミネルヴァこっちと後ろの奴らは(元の世界が消滅したから)帰る場所がない」


「すぐに何でも拾ってくるのはあいつに似たのか」


 プライドがゼウスの返答を聞いて額に手を当てた。


「あの……僕、すでに結婚してるから嫁にはなれないよ?」


 やっと運命の番に出会えたのに自分が別の神とすでに婚姻を結んでいる事実にオーディンが表情を曇らせた。


「一つだけ方法があるはよ。婚姻の相手殺しちゃえばいいのよ」


 ここでヌンが話に割り込んできた。


 その方法はオーディンも思いついたのだが『婚姻の首輪』と『隷属付与』のせいで一族皆殺しをした際に婚姻を結んでいる相手だけ始末することができず取り逃がしてしまったのだ。


「なるほどな! ならば簡単だ。ちょっと行ってくる」


 そう言ってゼウスがどこかへ転移していった。



「戻ったぞ。思ったよりも見つけるのに手間取ってしまった」


 ゼウスは出ていってからそれほど時間を置かずに戻ってきた。


「オーディン、こいつで間違いないだろうか?」


 ゼウスが手に持っていた首を地面に放り投げた。首だけだがまだ辛うじて息はあるようだ。


「うん。そいつだね」

「そうか」


 オーディンの答えを聞いてゼウスは短く答えると、それを踏み潰す。するとそれは光の粒子となって消えた。


 するとカランと音を立ててオーディンの首に嵌められてた首輪が地面へと落ちる。それと同時に彼女の着ていた服も消え、そこには一糸まとわぬ黒髪、金眼の美青年の姿があった。


「貴様ら、私の嫁…違う、婿の裸を見るな! 見ていいのは私だけだからな! 【創造クリエイト】!」


 ゼウスはそう言って周りを牽制しつつ魔法で服を作り出すとオーディンにそそくさとそれを着せてやる。先程の露出の高い服とは打って変わり、黒を基調とした一切露出のないものだ。


「ふむ。婿ならば私は性別は女の方がいいのか」


 ゼウスがそう呟くと全身が光に包まれ、身長が縮んでいき、最後には銀色の長い髪に虹色の瞳の少女と姿を変えていた。年齢は幼いがゼウスの母親にそっくりだ。


「躊躇いもなく性別変えたな」


 ラクリマがそれを見て信じられないものを見たとばかりに戸惑っている。


 便宜上人の姿を取っている神にとって肉体の性別など飾りのようなものだが、生まれた際に性別は親によってどちらかに決められることが多く、ずっと逆の性でいることには多少の違和感を覚えるのだ。


「何を言っている、運命の番のためなら性別など些末なことだろう?」


 ラクリマが何をそんなに戸惑っているのかわからずにゼウスが首を傾げた。


 * * *


 何故かフレイアが大量の酒をどこからか持ってきたので酒盛りが行われていた。


 それを少し離れた場所からゼウスとオーディンが横並びに地面に座り、それを眺めていた。


「ねえ、ゼウス。もしかして最初性別に男を選んだのは最初出会った時の僕が女の子だったから?」

「それもあるがプライドが気にすると思ってな。きっと女性の姿は母親そっくりだろうなと」


 ゼウスは酒を煽っているプライドに目をやった。


「ああ。だから年齢はあるのか。本当はもっと年上だよね?」

「年齢のこともよくわかったな」

「だって僕、君の運命の番だよ? そんなの当然でしょ」


 そう言って二人は見つめ合ってふふっと笑うと口付けをするのだった。


「そこの二人! オレの世界滅ぼして置いてイチャイチャするとかふざけんな!!!!」


 先程まで死んだ目をして地面に倒れていたミネルヴァが急に起き上がり、ゼウスとオーディンを指差して叫んだ。


「お。ミネルヴァが怒ったぞ。なら今日からオレの名は『ラクリマ』改め『憤怒ラース』だ!」

「ならばオレは『強欲グリード』だな」


 酔っ払った元ラクリマと何故かそれに便乗してヌンの弟グリードまでもが改名を行っていた。

 



「ちょっといいかお前ら! 一緒に新しい世界を創らないか?」


 ゼウスは立ち上がると酒盛りをしてるいる集団へと大声で呼びかけ、にやりと笑うのだった。







――これは今よりも遥か昔、世界を腐敗させた旧神達と幾多の異性世界を滅ぼし最強にして最凶の『大厄災の魔王』と呼ばれる最高神ゼウスと愉快な神々仲間たちが新世界を創るまでの物語である。




「何、いい感じに物語締めようとしてるの! まだ『大厄災の魔女』と呼ばれるようになる話のフラグ回収終わってないだろう!」


 酒でベロベロに酔っ払ったミネルヴァが誰もいない無い空間に向かって指差しをして文句を垂れた。


「ミネルヴァ、酔いすぎだ。神だからと言って作者に絡むのは止めろ。酒が不味くなる」


 不愉快そうにゼウスがミネルヴァを顔を顰める。


「ゼウス、お前もオーディンも許さないんだかな! オレの大好きな世界、滅ぼしやがって! うわーん!」


 ミネルヴァがその場で地面に突っ伏して泣き始めた。


「此奴、泣き上戸か」


 急に泣き出したミネルヴァを見て、ゼウスが戸惑いを見せる。


「まあまあ、ミネルヴァ。これでも飲んで落ち着きなよ」


 オーディンがミネルヴァの背中を擦りつつ、追加の酒を渡す。


「オーディン、お前、いい奴だな」


 少し顔を赤らめた白兎のクロノスがオーディンに話しかけた。


「そう? だって神様ってお酒飲んで酔っ払っても記憶無くならないじゃない? どんどん酔わせて失言させた方がおもしろそうでしょ?」

「違った! 思ったよりも性格悪いぞ、こいつ!?」

 

 無邪気に笑うオーディンにクロノスが思わず、驚愕の声を上げる。


「決めた! 、これから何も執着しない! 広く浅く、生きてく! そして髪色変える!」


 二人のやり取りが聞こえていないミネルヴァが何かよくわからない決意をして急に立ち上がる。そしてその髪色を金から茶色へと変え、ついでに一人称も変わっている。



 これからしばらくしてゼウスとオーディンが性別を逆にしたこともあり、また度々夫婦喧嘩によって下位世界を滅ぼしたことで、ゼウスは『大厄災の魔女』、オーディンは『魔王』と恐れられるようになるのであった。

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始まりの神々 桜野恵 @sakumegu0326

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