第2話 昼休み

 次の日の朝、玄関で靴を履き替えている時のことだった。


「おはよう、義兄さん」

「おはよう、菖蒲さん」


 部屋から出てきた菖蒲さんはいつも通りに朝の挨拶をしてきた。


「クマすごいけど、大丈夫?」

「あっ、うん、大丈夫なやつだから」


 クマに大丈夫なやつとそうじゃないやつがあるかは知らないけど、さすがに昨夜のことを考えすぎたせいで一睡も出来なかったとは言えない。

 菖蒲さんは普通にしてるけど、あれからちゃんと眠れたかな。

 

「義兄さん、たまには一緒に登校しよう?」


 あれこれ考えていると、ふと菖蒲さんからそう提案された。

 正直驚きだ。いつもは言葉に出さなくても俺と菖蒲さんは時間帯を分けて別々に登校していた。


 どういう心境の変化なのだろうか。

 俺と菖蒲さんが義兄妹なのはクラスメイトに話してあるから問題ないとして、普通の思春期女子が男と仲良く登校している場面を見られるのはさすがに避けたいものじゃないの?


 まあ、そっちが誘ってきたんだから、特に断る理由もないし―――


「分かった」


 家を出て、俺と菖蒲さんは並んで歩いていた。

 とはいえ、さすがに菖蒲さんに悪いと思って、肩幅くらいの距離は置かせてもらっている。


 正直に言うと、菖蒲さんと一緒にいるのはまだ少し気まずい。

 エロ本を親に見つかったとかそんな気分だ。


 そんな俺の心境を見抜いたのか、菖蒲さんは話しかけてきた。


「義兄さん、昨日のこと誰にも言わないから」

「ありがとう、俺も誰にも言わないよ」

「うん、二人だけの秘密ね」


 思わずドキッとしてしまった。

 「二人だけの秘密」というのは思春期男子の心をくすぐるのに十分であった。



「ねえねえ新城、お前今日菖蒲さんと一緒に登校だなんて珍しいな」


 席に座るとタイミングを見計らったのか、後ろの席の成海なるみが話しかけてきた。

 彼とは高校入学当初からずっと隣の席で、話も割と合ったから、親友とはいかないまでもそれなりに仲のいい友達である。


「兄妹だからな」

「いやほら、お前らが兄妹になったのって割と最近じゃん? 一ヶ月ぐらい前とかそんなんじゃないの?」

「詳しいな」

「おい、そんな目で見るなって。俺だって傷つくよ!」


 ジト目を向けると、成海は自分を抱きしめて傷ついたフリをした。

 正直、ちょっとうざい。


「にしてもよ、あの菖蒲さんと兄妹になれるなんて代わってほしいぜ」

「そんなにいいことばかりじゃないよ。割と気を遣うし」

「そりゃ、あんだけ可愛い女子とひとつ屋根の下で暮らしてたらな、気を遣って当然というか、気を遣えないやつは紳士じゃないな」

「まあ、そうだな」


 実際、菖蒲さんと一緒に暮らしてからは気を遣った。

 洗濯物は分けてしてるし、風呂だって中に入ってる人がいないか確認するようにしている。


 それでもたまに菖蒲さんの下着を偶然見かけてはもやもやしてたし、そのせいでサキュバスを呼んだと言っても過言じゃない。

 思春期の男子にとって、異性の下着はそれほど破壊力のあるものだ。


「いいな、俺も可愛い女子と暮らしたいよ」

「一生言ってろ」


 成海をほっといて、俺は教科書をカバンから取り出して授業の準備に取り掛かった。

 それから三時間ほど経って昼休みになった。


「やばっ、弁当忘れた」


 カバンの中を漁っても、弁当らしきものが出てこなかった。


 ―――どうしよう。


 購買にパンを買いに行くか。


 そう思った時のことだった。


「義兄さん、これ、義兄さんが忘れたお弁当」


 後ろから菖蒲さんの声がした。

 振り返ると、菖蒲さんの手に俺の弁当箱があった。


「ありがとう、菖蒲さん、助かった」

「ううん、テーブルに置いてあったからついでに持ってきただけだから」


 弁当箱を菖蒲さんから受け取って、さっそく食べようとしたら、菖蒲さんは一向に自分の席に戻る気配がなく―――


「どうしたの? 菖蒲さん」

「その、昼、義兄さんと一緒にしてもいい?」


 よく見てみると、菖蒲さんは自分の弁当も持っていた。

 

「成海も一緒にいるけど、それでもいいなら」


 今まで学校では積極的に俺と関わってこなかった菖蒲さんが昼一緒に食べようって言ってくるのは珍しいことだけど、特に断る理由もないので、俺はほかのところから椅子を持ってきて菖蒲さんに座らせた。


「おいおい、ほんとにどうしたんだよ、今朝一緒に登校するのもそうだし、新城お前菖蒲さんと何かあった!?」

「「別に」」


 吹き出しそうになるようなことを成海から聞かれて、思わずはぐらかしたら菖蒲さんとハモってしまった。

 俺は約束は守る男で、昨夜のことを誰にも言わないと言ったら絶対に言わない。


 今度は成海がジト目を向けてきたけど、信じてもらうしかないのだ。


「うわー、菖蒲さんがご飯食べてるところ間近で見ちゃったよ……尊いよ」

「よせって、お前がそんなだと菖蒲さんが食べづらいだろうし、ミーハーかやばいファンかって思われちゃうぞ」

「それもそれか、ごめん、菖蒲さん」

「ううん、大丈夫よ」


 成海の悪ふざけを軽く流して、菖蒲さんはまたご飯を口の中に運ぶ。

 この日から、菖蒲さんは俺と一緒に昼を食べるようになった。

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サキュバス呼んだら、義妹が来た エリザベス @asiria

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