第6話 夢中

 やばいやばいやばいやばい…


 バトンのように巻物を振ってぎゅんぎゅんに走った。


 授与所の中に逃げ込んでドアを閉めるや否や、どんっという衝撃にびくっと縮み上がる。


 危なかった…


 ノブを握ったまま、荒い息を押さえて聞き耳をたてる。


 なにも聞こえない…


 ドアの前にまだ居るのか…


 猿ってドア開けられるのだろうか…


 ふと振り向いて、簡単に開く硝子窓を見ながら、あっちの方がやばいかもと思う。


 もしも窓に来たら、素早くドアから出て…


 出て…


 出てどうする…




 ドアノブを握りしめ、硝子窓を警戒していると、だんだんだんっと上から音がした。

 屋根の上を歩いている様な音から、ぎゃあぎゃあと騒がしくなり、だだだだっと走り回ったりして暴れ出した。

 激しい音に、天井が抜けてしまわないかと、どぎまぎしながら耐えていると、床に転がっている巻物が目に入った。

 

 自分…何でこれ持って来た…


 諸悪の根源を窓から投げ捨てる。

 参道に転がったのを見て窓を閉めた途端、上から猿が落ちてきた。


 ひぃっと、飛び退き見ると、猿は尖った歯を見せて威嚇している。

 後ろに落ちている巻物に気付いていない様だった。


 後ろ!!後ろ!!


 指で示しても分かってもらえない。

 そらそうだ。


 いよいよ飛びかかって来るかと冷や汗をかいている自分と、ぎゃあぎゃあ言っている猿の間に、ふわりと白い物が降りてくる。




 いぬ…


 猿が威嚇していたのは犬だった。


 赤い首輪を着けた白くて細い犬は、大きくてふさふさの尻尾をふわりと揺らして、何か咥えている様な口から、じゃらじゃらとした物を垂らしている。


 猿は恐い顔で素早く動き回っているけれど、堂々とした犬の圧から逃げる様に少しずつ下がって行き、落ちている巻物に気づくと、さっと胸に抱えて吠えた。


 反対に落ち着いた様子の犬は、ふわふわゆったりと近づいて行き、咥えている物を猿の前にそっと置いた。


 猿は、ぎゃあと威嚇すると、直ぐに拾って腰を下ろした。

 稲穂の様な物から粒を指で摘まんで剥いたりしながら、ちょこちょこと口に入れていく。

 恐い顔から一変、可愛らしく米に専念しだした猿から巻物がころんと離れた。


 犬が近寄るのに気付いて、思い出した様に口を開けると、巻物には見向きもせずに、さっと木に登って、あっという間に塀を越え寺の外へ行ってしまった。




 やっぱ巻物より米だわな…


 赤いお尻を見送った後、視線を戻すと、巻物を咥えた犬が尻尾を振ってこちらを見ている。


 か…かわいい…


 思わず外へ出ると、犬が近寄って覗いていた。


 ふぁ~っ!かわいい~!


 犬は巻物を地面に置いて、くるんと回り、更に激しく尻尾を振る。


 これは…


 投げたら取って来てくれるやつだろうか…


 よし投げるぞと、巻物に手を伸ばすと、さっと咥えて行ってしまった。


 しばらくすると物凄い速さで戻って来て、足元にするんと擦り寄った後、少し離れた所へ巻物を置いた。


 くっそ~

 かわいいぞ~


 再び巻物に手を伸ばすと、また咥えて走り回り、少し離れた所へ置き、近付くとまた咥えて行ってしまうというのを繰り返した。

 何回か走り回って犬も疲れてしまったのか、こちらへ近寄って来て直ぐ側で伏せると、足の甲へ顎を乗せてくる。


 ぎやあ~がわいすぎる~!


 吸い込まれる様に白い毛を撫でると、こちらもやってと耳の後ろを出してくる。


 ぐわあ~づれでがえりだい~!


 人懐っこい可愛さに悶絶していると、前足が少し赤くなっている様に見えた。

 確かめようと手を伸ばした途端、ふわんと跳ねて離れて行ってしまう。

 足の甲が涼しくなって切ない。 


 新しい建物の脇に、するりと座って、こちらを見ていた犬は、奥の方へ入って行ってしまった。


 慌てて後を追うと、新しい建物の裏には、小さくて古い小屋があった。


 これって…


 ラムネ…

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