第4話 変

 何だろう…


 何か変だ…


 何が変なのか…


 そういえば…


 こんなに大勢居るのに…


 静か過ぎる…


 誰も何も発しない…


 足音が微かに聞こえる様な…


 聞こえない様な…




 全く聞こえない様な………


 奇妙な感覚が纏わりついて息苦しくなってくる。


 唾をくぴと飲み込んだ。


 音を立てないように一歩ずつ下がると、授与所のドアが目に入る。

 まさかとは思いつつノブを回すと、すうっと開いてすうっと中に隠れた。

 細心の注意を払ってドアを閉め振り向くと、横長に並んだ硝子戸の窓口の向こうの方から、一段と豪華な神輿の様なものがこちらへ向かって来るのが見える。

 カウンターに忍び寄り、端からそろっと目を出すと輿には人が乗っていて、その人は、他の人達とは違うフルフェイスのお面を着けていた。

 そして、この人もまた視線を彷徨わせている。

 ふんふんと何気なくこちらに顔を向けた様な後、さっと再び見直して固まった。




 こ…これは…


 完全に目が合っている…


 唾をぐびと飲み込んだ。




 見つかった…


 お面の奧の真っ直ぐな視線に捕らえられ、目を逸らす事が出来なくなってしまった。

 ゆっくり近づいて来る輿の上の狐面と見合ったまま、まずいという緊張と共に、じわじわと笑いが込み上げてくる。

 先程の、素早い二度見のコミカルな動きがツボってしまっていた。

 幻想的な世界に現れた、急な日常の親しみに、気持ちが緩んだのかもしれない。

 じわる笑いをふがふがと堪えていると、目の前で止まった輿から、がん見したままの状態で狐面が降りてきた。

 流石に笑っていられなくなり、緊張の汗がじわる。


 とうとう窓ガラス越しの近さで対面する事となり、提灯の灯りをこちらへ向けた狐面の目が、大きく見開き驚いている様に見えた。


 怒られる…




 かりっがたがたっがりがたん…

 

 窓を開けようとしているけれど、なかなか開けられないという様な音が響き渡った。


 必死にがりがりやっているのが可笑しくて、再び笑いが込み上げてくる。


 ようやく少しだけ開いた隙間から手を入れて何か言っている。


「ちょっ…もうちょ…」


 伸ばされた指の先に巻物の様な物があって、あと数ミリ届かない手が空を掻いていた。


 ふぬっ…くっくっくっくっ…


 惜しい。

 あと少し。

 ぎりぎり届いていないのが、また可笑しくて、肩を震わせながら巻物を押し出した。

 今度は、巻物を掴んだ手が窓から抜けない様で、がしゃがしゃとやっているうちに、手からすっぽ抜けた巻物が、奇跡的に窓の隙間を抜けて面に当たった。


 脳内で、今起きた巻物ミラクルシーンがスローで再生され、コミカル二度見のフラッシュバックに止めを指されると、思わずしゃがみ込む。

 笑ってはいけないと思えば思う程笑えてくるふがふが状態に限界が訪れた。


 ふがっ…かっかっかっかっ…


 声を殺して、顔面だけでひとしきり笑い、涙目で再び覗き見ると、ミラクル狐面はもう居なかった。


 参道の灯りも無くなっており、輿の後ろに大勢居た筈の人達は1人も見えない。


 皆、もう行ってしまったのだろうか…


 進んで行った門の方を見ても、誰も居なかった。


 少しだけ開いている窓に、半笑いで手を伸ばすと、すうっと閉まった。

 開けてみると、音もなくすうっと開いた。

 指1本でも開けられる軽やかさに、また笑いが込み上げて腹を抱える。


「ぷーふゎぁっはっはっはあの人なにぃひひやってたんだはははは開くじゃん直ぐ開ぐふふふぅあはははなんではははははぁーはぁーはぁーださ………」


 はぅゎっ!!


 両手で口を押さえたけれど遅かった。


 狐面はいつの間にか戻って来ていた。


 大幅に開いた窓から、じとっとした目で言い捨てる。


「茶屋へ急げ」

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