第39話 決戦の用意

 アギトに関係する工場の破壊作戦決行日まで後2日になった。


 豆田ハウスのリビングには、今日も朝からコーヒーの香りが漂う。


「シュガー。おはよう。実にいい朝だ」

「豆田まめお。昨日はごめんね。勝手に依頼決めたこと怒ってる?」

「いや、あれから、どんなソファー買うか悩んでいる」

「そっか」


 シュガーは安堵の表情を見せた。


「それに、あれほどの決意を見せられると、協力しないわけにはいかないからな」

「決意?」

「ああ。シュガーの全身がそう言っていたが、違うか?」

「あ……」

(豆田まめおには、バレるわよね)


「豆田まめお。私ね、ワイル博士の為にも、このペンダントの謎を解いて、世界を救いたいんだけど、目先の大変な人も見捨てたくないの!」


 シュガーはペンダントを握り締めながら、豆田に訴えかけた。


「シュガー。それはそれでいいんじゃないか? シュガーはそうしたいんだろ? それがシュガーの『こだわり』なんだろ?」

「豆田まめお。ありがとう!」

「ま、私は自分の『こだわり』だけを突き詰めるが......。今回はこの我が家の空間をより上質な物にする為に協力しよう」

「豆田まめお。そう素直に言われると喜びきれないけど、まーいいわ。今回も宜しくね」

「ああ。まずは、アギトの施設を叩いて、子供たちを元に戻す。だな?」

「うん!」

「で、すぐにソファーを購入だな!」

「え? あぁ。そうね」


 シュガーは苦笑いした。


「そのためには……」

「豆田まめお。そのためには?」

「町に出て、買い物だ」

「え? 買い物? あ、クロスさんの箱の為に?」

「あー。それもあるが、今日は私の物もだ。そろそろ依頼していた物が出来上がっているはずだ。さ、用意して出かけるとしよう!」


 そう言うと、豆田はコーヒーを片手に持ったまま出掛ける用意を始めた。

 

***

 

 豆田達は首都『コルト』の『エスタ通り』から、少し外れた場所に点在する『こだわり』のお店

 を回る。どのお店も豆田のお気に入りである。


「豆田まめお。これ、クロスさんのBOXにどうかな?」


 シュガーは、豆田にトウモロコシ、大きな赤い布、ワサビ、虫カゴを見せる。


「ははは。準備金は沢山貰っているし、使えそうなものは、なんでも買っていこうじゃないか」

「了解!!」


 シュガーは豆田との買い物を目一杯楽しみつつ、クロスのBOXの中に入れれような物を探す。


「豆田まめお。次はこのお店ね!」


 観葉植物が店先に溢れる。雑貨屋『トミリアン』。

 アイボリー色の壁に、床は薄いブラウン。優しい黄色の棚には可愛らしい雑貨が並ぶ。 商品は木製の置物から、陶器、金属の小物と、幅広い商品をあつかっている。 多岐にわたる商品にもかかわらず、お店全体にまとまりがあり、店主のこだわりが感じ取れる。


 シュガーは店を隈なく回り、お気に入りを探す。


「あ。そうだ。店員さん! コーヒーが冷めにくくなるマグカップは無いかしら?」

「比較的冷めにくいのは、この厚みがあるマグカップなんですが……」

「あ、それ下さい! 2つ」

「ん? シュガー、2つ買うのか?」

「ストックも必要でしょ? 少しでもコーヒーが冷めにくい方がいいでしょ?」

「まー。確かにそうだな。前回の反省を生かそう」

「私もコーヒーが淹れれるようになったら役に立つ?」

「シュガー! それはもちろんだ! そうと決まれば早速!」

(しまった。豆田スイッチを押してしまった)


 シュガーは、言い出したものの少し後悔する。


「私は、いつも通り甘いコーヒーが良いからね」

「なるほど。では、特別な砂糖とミルクもいるな」

「じゃー。ハンナさんのところの食品屋『リスフラン』ね!」

「ああ。そうだな」


 豆田たちは『エスタ通り』から、北に二筋入った通りにある『リスフラン』に向かった。


「ハンナさん。こんにちは! おいしいお砂糖と牛乳はありますか?」

「こんにちはー。あ。シュガーちゃんね。あるわよ。とても素敵なのを入荷したところだわ。ちょっと待っててねー」


 店の奥から顔を出した銀色の髪に眼鏡の女性店主ハンナは、冷蔵庫からガラス瓶に入った牛乳を取り出した。


「後はお砂糖ね。優しい甘さはコレ。スッキリ甘いのはコレ」

「じゃー。優しい甘さのを下さい」

「はい。どうぞ」


 店主は棚に置かれていた砂糖を手に取りシュガーに渡した。


「ありがとうございます」

「あ、そうだ。あとね。これがあるんだけど、買わないかしら?」

「え? これは何ですか?」

「何だと思う?」


 ハンナは、カウンターの下から箱を取り出し、その中身をシュガーに見せた。

 首を傾げながら、シュガーはそれを手に取り眺めた。


「えーっと、石鹸ですか?」

「そう! 石鹸よ! これをシュガーちゃんに買ってもらいたいの」

「え? あのもしかしてこれって......」

「そうよ。職人の『こだわリスト』が作った物よ!」

「興味あります! おいくらですか?」

「これは、金貨1枚だけど、良いかしら?」

「はい! で、どんな能力なんですか?」

「ふふ。これはね......。壊れないシャボン玉が作れるのよ」

「えー。それは子供が喜びそうですね!」

「でしょ。戦いには使えないと思うけどね......」

「豆田まめお。買っても良いかしら?」

「ん? そうだな。準備金を貰っているし、そこから出せば問題ないだろ?」

「そうよね! ハンナさん。これ下さい」

「はいよ。また変わったのが手に入ったら、置いとくわね」


 ハンナは、楽しそうに商品を包むと、シュガーに手渡した。


「ありがとうございます! また来ますね」

「はーい! またね」


 『リスフラン』を後にした豆田たちは、『オヤジの豆屋』に向かう事にした。


***


「おう。豆田の旦那。良い豆、はいってるぜ」


 豆田の来店を楽しみにしていたオヤジは、喜びを隠し切れない。


「オヤジ。今日は3種類の豆を頼みに来た」

「ん? 3種類もか?」

「いつもの豆と、コーヒーラテに会いそうな豆。そして……」

「なるほど。豆田の旦那。例のアレだな。しっかり仕上げといたぞ。ちょっと待ってくれ」


 そう言うとオヤジは店先に出て、看板をクローズに変え、店内が見えないように雨戸もしめ

 た。


「オヤジ。なにが始まる?」

「旦那に頼まれていた。豆田ブレンドが完成したんだ」

「おお! ついに!」

「で、折角だからな。こんなものを用意したんだ。腰を抜かすなよ!」


 オヤジは、カウンター裏に回わると、レジを打ち始めた。


「51足す。117……。これで良し!! 旦那。もう一度確認するぞ? 今日は何の豆がいる?」

「フフフ。オヤジ!! 豆田ブレンドを頼む!!」


 豆田は、何が起こるのか分からないのに、ノリノリだ。


「はいよ! 豆田ブレンド! 行くぞ!」


 オヤジは勢いよく会計ボタンを押した。

 すると、店舗がガタガタと揺れだした。


 側面の備え付けの棚が大きな音を立てながら床に沈み、その奥からピカピカに磨かれたシルバーの棚が現れた。そこには『豆田ブレンド』と書かれた看板があり、9つのコーヒー豆が入ったガラス瓶が並んで

いた。


「おー!!!! これは凄い!!」


 豆田は瞳をキラキラさせながら、その棚に近づいた。


「豆田の旦那のブレンドだからな。特別に棚を新作したんだ。しかし、一番の『こだわり』は、その豆たちだ。よく見てやってくれ」

「本当に素晴らしい!  凄い豆たちだ!  鼓動を感じる!」


 豆田は銀色の棚の前に立ち。両手を広げ感動している。


(あー。なんだか私も少し楽しくなってきてるわ)


 シュガーもこのおかしな光景が楽しくなってきたようだ。

 豆田は、棚に置かれた瓶の1つを手に取った。


「これは凄い!!」

「豆田の旦那の為に仕上げた豆たちだ! どうだ? すげーだろ?」

「オヤジ!! 感謝する!」

「さー。今日はどれで行く?」

「おー。色々な種類があるんだな! これは?」

「あー。それは、豆田ブレンド【近接戦闘用】だ」

「なんだって!! 近接戦闘用!!」

(近接戦闘用?! 豆なのに?!)


 シュガーは心底突っ込みたい気持ちを我慢した。


「これは?」

「それは、遠距離用だな......。で、今日はどれにする?」


 豆田はそれぞれの豆を吟味し、


「そうだな。やはり、今日はこの豆田ブレンド【近接戦闘用】だな」

「おう! そうか、これを使ってくれるんだな。旦那。次も強敵なのか?」

「ああ。かなりキツイ戦いになる。少し余分に頂いて良いかな?」

「おういいぜ!」


 オヤジは丁寧に豆を包装し豆田に渡す。


「じゃー。気を付けて行くんだぞ」

「ああ。まだ残りの豆も試す為にも、絶対に帰ってくる」

「よし。待ているぞ」


 いつもの豆と、コーヒーラテに会いそうな豆、そして豆田ブレンド【近接戦闘用】を手にいれた豆田は『オヤジの豆屋』を後にした。


***


 自宅に戻ってきた豆田たちは、早速キッチンに向かった。


「では、シュガー。コーヒーの淹れ方の練習をしようか」

「早速? まー。良いわ。アシスタントとして、覚える必要があるわよね。しっかり頑張るわ」

「では、まず私が淹れるのを、しっかり見ててくれ。これが今の私の淹れ方なんだが……」


 豆田は棚から、黒色のドリップケトルを取り出し、火にかける。


「シュガー。この間に豆を挽くんだ」


 豆田は先ほど購入した豆を袋から取り出した。


「良い香りね」

「そうだろ?」


 豆田の口角が緩んだ。


「今日は17gの豆に対して、160㎖のお湯でいく。まずミルに豆を入れ挽く」


 コーヒーミルに豆を投入し、ハンドルを回す。

 カリカリと心地良い音が、耳に届く。


「コーヒーは温度が大切なんだ。少しでも温度を下げない為に、先に沸いたお湯を道具にかけ、温める」


 豆田はサーバーを温める為に使ったお湯をすて、豆をセットした。


「あとは、ドリップケトルでお湯をムラがないようにゆっくり回していれる。少し入れて蒸ら

 したら、20秒ほど待ち、再度お湯を注ぐ」


 小さい円をかきながら注がれるお湯。粉がふわふわ膨らみ、コーヒーがサーバーにポタポタ

 落ちてきた。


「いい香り!!」

「だろ? この瞬間が一番好きなんだ」


 サーバーの160㎖のメモリまで、コーヒーを淹れ完成した。

 早速、新しく買ったマグカップにそそぎ豆田は1口飲んだ。


「んー。素晴らしい」

「どうだ? シュガーも同じように淹れてみるか?」

「ええ。チャレンジしてみるわ」


 シュガーはコーヒーを淹れる練習開始した。

 粉を蒸らし、お湯を注ぎこむ。


(あれ? うまく膨らまない)


 豆田に聞いたようにやるが、上手くいかないようだ。


「シュガー。はじめてにしては上出来だ」

「そうかな? 奥が深いわね」

「それは、いくらでも『こだわれる』」

「そうよねー。豆田まめおでも?」

「ああ。まだまだ極めるべきことはいくらでもある」

「へー」


 シュガーは初めて淹れたコーヒーをまじまじと眺める。


「これにミルクと砂糖を入れても良い?」

「ああ。好きに楽しむのも大切だ」


 シュガーは買ったばかりの砂糖とミルクをコーヒーに入れた。


(あのハンナさんのところの砂糖とミルクが凄く合うわ!!)


 豆田は喜ぶシュガーをみながら、微笑んでいた。


***


 そして、ついに、豆田達は入念な準備を終え、決戦当日を迎えた。

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『こだわリスト』って知ってます?コーヒー使い豆田まめおが世界を救うまで @TKcafe

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