第38話 家賃の支払い

 豆田探偵事務所の家賃支払い期日の当日。


 豆田達は『カイナ祭り』事件の報告をする為に王様の元を訪れた。


「豆田くん。シュガーくん。朝早くにすまんの。昨日は本当に良くやってくれた。礼を言わせてくれ」

「王様。労って頂き、ありがとうございます。無事に犯人を捕まえられて良かったです」

「たぬきオヤジ。犯人は自分でアギトのメンバーだと名乗っていた。嘘をついている様子は無い。この時間の黒幕は犯罪組織アギトで間違いないはずだ」

「そうか。アギトか。なにやら最近は活発的に動いておるようじゃのー」


 王様は深妙な面持ちで何やら考え込んでいる様子を見せた。


「王様。あのー」


 シュガーは申し訳なさそうに王様に話しかける。


「ああ。すまんすまん。とりあえず今回の依頼は終わりじゃ。追加の褒美を渡すとしよう」

「ありがとうございます!!」

(やった! これで、豆田ハウスの家賃が払えるわ!!)


 シュガーはニンマリと笑った。

 報酬を手にしたシュガーは、ご機嫌な気分で自宅に戻った。


***


 シュガーは家賃分の金貨を手に入れた事で、張り詰めていた緊張がとれた。疲れが一気に押し寄せソファに倒れこむ。


 豆田は帽子を壁にかけると、ソワソワと何かを警戒している様子だ。


「豆田まめお。これで家賃が払えるわね」

「ああ。これで滞納していた家賃は払えるな」

「ん? 何その言い回し?」


『キーーッ』


 玄関扉が開く音が聞こえた。


 豆田はハッとして、土間に飛び降りた。間髪入れずに床をスライドさせ、現れた隠し階段に飛び込んだ。


「シュガー。いないと言ってくれ」


 豆田はスライドさせた床を元に戻した。


(家賃は用意したのに、なぜ隠れるのかしら?)


 階段から紫の派手な服を着たオーナーが現れた。


「あら? 今日も豆田さんはいないのね? まーいいわ。家賃は用意できたかしら?」

「はい!! ここに!!」


 シュガーは自信満タンに家賃3か月分を渡した。


「ほう。用意出来たのね。確かに頂くわ」


 シュガーは満足気な微笑み。


「では、今月分の家賃もお願いね」


 オーナーは片眉を上げながら、シュガーの顔を覗き見た。


「え? あの。今月分ですか?!」

「ええそうよ。先月分までの滞納分は頂いたから、次は今月分ね」

「すいません。今月分はまだなんです」

「あらそう。まー。いいわ。また早めにお願いね」


 そう言うとオーナーは、そそくさと帰って行った。


「豆田まめお!!」


 2階の土間の隠し扉を開けながら、シュガーは叫ぶ。


「シュガー。対応ありがとう」

「知ってたのね! 今月分の家賃のこと」

「はははー。もちろん!」


 シュガーは肩を落とし呆れかえる。


「ところでこの部屋は何なの?」


 シュガーは質問しながら、急傾斜な階段をソロリソロリと降りる。


 隠し部屋はリビングの3分の1ほどの空間。

 壁3面に天井まで続く本棚がある。一番奥の壁側にはデスクとライト。そして大きな黒板。

 

 そこにはチョークで書かれてある図形や文字。ノートの切れ端をメモ代わりにした物や写真が張られていた。


「この部屋は、事件の資料や、人についての資料が沢山置いてある。コーヒーに合わせた空間には似合わないから、床下に専用の部屋を作ったんだ」

「凄い。ここの棚全部がファイル? あと本も沢山あるのね。心理学、解剖学、生理学、医学書。東洋の鍼の本? 全部集めたの?」

「ああ。探偵業をやるには、常に研究が必要でね。仕事をするのに本は欠かせない」

(なるほど。これが豆田まめおの、あの観察眼につながるのね)


 シュガーは空間を隅々まで眺めながら感心した。


「まー。と言っても師匠に比べたら、まだまだなんだがな」

「豆田まめおは、師匠さんのことを尊敬しているのね」

「ああ。凄い『こだわリスト』だ。そして恐ろしく強い」

「そんなに強いんだ。もしかして、風雷さんより?」

「そうだな。風雷の1000倍は強いな」

「え? そんなに強いの?」

「ああ。強い。そして、恐ろしい。暗殺者として完成されているからな」

「一度、お会いしてみたいわねー」

「なっ! 無理だ! 帰ったら確実に殺される。いいか? 栄断流暗殺鍼灸を極める前に逃げてきたようなもんだ。戻った瞬間。おそらく死んでいる」

「そ、それは戻れないわね」

「だろ? それにクロスのこともあるしな」

「え? クロスさん?」

「ああ。そうだ。クロスは......」


『ギーー』


 玄関の扉が開く音がした。

 豆田はシュガーに向かって、『シー』の合図を送る。


「誰か来たな? 20代前半。男。ここに来るのは初めか」


 豆田達は、急いで隠し部屋から出て2階に上がった。


「すいません。豆田様」

「ん? あー。お城の兵士か」

「そうです。いつもお世話になっております」

「どうした? こんなところまで」

「実は困ったことになりまして。王様が呼んでくるようにと」


 豆田とシュガーは顔を見合わせ、首をかしげた。


***


 豆田達は兵士に連れられて、再度王様の元へやってきた。


「よく来てくれた。すまんの。先程帰って貰ったばかりなのに。豆田君。シュガーくん。実は大変なことが分かったのじゃ」

「王様。何が分かったんですか?」

「そうじゃのー。まず、報告からじゃ」


 豆田は嫌な予感を感じ警戒する。


「二人に依頼をしておったカイナタウンの件なんじゃが、まだ被害者の子供たちが目覚めておらんのじゃー」

「ん? 『カイナ祭り』のアギト達は事件に関係なかった。と、いう事か?」

「いや、豆田くんの連絡通り、『くじ引き屋』のキャンディーから、人を寝たきりにする成分が検出された。しかし……」

「なるほど。つまり、あの2人は実行犯で、主犯は少なくとももう一人はいると?」

「流石豆田くん。そういうことになるのー」


 王様はヒゲを触りながら、大袈裟に困った表情を見せた。


「さらなる説明はこの者からお願いする事にしよう。頼む」


 王様は視界を左の方に移し、待機していた執事に合図を送った。

 執事は一礼すると、扉に手をかけゆっくり開いた。扉の奥から、見慣れた白と青の制服をきた青年が現れた。豆田の幼馴染のクロスだ。


 神妙な面持ちで王様の横に並んだクロスは、いつもの砕けた様子は見えない。犯罪組織アギトに詳しい人材として、王様に呼ばれたようだ。


「クロス!」

「やー。まめっち。僕から続きを説明するね」


 クロスは分厚い資料を持ちながら、説明を始めた。


「まずね。キャンディーに使われていた紙や棒から、ある工場が関与していることが明らかになったんだ」

「つまりその工場が、アギトに関係する施設、もしくは支部や本部ということか」

「そういうことになるね」

「クロスさん。じゃー。その施設をこのままにしていたら、この国の人々がどんどん寝たきりになるって事ですよね?」


 クロスは真っすぐシュガーを見て頷く。


「ということで、あとは王様」


 王様は右手を上げクロスの言葉に答える。


「うむ。そこで、豆田くん。君にその工場の施設を破壊してもらいたい」

「んー。破壊か。断る!!」

「豆田まめお!! この国の人の未来がかかっているわ!」

「んー。私には関係ない。断る!」


 一同は深い沈黙。シュガーは呆れて溜め息をついた。


「豆田まめお。まだ家賃が足らないの」

「今月分ならまた普通に稼げばいい」

「豆田まめお。お願い」

「断る」

「ふぉふぉふぉ。まだ家賃の問題が残っておるのじゃな? では、シュガーくん」


 王様はシュガーを手招きで王座に呼ぶ。駆け寄るシュガーに王様は耳打ちした。


「え、そんなに貰えるんですか? 家賃どころか家数軒分じゃないですか!」

「我が国の未来がかかっておるしのー。わしはこの報酬でも安いと思うのじゃが......」

「やります!!」

「おい! シュガー。この作戦は厳しい」


 シュガーは、ずかずか豆田に詰め寄る。


「豆田まめお! 良い豆が買えるわよ」

「いや、豆は今でも買える」

「素敵なシーリングファン。高級ソファー。フカフカのベッド。珍しい本」

「ん―。シュガー……。それは欲しい!!」


 シュガーは王様の方をくるっと振り返り、


「王様。受けます!!」

「ふぉふぉふぉ。流石シュガーくん。よろしく頼む!」


 クロスとシュガーは王様に一礼をして退室する。豆田はブツブツと考え事をしながら謁見の間から出て行った。


***


 豆田たちを城の玄関まで見送りに来たクロスは、再度神妙な表情を見せながら頭を下げた。


「まめっち。厳しい戦いになると思うけど頼むよ」


 しかし、その言葉に豆田は反応しない。


「ソファーは、カバーを本革に変えるか。シーリングファンはサイズアップだなー。それに今まで買えなかったあの解剖学の本。それになんだ。帽子も買うか」


 豆田は、完全に自分の世界に入っているようだ。


「クロスさん。もう何も聞いてないです。何を買うかしか考えてません」

「さすがまめっちだね」


 クロスとシュガーは、クスクスと笑った。


「シュガーちゃん。作戦決行日は3日後を予定しているんだ。まめっちが普通に戻ったら言っといてくれない? 準備を頼むって。それと、これは王様から貰った準備金。好きに使って」

「クロスさん。分かりました」


 シュガーは準備金を受け取った。


(不安はあるけど、大丈夫よね。家賃の問題もあるけど、助けられる命は助けなきゃ)


 シュガーは決意の表情をみせた。

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