scene12 : 三クラス混合カラオケ(戦)
◇
どういうことだろ?
小春ちゃんは、嫌なことを言われたから無視したって言ってる。
増田は、普通のことを言ったのに無視されたから、嫌味を言うようになった、って言ってる。
一番初めの言葉は一体何だったのか。
あっけないことに、それは小春ちゃんに聞いてみるとあっさり分かってしまった。
明らかな嫌味だってことが。
さすがに言い逃れできないような嫌味だった。
でもそうなると、増田側の言い
仲邑さんと井浦さんが、二人仲良く部屋から出て行く。
さっきまでの話のせいで頭がパンクしそうになってるところに、
今度は幹事さんから連絡が来る。
〈『増田さんが、聞きたいことがあるんだって。小春ちゃんに伝えてほしいんだけどいいかな?』
幹事さんって、小春ちゃんの連絡先も知ってるはずだけど…ワンクッション挟んだほうが良さそうなのかな。
そういえば、幹事さんが中継してるってことは…幹事さんと増田との関係は良くなったっぽい? だとしたら良かった。
「あの…増田が、小春ちゃんに聞きたいことがあるらしいんだけど、いいかな?」
「えっ? …………………なに?」
増田側の部屋でも二人の仲違いのきっかけについて話されているらしい。
朝園から幹事さんに中継役をバトンタッチしたからか、話は少し巻き戻っていた。
「『初めて喋りかけたとき、なんで無視したの?』だって」
メッセージを伝えると、見るからに不機嫌になる小春ちゃん。
「はぁ? あっちがつっかかってきたのに! なんで、とか聞かれてもねぇ、意味分からないんですけど。『応える意味ないから無視するに決まってるでしょ』……『バカ』そう返しておいて」
「スーーッ………おっけーりょーかい…」
ですよね…
これをそのまま伝えるのもあれだし……思いつく限り穏便な表現に変えて返信しておこう。
『嫌味に聞こえたから、むっとしちゃったって言ってる』〉
これ、話がさっきと完全に同じ流れになってない…?
それでそのあとすぐに、やっぱり同じような返信がくる。
もはや伝える意味ないかな…
小春ちゃんがこっちを見て返信内容を気にしてる様子だったから、一応メッセージをそのまま伝えてしまう。
「あ〜…『最初は普通に話しかけた』って…」
「どこが普通? 頭=====、=====ないんじゃない?」
「……まぁまぁ…ちょっと言葉が…ね…?」
二人が直接話してるんじゃなくてよかったよ…ほんとに…。
『普通に嫌味だったでしょ って言ってる』〉
〈『いや、普通に話しかけた。 って』
「うわっ」
ブー、ブー、っとバイブが鳴った。
表示されてるアカウントは幹事さんだ。
とうとう向こうから電話がかかってきちゃったか…。
嫌な予感を抱えつつも電話に出ると、とりあえず幹事さん本人が出てきて安心する。
今、向こうはスピーカーモードにしてて、これから増田にバトンタッチするという。
それで、こっちも言われた通りスピーカーモードにする。
聞こえてきた増田の声は、早速不機嫌さMAXだった。
『こっちばっか悪いみたいに言うけど、そっちも結構言ってきたけど? 背高いのに気小っさいとか言ってきたのマジでムカついた』
小春ちゃんはテーブルに置いたスマホに向かってイラつきながら…でも一応冷静さを保ってる
「いやそっちの方が口悪いから。 ===呼ばわりとか普通言わなくない? ありえないと思うんだけど?」
『彼氏いるのに露出多いからじゃん。それで人の男に色気使うとかマジ===』
「だれに? かべなんとかが? そもそもあんたの男じゃないでしょ」
『狙ってる男に手出すなって』
「出してないって」
『いや、出してた』
「私そのときから彼氏と付き合ってたから!」
『じゃあ浮気じゃね?』
「はあ?! 〜〜〜〜もぉ…こい……つ……!」
それを聞いて耐えられなくなったのか、小春ちゃんは松葉杖をついて部屋を出ていってしまう。
小春ちゃんの友達も後ろを追いかけていく。
止めようかどうか戸惑ってるうちに、増田がいる大部屋まで来てしまった。ドアを開けて小春ちゃんが叫ぶ。
「してないって言ってんだろ!」
「ハッキリ言ってマジでウザかったから! アイツ! 勘弁してって感じ! 良いと思ったこととかホントに一回もない!」
増田はそれを聞いて立ち上がった。
好きな人を貶されて頭にきたんだろう。
「調子のってんじゃねえ!! お前なんか…!!===のくせにっ!!」
小春ちゃんはますます前のめりになる。
「 しつこく言ってくるの! アンタとアイツそっっくり!!!初めてのときからそっち始まりだったし?! 急に来ていきなり訳解んない嫌味言い出して何なんだよ!」
「いきなりじゃない!! お前が無視したんだろ!!」
「くだらないこと言ってきたから!!」
「くだらないっっ!!!!?」
増田が一際大きく叫んだ。
その声に妙な迫力があったせいか、言い合いが一瞬途切れる。
なんだ? 今の感じ…。
今の増田の言葉…ただ頭にきたとかそんなんじゃないような、なにか悲痛さみたいなものが交じっているような…そんな気がした。
「一旦落ち着くよ! 小春! ほら!」
友達に連れられて、小春ちゃんが引き返していく。
部屋をあとにする時、最後に見えた増田の顔が悲しそうに見えたのは…気のせい…か?
◇
部屋に戻ってきた。
俺達三人が帰ってきたすぐ後に、井浦さんと仲邑さんが帰って来る。
その時にはもう小春ちゃんは落ち着いてたけど、まだどことなく漂う気まずさを二人に察させてしまったと思う。
小春ちゃんと増田が初めて交わした内容については…
やっぱり違和感がどんどん大きくなっていく。
さっきの増田とのやり取りの中で、小春ちゃんもそれを感じたかもしれない。
これは、ただの意見の食い違いじゃないんじゃないか…
「もしかして、さっき言ってた初対面より前に、なにかあったんじゃない?」
「そう…なのかな…」
二人の間には何か思い違いがあって、それをきっかけに関係がどんどんもつれていった…。そういう事なのかもしれない。
もしそうなんだとすれば、この絡まりは
敵視してくる原因が分からない事ほど、どうしようもない事もないから。
ゆっくり時間をかけて、小春ちゃんの考えがまとまるまで待った。
「…結局のところ、アイツに聞くしかないよね…」
「うん…」
「………今日のうちにけりをつけたい…。今のタイミングを逃したら、もう絶対に聞けないと思うから」
「そうだね…分かった」
小春ちゃんは、もう大丈夫だと言う。
もう、冷静に話が出来るから。
さっきまでみたいに熱くはならないから。そう言った。
その言葉を信じて、もう一度、二人で話せるような場を用意することになった。
きっとこれで、全部終わらせるつもりだ。
俺と、小春ちゃんの親友さんと、幹事さんと、三人で連絡を取り合いながら、最後の話し合いは、ドリンクバー横のあの辺りですることに決まった。
あそこなら声を荒らげさえしなければ、迷惑にもならないし、落ち着いて話が出来るはず。
もしかしたら、こっちが勘違いしてるのかもしれない。
もう一度だけ、冷静に話し合いたい。
その旨を増田に伝えてもらった。
返ってきた返事は、YES。
そして二人は、ドリンクバー横で待ち合わせる。
◇
向こうから増田がやってくる。
その表情は思ったよりも落ち着いていた。
意外なことに、増田について来てたのは朝園だった。
朝園はドリンクバーの横まで増田に付き添って、離れていく。
向こうの部屋でずっと増田のフォローをしてくれてたのかな。
ありがとう朝園。
俺も二人から離れて、通路を曲がった所で待ってることにした。
小春ちゃんの親友さんも同じようにここに留まる。
張り詰めた空気の中…
小春ちゃんは、松葉杖に半分体重を預けたまま壁にもたれかかる。
増田は、そこから少し距離をとって立ち止まった。
二人は目も合わせない。
気まずい時間は長く感じる。
ほんの数秒間、二人が黙ったままでいるだけで緊張はどんどん高まっていった。
もしかしてこのまま何も話せないんじゃないかと心配になってきた頃、
「一番初めに話したのって…」
慎重に、相手の反応を窺うように。
その声は落ち着いている。
「階段の下のとこでしょ?」
少しの
やっぱりお互いに別々の方を向いたままで。
「…違う。もっと前に話しかけた」
小春ちゃんも予想はしていただろう。でも、増田にはっきりとそう言われると、意外そうな表情を滲ませて固まった。
「…………?………それは、覚えてない……」
「その後に階段の下」
やっぱり食い違いがあったんだ。
そこから二人の仲違いが始まってしまった。
それさえなければ二人は…喧嘩せずに済んだのかな。
それさえなければ、二人はどんな関係になってたんだろう。
頭の中で、さっき朝園が言った言葉がリフレインしていた。
――――仲悪い人ぐらい、いるんじゃない?―――――――――
増田は……
誤解が解けることを望んでくれるだろうか。
今からでも、間に合うのかな。
「あの……」
「初めての時……何て言ったの?」
弱々しく、下を向きながら呟いたその言葉には、少し不安が滲んでいた。
「忘れてる……ごめん。教えてほしい」
また沈黙が流れる。
うっすらと音が漏れ聞こえてくる通路なのに…まるで、
この建物中どこを探しても、他に誰も見当たらないんじゃないか…ってくらいに、静かに思えた。
増田は黙りこくってしまう。
きっと、迷っている。
躊躇って、でも拒絶して立ち去ることもまた躊躇って…
本当は打ち明けたいのか、小春ちゃんにどう感じてほしいのか。
増田の本心は分からない。
彼女のことを、ただ、待つことしか出来ない。
「……」
「……――――――」
黙る二人の…どこか気怠い緊迫の中、ぽつり…呟くような声が聞こえてくる。
いつもの増田とは違う、か弱い女の子みたいな、小さな声だった。
「『私もできる?』」
「……………………………? ……」
それを聞いた小春ちゃんは、はじめ怪訝そうな顔をしてから少しの間黙って…
下を向いて、真剣な表情で考え込んでいた。
「………あっ……」
やがて、何かを思い出したらしい。
顔を上げると同時に、小さく声を
神妙さを孕んだ驚きのの表情で、
小春ちゃんは、初めて増田の方に顔を向けた。
「…………それだったら覚えてる……っ…けど、私に言ったんじゃないと思って…」
「……」
「……でもそれって……」
「ダンス…」
増田が答えた。
増田が言った事、そして起こったこと、その意味が分かった瞬間、血の気が引く感じがした。
――――――――『私もできる?』―――
ダンス―――
…………。
……………そっか……。
それは…………
増田は、小春ちゃんのダンスを見て…つまり、
自分もダンスをやってみたい、ってことを言ったんだ…。
でも小春ちゃんは自分が言われたんだと気付けずに何も言わないまま…それは無視になってしまった。
…その状況が、ちょっと想像できてしまう。
練習してる時の小春ちゃんを見たことがあるなら、誰もが共感するんじゃないか。
ダンスしている時の小春ちゃんは、他の人を寄せ付けないような…独特な雰囲気を纏っている。
もしも話しかけた後に…何も言葉を返してくれなかったとしたら。無視して練習に戻ってしまったんだとしたら。
それは初心者を見下して、あしらったんだと思ってしまっても仕方がない。それくらい…練習中の彼女はストイックに見えていた。
増田はたぶんプライドも高くて、何にでも積極的なキャラじゃない。
――私もできる…?―――――
その一言を言うために、きっと勇気を振り絞っただろう。どれだけ期待して話しかけただろう。
それは…ショックだったろうな…
その後、二度目に話しかけた時…
…それは増田に落ち度がある嫌味だったとしても、小春ちゃんは実際にはっきりと無視した。
それで、やっぱり一度目も同じような無視だったんだと、答え合わせになってしまったんだろう。
「ごめん…………絶対くだらない事なわけないから…あれは…!」
さっき増田が悲しそうに見えたのも、そういう事だったんだ。
小春ちゃんが初めてだと思っていた会話は、実は二回目だった。
それの事を指して、くだらない事って言ったけど…
でも、本当の初めての言葉は、 ”ダンスへの憧れ” だった。
勘違いのせいで、それをくだらない事だなんて言ってしまった事になる。
それは小春ちゃんにとっても絶対に言いたくない言葉だったんじゃないか…。
もしかしたら、増田もそこで違和感に気づいたかもしれない。
小春ちゃんがダンスへの憧れをくだらないなんて言うわけがない。
増田は、過去へ思いを馳せているような、深い視線を床に向けたまま、静かな声で、
「分かった」
そう言った。
二人の間にあった誤解は、今になってやっと解けたんだ。
ほんの些細な事で関係は拗れてしまうんだと…
安堵よりも先に、そのやるせなさが沁みて、ただ静かなため息が出た。
今までの…全部全部、そこから始まって…
そういう話だったのか…
小春ちゃんはひたすら謝って、増田はもういいとあしらっている。
二人の間にあった張り詰めた嫌悪感みたいなのはすっかり無くなっていた。
「……………………今は?……」
一頻り謝って少し落ち着いたあと、そっぽを向きながら小春ちゃんが言う。
今、増田はダンス部じゃない。
増田が一度はやってみたいと思ったはずの…そのダンスを今やってない理由は、もしかしたらもう無いのかもしれない。
「………まぁ……………」
「……………………」
「………」
「…………」
「………………」
「やりなよ」
「…………」
「私らまだ高一だよ?」
小春ちゃんは言った。
「……」
「………できるから…」
「…………」
「………………」
「考えとく」
「………ん…」
「……」
「……」
「……んっ、んんっ…………」
「…………………」
「………」
「…………」
急に喧嘩する理由がなくなった二人だから、お互いどう接すればいいのか分からなくなってるようで…もじもじしていた。
「…………」
「……………」
「ごめん…いろいろ…」
「………」
「…」
「…いい。私もごめん…」
「うん……」
「………」
「……」
「……」
「…………」
「……」
「……………」
「………………えっと…」
「…………」
「……………」
「…」
「………戻る…?」
「戻る…か…」
「…」
ふいに、小春ちゃんはこっちを睨みつけてきた。
「……!」
「……あっ!」
隠れて待ってたはずの俺と親友さんが二人でわたわたしてる内に、照れくさそうな顔をした小春ちゃんが近づいてくる。
「バレてたか……」
「フッ……バレバレだから」
それから、朝園と増田とも合流する。
朝園も安堵してるような、喜んでるような表情をしていた。
めでたく仲直りできたことだし、井浦さんと仲邑さんにも報告しにいかないとね。
大部屋のみんなも…今頃心配してるだろう。
「みんなにどう言う…?」
小春ちゃんが気まずそうにそう言う。
「え? 普通に報告するんじゃだめなの?」
「わざわざ報告すんの? 恥ずかしくない?」
「あ〜〜…そうだね…」
確かに、大部屋の二十数人に向かって、私達仲直りしました~、ってストレートに言うのも恥ずかしいか……
「………じゃあさ〜!!」
「うおおわぁっっ!!」
「あはっ!」
「あははは!」
いきなり後ろから声が聞こえてきて、驚いて振り返る。
「………井浦さんっ!?? びっくりした〜!!」
心臓止まるかと思った!
いつから後ろに?!
「へへ……ペケさんのヘタレボイス頂きました〜」
「えぇ……」
井浦さんが突然背後から現れたと思ったら、そんな事を言って、ひょこっと俺の横に並んだ。
「それよりさっきの話…」
ただ、俺を驚かすのはおまけだったらしい。
井浦さんも途中から話を聞いてみたみたいで、
増田と小春ちゃんがどうやって部屋に戻ればいいかについて、いい案があると言う。
ニヤリと、いたずらっ子の顔をしていた。
「じゃあ―――――――――」
Dramatic 青春 ディレクターズ Club すわり @5vew5vev
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