狂った彼女と101の命

爆速ヤンキー山田

狂った彼女と101の命

「お父さん、お水汲んできたよ!」


庭で剣の素振り中、休憩していた俺にアンが水の入った瓶を持って来る。


お父さん、なんて俺の事をこの少女は呼ぶが、俺は彼女の実父ではない。勇者パーティから追放された後に拾った戦災孤児だ。


俺は魔王討伐を目指す勇者パーティに所属していた。勇者、それは金銀財宝を捧げることで召喚される異世界人。強力な”スキル”を神から授かって降臨する、超常の存在。それが勇者だ。俺も、5年前に勇者として召喚された。ただ、授かったスキルは「ハンドレットライブス」。100回まで死んでも生き返る、というものだ。召喚された当初こそ、死なない勇者が現れたともてはやされたものの、考えてみると、強力無比なスキルを駆使して倒す前提の魔王軍に、ただ死んでも生き返るだけの人間が勝てるわけがない。もしそうなら人海戦術で魔王軍なんて蹴散らせたはずだ。それに俺が気付いたころには時既に遅し。一応勇者パーティに所属したものの、やることと言えば雑用、肉壁、死亡覚悟の突撃。そりゃあもう扱いは酷かった。ぶっちゃけ自分でも足手まといだったと思う。そして死亡回数が50回を超えた頃、俺は勇者パーティを追放された。死ぬまでこき使われなかったのはパーティリーダーの慈悲、といったところか。近くの村に行く途中、俺はアンを拾った。そこからは時たま攻めてくる魔物に特攻をかけて村を守っている。村民も、最初こそ俺の事を勇者パーティから追い出された落ちこぼれという目で見ていたが、文字通り命を投げうって戦う姿に一目置かれ、今では村の警備隊の一員として働かせてもらっている。


「ありがとうアン」


受け取った水を飲み干す。


「剣の調子はどう?」


「ダメだな。やっぱり俺には長槍での特攻が精々だ。剣はそもそも向いてないらしい」


元々体育の成績はギリギリ2。職業はITエンジニア。運動不足の運動音痴が鍛えたところでたかが知れているというものだ。魔物が闊歩する世界でわざわざ戦う道を選んだ人間とはそもそもの出来が違う。


「でも、それじゃ……」


俺がそのうち本当に死んでしまう、と言いたいのだろう。


彼女からすれば俺は唯一の保護者だ。それに死なれると困る、なんて感情は俺にも理解できる。


「私も剣、習えないかな……」


俺の隣に置いてある長剣に触れようとするアン。


「やめてくれ。勇者以外の兵士なんてのは基本捨て駒だ。アンには長生きしてほしい」


アンの手を掴み、剣に触れさせない。


「それじゃ、お父さんが……」


「俺は特技がない。金を稼ぐにはこれくらいしかないんだ。アンにはそうなって欲しくない」


アンにはなるべくいい教育を受けさせている。俺の知識はこっちじゃ役に立たないが、教育というのは本来生きるのに役立つものだ。将来アンが生き抜くには教育を受けさせるべきだろう。そして、教育費を捻出するためには戦うしかない。魔物一匹で銀貨50枚が貰えるのだ。これを肉体労働で稼ぐなら半月はかかる。討伐の歩合以外にも、見張りだって給料が出る。とにかく、魔物と戦うのは実入りがいい。もし俺が荷運び等をしていたら、きっとアンに十分な食事をとらせることさえ難しいだろう。


「……分かった」


不貞腐れた顔で頷くアン。


「じゃあ、見張りの時間だから行ってくる」


じゃあな、と言い残し庭を後にした。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「今日も何も無くてよかった。お疲れ様です」


兵士の詰所で今日の給料を受け取り家へ戻る。もう夜も遅い。アンは寝ているだろう。そんなことを頭上に広がる月を見ながら考え、家へ帰る。


家に近づいたころ、家に明かりが灯っているのを見つける。


まだ起きていたか。勉強をしているのだろうか。努力するのはいい事だが、こんな時間まで起きているのは感心しないな。


「ただいま。起きていたのか」


家のドアを開けてアンに言う。


「うん! お父さんに温かいご飯食べてもらいたくて! お腹減ってるでしょ? 今料理作るね」


笑顔で頷くアン。


「ありがとう。だが、こんな時間まで起きてなくてもいいんだぞ?」


「いいの。どうせ、魔導書の解読に忙しいし」


「魔導書って……勇者の遺した?」


魔法が使えるのは勇者のみ。そのはずだ。


「うん。なんとか勇者以外も使えないかなって」


「それはいい事だが……可能なのか? 大体、魔導書なんて高価なもん、どこで……」


魔導書なんて、俺たちの一ヶ月分の生活費くらいするんじゃないだろうか。


「行商のお爺さんの売ってる中に混じってた。あのお爺さん、もうボケちゃってたんだろうね。よく分からない本、なんていって二束三文で売ってくれたよ。その後、例の病気で死んじゃったらしいけど」


確かに、この村に来る行商の男性は結構な歳だった。だが、言動もはっきりしているし、ボケているようには見えなかったのだが……


「それにしても、あの病気は恐ろしいな。前兆のない突然死とは」


最近、この村では原因不明の死が流行している。例の行商の男性もそれで亡くなった口だ。動物も死んでいる辺り、伝染病かもしれない。恐ろしいことだ。


「そうだね。お父さんも病気には気を付けて」


「アンもな。まあ、気を付けて予防できるならいいんだが……ともかく、根は詰めないように。無理して倒れでもされたら心臓がもたん」


「大丈夫。はい、できたよ」


アンが料理を差し出す。


「今日は暖かい料理は食えないと思っていたからありがたい。……相変わらず料理が上手いな」


美味い。アンの作る料理は絶品だ。


「えへへ、ありがと。お父さんへの愛を込めて作りました!」


「……そりゃどうも」


慕ってくれるのは嬉しいが、アンは娘じゃない。俺はどう頑張っても彼女の父にはなれない。そんな気持ちがあるので、こういう発言を聞くとつい罪悪感を感じてしまう。


「ねえお父さん! 明日はお休みでしょ? 買い物付き合ってよ!」


「いいぞ。じゃあ、早く寝なくちゃいけないな」


「そうだね! じゃあ、私は先に寝るね!」


「飯はいいのか?」


アンは作るだけ作って食べていない。


「早めに食べたから。それじゃ、おやすみ!」


「そうか……おやすみ」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「~~♪」


アンは鼻歌を歌いながら俺の隣を歩く。


「ご機嫌だな」


「そりゃそうだよー。お父さんと久しぶりのデートなんだから!」


「デートってお前なあ……」


こんなおっさんを捕まえてデートと言うのはあまりに……まあ、アンが楽しいならいいか。


「で、何買うんだ?」


「普通に食料かな。パンとお肉と野菜と―――」


使う食材を指折り数えるアン。


「悪いな、家の事任せっきりで」


どこに何が売っているかも大して分からない辺り、本当に情けない。


「いいのいいの。お父さんがあそこで拾ってくれなかったら、私はもう死んでたんだから」


アンを見つけたときのことを思い出す。


アンは痩せこけていて、食料を求めていた。見かねて食料を渡した後、自分と同じ見捨てられたアンのことがどうしても放っておけなくてつい拾ってしまった。


「気にすんな。これでも一応勇者だ。あの状況で放っておくようじゃ勇者の名折れだろ。ま、勇者の仕事は出来ずにこの村で燻っているわけだが」


なんて自嘲すると、


「勇者だよ、お父さんは。少なくとも、私にとってはね」


二コリとアンは笑って見せた。


「そりゃあ良かった」


突然日本から召喚され、言われるがまま戦ってきた身だが、そうした甲斐があるというものだ。


「他の人なんか、魔物と同じ。お父さんの命を浪費してまで守る価値なんて無いのに……」


俯いてアンが何やら呟いたが、内容は聞き取れなかった。


なんて言おうとしたのか聞こうとしたときに警鐘が鳴る。


「西方面から魔物多数!」


伝令の兵士が走ってくる。


「アン、避難しろ! 俺は魔物に対処する!」


アンに背を向け、武器のある詰所に向かう。


「待ってよ! もう、命の数が無いんじゃないの!?」


アンが俺の袖を掴み、止める。


「3つだ! 安心しろ、2回死んだら必ず撤退する!」


「……絶対、帰ってきてね?」


涙を浮かべて言うアン。


「ああ、約束だ」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「食らえ!」


戦場の真っただ中。俺はオークに槍を突きさす。その直後、オークが死に際に振るったこん棒が俺の頭を直撃する。


次の瞬間には無傷でオークの死体の前に立っていた。


これで、累計100回の死。正真正銘一般人になってしまったわけだ。


「奥から大型のオークが! リーダーのようです!」


見ると、今倒したオークの1.5倍の大きさのオークが。


「クソッ! 誰か足止めしてくれ! 隙ができれば確実に殺す!」


兵士の中で最も強いジャックが叫ぶ。


足止め、という言葉に兵士皆が俺を見る。


アレが村に到達したらこの村は壊滅するだろう。それだけはあってはならない。


すまないな、アン。約束は守れそうにない。


心の中でそう呟いてから叫ぶ。


「俺が足止めする! ジャック、絶対やれよ!」


「任せとけ!」


ジャックの目を見てから、俺は殺したオークの巨大なこん棒を担ぎ、攻撃後の隙など気にせずにリーダーの膝めがけて思いっきり振るった。俺の一撃は上手くオークの膝を捉えたが、オークはすこしよろけただけだった。そしてオークはこん棒を振りかぶる。


目の前に迫るオークのこん棒。これが俺の最後に見た景色になった―――はずだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


体の重さを感じながら起き上がる。周りを見る。そこには兵士とオークの死体が。だが奇妙だ。外傷が無い死体が多い。大体、なんで俺は生きているんだ?


「あ、起きた? おはよう、お父さん!」


いつも通りの服。いつも通りの笑顔で毎朝の挨拶をするかのようにアンは言った。違うのはアンに生えた捻じれた角。そう、まるで魔物のような。


「……どういう状況だ?」


「私が魔法で皆殺しにしたの」


まるでレストランで注文をするかのような、そんな口調でアンは当たり前のように言った。


「どうやって魔法を?」


「生物の生命エネルギーを魔力に変換する方法を見つけてね? だから、魔物のエネルギーを貰って皆殺し」


「……俺を生き返らせたのもアンか?」


そんな魔法、聞いたことがない。


「うん、そうだよ。数十人の生贄が必要だったんだけど、村の人たち使えば足りたんだ」


村の人口がもっと少なかったら危なかったよー、なんて当然のように言うアン。


「……今、なんて言ったんだ?」


自分の耳が信じられない。


「え? だから、村の人たちを生贄に―――」


「そんなことしていいと思ってるのか!」


思わず怒鳴り声が出る。俺なんか……いや、それが例えどんなに立派な人物だったとしても、やっていいことじゃない。


「……いいでしょ。皆、生きる価値なんてないんだよ。知らないでしょ? 私の両親が死んでからこの村に食べ物を貰いに来たこと。誰も話を聞かないどころか、村にさえ入れてくれなかった。防壁の外にいれば、そのうち魔物に殺されちゃうっていうのに。自分可愛さに、見捨てたんだよ、私を。私にとってはお父さんが世界の全て。そんなお父さんを捨てゴマにする存在なんて、大っ嫌い。死んで当然。それでさ、お願いがあるんだけど……」


「……なんだよ」


言いたいことは山ほどあるが、ひとまずアンの願いを聞く。


「殺して、くれるかな? 魔物の生命エネルギーを取り入れたのが良くなかったみたい。ほら、見てこの角。今も、お父さんを殺してしまいたくて仕方ない。そんなことはしたくない。でも、魔物として名前も知らない人に殺されるのも嫌。だから、せめてお父さんの手で殺して?」


アンは震える右腕を必死に抑えている。きっと、離せば俺を殺してしまうのだろう。


「……分かった」


「それとさ」


俺が頷くとアンは口を開く。


「抱きしめて、頭を撫でて? 最近、やってもらってなかったから」


「……」


皮膚が角の生え際から段々と青くなってきたアンを精一杯抱きしめて、頭を撫でる。


「アン。今までありがとう。自慢の娘だった」


腰に差した短剣を抜いて、アンの首に突き刺す。


「あり、がとう……初めて、娘って、言ってくれたね……」


涙を流しながらアンは倒れる。


「……来世があるなら、こんな残酷な世界じゃなくて平和な世界で会えますように」


唱えるように言って、自分の頸動脈に短剣を当てた。

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