第15話 私、あんたに…言いたいことがあるんだけど…

 山崎晴香やまざき/はるかと喫茶店で過ごした日曜日の夕暮れ時。

 溝口辰樹みぞぐち/たつきは家へと向かって歩いていた。


 丁度、家に到着し、自宅の扉のドアノブを回す。


 玄関に入ったところで誰かの存在を感じた。


 殺気とも違うオーラに戸惑いながらも顔を上げ、視線をその存在へと向かわせたのだ。


「あんた、帰って来たのね」


 自宅に到着するなり、それが最初の妹のセリフだった。


「昼過ぎには帰ってくると言ってたんだけどさ、ちょっと長引いてしまって。ごめん」

「別にそれはいいんだけど……」


 杏南あんなの声は暗かった。


「どうした?」

「なんでもないけど……なんでもあるっていうか」

「どっちだよ」

「……でも、重要な事を話したいから」

「重要な事?」


 辰樹は首を傾げる。


 浮かない顔をしている妹。

 杏南は何かを伝えたいような感じに口元を動かしていたのだ。




「あ、あんたはさ。昔の事、知ってる?」

「昔って、いつ頃の事?」


 玄関先で聞き返す。


「昔っていうのは、小学生の頃とか、それ以上前の事とか……」


 杏南の方から過去の事を話してくるのは、かなり珍しい。


「どうした? そんな事を聞いてきて。杏南らしくないような気がするけど」


 妹の方から歩み寄ってきてくれた事に、内心嬉しさを覚える。

 けれども、どこか、心が煮え切らなかった。


「まあ、小学生の時の事は大体わかるけど。それ以上前の事はさすがにって感じかな」

「そう、だよね。そんなに昔の事、覚えてないよね」


 普段は強気な口調ばかりの妹ゆえに、やはり反応がおかしく感じる。


 いつも通りの、素直じゃない口調でないからか、違和感があるのだ。


 辰樹は、妹がこれから何を言い出すのか、心を震わせ、緊張していた。


「私、あんたには話したいことがあるから、ちょっと来てほしいんだけど……リビングまで」


 杏南が頬を紅潮させ、誘ってくる。

 誘惑するような仕草ではなく、素直に話したい気持ちと、抑制したい感情が交差した立ち振る舞いだった。


「いいけど」


 辰樹は緊張したまま、玄関先で靴を脱ぎ、家に上がる。


「それと、お父さんとお母さんは今日帰ってこないって」

「そ、そうなんだ」

「仕事が忙しいみたい」

「なら、しょうがないな……」


 辰樹の声は震えていた。

 変な事を考えているわけではないのに、不思議と色々な意味で緊張しているらしい。


 杏南の後について行くように、リビングに入る。


「先に座ってて」


 妹は背を向けたまま一言告げると、別の部屋へ向かって行く。


「ど、どこに行くんだ」

「ちょっと用事があって、先に座っててって事」


 妹は別の部屋の扉から顔だけを出し、強めの口調で言ってくる。


 辰樹は従うように、リビングのソファに座る事にしたのだ。




 辰樹がソファに座ってから数秒後、妹が戻ってきた。


 杏南は何やら大きなモノを両手で持っているのだ。

 それは黒く分厚いタイプの本であった。


「それは?」

「アルバム……」


 妹は一言だけ話すと、辰樹の右隣のソファに座る。


「はい、これ」


 いきなり、辰樹に、その分厚いアルバムを渡してきた。


 辰樹の部屋にあるアルバムとは少し違う。


 受け取った後、ページを見開く。


 最初のページから、妹と一緒に撮った写真がファィリングされている。


 昔の写真だと、やはり、杏南が笑顔を見せている写真が多かった。


「あんたってさ。今の私と、昔の私だったら、どっちがいい?」

「どっちって、それは――」


 辰樹は少し迷う。


 昔の方が断然好きだが、今も昔も妹は、妹である。


 どちらか片方を否定するのは、違うような気がした。


 一呼吸付いてから――


「俺は昔の妹の方がいいと思ってるけど」


 落ち込み気味だった妹の目が少し見開く。


「でも、今の妹も、妹なわけだし。どちらかっていうのはないよ。でも、昔のように兄妹のように過ごしたいって気持ちはあるけど」

「だよね……やっぱり、昔の私の方が好きだよね?」


 杏南は悲しそうに呟く。


「そ、それはそうだけど……杏南が、どう思っているかわからないけど。俺の事が嫌いで、そんな態度を見せるなら、俺に原因があるわけで。俺が悪いんだからさ。本当に俺に原因があるなら、ハッキリと言ってほしい」


 辰樹は真剣に杏南を見やる。

 そして、勢い余って、隣にいる妹へ近づいてしまったのだ。


「ちょっと、近いって」

「ごめん、そういうつもりじゃなくて」


 辰樹は咄嗟に誤解を解こうとする。

 妹から少し距離を取った。


 ん?


 杏南の様子がおかしかった。


 再度、妹の姿を見てみると、先ほどよりも頬を真っ赤に染めている。


 今まで見たことのない姿だった。


「ど、どうした? ごめん、俺、変な事を言ってしまった感じかな?」

「違うから……お兄ちゃんだから」

「……え?」

「はッ! い、いや、なんでもないから」


 杏南は自分が言った言葉に驚いて、さらに頬を真っ赤にする。

 口元を両手で抑え、困惑していた。


 硬直したまま、一瞬だけ動かなくなってしまっていたのだ。


「え、俺の事を……?」

「あッ、と、というか、さっきのは聞かなかった事にして!」

「え、で、でも」

「で、でもじゃなくて! 忘れて、じゃないと最低な人だと思うから!」

「でも、なんで俺の事を、お兄ちゃんって」

「うるさいから! それくらい自分で考えたら!」


 頬をさらに真っ赤にする、杏南から暴言をはかれた。


 一体、何が生じているのだろうか?


 辰樹自身も困惑していると、目の前にいる妹は辰樹の事を睨みつけてくる。


 それから、口元を震わせ――


「な、なんで、私の口から言わないといけないのよ。そもそも、あ、あんたは知らないの?」


 杏南は顔を真っ赤にしながら訴えかけてきた。


「な、何を?」

「だから、その……兄妹同士じゃないって」

「は? いや、意味が分からないんだけど」


 妹がとうとうおかしくなったのではと思った。

 さっきから、理解不能なことばかりである。


「あんたってさ、察しが悪いの?」

「そんな事はないと思うけど」

「だったら、どうして、私たちが赤の他人だって知らないの?」

「え?」


 赤の他人?


「このアルバムの最後のページを見ればわかるけど」

「最後?」


 辰樹は恐る恐る、そこのページまで見開いてみる。


「……両親の血液型が、AとO型? それがどうしたんだ?」

「私の血液型わかる?」


 そこまでわからなかった。


「私、AB型だから、普通に考えておかしいでしょ」


 杏南は訴えかけてくる。


 その時、辰樹は何が起きているのか把握し、理解し始めるのだった。

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ツンツンな妹に嫌われてる俺に、可愛らしい理想の妹ができた話 譲羽唯月 @UitukiSiranui

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