第二話 食べたい


 私には悪癖があった。それは、サディズムな欲求だ。つまるところ、人の背中を蹴ってみたくて仕方ないのである。それは私が、理科の時間、延々と考えていたことであった。

 蹴ってみたい。蹴ってみたい。理科の時間、画面に映るカエルの解剖を眺める、男の広い背中を見て、蹴ってみたい。うん。奴の背中は蹴りがいがありそうだぞ。そう思ったのだった。

 で、その男にはどうやらアイドル趣味があるらしい。これは、しめた。ということで、その男の下校をつけ、家を突き止めて、玄関前で声をかけた。


「おい、アイドル趣味があるんだろう」


 この当時、そんな趣味をばらされたら、教室でバラされてしまう、という殺気だった時代だった。だから、私の言葉は決してフレンドリーな呼びかけではなく、生殺与奪権を握りましたよ、という強迫的宣言でしかなかった。


「そそそ、そんなことないよお」


 間抜けな鈍重な、そんな印象の声を出した。


「そうか。ならば、入るぞ」


 そして、私は家に押し入ったのである。彼の家は小さなぼろいアパートだった。その小さな家の小さな部屋が、彼の寝室だった。

 私は彼のベッドの下をのぞいた。今、手元にある本には、この下に、この男の重大な秘密がある、とある。


「あっ。やめてくれよ」

「そら、あった」


 それは、生々しいアイドルのコラージュ写真だった。どれくらい生生しいかというと、衝撃的な場面を差し込むことで、勘違いした純文学の選考の評価欲を喚起しよう、といった具合だ。


「あああ、なんで知ってるんだよう」


 それは簡単なことである。ひとえに私がカンニングをしたからである。ああ、そんなことか。つまり、大学受験と似たようなものだ。


「あしたから、お前は私に蹴られても文句は言えないな」


 そして、私が男の背中を蹴る生活が始まった。度の越えた蹴りにより、彼が逆上することもあったが、アイドル、とさえ言えば収まる程度の怒りだった。彼の背中はあざだらけになり、彼がプールを休まざるをえなくなる程だった。

 私の嗜虐心はだんだんと彼以外にも向き始めた。たとえば、心の弱そうな教室のすみっこにいる女の子や、実は被虐嗜好のある中心人物の女などなど。その流れはだんだんと大きくなり、一か月後、先生も含めたすべての人間を自由に蹴る、までに至った。

 ナガシソーメンのように流れてくる人間を蹴っては蹴ってを繰り返す朝の廊下で、だんだんと満足がいかない自分に気が付く。そうか、心がもっとサディスティックに変わってしまったのだ。

 私は、例の背中の男を捕まえて、率直に今の気持ちを伝えた。


「次は膵臓が食べたくなってきた」

 

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気まぐれ刊 題名推理 高黄森哉 @kamikawa2001

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