No.7 THE MOVIE
私たちは、5階の77号室の扉の前に着ていた。
「ここが………、映画館?」
徹さんはそう言った。
たしかに………、扉の大きさは21号室や22号室と変わらない。
でも………、さっきのレストランと同じように、この先に、広い空間が広がっているのかもしれない。
「徹さん、行ってみましょう。最高に面白い映画が見れるらしいですから」
「そ、そうですね、凛さん」
私たちは、77号室の扉を開けた。
◇◆◇◇◆◇
「HEY! さっそく来てくれたってわけか。最高だね君たちは。しかもカップルと来た! ワアォ、こりゃ、特別席を用意しなくちゃね。ハハハハハハハ」
赤と白のスーツを着た、サングラスの男が、私たちを歓迎する。
「さあーて、君たちの席は、Kの10と11にしよう。そこがベストにベターだ。さあ、この道を真っ直ぐ進んで、途中で、POPゾーンがあるからね。そこでポップコーンを注文しよう。ポップ&コークだ。あるいはポップ&ジンジャー。じゃあ、楽しんで」
「は、はい……」
「あ、ありがとうございます」
私たちは、サングラスの男から、チケットを受け取ると、レッドカーペットの廊下をつき進んで、POPゾーンに向かった。
「おっと? 一番乗りはお似合いカップルと来た。なんと羨ましい………、これはスペシャル・ポップ&ドリンクコースに決まりだ。それがベストにベター。安心して、最高にグッドだから? 本当に……、安心して?」
POPゾーンに着いた私たちを、赤と白のスーツを着た、紫色のロングヘアの女性が、そう言って、意味深に出迎える。
私たちが、何かを言う暇もなく、すぐに彼女は作業に取り掛かり、一瞬にして、カウンターの前に、ポップコーン入りのバケットと二つのドリンクを豪快に登壇させる。
「ありがとうございます。こ、これは………」
「ありがとうございます。お、美味しそう」
徹さんが受け取ったドリンクは水色をしていてレモンが添えられていた。私のドリンクはピンク色で、サクランボが添えられていた。すごく華やかだ………、スペシャルなだけはある。
「さあ、いってらっしゃい。最高にグッドな時間はまもなく始まる。このまま進めばムービーゾーンに入るから。そこで、機械にチケットを通して。じゃあ………。わ、わたしの分まで爆発してね………、」
紫色の髪の彼女が、最後に何を言ったのかよく聞き取れなかったけど、とにかく、このまま進めば、映画が見れる場所に行けるらしい。
私たちは、赤いカーペットの廊下をつき進んだ。
◇◆◇◆◇
しばらくして、私たちはムービーゾーンの入り口にたどり着いた。
「これ………、かな?」
徹さんは、そう言って、入り口の門にある駅の改札口みたな機械にチケットを入れる。
『Kー10デース。タノシンデクダサイ。ハブ・ア・ナイス・デーイ』
ムービーゾーンの入り口の門が華やかに点滅して、機械の音声が鳴り響いた。
「通って………、いいのかな」
徹さんはそのまま、門を通りこした。
私も、徹さんに習ってチケットを改札口にあるような機械に入れる。
『Kー11デース。タノシンデクダサイ。ハブ・ア・ナイス・デーイ』
そして、何事もなく門を通り過ぎた。
「行こうか、凛さん?」
「はい、徹さん」
私たちは、ムービーゾーンの奥深くに入り込んだ。
◇◆◇◆◇
ムービーゾーンには大きなスクリーンと赤いチェアがいくつも並べられていた。
私たちは階段を登って、決められた席に着いた。
徹さんはKの10で、私はKの11。
「まだ………、映画が始まるまで時間があるみたいだね」
「そうですね………、徹さん。ポップコーンでも食べましょうか」
「そうだね、凛さん」
スクリーンには、まだ何も映っていなく、ホール全体は明るく照らされていた。
私たちは、映画が始まるまでの間、ポップコーンを食べて、華やかなドリンクを飲みながら雑談することにした。
しばらく、徹さんと私がシュテルンステーションに来る前の自分たちの境遇や、世間的なことやお互いの好きなものについて話し合っていると。
ぽつぽつと、色んな人が赤いチェアに座っていく。
「みんな………、ステイキャット? ………なのでしょうか」
「うーん。分からない。このステーションには色んなキャットがいるらしいから」
「そうなんですね………、」
私たちは、それからまたポップコーンを食べながら、映画が始まるのを気楽に待っていた。
会場内の席がいい感じに集まると、突然——、照明が消える。
スクリーンがほのかに光はじめた。
「始まるみたいだね………、」
「そうですね……、徹さん」
ようやく————映画が始まった。
◆◆◆◆◆◇◆◆◆◆◆
炭鉱夫の青年は、汗水たらしながら、顔に着いた真っ黒な汚れを、ヨレヨレのシャツでふき取る。
「おーい、ジェームズ。こっちへ来い!」
「今、行きます!」
「これは………、どういうことだ?」
「………はい?」
設営されたテントが荒らされていた。地面にはいくつかの金貨が散らばっている。誰かが盗みを働いたに違いなかった。
「お前の仕業だろうが? とぼけるなよ?」
「僕は————、うっ!」
親方はジェームズの頬をひっぱたく。
「信じてください! 僕は何もしていません! 他の誰かが………、」
「うるせぇ! お前が以外に誰がやるって言うんだい!」
「————何もやっていません!」
「くたばれ! よそ者! 死んでしまえ!」
親方はスコップでジェームズを殴ろうとする、
ジェームズはそれをかわして、炭鉱の外に出るために走り続けた。
「親方………、お世話になりました。もう……、ここにはいられない。さようなら」
彼は、それから、あて先もなく、暗い夜道を走り続けた。
————
「だめだ………、お腹がへった。これ以上歩き続けられない」
彼は、線路沿いを、足取り不確かに歩いてた。
「どこかに町があるいいけど………、あとどれくらいで、」
見たところ………、視界には明るい場所などどこにも映ってはいない。
「はあ………、」
彼は、線路の上にへたれこむ。
だが、突然————
汽笛の甲高い音が野原に鳴り響いた。
「——ん⁉」
ジェームズは起き上がる。
煙突から真っ白な煙をはいた、漆黒の列車がジェームズに向かって物凄い速さで、近づいてくる。
「………、おお!? 危ない!」
彼は、咄嗟に、身を投げ出して、自分に向かって、突進してきた漆黒の列車をかわす。
「列車? こんな時間に? いいや———」
彼は、通り過ぎようとしていく漆黒の列車の最後尾に飛び乗る。
「———んっ! ぐっ!」
ジェームズはなんとか列車の最後尾の鉄パイプに腕をかけ、デッキに登った。
「はあ………、はあ………、なんとかなった」
ジェームズは、車両の中に入るために、ドアを開ける。
————
「誰もいない? すっからかんだ………、」
車両の中には、誰もいなかった。
「奥に行けば………、誰かいるかもしれない」
ジェームズは、ドアを開けて、次の車両へ移動する。
しかし誰もいない。まったくの無人だった。
彼はそのままドアを開けて、誰も席に座っていないことを確認して、また別の車両のドアを開けるという作業を繰り返した。
やがて、
「————ん?」
一人のうら若き女性が、寂しそうな顔して、ポツリと席に座っていた。
「あの………、」
ジェームズは、彼女に声をかける。
下を向いてうつむいていた彼女は、顔をあげた。
「………、はい? なんでしょうか?」
彼女は、そう言った。
「えっと………、この列車は、どこに向かっているのかな?」
ジェームズはそう言った。
「はあ………、それは………、私にも分かりません」
「……えっ?」
「あなたも………、調べずに、乗ったのですか?」
「いいや………、僕は、」
ジェームズは、物憂げな彼女の顔を見て、ため息をつく。
「逃げてきたんだよ………、現実からね」
彼は諦めたようにそう言った。
「そうですか………、なら、同じですね。私と」
彼女は、そう言った。
————
彼らは、お互いの共通点を探すように見つめ合う。
やがて、
「こんな時間に女性が一人だなんて、いくら列車とはいえ、少し無警戒すぎないかな?」
ジェームズが、気取ったように口を開く。
「そんなことないですよ。 襲ってきたら、このバックで殴りますから」
そう言って、彼女は、赤いハンドバックをジェームズに見えるように示す。
「それじゃあ………、物足りないね。綺麗な女性にはエスコート役が必要だな。たとえ、行く先が分からなくてもね。僕は、ジェームズ。よろしく」
「私は、ジェシカです。ヨレヨレのシャツを着た男のエスコートはいりません」
「おっと………、それはきついね。でも、安心して、腕力だけには自信があるんだ。夜道にはびこる獣から、君を守れるよ?」
「エスコート役に必要なのは。腕力ではなく、繊細さでは?」
「あと、清潔感も必要だね」
「あはは! その通りですね!」
ジェームズとジェシカはそのあとも喋り続けた。
「じゃあ、ジェームズは炭鉱から逃げてきたのね? 濡れ衣を着せられたからって」
「そうだね。でも——、君は、親から逃げてきた。将来有望だったのに」
「私は、このまま一生、お人形でいるのにウンザリしただけです」
「僕も同じだよ。十字架に貼り付けられる未来にウンザリしたんだ」
彼らは、お互いを探りあうように、見つめあう。
しかし————
走り続けていた漆黒の列車が、ゆっくりと速度を落として、停車する。
「どうやら、着いたみたいだね」
「そうですね。宿がある町だといいですけど………」
————
「ここが………、この町の唯一の宿らしいですね。車掌さんによると」
「そうだね。まあ………、少しさびれているけど、ないよりはいい」
看板が倒れかかり、ペンキが薄くなった、宿らしき建物にジェームズとジェシカは入り込む。
「ごめんください………、」
ジェシカはそうあいさつする。
「もうやっていないのか………」
ジェームズはそう言ってため息をはく。
しばらくして、中から支配人らしき老人が部屋の陰から出てくる。
「空き部屋は一つしかない。1泊、銅貨1枚だ。持っているんだろうな?」
老人は疑わしそうに、ジェームズとジェシカを見る。
「やれやれ………、ここは、紳士として譲るしかないね。どうぞ、ジェシカ。僕は町のベンチで寝ることにするよ」
ジェームズはそう言って、宿から出ようとする。
しかし、
「待って、2人分はいくらかしら?」
「2人分は………、銅貨3枚だ」
「はい————、どうぞ」
ジェシカそう言って、老人に銅貨3枚を渡す。
「いいのか? ジェシカ。 まだ、会ったばっかりなのに」
「いいのよ。私、一人で泊まるより、いろいろ都合がいいから」
「オーケー。僕の腕力が試されるってわけだね?」
「そうね、あなたの繊細さと清潔感に期待するわ」
彼らは、老人から鍵を貰って階段に登った。
————
部屋の中にはベッドが1つ、ソファが1つ、サイドテーブルが1つ、シャワールームが1つという簡素な部屋だった。
「じゃあ、僕はもう寝るね。ベッドは君に譲るよ。ソファは使わせてもらう」
ジェームズはそう言うと、ソファに丸くなる。
「いいの? 私がベッドを使っても————、って………、もう寝てる」
ジェシカは呆れたように、ほっと息をはく。
ジェームズはすでに寝息を立てていた。
「私も………、寝ようかな」
彼女は、ベッドに横になる。
「もう、あそこには帰らない」
ジェシカは、静まり返った宿の一室で、そう言った。
————
それから————
ジェームズとジェシカの共同生活が始まった。
「私の全財産は金貨1枚に、銀貨3枚、銅貨20枚よ。あなたは?」
「えっと………、僕は、銅貨7枚かな。あと上腕二頭筋と三頭筋がある。これって宿代になるかな?」
「はあ、ならないわ。ジェームズ」
「まあ……、少なくとも、この宿で7泊はできる。その間に新しい仕事を探せばいい」
ジェームズはおどけたように肩を少しだけあげた。
「あなたって能天気ね」
ジェシカはそう言って大きなため息をはいた。
「いいわ。あなたをエスコート役として雇うことにするわ」
「え? 本当かい? 僕の繊細さと清潔感が………、」
「——いい? ただ、この部屋のソファを貸すだけよ。あなたの新しい仕事先が見つかるまでね」
「オーケー。それは助かる。この上腕は、君のために捧げるよ」
「ありがとう。毎日シャワーを浴びてね。それから、寝息は静かにね」
「………あ、そうだね。頑張るよ。エスコート役として」
————
ジェームズが、町の配管工として活躍し始めても、2人は共同生活をやめなかった。
彼らは、食べ物や生活用品を買うために、町を散策していた。
その間、ジェームズは町の人に何度もあいさつされる。
「ジェームズ………、どうしてあなたって、そんなに町の人にあいさつされるの?」
「それは僕がパイプの扱い上手く、僕よりパイプの扱い上手い人がこの町にはいないからだよ」
「そう……、つまり、感謝されているのね?」
「まあ。プライスレスだしね」
宿に戻った彼らは、一緒にサイドテーブルで、夕飯を食べる。
食べ終わったら、ジェシカ、ジェームズの順番でシャワーを浴びる。
シャワーを浴びおわったら、ジェシカはベッドで、ジェームズはソファで眠る。
「おやすみ、ジェームズ」
「ああ、おやすみ。ジェシカ」
彼らは、その生活を、何年も繰り返した。
ある日————。
戦争が始まる。
ジェームズは徴兵された。
「いってくるよ。ジェシカ。絶対に、戻ってくるから」
軍服を着たジェームズはジェシカに向かってそう言った。
「ジェームズ………、あなたが帰ってこなかったら………、私………、」
「大丈夫。君のエスコート役は、繊細で清潔感があるからね。それに腕力も」
「うふふっ………、でも………、ジェームズ………、わ、私………、」
「安心して、帰ってくるから」
それから————、4年がたった。
戦争は、多くの犠牲者をだして、やがて終結した。
ジェームズは帰って来ない。
ジェシカは宿の部屋で一人で暮らしていた。
「もう………、ここにいる必要はないわ」
彼女は、ひっそりとした夜の町を歩いて、駅に向かう。
駅には、漆黒の列車が停車している。
彼女は、それに乗った。
甲高い汽笛の音が鳴り響き、列車は走り出す。
ジェシカは、物憂げに車内の席に座っていた。
列車には、彼女以外だれもいない。まったくの無人だった。
「そういえば………、この列車で、出会ったんだ。ジェームズと」
彼女が、小さな声でそう言ったとき、
突然———、車両のドアが、開く。
「————ジェシカ!」
包帯をまいたジェームズがジェシカの元に駆け寄る。
「————ジェームズ⁉」
ジェシカは、走り出して、ジェームズに勢いよく飛びついた。
「ジェシカ!」
「ジェームズ!」
彼らは、お互いの存在を確かめ合うように抱きしめあった。
「会いたかった。ジェシカ」
「私も、会いたかった。ジェームズ」
「ごめんね。心配かけて」
「いいの。帰って来てくれたから」
「当たり前だろ? 君のエスコート役は僕しかいない」
「うふふ。そうね、清潔感と繊細さを兼ね備えていて、おまけに腕力もある」
「ああ、パイプの扱いも上手いしね」
「ええ、そうよ」
ジェームズとジェシカはお互いを見つめあうと、熱いキスを交わす。
「もう………、ソファで寝なくていいから。ジェームズ」
「えっ………?、それは………、ああ、ありがとう。ジェシカ」
「ジェームズ………、」
「ジェシカ………、んっ——」
彼らは————、再び熱いキスを交わした。
漆黒の列車の汽笛は、いつもより甲高く鳴り響いた。
……END……
ストレイキャット 空の子供たち @skychildren
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