第5話 犬

 狐面は、さっと行ってしまった。


 ちゃ…


 何の事だろう…


 眉間に皺を寄せて窓を閉める。


 兎に角、怒られなくてよかった。

 早く帰ろうと授与所のドアから外の様子を伺うと、やっぱり誰も居ない様だった。

 そっと出て、周りの明るさに不思議な気持ちになる。

 提灯が無くなったからなのか、辺りは思った程暗くなかった。

 小走りに急ぐと、近くで見る門の様子に困惑した。




 あれ…


 無い…


 反対側だっただろうか…




 反対にも無い…


 門の横の小さな扉から入って来た筈だった。


 薄暗くて見えていないのだろうかと、触ってみても手のひらにぼろぼろと何かが付いただけで扉は無い。


 そんな…


 思い違いだろうか…


 だったら自分は何処から入って来たのか…


 門の前で立ち尽くしていると、膝よりも背丈の有る、もそもそとした毛が、直ぐ横を通り過ぎて行った。




 いぬ…


 突然現れた大きな犬の後ろ姿を見て、違和感を感じるけれど脳がついていかない。

 ぼんやりと赤いお尻を見ていると、犬は、だんっだんっだんっと新しい建物を登って行き、屋根の上からこちらを向いた。


 犬じゃないかも…


 犬は、犬ではなかった。

 猿だった。

 

 自分の中のイメージよりも、かなり大きい猿の姿に固まる。


 何故こんな町中に居るのか、初めて見る野生の猿が珍しくて見入ってしまった。


 屋根の上に座り込んで、体を掻いたり、爪を見たりしてリラックスしている猿は、何かを咥えた顔をこちらに向けた様な後、さっと再び見直して目を見開き、前のめりに警戒するような体勢になった。




 こ…これは…


 完全に目が合っている…


 たしか、猿とは目を合わせない方がよかった様な…


 唾をぐびと飲み込んだ。

 

 猿と見合ったまま、じわじわと後ずさると、猿の体がじわじわと膨らんでいく。


 まずい…


 視線を逸らそうと思うけれど、今にも飛びかかって来そうで、恐くて目が離せない。


 走るのは苦手だけれど授与所まで走るしかない。

 タイミングを伺っていると、猿が歯を剥き出しに威嚇してきた。

 同時に咥えていた物が地面に落ちて、あり得ない程にこちらへ向かって跳ね上がり、あり得ない事におでこに当たって、奇跡的に自分の手の中に収まった。

 見ると、先程、ミラクル狐面が持って行った巻物に似ている。


 ぎゃあっと吠えた猿が落ち着きを失って更に威嚇してくる。


 なに…


 知らないよ…


 自分が落としたのが悪いんじゃん!!


 要らんし!!


 だだだんっと屋根を駆けて、猿は、あっという間に近くの木に移り、こちらへ飛び出して来た。


 やばいっ!!!

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