群青が見た青空
部屋には三人と転用計画の資料だけが残される。しばらくの沈黙の後、放心状態だった0番台が大声をあげた。
「あー!なんかバカバカしい!」
「どうしたんだよ、急に」
「なんか、今まで廃車する事に悩んでいたのが、全部バカバカしくなっちゃった!ホント、今までだったらこんな事で悩むはずがないのに、どうして悩んでたんだろ!」
パンクしそうになる頭を抱える0番台。普段大人びている少女からは想像ができないほど、彼女は焦っていた。これは貴重映像かもしれない、と思いながらE233系は眺める。
「しかも、リニューアル工事が保留になったのは、見直しをするためだったってのはともかく、転用計画って……本部に呼び出された時にはもう考えてられていた…?じゃあ私の一年間の悩みは、一体何のために…?」
再び混乱する0番台を、500番台が遮った。
「杞憂で終わって良かった、って事でいいじゃん」
「でも……」
「俺は、0番台がまた走りたいって言ってくれただけでも嬉しいよ」
「500番台──」
500番台は0番台の目線を合わせるようにかがみ、だけど、と言って言葉を繋げる。
「0番台、自分でどうにかしようとして、一人で抱え込むようなことはするな。周りに言えないことがあったら、俺を頼っていいからさ」
「へぇ、いいの?私の話は重いよ?」
試すように尋ねる0番台。
「103系よりは軽いだろ。というか、お前を助ける為に俺がいるんだから、むしろもっと頼ってよ」
500番台はなんの恥じらいもなく答えた。どこまでもイケメンな弟である。もしも姉弟じゃなかったら、きっとイチコロだっただろう。
総武線の231も、いいパートナーを持ったものだ、と心密かに想うのだった。
「ありがとう、500番台」
「どういたしまして」
一方、姉弟水入らずを邪魔しないように黙っていたE233系は、500番台にも心境の変化があった事を初めて知った。
「気付けたこと、か……」
205系横浜車の顔が浮かぶ。あの人に0番台のことを相談したおかげで、209系たちを置き換える覚悟が出来たことを思い出した。確かに大変だったけど、全てが無駄という訳ではなかった。
0番台の不調によって、置き換える事を躊躇ってしまったE233系を、正しい道に引き戻したのは彼のおかげである。その事を二人に伝えようとした時だった。
「僕も、自分の使命と向き合うことが出来て──あっ」
忘れてた。
二人にデビューの事を話さなきゃ。
E233系は待って下さい、と二人を呼び止める。二人は怪訝な表情を浮かべて、後輩の方を見た。
「そういえば僕、デビュー日が12月22日に決まったんですよ。今まで言える雰囲気じゃなかったから、言えなかったんですけど…」
刹那の沈黙。
500番台はスっと立ち、驚きの表情を浮かべる。
「……えっ!?マジ!?」
続いて、0番台も似たような顔を見せた。
「そうだったの!?」
二人は顔を見合せる。驚きの表情が、徐々に喜びへと変わっていき、E233系に向き直ると──
「「おめでとう!!」」
二人からほぼ同時のタイミングで祝福の声が上がった。まるで自分の事のように祝ってくれる209系たちは、わちゃわちゃとE233系の背中を叩いたり、手を掴んでぐいぐいと動かしたりしていた。
二人にされるがままにされているE233系は、幼稚園の先生みたいでちょっと面白いと思っていた。やっぱり、なんだかんだで仲良しな姉弟である。いつか僕にも、こんな風に仲良くしてくれる妹や弟たちに出会うことが出来たらいいな。
しばらくすると、二人は満足してE233系から離れた。
「出世への第一歩だねぇ、233くん」
改めて、0番台が大人びた口調で話す。
「はい。でもこれはあくまでスタートラインに立っただけです。それで、二人に今伝えたい事があったんです」
だんだん真剣な口調になって行くE233系に、500番台は緊張を感じ取ったのか、ほぐすような軽い調子で喋る。
「どうしたんだよ、そんなに改まって」
突然、E233系はメガネを外し始めた。500番台はいきなりの事で動揺し、E233系を止めようとするが、0番台がそれを制す。
233くんの覚悟を邪魔しないで。0番台の快晴の瞳がそう語りかけていた。無言の圧力を感じ取った500番台は、E233系の言葉に耳を傾けることにした。
E233系がメガネの奥に秘めていた、サファイアのような瞳が、209系たちを捉える。
「僕は──E233系は、あなた達209系とは真逆の思想で生まれた存在です。209系やE231系で出来なかった理想を、僕が実現させたとも言えるでしょう。だから……あなた達の理想から生まれた僕だからこそ、やり遂げなければならない使命がある」
心臓がバクバクしている。ずっと胸に秘めていた思いを、ここで初めて宣言するのだから、緊張して当然だろう。それも、大好きな先輩達に向けて、果たし状を叩き付けるようなことを、これからやろうとしている。
ここまで来たんだ。
後は、思いのままに言ってしまえばいい。
「僕は──209系を超える鉄道車両として、あなた達を置き換えます。そして、京浜東北・根岸線の主力車両として、君臨してみせます」
デビュー前の電車だというのに、ベテランのような風格を漂わせるE233系。言葉だけでは終わらせないという覚悟と、使命を全うせんする強い責任感が、彼をそうさせたのだろう。
「……言うじゃん、233くん」
どこか面影のある佇まいに、笑みがこぼれる。それは205系横浜車のようであり、小田急3000形のようにも見える、不思議な面影だった。
500番台も、E233系の言葉を茶化すこと無く受け入れていた。あくまでも、500番台は。
「けどみんながみんな、最初からお前を受け入れているわけじゃない。最新型だから、209系を置き換えるから、そんな理不尽な理由で嫌う奴も中にはいる。0番台みたいに、廃車を願う最低な奴もいる。そんな奴らがいるなかでも、やれるのか?」
500番台は、周りの評価によって歪んでしまった鉄道車両達を沢山見てきていた。0番台の件もあって、E233系も心無き声にやられてしまうのでは無いか…そんな不安があって、E233系を試してみたかったのだ。
しかし、E233系は毅然と答える。
「そういう人には恨まれてもいい。大切なのは僕自身と、僕に乗る人達だから」
「そうか」
模範解答──いや、それ以上の答えだった。500番台はもう何も心配は要らないと確信する。
いずれ俺は0番台よりも真っ先に置き換えられ、新たな場所へ赴く事になる。それまでの期間──いや、その後も。できる限り、233の事を支えてあげよう。
そして、いつか会うかもしれない、E233系の弟や妹たちの事も見守ってあげよう。それが『つなぎ役』である俺の役割なのだから。
500番台はすう、と息を吸い込む。そして、激励の言葉を後輩に向けて与えた。
「頑張れよ、233」
E233系は緊張が解けた穏やかな口調で言った。
「ありがとう、500番台」
不意に、小会議室の中に光が差し込む。三人の車両達は窓の方へ駆けよると、新鮮な空気を部屋中に取り込んだ。0番台が空に向けて、指を差す。
「見て──」
曇天続きだった空は無くなっている。
窓の向こうには、見渡す限り、澄み渡った青空が広がっていた。
青空の下の群青 アナログの修行者 @anasyufirem
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。青空の下の群青の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます