第14話 妹との関係?

 日曜日のお昼。溝口辰樹みぞぐち/たつきは裏路地にある喫茶店に入店している。

 テーブルの反対側には山崎晴香やまざき/はるかがいるのだ。

 そして、そのテーブル上には、注文した品の他に数枚の写真が並べられていた。


 辰樹と妹である杏南が映し出された写真。


 辰樹は少々俯きがちになりながら、その写真へと視線を向かわせた。


 こ、これは……。


 勝手に撮られていたという事に衝撃を受けつつも、どういう風な返答をすべきか、ひたすら無言のまま、沈黙の中で悩み込んでいたのである。


 見る限り、撮影された場所は、昨日行った遊園地だと思われた。

 辰樹は息を呑み、ゆっくりと顔を上げる。


「それでお兄ちゃんは? 私、お兄ちゃんの意見を聞きたいんだけど。この写真について答えてくれないかな?」


 彼女から意味深な笑みを見せられ、辰樹はたじたじになりながらも、席に座ったまま硬直する事となったのだ。




「山崎さんは、俺の事をたまたま見かけて撮ったの?」


 辰樹はテーブルの写真を一枚だけ手に取り、それから彼女を見やる。


「だって、しょうがないじゃん。お兄ちゃんが、あの子と仲良くしてるんだから。私だって、嫉妬するんだからね」


 晴香は上目遣いで、辰樹の顔を見つめてくるのだ。


 じゃあ……、この写真って。


 その写真には昨日行った遊園地で辰樹と妹の杏南あんなが観覧車に乗ったり、お化け屋敷の近くのベンチに座っているところなど。


 そんな中、辰樹の脳内に、ある事が思い浮かぶ。

 もしやと思いながら、彼女へと伺う事にした。


「えっとさ、確認なんだけど……昨日、遊園地に来てた?」

「遊園地?」


 晴香は首を傾げている。

 なんの事といった表情を浮かべていた。


 では、写真を撮っていないという事なのか?

 じゃあ、誰が、この写真を?


 彼女と会話すればするほどに謎が深まるばかりだった。


「それで、遊園地って、どこの?」

「いや、知らないんだったらいいよ」


 辰樹はこれ以上、晴香から問い詰める事はしなかった。


「それで、私はお兄ちゃんが、あの子の事が好きなの? 話をそらさないで言ってほしいんだけど」


 晴香はまじまじと辰樹の顔を見つめてくるのだ。


「俺は……」


 いつも一緒にいる妹の杏南の事が好きか嫌いか。そんな二択では答えられなかった。


 妹の杏南は、妹なのだ。

 恋人でもなく、付き合っている異性でもない。

 恋愛対象として見たこともなかった。


 ただの兄と妹の関係。


 現在、この写真に写っている通り、客観的に見れば仲良く見えなくもない。


 逆を言えば、第三者の視点から見て仲良く見えているのなら、前よりかは仲良くなれている証拠なのだろう。


「お兄ちゃん、あの子と仲良さそうじゃん。この写真を見てもわかるけどさ。でも、あの子と寄りを戻しても、私の事を妹として優しくしてくれるよね?」


 晴香は妹らしい幼い目つきになり、ジーッと辰樹を見て、心を誘惑してくるかのようだ。


「それはまあ、俺が山崎さんを妹にしたわけだから。それは変わらないと思うよ」

「本当だね。約束だよ」


 彼女は小指を見せつけてくる。


「な、なに?」

「なにって、約束しよってこと。守れるならできるでしょ?」


 目の前の席に座っていた晴香は少しだけ立ち上がり、ニコッとした笑みを辰樹に向けてくる。

 その彼女の笑顔は眩しかった。


 高校生になった杏南からは向けられたことのない満面の笑み。

 輝いて見え、友達のように話しかけてくれる、目の前にいる妹も可愛らしいと思う。


 ただ少し束縛が強いところに怖さを感じるが、そこを見ないようにすれば何とかはなるはずだ。


 辰樹は晴香の要望に応えるように、小指を差し出したのだ。




「一応、この話は終わりとして。お兄ちゃんって、付き合っている人いないよね?」


 席に座り直した晴香は、質問してくる。


「ま、まあ、いないよ」


 辰樹は彼女から何を言われるのか不安になり、ドキッとしていた。


「だよね。妹がいるお兄ちゃんに恋人なんて作らないよね?」

「あ、ああ……」


 今のところ、恋人を作る予定はない。

 いずれかは欲しいと思っている。

 だがしかし、現状、恋人を作れる状況ではなく、そこがちょっとした悩みになっていた。


「お兄ちゃんは、妹の私と遊んでいる時が一番嬉しく感じるんだよね!」

「ま、まあ、そうだな……」


 自分が思う理想の妹と遊ぶ事。

 そんな経験を以前からしてみたかったのだ。


 目の前にいる妹の晴香は完璧に近い妹。

 でも、どこかが違うような気がする。


 本当の意味で、すべてを手に入れられていない感覚が肌に伝わってくるのだ。


 やはり、杏南との関係性を解決しない事には、素直に晴香の気持ちを受け入れることができないかもしれない。


「でも、まあ、この写真の事を知りたかったから。ちょっとした謎が分かって安心かな」


 晴香はテーブルに散らかっていた写真を集めている。

 そして、バッグの中にしまっていた。


「ごめんね、お兄ちゃん! 今日みたいな休みの日に変な事を聞いてしまって」

「いや、別にいいんだけど。その写真をどうする気?」

「これはね……う~ん、まあ、後で処分しておく」


 ――と、少し言葉に間があった。晴香は戸惑った口調になり、何かを隠すような仕草を見せた後、優しい笑みを見せてくる。

 けど、その表情から、ちょっとしたぎこちなさを感じた。


「き、気にしないで! 私は変なことには使わないから」


 その写真に関して、面倒なトラブルがなければいいと思いつつも、辰樹は彼女の顔を見ながら息を飲んだ。


「そ、それより、お兄ちゃん、そろそろ食べよ! それとも私が食べさせてあげる?」


 晴香はテーブルに置かれたウインナーが挟まったパンを手にし、その先端を辰樹の方へ向けてくる。


「一応、私のお兄ちゃんなんだし、遠慮せずに食べてもいいからね」


 晴香は嬉しそうな口調で、そのパンを辰樹の口元まで近づけてくる。

 彼女からの行為を受け入れようと思い、先端の部分だけ食べる事にした。


 味は普通に美味しく、ウインナーとパンが程よくマッチしている。

 ウインナーの歯ごたえもよく、パンも食べやすい。


「お兄ちゃん、美味しい?」


 辰樹はココアを飲んで口慣らしをした後、返事を返す。


 それから、一緒に食べ合った後、今週学校であった事を話し、一時間ほど喫茶店で妹とのひと時を楽しんだ。


 素直に楽しい経験したのは、久しぶりかもしれない。

 昔の杏南と一緒に遊んでいる時の事を思い出してしまい、少し考え深く、過去の時間を堪能できた気がした。


 晴香は本当の妹ではないが、こんな特殊な関係でも、辰樹は嬉しく感じつつも、後少しだけ喫茶店で彼女との会話を続けるのだった。

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