第1話【EPISODE OF......】

「もうたくさんだ!」


 そう叫んだ彼の名前は河内大輔かわちだいすけ。二十代にして社畜と化してしまった哀れな人間だ。容姿も一般的であるため余計悲しい。


 ――頑張って名門大学に入ったのにどうして……


 やめようとしても上司からのパワハラで話を切り出せず、頼みの綱である親も物心が着いた時には死んでしまっていた。自由が奪われたこんな世界に嫌気がさし、決心したようだ。


 ――そうだ、会社の上から飛び降りてやろう


 会社の前に己の死体を置くことでムカつく会社に迷惑をかけようという狙いもあるらしい。


 当日、いつも通り上司に原因不明のお叱りを受け、夜遅くまで残業をした。もう思い残すことは何もない。うまくいけば異世界に飛んで、取得したスキルで日ごろの鬱憤をモンスターにぶつけられるかもしれない。

 そう考える事で死への恐怖を少し和らげ、憎きコンクリートを踏みつけ空へ舞い上がる。飛んだ瞬間、背を地に向けていたため彼の視界には、都会の光で汚された夜空が拡がっていた。


 ――宇宙か……一回は行ってみたかったな


 ガシャン……ゴゴゴゴゴ……


「俺は、死ねたのか? これでいせ――ッ!」


 目を開けると彼は上下左右を白で埋め尽くした廊下へと飛ばされていた。

 廊下は明かりらしきものが設置されていないにもかかわらず、真夏の昼のように明るい。所々に扉や窓があり、窓からは綺麗な星々が煌めいている。宇宙だ。


 周りをキョロキョロとしていると、奥の方から声が聞こえてきた。前を見ると彼の目の前には白衣を着た男が立っているのであった。

 外見は少し襟足が長い白みがかった水色の髪に、それと同じ色の目。所々にしわの入ったカッターシャツに、スーツのような至って普通の黒のズボン、そして先ほど言ったように白衣を上から着ていた。

 身長はおそらく百八十センチほどであろうか。河内がそのスタイルの良い姿を眺めていると、


「やぁ、君かな? アズマさんが呼んできたのは。私はシリウスというんだ。よろしく」


 そう言い彼は手を差し伸べてきた。河内はよろしくと返答し、握手をする。その時に彼はある違和感を感じた。そう、シリウスは指が6本もあったのだ。


「あのー、ここって」


「んー、詳しい説明はアズマさんがしてくれると思う。だからついてきて。中でお待ちだよ」


 そう言われたため河内は周囲を不思議そうに眺めながらシリウスの後についてく。そしてシリウスは廊下の右にある一番手前の扉に入るよう促し、彼はその場を後にした。

 扉の右には金色のプレートに何かの暗号のようなものが刻まれていた。


 ――やはりここは異世界なのか?


 そう考えながら部屋へと入っていった。


「やぁ河内君。さぁ、そこに座ってくれるかい」


 そのセリフと共に彼を出迎えてくれたのは漆黒の燕尾服を着た女性だった。畏怖の念を抱かせるような橙色をした髪を肩までさげ、黒く凛としたツリ目をこちらに向けていた。その瞳の真ん中は赤く光っている。

 河内が座ったことを確認すると彼女は自己紹介を始めた。


「私の名はアズマ。三人の機械仕掛けの神々の内の一人だ。よろしく」


 そして二人は先ほどのシリウスと同様に握手を交わした。そして彼女は、手続きの説明に入った。磁力か反重力か、不思議にも椅子は宙に浮いている。椅子は、まるで人をダメにするソファのように座った時の衝撃を低減しており、河内は非常に快適に感じていた。


「あの、ここって何処なんですか? 俺は屋上から飛び降りて死んだはずなんですが」


 河内は、綺麗な内装をした部屋を見渡しながら聞いた。


「ここは彗という宇宙の軍、その内の天の川支部にあたる施設さ。我々は適任と思しき人物を見つけてはここに招待している。まぁ、死んだ者に限るがね」


 アズマは微笑みながら答えた。その時にギザギザとした歯がキラリと光った。


「で、いきなりここに連れてきて悪いんだが、君には試練を受けてもらおう。本当に適任かどうかを調べる為のね。だが、試験とは言ってもこれを飲み込んでもらう、ただそれだけさ」


 差し出してきたのはなんとカプセルに入った、炎の揺らめく球体だった。大きさは飴玉サイズとかなり小さい。しかし驚くべきところはそこではなかった。


「これってもしかして……」


「君の思っている通り本物の星の、それも太陽のかけらさ」


 河内は混乱している。なぜ欠片が取り出せているのか、なぜ重力が弱いのに形を保てているのか。ツッコミどころは多くあった。

 しかしアズマは冷静に落ち着けとジェスチャーをした。


「私は神だ。これを作ったのも神だ。だからこれは正真正銘本物であり、この形を保てている。どうだ? 安心したか?」


 ――うーん。うーん? まぁ、神だからかぁ。うーん。


 河内は少し腑に落ちないが、頑張って納得した。


「そうか、納得して貰えたのなら納得だ。ちなみに、辞退して貰っても構わない。その場合は外に待機しているシリウスに言ってくれ。じゃあ、達者でな」


 そう言ってアズマは部屋から出て行った。

 しかし河内は辞退するどころか、軽く胸を躍らせていた。


 ――宇宙か、良いな! 何やるかはあんまりよくわかってないけど、あのクソ上司もいない所だ! 異世界?転生らしく、思う存分活躍してやるぞ!


 最後のフロンティアと呼ばれる宇宙、そこでどんな生活が待っているのか、それこそまさしく“神”のみぞ知る事であろう。

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