第5話
「人類の、次なる進化......だと?」
タリクが呟くと、研究員が静かに頷いた。
「ええ。あの生命体は、我々の遥か先を行く進化を遂げていたのでしょう。もはや個としての存在ではなく、一つの共生体として生きる。そんな、新たな生き方を私たちに示唆していたのかもしれません」
「そんな......」
衝撃の事実に、タリクは言葉を失った。
「隊長、こちらに気になるものが......」
そこへ、一人の隊員が駆け寄ってきた。手にしているのは、古びた紙切れのようだ。
「何だそれは?」
「花畑のあった場所で発見しました。どうやら、第一次隊の誰かが残したメモのようです」
タリクは急いでそれを手に取った。震える手で紙を開くと、なんとそこにはサラの字で、こう記されていた。
『もしこのメモを読んでいるのが地球の人間なら、どうかお願いがあります。
私たち第一次隊は、もはや人間ではなくなりました。花と一体化し、新たな生命体へと生まれ変わったのです。
ですが、これは決して悲しいことではありません。むしろ、喜ばしい変化なのです。
私たちは、はるか昔この惑星に存在した、高度な知的生命体の末裔なのです。かつて火星人は、過酷な環境の中で花へと進化することを選びました。そして、いつの日か地球人を仲間に引き入れ、共に新たな文明を築こうと夢見ていたのです。
私は、人類がいつかここまで進化することを願っています。個を超えて、みな手を取り合って生きる。そんな素晴らしい未来を。
どうか、私たちのことは忘れないでください。遠い日、また会える時を信じて』
サラの言葉は、そこで途切れていた。
「サラ......」
タリクは目を閉じ、深い感慨に浸った。彼女たちは、自らの意思で進化の道を選んだのだ。
「隊長、我々はこれからどうするのですか?」
隊員たちが不安げに尋ねる。
タリクはゆっくりと立ち上がると、大きく息を吸い込んだ。
「書いてあった通りだ。私たちは、第一次隊の犠牲を無駄にしてはならない。彼らが託した夢を、我々が後世に伝えていくのだ」
「はっ!」
隊員たちが力強く返事をする。
「さあ、地球に戻るぞ。私たちには、為すべきことがある」
タリクは仲間たちを見渡し、静かに言い放った。
「まずは、ここで起きたことを全て正直に伝えること。そして、いつの日か人類が彼らのように進化できる日が来ることを。その希望を語り継ぐこと」
こうして、第二次救援隊は重い使命を胸に、火星を後にしたのであった。
***
「各員、出発の用意は良いか」
「はっ、万全であります」
再び、火星探査隊の発射が間近に迫っていた。
あれから幾星霜。人類は、かつての「惨事」の真相を知り、大きな論争と混乱の時代を迎えた。だが、救援隊の働きかけもあり、人々は次第に新たな可能性として、火星人の存在を受け入れるようになっていた。
「ようやく、あの惑星に立つときが来たか」
宇宙船内で、隊長のタリク・バーンズが感慨深げに呟く。
外の景色が動き始めた。目指すは、赤く輝く星。今はまだ、生命の気配がないように見える。だが、彼は知っている。
花畑は、いつの日か必ず蘇ると。
今度こそ、彼らと手を取り合える日が来ると。
「さあ、行くぞ。我らが、新たな仲間に会いに」
熱い思いを胸に、宇宙船は勢いよく宇宙空間へと飛び立っていった。
再び、火星を目指して。
花は火星に舞う 島原大知 @SHIMAHARA_DAICHI
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