花は火星に舞う
島原大知
第1話
西暦2200年、人類は長年の夢だった火星移住計画を本格的に進めていた。先遣隊が送られ、コロニーの建設は順調に進んでいるように見えた。
宇宙飛行士のサラ・ミラーは、管制室で深夜のモニタリング業務についていた。ふと、火星との交信を司る画面に視線をやると、信号が途絶えている。不審に思い、別の周波数に切り替えるが、どれも反応がない。
「どういうこと......?」
サラの呟きに、管制官のリュウが顔を上げる。
「どうしました? 火星からの信号ですか?」
「全てのチャンネルで交信が途絶えているの。こんなことは今までなかったわ」
二人は眉をひそめ、原因を探ろうと手を動かす。だが、どう試みても火星からの電波は受信できない。事態を察知した管制室は、一気に慌ただしくなった。
あれから一週間。事態は好転するどころか、火星との交信は完全に途絶したままだ。監視衛星から送られる映像にも異変が見られた。真っ赤な砂漠だったはずの火星の表面を、見渡す限りの花畑が覆っているではないか。
「何が起きているんだ......」
管制室には深刻な面持ちの職員が集まり、映像を食い入るように見つめている。花畑には見慣れない色とりどりの花が咲き乱れ、風に揺れる様子からは甘い香りが漂ってきそうだった。説明のつかない状況に、人々は口々に憶測を呟く。
「温室効果で植物が繁茂し始めたのか?」
「いや、あれは地球の植物じゃない。火星特有の生態系だ」
「いったい何が......?」
混乱が広がる中、サラの脳裏にジョンの顔がよぎる。婚約者の彼は、第一次移住団の一員としてコロニーで働いているはずだ。無事でいてくれと祈らずにはいられない。
不穏な空気が管制室を包む中、一本の緊急通信が入る。画面に宇宙局長官の顔が浮かび上がった。
「事態を重く見た当局では、至急の救援隊派遣を決定した。選抜されたメンバーは至急、発射場へ集合されたし」
局長官の言葉に、サラの鼓動が早まる。彼女は迷うことなく名乗りを上げた。
「局長、私を救援隊に加えてください! 私の婚約者もコロニーにいるんです。何があったのか、この目で確かめずにはいられません」
「ミラー、君は優秀な飛行士だ。頼もしい限りだが、君の感情が決断を鈍らせてはならない。救援が最優先だということを肝に銘じておいてくれ」
「はい、分かっています!」
激しく頷くサラに局長は満足げに頷き、通信を切った。
ジョン、待っていて。必ず君を助けに行くから。
サラは拳を握りしめ、恋人への思いを胸に刻んだ。遥か彼方の、赤き星で起きた異変。真相を解き明かすために、彼女は今、勇気を持って飛び立とうとしていた。
救援隊の結成から数日後、サラたちの宇宙船は快晴の空に向けて勢いよく飛び立った。一面の青空を背に、銀色に輝く機体が宇宙へと向かう。
「ジョン、里紗も行くからね」
サラはコックピットから火星を見つめ、心の中で呟いた。真っ赤な星は今、謎めいた花畑に包まれている。果たして、火星で彼女を待ち受けているものとは。
シートベルトにしっかりと身体を固定し、サラは目を閉じる。これから向かう世界では、想像を絶する事態が生じているのかもしれない。だが、彼女にはやらねばならないことがあった。
ジョンを助けること。そして、人類の夢の舞台となるはずだった火星を救うこと。
決意を新たにしたサラは、わずかに身を屈めると加速度に身を委ねた。遙か彼方、火星を目指して。
***
火星の衛星フォボスが、宇宙船の窓越しに大きな影を落とした。目的地が間近に迫ってきたことを告げるように。
「ミラー、火星が見えてきたぞ」
宇宙飛行士のリチャードがサラに声をかける。サラは窓に目を凝らし、赤い惑星の姿を探った。
「ほんとね。......ってあれは!」
サラが目を見開いた。窓いっぱいに広がる火星の表面は、一面がピンクや白の花畑に覆われているではないか。
「信じられない......」
息を呑むサラの隣で、リチャードも驚きを隠せずにいた。監視衛星が捉えた映像は本当だったのだ。
火星の地表を覆う花畑。一体これは何を意味しているのだろう。
様々な疑問が脳裏をよぎったが、サラは思考を切り替える。
「着陸態勢に入るわよ。気を引き締めて」
「了解」
二人は無言で手順を確認し、着陸に備えた。窓の外では、ピンクの花畑が際限なく続いている。まるで地球のそれのように。
ジョン、里紗はもうすぐ君に会えるから。
胸の高鳴りを抑えつつ、サラは奇妙な風景に目を凝らした。一体火星に何が起きたというのか。複雑な思いを胸に、彼女は静かに着陸態勢に入った。
かくして、人類史上例を見ない火星の惨事に、救援隊の一行が足を踏み入れたのだった。
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