ヒーローが再起する日

地水

ヒーローが再起する日:剣聖勇者エクスキャリバー



「剣聖勇者エクスキャリバー! 見参!」



 剣聖勇者エクスキャリバー。


世間で注目の的となっているスーパーヒーローである彼は数々の巨悪を打ち倒してきた。

純白に光る甲冑を模した鎧とバイザー状のマスクから覗かせる鋭い眼差しを放つ二つの眼光、そして専用武器であり愛剣である実体剣"ソードキャリバー"で数々の強敵を斬り倒してきた。

子供達には大人気、人々からも多大な信頼を受けた彼はその信頼を答えるべく戦った。



「必殺剣技・キャリバースラッシュエンド!」



戦って、戦って、戦って。



「お前達の野望、ここで断ち斬る!」



数々の強敵達と戦い抜き、死闘を繰り広げ、そして。



敗北した。



エクスキャリバーが敗北したのは、とある悪の組織が繰り出した最強の怪人。

実体剣が通さない外殻装甲に加え、エクスキャリバーの戦い方を攻略したような戦い方、極めつけはエクスキャリバーの攻撃が届かない距離からの全距離攻撃。

完膚なきまで負けてしまい、あわや命を奪われる寸前まで追い込まれた。

幸いにも仲間のヒーローが助けてくれたため無事だったが……それでも、エクスキャリバーが負った心の傷は未だ癒えてはいなかった。



剣聖勇者エクスキャリバーは、今。




~~~~



東京、奥多摩。

世界有数の大都会の一つに数えられているとは思えないほどの大自然に囲まれたこの場所は、都内でのキャンプ地として用いられていた。

キャンプ場にやってきた多くの人々がテントを張ったり、火を焚いて料理をしたり、子供たちが水場で遊んだり、それぞれ思い思いに楽しんでいた。

一般の人々が平穏を謳歌する中、離れた所で一人の青年が地面へ寝転がっていた。

若々しい整った顔立ちに対し、外国人のような綺麗な金髪が少しかかるくらいの青年は特に何もする様子はなく、大きなバックを枕代わりに目を瞑っていた。


「ふわぁぁ……何もないな。空っぽだ」


―――光馬 焔司みつばえんじ、それがかの正義のヒーロー・剣聖勇者エクスキャリバーに変身する彼の名前だ。


自身の敗北した戦いから何とか生還を果たした彼は、戦いで受けた傷を癒すため支援している組織と仲間たちから休息をもらい、自分の意志でこの奥多摩のキャンプ場へとやってきた。

本来だったら大事を見て今でも病院のベッドの上で寝ているはずだが、大人しく療養をしている事を嫌った彼は誰にも告げず病床から抜け出し、今ここにいるのだ。

焔司は木陰から覗かせる日差しを心地いいと思いながら眠気に微睡んでいた。


「こうも空っぽだと、返ってスッキリするなぁ」


欠伸を噛み締めながら、焔司は自分の今までを思い出す。

変身システムの適合者という理由でヒーローとして選ばれ、その時に助けたかった人がいてエクスキャリバーとしての道を進んでいった。

ヒーローという華やかな存在の反してやること成すこと思う通りに行かず、時には苦戦することもあったが、それでも自分を支えてくれる存在はいた。

組織の仲間、友人、守るべきもの……そんな彼らが自分の戦いの支えになっていた。

ヒーローである自分は決して負けられない戦いをしている。負ければ見知らぬ誰かが血と涙を流してしまう。

勝ち続けることがエクスキャリバーとして選ばれた自分の課せられた使命だった。


……だが、自分は負けてしまった。

送り込まれたのが最強の怪人であれ、負けてしまったのだ。

言い訳はいらない、自分は負けた……仲間のおかげで死ななかっただけ、まだよかったかもしれない。

守るべきものを失いかけたこの責任が、自分の積み上げてきたものを一瞬で喪失させたのだ。

所謂自信も勇気も何もなくしてしまった自分に何の価値があるんだろうか。


「はぁーあ……これから、どうしようかな。オレ」


深く溜息をついて、これからどうするべきか悩んでいる焔司。

眉間に皺をよせ、彼なりに深く悩んでいると、楽しそうな声が聞こえてきた。

一体なんだ、と思って顔を向けて見てみると、足元に一つのボールが転がっていた。なんでこんなものがあるんだ? と、そう思いながら体を起こして拾い上げた。


「ボール? 誰のものだ?」


「すいませーん!」


「んん?」


焔司が声のした方へ顔を向けると、向こうから小さな女の子がやってきた。

可愛らしい白いワンピースを纏った長い黒髪の少女は焔司の元へやってくると、ぺこりと頭を下げて声をかけてきた。


「私達が投げたボールがそっちへやってきちゃって」


「ああそうか。はい、どうぞ」


「ありがとうございます!」


焔司は足を曲げて少女へ目線を合わせると、彼女へボールを受け渡す。

少女は嬉しそうな笑みでボールで受け取り、焔司へ去ろうとする。

そこへ少女の下に二人の男女が駆け寄ってきた。自分より少し年上な感じを見た所を見ると、少女の両親なんだろうか。

若い男女のうち父親と思われる若い男は少女へと声をかける。


あい、ボール見つかったか?」


「はいパパ。ボール、このお兄さんが見つけてくれました」


「そうか。えっと、ありがとうございます。娘を助けてくれて」


若い男は少女を"逢"と呼び、焔司へと頭を深々と下げた。

焔司は手を上げて謙遜し、話を切ろうとする……だが、愛想よくして断ろうとしようとしたところへ、大きな腹の音が響いた。

それが焔司自身の元だと当の本人が気づいたのは少しあとだった。


「あっ……」


「ふふっ、お腹空いているのね。あなた」


「すいません、よく動くことをやってるから人よりは腹が早く減ってしまって……」


「丁度いいわ、お昼ご飯にご馳走になってくれませんか? ちょっとしたお礼とおもってください」


「あ、あははは……頂きます」


笑顔を向けた若い女性から提案された誘いを前に、焔司は申し訳なさそうに返事を返した。

別段昼飯など軽く済ませるつもりだったのだが、醜態を晒してご厚意をもらった今、断るわけにはいかない。

引きづった笑顔を向けて、焔司は逢と彼女の両親の昼食をいただくことになった。



~~~~



数分後、キャンプ場のとあるベンチ。

逢の母親が作った特製のカレーライスを焔司は食べていた。

出来上がって間もない湯気を立ちながら食欲をそそられる茶色をベースとしたカレールー、それを飯盒にて炊き上がったた白い麦米の上から注いだその一品。

一般的な家庭のカレーライスを自前の木のスプーンで掬い、口の中へと放り込む。カレー特有の香味料からくる辛さと優しい甘み、そしてそこに隠れている旨味が口内を広がる。


「美味しい」


「そうです。ママの料理、とっても上手で美味しいんですよ!」


焔司が思わず口にした感想に逢が嬉しそうに笑う。

無意識に零した言葉を聞かれて焔司は思わず顔を赤らめ、その光景を見て父親と母親は優しく微笑んだ。


「そうだな、逢。ママの料理は美味しいもんな」


「ふふっ、嬉しいわね。作ったかいがあったわ」


父親は逢の対して優しいまなざしで同意をして、母親の方は嬉しそうに微笑む。

両親が優しそうな雰囲気をしている所を見て、逢は自慢そうにとある話をし出した。


「だって、ママは自慢の料理でパパのハートを射止めたんですよね?」


「げほっ、げほっ!?」


「ちょっ、ちょっと逢ちゃん! その話は……!」


逢が話した両親の恋愛エピソードに父親はむせて、母親は慌てはじめる。

そんな彼ら三人の家族の微笑ましい様子を見て、焔司は顏を綻ばせた。

彼らのような家族の何気ない日常を、他愛無い会話を、自然に出る笑顔を……そんなちっぽけだけど確かにある小さな幸せを、自分は守ってきた。

守ってきたものが目の間にあって焔司は実感した。


「……ありがとう、三人とも」


「えっ? なんでお礼を?」


「いや、君達に言いたかった。ただそれだよ」


いきなりお礼の言葉を言われて振り向いた逢へ、焔司はにこやかに笑う。

その眼には揺るぎない焔のような光が小さくも、しかし確実に灯していた。




~~~~




数日後。

東京のとある街を破壊しようとする存在がいた。

幾多にも強化された外骨格を有しているその重厚な姿の怪人"フドームフォートレス"は余裕の笑みを浮かべていた。


「ふはははは、悲鳴を上げろ!ひれ伏せ!我が攻防一体の体は何者にも通せない!」


フドームフォートレスは胸部に設けられた砲口を逃げ惑う一般人たちへ向けて攻撃を仕掛けようとする。

ビルすら一発で打ち壊す威力をなんも力を持たない一般人に向ければ、どうなるか……。

此方に向かれた凶弾が放たれようとしている光景を目の前にして、逃げ遅れた何人かの一般人が悲鳴を漏らす。


「ひぃ!?」


「くたばれぇ!!」


胸部の砲口から禍々しい光が灯り、今こそ放たれようとしてた。

もうだめかと、人々が目をつぶった時だった……暗雲立ち込めるその場を文字通り断ち切るかのように、何者かの声がその悪行を断ち切った。



「待てよ」



その声に気づき、フドームフォートレスはその声のした方へ振り向いた。

駆けつけて立つように遠くにて姿を現したのは、大きな剣を有した金髪の若い男。

フドームフォートレスは男の姿を見て驚いた。

何故なら彼がその手に持つ実体剣こそがかの自分が一度は打ち負かしたはずの英雄が持つソードキャリバーであり、何よりその決して消えぬ炎の輝きのような瞳は赤い瞳は一度目にしていたからだ。


「貴様、何故ここに!?」


「よぉ、また会ったな。秘策を身につけて帰ってきたぜ」


不敵な笑みを浮かべた男――光馬 焔司は一度負けた相手にも臆さず、フドームへとその不敵な笑みを差し向けた。

一度敗北したにも関わらず、その凄味と余裕っぷりに何処か迂闊な行動は出来なかった。

だからこそ、フドームフォートレスは胸部の砲口をへ狙いを変えた。


「残念ながら、お前は我が好敵手になりえんぞ!くたばれぇぇぇっ!!」


眩い閃光と共にフドームフォートレスが砲撃が放たれた。

誰もがその光景に息を呑む中、砲弾に狙われた炎司は叫ぶ。



「剣醒変身!」



その手に握るソードキャリバーを振るって神秘の光を描く。

ゲームの中でよく見るような剣の斬撃を現したエフェクトとも異なるその光はフドームの砲撃を防いだ。

さらにその光から炎司の手足や体は純白の鎧へと変えていく。

やがてバイザー状の顔を有する兜を身に着けると、そこには一人の騎士が立っていた。



「剣聖勇者エクスキャリバー……屈辱返上すべく再び見参!」



ソードキャリバーを振り上げて、剣の騎士は胸の内の炎を宿して今再び立ち上がる。

――剣聖勇者エクスキャリバー、敗北をしてなお再び誰かを守るべく、今ココに見参した。

その姿を見て、フドームフォートレスは驚愕し、そして平静を装うために叫ぶ。


「ならば、もう一度地べたへと這いつくばってもらうぞ! エクスキャリバー!」


一度は敗北を以て倒した相手、ならばもう一度倒すだけだ。

そう思いながら胸部の砲口を……否、それだけではあらず、両腕の機関銃、足の装甲から展開されたミサイル、背部からの追尾レーザー。

ありとあらゆる重火器の一斉掃射がエクスキャリバーへと迫る。

以前の戦いではこの一斉掃射から逃れるために本来から接近戦に用いる走力で逃れていた。

挙句の果てには特攻覚悟で迫り、見事返り討ちに遭ってピンチに陥ったが……。


Escape or Kamikaze逃走か特攻か!? どうするんだ勇者さんよぉ!」


一斉に繰り出した銃火器の暴風がエクスキャリバーを撃ち抜こうとした。

だが、エクスキャリバーは逃げることも特攻することもなく、ただ愛剣ソードキャリバーを構えて少しだけと気を待つ。

――やがて、マスクの奥の眼光を光らせ、その刃を振りぬいた。


「おりゃあああああ!!」


一閃。

力強く、素早く、ソードキャリバーを振り回す。

周囲の弧を描き、その剣の軌跡を纏わせてエクスキャリバーはハンマー投げの要領で握っていた柄を短くし握り直す。

そして片足で足場をしっかりと踏みしめ、そのまま力強く一回転。


「ハッ!」


銃撃の嵐を斬撃音と共にエクスキャリバーは白銀の竜巻と化し、狙っていたミサイルは強烈な風圧によって耐え切れず爆破し、銃弾やレーザーは切り落とされ、そして放たれた砲撃は暫しの間拮抗した後、砲弾を弾き飛ばす。

上へと打ちあがった砲弾を見て、エクスキャリバーはソードキャリバーをバットを持つが如く構える。

そして、砲弾が落ちてきた所へソードキャリバーを勢いよく大きく振った。


ガキィン、と金属がぶつかるような音と共に、砲弾がすさまじい速度で飛んでいく。

不味い……と、危機感を感じたフドームフォートレスが回避行動を取ろうとした途端に、凄まじい速度で砲弾が重厚な鋼の巨躯に直撃。

鉄が拉げるようなけたたましい音と共に、フドームフォートレスの体は大きく歪む。


「ば、馬鹿な……こんな、ことがぁっ!?」


砕けつつある自分の体を見て、フドームフォートレスは自分自身が敗北したことに驚愕しながらその場で倒れ伏す。

見事討ち倒したエクスキャリバーは深く一息ついた後に言葉を吐いた。


弾剣ひけん・セイバーマトリクス。名付けるならこんなところだな」


ソードキャリバーを肩に担ぎながらふと思い出すのは数日前の奥多摩での出来事。

あの時出会った逢ちゃん親子との出会い、そこで何気なく遊んだキャッチボール。

そこから野球へと発想を経て、フドームフォートレスの遠距離攻撃の攻略法となる剣技を生み出した。

そんな些細なきっかけだが、勝利の道筋と大切な当たり前のことに気付かされた彼女たち三人には感謝しかない。


「やっぱり、ああいう人々を守るために勝たなくちゃいけないんだよな。」


改めて認識するのは、自分の背にある守るべき人々の存在。

街の被害状況を一通り確認しつつ、再確認したエクスキャリバーは間も無くしてやってきたヒーロー達と合流するのであった。



ヒーローが再起する日


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