しようこちゃん。(改訂版)

スロ男(SSSS.SLOTMAN)

——


「しようこ」は、源氏名ではなく本名だ。かつて同じ名前の芸能人がいたが、その芸能人は改名してしまった。だから多分、同名の見知らぬ誰かは現存しないだろう。戦前とかはわからない。お嬢様学校に通うしようちゃん(四葉? 紫曜? 単にひらがなか)がエスのお姉様からしようこちゃんなどと呼ばれていた可能性はある。


 名付けは呪いだ。スピッツも歌っていた。名前をつけてやる。


 呪いは祝いだ。


 と、しようこが思っていたはずはないが、常連のお兄さんには、いちいち名前をつけてあげていた。勿論、お兄さんのお兄さんに名前をつけるのであって、お客様にニックネームをつけるとかそういうことではない。


「ねえ、しようこちゃん、しようよ」


 マットに仰向けになって、あご下の肉が二重になっている初見のお兄さんがいう。わりとハンサムな相貌かおだちだと最初見たとき、しようこは思ったが、上から見下ろすとそれも台無しだった。ところで今時「ハンサム」はないのではなかろうか。


「フフ、ダメですよ、お客さん。というか、いましてるじゃないですか——」

「そうじゃなくてさ」


 半分楽しんでる感じなのは、わりと遊びなれているのかもしれない。ガツガツと積極的に来るのは大抵は若くて金のない、そこそこ見栄えのよいお兄さんだった。見栄えが良くて余裕もあるのは珍しい。ほんとの金持ちか、こういう店の必要のないタイプかのどちらかだろう。


 手でカタチを作り、それで包み込む。ローションと圧迫さえあれば、男は気持ち良くなる。お兄さんと呼ぶには少しばかりのたったお客様が教えてくれたのだが、テンガが流行る前は、カップヌードルの容器に目の荒いスポンジの入った玩具おもちゃとかあったという。


 潤滑剤ローションすごい!

 堅いスポンジなのに!


 素直に感心した。就職の面接で自分を例えて潤滑剤というのが多いとかいうギャグなんだか本当なんだかわからない話があったが、みんな潤滑剤の凄さを本能的に知ってるのであろう。


 スポンジではなく自らの躰のくぼみや手や足を使って、しようこはお兄さんをもてなす。ローションがあれば大抵気持ちいい。まるで本当にしてるみたいだというお兄さんやこっちのほうがいいというお兄さんもいたりする。

 擬似的な形で躰を密着させて、こすってるうちに果ててしまった。


 しようこのほうが。


 しようこは貞操観念は持っていたし、職業意識も強かったが、いかんせん敏感すぎた。すぐにイってしまうのである。


 ハアハアと体重をすっかり預けてしまって演技ではない小さな死プティ・モールトを引きずる、しようこの紅潮した頬と小刻みに揺れるからだと喘ぎに、お兄さんはごくりと唾を飲み、了解も得ないままそっと彼女の手と腹の間にお兄さんを滑り込ませ、ビクッとなるしようこの、けれども何も言わない様子に、さっきまで忘れていたはずのお願いを叶えてしまった。


 残念なことに、これはしようこの平常運転であった。常連さんや遊びなれたお兄さんは、こうしてまたしようこを指名してしまうのである。名付けて、妖怪裏返しまた来るね


 まったく天然には敵わない。


 さて。そんな一部始終をなぜ私が知っているのかというと、それはしようこがお兄さんを迎えに行く間にこっそりGoProアクティブ カメラを仕込んでいるからだ。プレイの中心となる場所から、ちょうどしようこの死角に当たるカラーケースの上に。


 さすがに毎度ではないし、見つかったら見つかったでごめんうっかり置きっぱなしにしちゃったてへぺろ、と誤魔化そうと思っているのだが、しようこは気づかない。気づかないからやめ時を見失い、ずるずる続いている。なお、映像と音声でわかる以上のことは全て私の妄想であることをここに告白する。ごめんちゃい、てへぺろ。


 いつもお茶をひいている暇をもてあましている私の、人気ナンバーワンからテクニックを盗もう!作戦はとっくに不発に終わっていた。


 無理だ。

 色々な意味で真似できない。


 この界隈には結構な数のお店があってどれもしのぎを削っているが、単にマットがいい、最後までしたいというのであればむしろ暗黙のうちに本当にしていいということになっているお店だってある。本当に安いところは、この店より安いぐらいのものだ。それでもこのお店は繁盛している。


 犬は家に付くが猫は人に付く、らしい。風俗通いをするお兄さんたちは、その伝でいえば猫だ。


 安い割には若い子もきれいな子もいると評判のこの店の、ナンバーワンはそのうちどこかへ移るだろう。もっと高級な店へ。それだけでこの店の評判が三割がた落ちそうだ。客は嬢へと付く。


 けれど。どうせしてしまう、しようこちゃんなのだから、いっそ川崎のお高いおふろ屋さんへでも行ったらいいのではないか。安い店で何人もの客を相手にするより、一日数人、中四日か五日で働いた方がよほど貞操も保てるだろう。


 それで花村○月なんかが来たりしたら、私なら嬉しい。きっと凄く上手か物凄く下手かのどちらかだと思う。「拳を噛むようにして笑う」という表現が好きです、などとあらぬことを口走ってしまうかもしれない。まあ、私がそんな高級店に行くことなど間違ってもないだろうが。

 そもそも私は最後まで許したことなんてない。


 今日入店してからこの時間までずっとお茶をひいていた私に同情したのか、黒服が持ってきてくれたショートケーキを食べながら本を読む。わざわざ買ってきてくれたわけではなく、お兄さん方の手土産の、お裾分けだかゴミ箱代わりだかなんだけど。きちんと密封されていないものは嫌う嬢も少なくないが、私は気にしない。さすがに錆びた釘とか使用済み注射針とか入ってたら願い下げだが。幸いに、そういうのに当たったことはない。

 私はこの時間が嫌いではない。稼げないのは難儀するけれど、読書が捗る。

 そしてそろそろしようこちゃんの新しい動画が出来上がる頃なので、トイレへ行くふりして回収しなくてはいけない。


 もし名前が違っていたら、彼女は違う人生を歩んだのだろうか。たとえば貞操からとってみさおとか貞子とか——


 貞子はダメだ、却下。もうなんていうか危ない予感しかしない。これは一種の呪いだろう。名前に込められた意味とはまったく異なる意味が、現実の出来事や創作の登場人物によって付与されてしまう。ロリータも、もう付けられない名前だという。いうが、ロリータってそもそもドロリータという愛称から変化した、本名ドロレスちゃんじゃなかったっけ? ドロレス……可愛い名前だが、日本だと泥レスみたいなイメージがね……。プロレスといえば熊本でボボ・ブラジルが——

 え、おまえの名前はなんだって?

 ふふ、秘するが花、というでしょう。あなたの背後にいるかもしれない、花子ということにしておきましょう。

 それでは私は、花など摘んでから参りますゆえ。

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