始まりの神々

桜野恵

第1話 全知全能の神 爆誕

「傲慢なる全知全能の神よ。己の子にぶっ飛ばれた上にその力を奪われた気分はどうだ?」


 銀髪に虹色の瞳をした青年が自分の足元に倒れている黒髪の男を見下しながら言い放った。


「もう疲れた。どうでもいい」


 黒髪の男は赤い瞳で虚無を見つめ、力なく、そうとだけ答える。


「この傲慢クソ親父め! 貴様の都合で世界巻き込んで自殺を謀るな! くたばるならば一人でくたばれ! 他人をというか自分の子を巻き込むな! 寂しがりやか! 貴様がこの世界をいらぬと言うならば私がもらってやろう。ついでに貴様の名前もな! 今日から私が全知全能なる世界の神ゼウスだ! そして今日から貴様の名は傲慢プライドだ!」


 自ら全知全能の神ゼウスの名を名乗った青年が 高笑いをした。


「……ところでお前、性別男だったか?」

「貴様が私の性別を決めないから暫定的に貴様と似た姿を取っているだけだ! 嫌ならさっさと決めろ!」


 ゼウスはそう叫ぶと怒りに任せてプライドの頭を蹴り上げた。


「いてて。実の親の頭を蹴るとか、酷くないか?」


 プライドがゼウスに蹴られた頭をさすりながら上半身を起こす。


「何が父親だ。性別どころか、名前すら付けてくれなかったくせに。挙げ句の果には世界ごと滅ぼそうとするし、何一つ親らしいことをしてもらった記憶がないのだが?」


 ゼウスがプライドを睨みつける。


「いやいやいや。ちゃんと抱っこもしてやったし、子守唄も歌ってやったぞ!」

「そんな赤子の時の事なんぞ、覚えておらん」

「いやいや。ついこの間まで赤子だっただろう! てかまだお前成人してないからな!」

「知らん。もう独り立ちした」


 不機嫌そうに腕を組んだゼウスがそっぽを向く。


「……なあ、名前『  』はどうだ? 性別は好きに決めればいい」

「……今更父親ヅラか。嬉しくなどないからな?」


 ゼウスはちらりとプライドのを見たあと、すぐに目線を戻した。

 ゼウスは口ではそんなことを言っているが内心では喜んでおり、それを隠しきれずに思わずニヤけそうになるのを我慢していた。


「嘘付け。ニヤけるの我慢して変な顔になってるぞ」

「喧しい!」

「よっこせと。思い残すことはない。強いて言えば子供の成長を最後まで見れないことかな。元この世界の最高神としてケジメを付けてくるは」


 そう言ってプライドは立ち上がると吹っ切れた顔をゼウスへと向けて笑った。


「【拘束バインド】!」


 ゼウスはプライドに拘束魔法で身動きを封じると足払いをして再び彼を地面へと転がす。


「ちょっと! ゼウス! 何故、拘束魔法使った?!」

「喧しい! 私にはわざわざ無駄死にしに行こうとする奴を見送る趣味はないのでな。だから私が代わりにあの老害共を始末してきてやる。だから貴様はそこで地面に這いつくばって大人しく待っているがいい」


 ゼウスはニヤリとプライドに向かって笑うと転移魔法でその場から姿を消した。


「俺は大切な者を失うのはもう嫌なんだがな。だからそれならいっそのこと、一緒に消えたかったんだ……」


 プライドはかろうじて動く左手でポケットに忍ばせていた髪飾りに触れ、先程までゼウスがいた場所を見つめながら呟いた。


* * *


 ゼウスはカッコつけて転移して来たものの、そもそも目的の相手がいる場所を知らないことに気がついた。

 とりあえず派手そうな建物を見つけたので辺りの気配を探ってみるがここが自分の目的の場所なのかは皆目検討が付かなった。


ーーフェンリルがいればな。だがなあいつは今怪我をしてるから連れてくるわけにもいかんし。


 そんなことを考えながら辺りをキョロキョロしていると真っ赤な髪をした女性が建物の影から中を伺っている姿が目に入った。


「お前、誰だ? こんなところで何をしているのだ?」

「くぁwせdrftgyふじこlp!?」


 急に後ろから声を掛けられた彼女は言葉にならない叫び声をあげると腰を抜かしてその場にへたり込んだ。


「すまぬ。まさかそんなに驚くとは思わなくてな」


 ゼウスは彼女へと手を差し伸べて立たせてやる。

  口では謝罪をしているがその口調は全く悪いと思っていない。


「あなたこそ誰よ? 人に名前を聞く前に自分から名乗ったらどうなのよ?」


 立ち上がった彼女はバツの悪そうな顔をしながら言った。


「ふむ。それもそうか。我は全知全能なる神ゼウスだ」


 ゼウスが胸を張りながら名を名乗る。


「はあ? ゼウス様って言ったらもっと年上で黒髪のはずでしょ。あ。わかった! さてはあなた、ゼウス様の偽物ね!」

「ちゃんと本物だ!」

「はいはい。ゼウス(偽)」

「(偽)を付けるな。本物だと言っているだろう」

「はいはい。本物本物」


 彼女はゼウスの言っていることを全く信用しておらず、適当にあしらって流した。


「私、忙しいの邪魔しないでくれる?」

「邪魔言うな。私は名乗ったぞ。次はお前の番だ」

「私はフレイア。ここに捕まっている友だちを助けに来たの。だから邪魔しないで」


 フレイアと名乗った彼女はゼウスの方に顔をやると真顔で答える。


「でフレイア。お前の友人やらはどんな姿なんだ?」

「え? 多分今は白兎の姿をしてると思うけど……」

「ふむ。わかった。お前はそこで待っていろ」

「ちょっと邪魔しないでって言ったでしょ!」


 ゼウスは彼女の制止を無視してその場から転移した。


「戻ったぞ」

「え? 早っ! さっき転移したb…クロちゃぁぁぁぁぁぁん!」


 一瞬で姿を消して戻ってきたゼウスに彼女は驚愕の声を上げたが、彼が腕に抱えた白兎の姿を見つけると彼からその子を奪い取って泣きながら抱きしめた。


「フレイア、苦しい! 泣くな! つかオレの腹で鼻を拭くな! てか、こいつ何!? 急に現れたかと思ったらぐーぱん一発であのクソジジィ倒したんだけど!? あいつ、あれでも上位神の端くれだぞ!?」


 フレイアにクロちゃんと呼ばれた白兎は彼女の腕の中で苦しそうに藻掻きながら興奮気味に叫んだ。


「私か? 我こそは全知全能なる神ゼウスだ!」

「主語はどっちかに統一しろ! てかゼウス様って言ったらもっと年上で黒髪……」

「そのやり取りはもうやった! 二度目はいらぬ!」


 ゼウスは白兎にツッコミを入れたが主語については何も触れなかった。


「とりあえず、一旦二人とも帰るぞ!」

「「え? 帰るってどこに?」」


 ゼウスはフレイヤと白兎を脇に抱えると転移した。


 * * *


「プライド、今戻ったぞ」

「ぐえっ」


 ゼウスが脇に抱えていたフレイアと白兎をその場に放り投げると二人は蛙の潰れたような声を上げた。


「お帰り。ところでその二人はどうしたんだ? あともう特攻しならこの拘束を解いてくれ」


 プライドがちらりと地面で落ちた二人を見やった。


「仕方ない。【拘束解除レリーズ】 こいつらは落ちていたから拾ってきた。フレイアとクロチャンだ」

「神はそこら辺には落ちてないだろう……」


 拘束を解除してもらったプライドが起き上がりながら言った。


「フレイアちゃんです。よろー」


 フレイアが地面に突っぷしたまま顔だけ上げるとプライドに向かって手を振った。


「オレはクロチャンって名前じゃない! オレの名はクロノスだ!」


 白兎のクロちゃんもとい、クロノスは足ダンをしながら烈火のごとく怒った。当の本人は鬼の形相のつもりだが、残念ながらその愛らしい姿ゆえにまわりにはむしろ癒やしを与えていた。


「兎、お前、怒っても可愛いな」

「兎って言うな! なら人型に変身だ!」


 ゼウスの口から思わず出た言葉は余計彼を怒らせてしまった。


「人型も可愛いな。兎少年」


 人型に変身した姿のクロノスの姿は10歳くらいの少年で白髪のショートヘアに青い瞳。頭にはうさ耳、そしてお尻にはまあるい兎のしっぽが生えていた。人型に変わったあとも怒って足ダンをしている。


「かわいいのは知ってる! だから兎って言うな! もう怒った! 時空の神クロノスの名において汝の時よ止まれ!!」


 クロノスが怒りに任せてゼウスに時と止める時間魔法を放つ。


「……??? 何も起きないんだが?」

「え? あれ? 何で?」


 魔法は確かに発動したはずなのだが何も起こらないことに魔法を放ったクロノスだけでなく、魔法を受けたゼウスまでもが戸惑っていた。


「クロノス、残念ながらそいつは全知全能なる神、この世界の最高神だ。だから時間魔法は対象外だぞ」


 二人の間抜けヅラに見かねたプライドが魔法が発動しなかった理由を説明してやる。


「「え? ゼウス(偽)って本物だったの!? て言うか、そっちの黒髪の人の方が本物っぽいんだけど!」」


 クロノスとフレイアがハモりながら驚きの声を上げる。


「だから(偽)と付けるんじゃない。ずっと本物だと言っているだろう!」

「俺は元だ。こいつ名前も力も奪われちまったからな。今はただのプライドだ」


 プライドが怒っているゼウスを横目に苦笑を浮かべた。


「ところで何でプライドはゼウスあいつに名前と力を奪われちゃったの?」

「あー…」


 フレイアの問にプライドが言葉を詰まらせる。まさか自分が世界を巻き込んで自殺しようとしていたなどとバカ正直に言うわけにもいかず、どうしたものかと思案にくれる。


「そいつがな世の中に絶望してこの世界と一緒に消滅しようとしたものだからな、それを妨害するために私が後ろから殴って奪ってやったのだ」


 空気を読んでなのか、むしろあえて読んでいないのか、ゼウスがプライドが言えずにいた理由を代わりにばらしてしまった。


「世界と一緒に消滅…? いや、それでも後ろから殴るのは卑怯でしょ」

「そんなこと言われてもだな。あれでも名と力を奪う前は最高神だったのだぞ。まともにやりあって生まれたばかりの私が勝てるわけがなかろう。それに格上の相手には後ろから思いっきりやれと教わったのだ」



――私の大切な大切な宝物。お願い。あの人が絶望して世界と共に消えようとしたら止めてちょうだい。あの人、あれでもこの世界の最高神だから。いい、格上相手には隙きを付いて後ろから思いっきりやるのよ。


 ゼウスと同じ虹色の瞳で優しく微笑んだか思うとすぐにそれはもの悲しげものへと変わった。


 それが彼の母である彼女からの最後の言葉だった。

 その後、彼は彼女の眷属であるフェンリルに託され、その場から逃されたのだった。


 彼女はあの後何があったか知らないが自ら命を断ったらしい。



「ん? 今生まれたばかりって言った?」

「若様! 奴らが来ました! お逃げ下さい!」


 フレイアの疑問の声は突然現れた一匹の銀色の狼によって遮れた。


 ゼウスは物思いにふけっていて気が付かぬ間に、敵に囲まれてしまったいたようだ。


「フェンリル、若様と呼ぶな。今はゼウスだ。様もいらんからな。あと、お前はまだ怪我が治っていないのだから隠れていろと言ったであろう」


 ゼウスはそう言いながら自分に背向けて守るように立っているフェンリルの前へと進み出る。


「まあ、よい。あちらからのこのことやって来てくれるとは探す手間が省けた。むしろ好都合と言うものだ!」


 ゼウスは自分たちを取り囲んだ敵の大群を前にまるで悪党のようなセルフを吐きながら不敵な笑みを浮かべた。


「こ、ここはフレイアちゃんの必殺ビーム砲で!」

「フレイア、お前、攻撃魔法使えないからそのビームは殺傷能力のないただの眩しいだけの光線だろうが! そもそもクリールタイムが長すぎて連発できない上に無駄に魔力食いすぎて一日一回が限界だろうが!」


 へっぴり腰になっているフレイアにクロノスがブチ切れながらツッコミを入れる。


「いや。目くらましくらいにはなるかなって……」


「ふむ。ならば私の魔法と魔力を分けてやろう。雷魔法ケラウノスならばかなりの威力が出るはずだ。クールタイムについてはクロノスの時間魔法で時間進めてリセットしてやればいい」

「そんなことできるの?!」

「これでも最高神だぞ。それくらい容易いことだ」

「確かにその方法ならクールタイムリセットできるけど、時間魔法ってそういう使いからするもんじゃないから!」

「よし! 契約は成立だ。【神の絶対領域アイギス】展開!」


 ゼウスが魔法を発動すると彼らの周りを虹色に光る結界が覆う。


「オレ、まだ了承してないんだが! 何勝手に契約成立させてんだよ! あとその魔法はなんだ!?」

「これは【神の絶対領域アイギス】。私がどんな攻撃も通さない無敵の魔法の盾だ!」

「どんな攻撃もって何そのぶっ壊れ性能! てかオレの魔力量じゃ、そう何度も時間進められないぞ!」


 クロノスが驚愕の声を上げた。


 そもそも【防御壁シールド】は本来魔法攻撃防御特化なので物理攻撃には対して防御も耐久力も半減してしまうのだ。


「無敵と言っても色々と制限は付いているがな。魔力についてはお前にも私のものを分けてやろう。そうと決まれば、フレイア、ガンガン敵に魔法を打ち込め」

「アイアイ、ゼウスー! フレイアちゃん、いっきまーす♡ ケラウノス砲、発射!!!」


 フレイアが敵に向かって高電圧雷魔法砲を放つと、それは目の前に迫ってい敵の大群を飲み込み、その1/3程を消滅させた。


「クロノス、魔法でクールタイムを巻け! フレイヤ、クロノスが魔法使ったら続けて敵に打ち込め」

「だからオレの魔法はそういう使いからするもんじゃないから!」


 文句を言いながらもクロノスが時間魔法を使ってフレイアの魔法のクールタイムをリセットする。


 その後、フレイアが魔法を打つ。そしてクロノスがクールタイムをリセットする。それを三回ほど繰り返した時だろうか、どこからかピシッと言う小さな音が鳴った。


「お前、それ! 魔力の使いすぎで限界来てるじゃないか! このまま続けらが魂が砕けるぞ!」


 クロノスがゼウスの顔を見て慌てて止める。

 よく見ると彼の頬の辺りにひびが入っていた。先程のは彼の顔にひびが入った音だったのだ。


 神は魔力を使いすぎて限界を迎えると体にひびが入る。ゼウスのそれはまさにその初期症状だ。このまま魔法を使い続ければクロノスの指摘どおり、魂が粉々に砕けてしまう。


 身体の一部ならば、しばらくすれば元に戻るが、全身が砕けてしまった場合はそうはいかない。それは神にとっての死を意味する。


「ん? 何か言ったか? よく聞き取れなかった。フレイア、もう一発だ」


 ゼウスはクロノスをみてニヤリと笑う。これは限界がわかっていての完全な確信犯だ。


 * * *


「ゼウス、無茶しすぎだ! 死んだら元も子もないだろう!」


 プライドが地面に突っ伏して倒れているゼウスの横にしゃがみ込み、怒りながら言った。


 実は先程の戦闘中、またゼウスによって拘束魔法が掛けられており、彼が魔力切れで倒れるまで身動きが取れずにいたのだ。


「なあ、貴様の代わりに仇は取れただろうか? 私は相手の顔を知らないんだ」


 ゼウスがプライドの顔を見ながら弱々しく笑った。それを聞いてプライドの目が大きく見開かれる。


「わからん。どうでもいい。お前さえ生きていればそれでいい。だからもう無茶はしてくれるなよ」


 プライドが少し困り顔でゼウスの頭を撫でてやると、安心したのかゼウスが寝息を立てならが眠り始めた。

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