サキュバス呼んだら、義妹が来た

エリザベス

第1話 三つ目の接点

「あ、あの……菖蒲あやめさん」

「……さん」


 先に言っておくが、これは決してお互いの呼び方を確認しているわけではない。

 そんなの今になって特に議論する必要もない。


 俺からしたら新城しんじょう菖蒲は義理の妹だ。

 菖蒲さんからしたら俺―――新城伊織いおりは義理の兄だ。


 ただのクラスメイトから、親の再婚によって兄妹になったわけだが、呼び方に関しては別に揉めることはなかった。

 というより、揉めるほど親密ではなかったのが俺と菖蒲さんの関係性なのだが、生まれが少し早かった俺が兄ということに落ち着いた。


 じゃ、なぜ夜中にこうして呼びあっているかって?


 おっと、馬鹿な妄想はよせ。

 さっき言ったばかりだろう。


 俺と菖蒲さんはただの兄妹だ。

 そこに男女のあれこれは存在しない。


 菖蒲さんのことを綺麗だとは思うが、それは観葉植物に対して思う感情となんら変わりない。

 クラスメイトから兄妹になっても、俺と菖蒲さんとの距離は一向に変わりはしない。


 そう、つまり他人だ。


 関係性の話ではなく、距離感の話である。

 学校でも家でもお互いに話しかけることはない。


 だって、そうだろう。

 友達にすらなれなかったクラスメイトが、同じ屋根の下で暮らすことになったからといって何かが変わることはない。


 まあ、こうなった答えは―――俺がサキュバスを呼んだら、菖蒲さんが来たのだ。


 ◇


 男なら誰だって一度は夢見たことがある、サキュバス。

 だが、たいていの場合、誰も本気で相手にはしないだろう。


 もちろん、俺もサキュバスが実在するなんて思っていないし、ましてサキュバスを呼ぼうなんて一ミリも考えていなかった。

 そう、今日までは。


 事の発端は父親の再婚だった。

 それ自体は別にありふれた話だし、特に変わったところもなかったが、問題は父親の再婚相手に娘がいたのだ。


 あろうことか、その娘というのは俺のクラスメイトだった。

 遠坂とおさか菖蒲、俺のクラスで一番可愛い女子だ。

 

 そんな女子との思いがけない同居生活は、俺をムラムラさせていた。

 ただでさえ思春期な男子が、毎日同い年の女子と同じ空間を共有するのは下心がなくてもドキドキするものだ。


 かといって、こんな気持ちを菖蒲さんにぶつけられるはずもなく、俺は悶々と日々を過ごしていた。

 そこで偶然漫画で見かけたサキュバスに興味を持って、試してみようという気持ちになった。


 家族が寝静まるタイミングを見計らって、見よう見まねで魔法陣を書いた。

 胡散臭いと思いながら、漫画にある呪文を唱えてみる。


 その結果が―――


「あ、菖蒲さん!?」

「義兄さん!?」


 まさか、魔法陣が光り出したと思ったら、そこに菖蒲さんが座っていた。

 よく見てみると、彼女の背中には翼が、尻のほうには先端がハートの形をしたしっぽが生えていた。


 どうやらサキュバスが実在していた。

 それも俺の義妹だった。


「あ、あの……菖蒲さん」

「……義兄さん」

 

 沈黙に耐えかねて、菖蒲さんに声をかけてみると、菖蒲さんも気まずそうに返事してくれた。


「お、遅いから、部屋に帰りなよ」

「あ、うん」


 気まずい。

 なのに、菖蒲さんは一向に動こうとする気配はなく、時間はただただ過ぎていた。


「義兄さん……」

「う、うん」

「やはりしたいの?」


 今度は菖蒲さんが申し訳なさそうに話しかけてきた。

 どうやら、俺がサキュバスを呼んだのはどういうことなのか向こうにも分かっていたみたい。


 したいかと言われればそりゃしたいに決まってる。

 でも、クラスメイトでおまけに義妹にそんなことをする度胸は俺にはない。


「だ、大丈夫……」


 俺は紳士だ。

 だからここは紳士としてはっきりと断らないと。


「そう……安心した」


 俺にする気がないと分かり、菖蒲さんは胸を撫で下ろした。

 いくらサキュバスとはいえ、菖蒲さんからしても俺とするのは、ハードルの高いことだったのだろう。


「なんか飲む?」

「うん」


 このまま菖蒲さんを帰したいけど、それはそれでダメな気がして、俺は一旦部屋を出て冷蔵庫から牛乳を出して、コップに入れてチンしたあと、部屋まで持ってきた。

 それを菖蒲さんに渡すと―――


「わたし、ホットミルク好きなの義兄さん知ってたの?」

「うん、家族だからな」


 家族というのは、理性を保つために自分に言い聞かせている面もある。

 さて、ここからどうしようか。めっちゃ気まずい。


 というか、さっきから気まずさMAXなのだが。


「義兄さん、びっくりした? わたしがサキュバスだなんて」

「びっくりしたというか、今でも信じられないや」

「あはは、そうだよね……サキュバスなんて信じてる人いないもんね」


 グッサリ。

 サキュバスを呼んだ張本人がここにいるんですけど?


「わたしの一族はみんなサキュバスだから、わたしもその血を引いてサキュバスなのよね」

「へえ、そうなんだ」


 ってことは、お義母さんもサキュバスなのかな。

 なんてさっきの気まずい状況が少し和んだかと思ったら、次の菖蒲さんの言葉に思わず牛乳を吹き出した。


「言っとくけど、わたし、処女なんだからね」


 気になってはいるものの、敢えて聞かなかったことを菖蒲さんは急にカミングアウトしてきた。


「…………」

「そこを誤解されたくないから……」

「う、うん」

「まさかサキュバスを呼ぶ人がほんとに実在するなんて思いもしなかったから……」

「なんかごめん……」

「ううん、でも、わたしを呼んだのが義兄さんでよかった」

「それってどういういみ―――」

「じゃ、わたし帰るね!」


 俺の質問から逃げるように、菖蒲さんはそそくさと自分の部屋に戻った。

 この日以来俺と菖蒲さんの関係に変化が訪れるなんて考えもしなかった。

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