第37話 西の町カイナタウン 後編

 豆田たちは『コモのカルカル屋』の店主に教えて貰った『くじ引き屋』にやってきた。


『くじ引き屋』の屋台の中は、所狭しと景品が置かれている。

 オモチャの拳銃、人形、馬の置物、刀、キャンディー、お面。

 屋根には、『外れなし!! 一回銀貨1枚!』と大きく書かれた看板が取り付けられていた。


(『コモのカルカル屋』の店主に聞いた情報によると、ここの店主が『こだわリスト』である事は間違いない。問題は今回の事件に関与しているかどうかだ。探りを入れてみるか)


 豆田はシュガーを後方に下がらせ一人で店に向かった。ポロッポはシュガー肩から、飛び立った。


 おでこにタオルを巻き、いかにも体育会系の元気ハツラツな店主が接客している。

 豆田の鋭い観察眼が店主の特徴を分析し始めた。


(ん? この店主……。よし)

「すまん。くじを一回頼む」

「お! やっていくかい? 一回銀貨1枚だよ」

「ん。高いな」

「高くないよ! 必ず当たるから、安いよ!」

「まぁいい。一枚」

「1等は、ペンギンのペンダントだよ」


 店主は棚の奥から、くじが入った箱を取り出し、豆田に向かって差し出した。豆田は手を突っ込み慎重に1枚取り出す。


 取り出したくじを店主に渡す。何もおかしいところはない。


「おめでとう! 1等だよ!! ペンギンのペンダントだ!」

「さぁさぁ、奥に立っている彼女にプレゼントしておくれ」


 豆田はペンダントを受け取り、振り返る。そして、シュガーの眼球を見つめる。


 豆田が背を向けたその瞬間、店主の顔が穏やかそうな顔から修羅のような顔つきに激変した。

 鉄の棒をカウンター奥から取り出し、大きく振りかぶる。

 その様子を見て、シュガーは大声を出す。


「豆田まめお! 危ない!!」


 シュガーの瞳を鏡のように使っていた豆田は素早く反応し、すぐさま身をかがめた。


 その瞬間、豆田の頭上を鉄の棒が通過した。間一髪である。


「コーヒーシールド!」


 コーヒーカップから『こだわりエネルギー』が浮かび上がり、高速回転する。

 プレート状に薄く伸ばされ、コーヒーシールドが完成する。


『ガキン!!』


 頭上から振り落とされた鉄の棒をコーヒーシールドが弾した。


「コーヒー銃!」


 コーヒーシールドは、すぐさま形状を変え、拳銃と弾丸になる。豆田は店主の方を振り向きながら、引き金に力をこめる。


(いけ!)


 豆田が念じると発砲音と共に黒い弾丸が走る。


 店主は鉄の棒で弾丸を叩き落とした。


 刹那の攻防である。


「店主さん。そのトンファーも景品かな?」

「ははは。副賞だ。しっかり受けとって貰わないと!」


 店主は左右に持ったトンファーを使い嵐のような打撃を繰り出し続ける。豆田はコーヒーシールドを再度作り、何とか打撃を受け流す。


(うそ! 豆田まめおが押されている!)

「豆田!! 散々、組織の邪魔をしてくれたな!」

「貴様。アギトか?!」

「そうだ! トビオはいい奴だったのに!! お前のせいで捕まった! あいつのカタキだ! お前はここで死ね!」


 店主は大きく振りかぶり、力を込めた打撃を放った。豆田は、シールドごと吹っ飛ばされた。


「ぐはっ!」

「はっはっはっ!! 豆田よ。一気に仕留めてやる。俺の力を味わえ!!」


 店主はベルトに取り付けた『くじ箱』と書かれた箱に銀貨1枚を入れた。


 箱の前方からパカッと開き、『くじ』が飛び出した。店主はそれを素早く手に取り、開いた。


「きた――!! 2等だ!!」


 箱から取り出した『くじ』から煙が発生し、店主の身体に巻き付いていく。


「はっはっはっ!!」


 纏わりついた煙が、見る見るうちに筋肉へと変化し、店主の身体を筋骨隆々のマッスルボディに変えた。


(何?! 筋肉が増えただと!! さらに強くなったという事か)


 その姿を見た豆田は、上空を旋回するポロッポに視線を送ると、


「ポロッポ! 人々の避難を!」


 ポロッポは、高度を下げると大声で叫び始めた。


「皆さん! 火事ですよ! 逃げてください!!」


 ポロッポは、会場中を飛び回り、避難を呼びかける。


「「「キャーーーーーー!!」」」


 悲鳴と共に人々は逃げ出しはじめた。


「豆田! 2等の力を食らえ!!」

「くそ、コーヒーソード!」


 豆田はシールドをコーヒーソードに持ち替えた。

 店主は丸太のような上腕に更なる力を込め、トンファーを逆さに持ち、サイドから回し殴る。豆田はソードでそれを受ける。


『カキン!!』


 トンファーとコーヒーソードが交差するたびに鋭い金属音が鳴る。


「フハハハハ。豆田よ! こんな祭りにたまたま来るとはな!!」

(こいつ。私達が事件を調べているとは知らないのか?)

「本当に運が悪かったなー!! フハハハハ。豆田。お前は確実に死ぬ」


 大笑いしながら、打撃を繰り出し続ける店主。


(奴の攻撃は、強力だが今のところ致命傷ではない。しかし、何だこの余裕は?)


「おーい!! イザベル! 能力を使え!!」

(なに? もう一人いたのか?!)


 豆田は周囲を見るがそれらしい人影はいない。


(直接攻撃してくる『こだわリスト』ではないのか? くそ! この店主の攻撃を捌くだけで目一杯なのに)


『ピピッ』


 店主の『くじ箱』から電子音が鳴る。


「なんだ。もう時間か?」


 店主が攻撃を止めると、まとっていた煙が箱に吸収される。


「はっはっはっ!! さー! 次はどうかな?」


 店主は再度『くじ箱』に銀貨1枚を入れようとする。


「させるはずないだろ! コーヒー銃!!」


 黒い弾丸が店主向かって飛ぶ。しかし、トンファーを回し、簡単に弾丸を振り落とす。


「はっはー。ま、焦るな」


 店主はベルトに取り付けた『くじ箱』に銀貨1枚を入れた。箱の前方から『くじ』が飛び出した。


「かーー! くそ!! 次は5等か!」


 先程よりは少ない煙が発生し、店主の右腕だけに集まる。煙は筋肉に変化した。


(今度は右手だけ? 『くじ』の内容で筋肉量が変わるのか? 五等。これ程度の筋肉なら!)


「コーヒー銃!!」


 黒い弾丸が店主に向かって飛ぶ。しかし、弾速が先ほどよりも遅い。店主は、ゆっくり側屈してそれを躱した。


(なに? おかしいぞ! もうコーヒーが冷め始めている!)


「フハハハ。気付いたか?」


 困惑する豆田を見て、店主は高笑いする。


「気温を下げる『こだわリスト』か?」

「おっ! 流石豆田探偵だな。しかし、もう遅い。コーヒーが冷めてしまえば貴様など、単なる雑魚だ!」

「私を倒すために準備をしていたのか?」

「いや。たまたま違う任務で来てただけだ」


(こいつ。バカだな。この寝たきり事件はアギトの仕業とみてよさそうだな)


 豆田は更に情報を吐き出そうと、言葉を投げる。


「二人で任務とは、えらく少ない人数だな」

「フハハハ。大した任務ではないからな! 子供にキャンディーを渡すだけの簡単な任務だ!」

(キャンディーに寝たきりにさせる成分を入れているのか)


「私にそんな情報を聞かせていいのか?」

「フハハハ。お前はここで死ぬから大丈夫だ。それに、こんなに話せば、コーヒーは冷めているだろう」


(しまった。その為の時間稼ぎか!)


『ピピッ』


 店主の『くじ箱』から電子音が鳴る。


「さー。豆田。断罪の時間だ」

「くそ! コーヒー銃!!」


 コーヒーは微動だにしない。


(くそ! コーヒーが冷めきってしまったか!!)


 店主の右手の筋肉は煙に戻り、くじ箱に吸収された。


「さー。次は何等かな? フハハハハ」


 店主はベルトに取り付けた『くじ箱』に銀貨1枚を入れる。飛び出した『くじ』を受けとると、すぐひ開く。


「キターーーーーー!!!! 1等だ!! 完璧すぎる。ここで死ね。豆田!!」


『くじ』から煙が大量に発生し、店主の身体を覆う。店主の身体はドンドン大きくなり、屋台の大きさを遥かに超える。

 

 店主は3メートルほどの筋骨隆々な大男になった。


『パタパタ』


 ポロッポは、避難の呼びかけを終え、豆田のもとに戻ってきた。


「豆田さん。皆さんの避難は終わりました!!」

「ポロッポ!! 敵がもう一人いる! 逃げ出してない人間を探してくれ!!」

「分かりました!!」


 ポロッポは、必死に羽ばたき再度上空に上がる。


「フハハハハハ」


 地鳴りするような大声。全身のすべての筋肉が増加しているようだ。


「最高の一日だ!!!!!! 死ね! 豆田!!」


 大男は地面を大きく蹴り、跳躍する。

 見た目の大きさに反して、先ほどまでより素早い。


「フン!!」


 店主はドラム缶のような足で、豆田を蹴りつけた。豆田はコーヒーシールドを瞬時に作り出すが、その破壊力に、なす術がなくぶっ飛ばされた。後方にあった『リンゴ飴屋』の屋台に突っ込んだ。


「豆田まめお!!」


 シュガーは悲鳴のような声で叫びながら、豆田の元に駆け寄った。


『リンゴ飴屋』は、ボロボロに破壊され、豆田はそこに埋まっている。


(シュガーか。くそ。どうやってコーヒー無しで戦えばいいんだ)


『くじ引き屋』の大男は、ドスンドスンと音を立てながら、豆田達に近づく。


「フハハハ。なんだ? 女の仲間がいたのか。こいつから殺してやるか!」


 シュガーはキリっとした顔で、豆田の前に立つ。


「豆田まめお! 逃げて。わたしの我儘のせいだから。逃げて」


 シュガーは屋台で手に入れた品を地面に置き、両腕を広げて、豆田を守る意思を示す。


「シュガー。大丈夫だ。お前が逃げろ」


 豆田は『リンゴ飴屋』から這い上がる。状況を把握し、この状態から脱するすべを探す。


(くそ。この『くじ引き屋』をどうする? まだ奴の変身が解けるまでには時間がある。それに時間を稼いだとしても、また『くじ』を引かれたら同じことだ。コーヒーが無い状態で戦えるのか?)


 豆田は辺りを見渡す。


(上空にポロッポ。下がる気温。崩れる屋台。散乱する。商品。に、シュガーの手荷物? あれは? そうか。まだ何とかなるか) 


 豆田はシュガーが置いた品々の中から、緑色の袋を手に取った。


『パタパタ』


 ポロッポが高度を下げて近づく。


「豆田さん。ここから三時の方向にいるアイスクリーム屋の店主が逃げてません!」

「ポロッポ、でかした!」


「フハハハハ。今更分かってももう遅い。コーヒーは冷めた後だ!」


 豆田は両手を広げて守ろうとするシュガーの肩に手をかけた。振り返るシュガーの視界には、ボロボロになった豆田が見えた。


「シュガー。もう大丈夫だ。下がっていてくれ」

「豆田まめお。無理よ! あなたが逃げて!」


 豆田は口角を上げる。


(え。笑っている?)


 シュガーはその顔を見て、豆田がまだ何か企んでいる事を察し、後ろに下がる。


「フハハハハ。ついに観念したか?」

「いや。必殺技は取っておくものだろう」

「まだ何かあるってのか? 笑わせな」


『くじ引き屋』の店主は拳を握り締め力をこめる。次にくる一撃は間違いなく今までで最大の攻撃になるはずだ。


 豆田は、素早く緑色の袋に手を入れ、コーヒーゼリーを取り出す。


(豆田まめお。それはコーヒーゼリー? まさか!

 「コーヒーゼリーランス!!」


 豆田は、コーヒーゼリーを高々と掲げ、叫んだ。


 コーヒーゼリーから『こだわりのエネルギー』があふれ出る。モコモコ泡のようにあふれ出たそれは、瞬時に大きな槍に形を変えた。


「なんだ? 何が起こった!! 聞いてない能力か?」


 慌てる『くじ引き屋』だが、すぐに頭を切り替え、攻撃に移った。


 凄まじい風圧と共に振り出された渾身の一撃が豆田を襲う。


 しかし、豆田はその研ぎ澄まされた観察眼を使い、軌道を先読みした。


「分かりきった攻撃など、当たるか!」


 紙一重で、豆田はその攻撃を躱すと、コーヒーゼリーランスを『くじ引き屋』の腹部にぶっ刺した。


「ぐわわ!」


 大きな声をあげた『くじ屋』だが、大した痛みでは無いことに気付く。


 自身の腹部の先で、短くなったコーヒーゼリーランスをみて、ニヤリと笑った。


「フハハハハ。どうやらその武器は、この1等くじの身体に弾かれ壊れたようだな」

「ふっ! いいか? コーヒーゼリーランスは、刺す為に使うのではない」

「なに??」

「弾くために使うんだ!!」


 破壊されたようにみえたコーヒーゼリーランスだが圧縮されていただけで、破損していなかった。


 ランスは激しく振動し、一気に弾けた。


『バコーーン!!』

「ぐががー!!」 


 爆音と共に『くじ引き屋』の巨体が凄まじい速さで後方にぶっ飛ばされる。


『『『ガシャン!! ボン! ガチガチ!』』』


 砂煙をあげ、数々の屋台を破壊しながら、『くじ引き屋』は、豆田の視界から見えなくなるところまで、転がり飛ばされていった。


 屋台の商品達が摩擦で焼かれ、焦げた匂いが周囲に立ち込めた。


「豆田まめお!! 大丈夫? 今回はダメかと思ったわ」


 シュガーは、涙を溜め


「ああ。大丈夫だ。問題ない」

「凄い光景ね。これ豆田まめおがやったのよね?」

「ああ。コーヒーゼリーの力を使った!」

「コーヒーゼリーも使えたのね。先に言ってよ!」

「はは。この前、ひらめいた所なんだ! あのステンドグラスの体験が役に立ったなー」

「色々な体験が、役に立つのねー。あ! そうだ! もう一人敵がいるんじゃなかったっけ?」

「ああ。それなら大丈夫だ」


 豆田は『くじ引き屋』が吹っ飛んだ先を親指で示した。


「ポロッポに敵の位置を聞いたからな。そっちに向かって『くじ引き屋』をぶっ飛ばした」

「え。それじゃ。もう終わったの?」

「ああ。終わった」

「良かったー」


 シュガーは安堵からその場にへたり込む。


『パタパタパタパタ』


 ポロッポが上空から優雅に舞い降りてきた。


「豆田さん。危なかったですね! 私が敵を見つけたお陰で助かりましたね。私が皆さんを逃がしたお陰ですね。私が」

「はいはい、そうだな。感謝しているよ」


『ウウ――、カンカンカン。ウウ――、カンカンカン』


「豆田さん。私が火事だと騒いだお陰で、誰かが消防車とパトカーを呼んでくれたみたいですね」

「そうか。あとは警察に任せよう」


 豆田は、その場に座り込み深いため息をついた。


「豆田まめお。大丈夫?」

「はぁー。持ち帰り用のコーヒーゼリーが……」

「え? そこ??」


 どんな時でも、コーヒーを忘れない豆田に呆れつつ、豆田らしいと思い微笑むシュガー。


「仕方ないわねー。豆田まめお。帰ったらコーヒーゼリー作ってあげるわ」

「本当か、シュガー!! コーヒーゼリーを作れるのか! 素晴らしい。完璧なアシスタントだ! 元気が出た!!」


 豆田はスクッと立ち上がり、やって来た警察官のもとに走っていった。

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