第2話 姉弟神は自由を渇望する

 少し癖っ毛の長い黒髪をした肌黒の青年が一人気持ち良さそうに雲羊の背中に寝そべって眠っていた。


 雲羊とは空をふわふわ飛ぶ巨大な羊のことだ。下から見ると雲のように見えることからそう呼ばれている。


「我が愚弟、久しぶり。元気してたみたいね」


 そんな彼にふんわりウェーブの掛かった黒髪のエスニック美女が話しかける。


 愚弟と呼ばれた青年が彼女と同じ琥珀色アンバーの瞳を彼女へと向けた。


「ヌンか。あのババアがここ最近全く姿を見せなくなったお陰ですこぶる元気だよ。で何の用だ?」


 彼が体を起こすと彼の首でガチャと重い金属音が鳴る。彼のそこには真っ赤な宝石が埋め込まれたゴツい金属製の首輪が嵌められていた。


「縁切りの呪が完成したの。これであなたをあの女から開放してあげられる」

「ふーん。とうとう完成したのか。だけどそれって悪用されたら不味いんじゃないのか?」


 彼はその縁切りの呪がすでに結婚してる相手を無理やり奪うために使われることを危惧した。


「大丈夫よ。この縁切りの呪は魂の一部それも表面の相手と繋がっている部分を切り落とすの。だらか両思いのように魂の奥深くで繋がっていたら効果ないのよ」


「だがまあオレの場合は無駄だろ。力底上げするために実の子であるオレと無理やり婚姻するような奴だぞ。それに今じゃ最高神ゼウスに反旗を翻して、その恩恵も受けられなくなったと来たもんだ。絶対逃さないだろう。絶縁したってまたすぐ捕まって婚姻を結ばされるだけだ。だって死ななきゃ親子の縁は切れないんだ。居場所はすぐバレる」


 神は直系血族同士の婚姻に抵抗がなく、むしろ血縁者の者に魔力の相性の良い者が多い為、近親婚は珍しくない。

 魔力の相性が良い者同士は魔力の受け渡しがスムーズにできたり、力の譲渡などが出来るのだ。


「あの女ね、今、『大厄災の魔王』ゼウスと『一族殺しの魔女』オーディンから逃げ回ってるから、あんたに構ってる場合じゃないみたいよ」


 ヌンが愉快そうに笑うと彼の首輪へと触れた。するとそれは彼の首から外れ、音を立てて彼の膝の上に落ちた。


 魔王ゼウスは最近代替わりした最高神で裏切り者の上位神共を処刑し回っていると噂で聞いている。オーディンは自分の親族を皆殺しにした神だったはずだ。ゼウスの方はわかる。あの母親は反逆者なのだから。だがオーディンに命を狙われる理由がさっぱりわからなった。


 だがどんな男にでも媚を売る奴だ。大方、オーディン一族の誰かと関係でも持っていたのだろう。


「願わくば早くどっちかに殺されてくれないかね」

「まったくよね」


 何気ない彼のつぶやきにヌンが返事を返すのだった。

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