No.6 Let`s Dinner Time

「と~る君、ダメじゃん。あれほど、言ったのに。また、やっちゃったね」


 僕が、お昼休憩から、オフィスチェアに座って、さっそく中断していた作業を再開しようとした時、横から野太い声が振りかけられる。


 あたりは静まり返っていた。


「さあ、関わった企業さんに謝って来てね。ここに記載される企業さん全員に」


「……えっ」


「えっ? じゃないよー。君のせいなんだからね。ほら、早く」


「す、すみません。………い、今からやります」


「頼むよ。もちろん、残業代はでないからね。この損失は君の責任だよね?」


「はい………、す、すみません」


「じゃあ、よろしく」


 上司はそう言うと、企業名と電話番号が敷き詰められた書類を、デスクに放り投げた。


『お世話になっております。わたくし、プロジェクトの製品工程を担当していた遠山徹です。この度は、誠に申し訳ございませんでした…………………………………』 


『お世話になっております。わたくし、今回のプロジェクトの出荷工程に携わらせて頂いた遠山徹です。この度は、大変申し訳ございませんで…………………………』


『お世話になっております。わたくし、遠山徹です。今回は…………、誠に、申し訳ございませんでした』


  ・

  ・

  ・


 電話番号と企業名は、まだまだ続いていた。


『もう…………、無理だ』


 ふと、そんな声が鳴り響く。


 それは無意識にこぼれた声だった。


 僕は、咄嗟に立ち上がって、オフィスを脱け出す。


「ああ………、何をやっているんだろう?」


 気がつくと、僕は、東京駅のプラットホームで缶ビールを飲んでいた。


 ふと、時計を見ると………、



 ———23:50———


 とつぜん遠くから、汽笛の音が聞こえる。


 プラットホームに漆黒の列車ミステリートレインが停車した。


 僕は、光に吸い込まれるように乗車する。


「どこへでも連れてってくれ」


 ————僕は、”ストレイキャット”なのだから。




 ◆◇◆◇◆◇◆



「っは————僕は………、ここは………?」


 僕は、21号室のベッドから起き上がる。一瞬、自分がどこにいるのか分からず、混乱する。でも、ここはやはり21号室だった。


「………、夢じゃないのか」


 昨日………、夜中に電車に乗っていたら、シュテルンステーションという不思議なこの場所に迷い込んでしまった。それから、凛さんと出会って、一緒にハンバーガーを食べたんだ。スミカさんが作ってくれた。あれは………、美味しかった。それで………、そのあと僕と凛さんは………、21号室22号室に帰っていた。


 まだ………、ここがどこなのかよく知らなかったけど、なんの警戒もせず僕はシャワーを浴びて、このベッドで………、ぐっすり眠った。


 バスルームの隣には、部屋があって………、箪笥の中にはパンツとシャツが収納されていたから僕はそれに履き替えたんだ。


「でも、これ………、誰かのじゃないよね」


 〈UNDERWEAR FREE〉と書かれた用紙がパンツとシャツの上に載せてあったから、多分………、大丈夫。……な、はず。


「それより…………、」


 僕は、部屋が少し暗かったので、21号室のカーテン開けた。


 しかし————


 窓の向こうは、夜だった。


「………、えっ⁉」


 21号室には時計がない。だから正確な時間は分からないけど、僕は………、そんなにも長い間、眠りこけていたのだろうか。


 それとも………、逆にあんまり眠っていなかったのか。


 ラウンジに行けば………、時計があるかもしれない。


「よっし、」


 僕は、顔を洗って、クローゼットから新しいフォーマルな服装に着替えた。


 

 そして、21号室のドアを開ける。



 

 ◇◆◇◆◇




「そこの君————」


 1階のラウンジに着いた僕が、時計を探してウロウロしていると、遠くから、そんな声が聞こえる。


「ちょっと、そこの君———、こっちを向いてくれないか?」


 僕は、思わず振り返った。


「やっぱり、いい顔してる。さすが、が違うね」


 白いハット帽子を被った男はニヤリと笑ってそう言った。


「君、ストレイキャットだろ? 私は、長坂譲二。ジョージって呼ばれてる。ここでは、ファミリーネームはいらないからね。どうぞ、お見知りおきを」


 彼はそう言うと、ハット帽をくるりとひっくり返して、器用にお辞儀をした。


「あっ………、僕は遠山徹です。まだ………、ここに来たばかりで、」


「——そうか、トオルか。よろしく。さあ、ソファに座って。雑談に、花を咲かせよう」



 彼はそう言うと、ソファに座った。僕も、立ち尽くしているわけにもいかず、ソファに座る。


「いやはや、ストレイキャットとは一度話してみたかったんだ。なかなか話す機会がなくてね。会えて光栄だよ、トオル」


「こ、こちらこそ光栄です。ジョージさん」


 それから————、僕とジョージさんは世にも不思議な雑談に花を咲かせた。


 といっても、基本的には、ジョージさんが話し手で、僕が聞き手だ。


 ジョージさんはこのステーションのことや、僕らストレイキャットのことについて詳しく話してくれた。どうやら、ジョージさんは僕とは違って、ステイキャットと呼ばれる存在らしい。


 そして、ジョージさんは最後にこう言った。



「4階の225室のレストランに行くといい。オムレツが最高なんだ」



 ◆◆◆◇◆◆



「凛さーん。 いますかー? 凛さん?」


 僕は22号室のドアの前で、そう呼んでいた。


「……あ」


 しばらくして、ドレス姿の凛さんが現れる。


「………凛さん? ど、ドレスとっても似合っていますよ。……き」


 ———綺麗です。と言おうとしたけど、寸前で踏みとどまる。まだ、知り合ったばかり、そこまでの勇気は僕にはなかった。


「……えっ」


 何故か驚く凛さん。


「あっ……、そうだ。4階の225室にレストランがあるらしいです。一緒に行きませんか?」


 僕はあわてて、間を埋めるように、そう言った。


 でも、よく考えると、すでに凛さんも、誰かからレストランの話を聞いていても、おかしくはない。このステーションには、レストランがたくさんあるらしいから。


 それに………、ジョージさんのようにかっこいい人だっている。凛さんが、すでに誰かから誘われていてもおかしくはない。ドレス姿の凛さんはとても美人だったから。他のステイキャットたちが………、ほっておくわけないだろう。


 しかし、凛さはん誘いに乗ってくれた。


「……い、行きます。徹さん」


 何故か緊張していたけど、良かった………、一緒に行ってくれるみたいだ。


 

 僕らは、225室のレストランに向かった。



 ◇◆◇◆◇



「それより………、徹さん、225室のこといつ知ったんですか?」


 僕と凛さんは4階の廊下を歩いてた。


「ジョージさんっていう人が………、教えてくれたんだ」


「……ジョージさん?」


「うん。ジョージさんいわくオムレツが最高らしい」


「オムレツ……」


 僕らは、225室の入り口にたどり着いた。


 扉の外観は、21号室や22号室とあまり変わらない。

 

 ここが、レストランなのだろうか………、


 僕は、扉を開けた。


「いらっしゃいませ———、ようこそ、THE・Mキャット・レストランへ」


 メイド服を着たツインテールの女性がニッコリ笑って僕らを迎える。


「カップル様ですね。うふふ………、ご案内いたします」


 

 ここは………、レストランだよね?



 ◇◆◇◇◆◇



「こちらが、メニューになります。期間限定Mキャット・オムレツが大人気となっています。じゃあ、ご主人様、注文が決まったら呼んでくださいにゃん。うふふっ」


 メイド服の女性は、そう言うと、颯爽とどこかに行ってしまう。


 あとには、ダイニングテーブルを挟んで、椅子に座った僕と凛さんが取り残された。


「………」


 なんとなく気まずい空気があたりを漂っているような気がした。


 しかし、それは思い違いだったのか………、


「徹さん、なに食べますか? 私、お腹ペコペコで。多分、寝過ぎちゃったんだと思います」


 凛さんは、楽しそうにメニューをすでに見始めていた。


「見てください、徹さん。パフェがありますよ。このパフェ、美味しいそう。絶対に食べたい。あっ………、し、ショートケーキもあります。徹さん、なに食べますか?」


「僕は………、オムレツにするよ。ジョージさんに、おすすめされちゃったし、この期間限定のMキャット・オムレツにしようかな」


「じゃあ、私もそれにします」


 

 注文が決まった僕らは、テーブルに置いてあった、呼び鈴を押してみた。


 呼び鈴は、心地よくレストラン内に響いた。


「うふふ………、ご注文お受けするにゃん。ご主人様」


 僕らは、注文内容を伝える。



 ◇◆◇◆◇◆



「それより………、徹さん。ジョージさんは何者なんですか?」


 僕と凛さんは、オムレツがやって来るのを、雑談しながら、気長に待っていた。


「ジョージさんはいい人だったよ。すごく話しやすい。それから………、彼は、僕らとは違って………、ステイキャットらしいんだ」


「………ステイキャット?」


「うん。よく分からないけど………、次元の違いによって、僕らはストレイキャット呼ばれる存在で、ジョージさんみたいな人は、ステイキャットと呼ばれるらしい」


「な、なるほど………、」


 凛さんは少しだけ混乱した表情を見せる。


 たしかに………、いきなりこんなこと言われても、すぐには呑み込めないかもしれない。


 僕も、さっきジョージさんから聞いたばっかりだし………、


「ジョージさんによると………、このステーションに滞在している人たちのほとんどがステイキャットで………、他の次元からミステリートレインに乗ってやって来た、僕らみたいなストレイキャットは、とても珍しいらしい」


「な、なるほど………、」


 

 僕は、それから、凛さんにジョージさんから聞いたシュテルンステーションのおすすめスポットをいくつか話した。


「2階の12号室にはパン屋さんがあって、44号室には喫茶店があるらしい」


「それから………、53号室が蕎麦屋で54号室が牛丼屋」


「62号室がカレー屋で82号室が魚料理を専門にしているらしい」


「3階には1~12号室まで、服屋さんになっていて、24~32号室まで化粧品店になっているらしい」


「4階の11号室にはバスケットコートがあって、14号室はバッティングセンター。それから、16号室にはボーリング場、27号室では卓球ができる」


「5階の55室は図書館になっていて、57号室は美術館………、58号室はコンサートホール。そこで………、定期的にダンスパーティーが開かれるらしい」


「6階の88号室は、動物園。なんでも、無数の次元から集まってきたかわいい動物たちと触れ合いができるのだとか。102号室にはビーチ………、があるらしい。よく分からないけど………、砂浜や海、そして太陽があるらしい。ジョージさんはよくそこでサーフィンをしたり日光浴をするのだとか………、」


「そして……、7階の77号室には、カジノがあるらしい。でも、お金をかけるわけじゃないみたい。よく分からないけど、冷蔵庫のドリンクをかけるって………、ジョージさんが言ってた」



 僕は一通り、ジョージさんのおすすめスポットを凛さんに話終えた。


「す、すごいですね。そんなに色んな場所があるんですね」


「そうだね………、まだまだあるらしいけど………、」


「まるで………、テーマパークみたいですね。このステーションは」


「うん。たしかに………、」


「徹さん………、一緒に探検しませんか?」


「えっ?」


「ほら、ジョージさんがおすすめした場所に一人で行っても仕方ないでしょ?」


「た、たしかに………、」


 その通りかもしれない。


「じゃあ………、オムレツが食べ終わったら行ってみようか、どこかの部屋に」


「そうですね。徹さん。でも………、オムレツのあとには、し、ショートケーキが………」


「あ、うん。僕も食べるから安心して。僕も……、スイーツ好きだから」


「はい………、それなら良かったです」


 凛さんはほっと息をはいた。


 よほど………、ショートケーキが食べたいのだろう。


 まあ、僕も……、すごく気になってはいるが。




 ◇◆◇◆◇



「お待たせいたしました~。ご主人様、Mキャット・オムレツです」


 ダイニングテーブルにオムレツが登壇される。


「うふふっ………、熱々のうちに、お召し上がれ」


 ツインテールの彼女はそう言ってニッコリと笑った。


 オムレツには、二人の猫が手を繋いでる絵が、ケチャップで描かれている。


 二人の猫の周りには小さいハートマークが散りばめられていた。


「す、すごいですね。ものすごく緻密に描かれている」


 たしかに……、これを描くには、なかなかの熟練の腕が必要な気がする。


 絵を見る感じ………、ツインテールの彼女が描いたのだろうか………、


「じゃあ、私は………、お邪魔しなように………、だ、だって………、」


 ツインテールの彼女は、ぼそぼそ独り言を言って、どこかに行ってしまう。



 僕らは………、さっそく、期間限定のMキャット・オムレツを食べることにした。


「んん………、」


 お、美味しい。オムレツにスプーンを入れると、スプーンはすんなり吸い込まれていく。柔らかい触感が口の中を満たして、卵とバターの甘いオムレツが舌を幸せにしてくれる。食べるのを止めることができない………、なんだろう? このケチャップ、すごくこのオムレツと合っている気がする。特製のものなんだろうか………、

 

 さすが………、ジョージさんがおすすめするだけのことはある。


「お、美味しいですね。オムレツ。こんなに、ふんわりしたオムレツは初めてです」


 凛さんも幸せそうにオムレツを食べていた。


 

 やがて、オムレツを食べを終わった僕らを見計らっていたのか、すぐさま、ツインテールの彼女は現れる。


「ご主人様。うふふっ、デザートなりますにゃん。め・し・あ・が・れ」


 テーブルにショートケーキが登壇される。


 まだ………、僕らは注文していなかったはずだ。


 そ、そのはず………、


「あ、ありがとうございます。し、ショートケーキすごく食べたかったです」


 なぜか………、凛さんとメイド服の彼女は、握手して、お互いを見つめ合っていた。


「そうだと思ったにゃん。ご主人様の心はいつだってお・み・と・お・し。にゃん」



 そのあと————、凛さんは幸せそうにショートケーキを平らげた。



 

 ◇◆◇◆◇


 

 僕と凛さんは、ツインテールの彼女にショートケーキとオムレツのお礼を言うと、225室のレストランから出て、4階の廊下を歩いてた。


「徹さん………、すごく美味しかったですね。オムレツもショートケーキも」


「そうだね………、あのオムレツはものすごくふわふわしていた」


「そうですね。ショートケーキも生クリームとイチゴがすごく良かったです」


「たしかに………、あのイチゴ………、」



 僕らが、食後の幸せに浸って、お互いに感想を言い合っていると、突然、4階の廊下にアナウンスが響き渡る。



『HEY! エブリワン! こちらステーション情報局だよ。 最高に面白い映画が、5階の77号室で放映されるってさ。これを逃したらもう見るチャンスはないね。暇を持て余しているそこの君————レッツ・ゴー!!』



 僕と凛さんは、顔を見合わせる。


 それは……、冒険の始まりだった。

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