第3話
「火星からの連絡が、また途絶えた」
宇宙局長官の渋い声が、管制室に響き渡る。大勢の職員が、青ざめた表情で画面を見つめていた。
「救援隊とも、音信不通に?」
「ええ、あれだけの大規模な部隊が送られたというのに、です」
沈黙が室内を支配する。あれから数年、火星との交信は二度と再開されなかった。当初は希望的観測も呟かれたが、誰もがとっくに最悪の事態を覚悟していた。
「もはや、第二次救援隊の派遣は避けられませんね」
「そのようだ。今度は最精鋭を揃え、徹底的に調査する必要がある」
局長の言葉に、タリク・バーンズ大佐が応じた。
「我こそはと思う者は名乗り出よ。人類の未来を賭けた任務だ。必ず真相を究明し、皆を連れ帰る。それがお前たちの使命である」
大佐の声に、重々しい空気が管制室を包む。かつて救援に向かったサラたちの姿が、まぶたに浮かんだ。
あれから、一体彼らに何があったのか。
やがて、かつてないほど大規模な第二次救援隊が結成された。精鋭ぞろいの隊員たちは、いずれも引き締まった面持ちで宇宙船に乗り込んでいく。
「各員、決意は固いな?」
「はっ!」
隊員たちの鋭い返事が、発射場に木霊した。
かくして、人類の命運を託された第二次火星救援隊が、赤い惑星を目指して旅立ったのだった。
***
「人の気配がない......」
着陸したタリクたちを出迎えたのは、不気味なほどの静寂だった。コロニーは無人となり、建物は荒れ果てている。前回の救援隊の姿も、どこにも見当たらない。
「どういうことだ......? まさか全滅でも?」
若い隊員の声が震えた。タリクは唇を引き結ぶと、厳しい表情で周囲を見回した。
「武器を手に取れ。敵は潜んでいるかもしれない」
隊員たちは総身に緊張を走らせ、ライフルに手をかける。
「さて、手分けして捜索を......」
その時だった。
「あっ、ほら! あれは!」
一人の隊員が叫び、西の方角を指差した。タリクが目を凝らすと、遠くに花畑が広がっているのが見えた。一面を覆うピンクや白の花々。かつて、監視衛星が捉えたあの異様な光景だ。
「奴らの正体は、花の中にいるのか......」
タリクが低い声で呟く。謎の敵に備え、銃を構える隊員たち。
「気をつけろ。武器を持っているかもしれない」
タリクの合図とともに、救援隊は慎重に花畑へと近づいていった。甘い香りが風に乗って漂ってくる。この惑星のものとは思えない、なまめかしい芳香だった。
「......! ほら、あそこに人影が!」
若い隊員が指差した先に、人の姿が見えた。だが、タリクたちが息を呑む。それは宇宙服を着ていない。普段着姿で、花の中をのんびりと歩いている。
「まさか、大気が変わったのか? いや、それよりあれは、前回の救援隊の......!」
隊員たちがどよめく。花畑を歩くのは、紛れもなくサラたち第一次救援隊のメンバーだった。だが彼らは皆、虚ろな笑みを浮かべ、花を愛おしそうに撫でている。タリクの呼びかけにも、ろくに返事をしない。
一体、彼らに何があったというのか。
「ここはまずい。一旦撤退し、状況の分析を......」
タリクが言いかけた、その時だった。
「げっ......何だ、この眩暈は......」
「俺も、急に立っていられなくなってきた......」
隊員たちが次々とふらつき始めたのだ。タリクの意識も、もうろうとしていく。
「くそっ、花の香りに何か毒でも仕込まれていたのか......!」
最後の力を振り絞り、タリクは隊員たちに叫んだ。
「撤退だ! 今すぐ......この場から離れるんだ......!」
だが、もはや手遅れだった。意識を失ったタリクの身体が、ゆっくりと花畑に倒れ込んでいく。隊員たちも次々と、草原の上に横たわっていった。
やがて、花畑には行き倒れた隊員たちの姿だけが残された。生気を失った身体を包み込むように、色鮮やかな花々が揺らめいている。
風に乗って、甘美な花の香りが辺りを満たしていた。それはまるで、生命を奪い取る毒のようで。
こうして、火星の惨事は新たな局面を迎えたのだった。
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