気まぐれ刊 題名推理

高黄森哉

第一話 涙


 俺は、涙が全くでない男だった。それはもう、本当に病気で、生まれつき涙腺が欠損しているのでは、と疑われたくらいだ。それで医者に言ったらなんと驚くべきことに、涙腺は存在していた。つまり俺は、単純に精神的に涙が全くでない男だ、ということになる。なるほど、たった非情なだけだったか。俺はほっと様々な身体の部品を、様々な角度からなでおろした。


 でも、いつかは泣いてみたいと思う。いつでもいい。だが、死ぬまでに泣いてみたい。よし、目標を決めよう。ただし、その目標の数字を教えることは出来ない。なぜならば、あまりにも題名推理が簡単になり過ぎるからだ。そうでなくても、勘が悪い読者まで、この話の題名は予測がついているかもしれない。とにかく、続けよう。


 俺はバイクに乗っていた。後、犬もいた気がする。犬は確か拾って、それでバイクかなんかで連れてきたんだっけな。俺のバイクに籠はないから、リードを荷台に括りつけて、引き摺ってきたようだ。俺はその話を聞いて、大慌てで荷台を見た。良かった。リードは無事だ。ほっとして、体中の内臓をそっとなでおろした。もし、急激に内臓をなでおろすと、これは言うまでもないと思うが、健康に差し支える。


 健康と言えば、そういえば、彼女が病気だったな。なんとか、とかいった病気で、余命が確かないんだっけ。結婚しているから、こう言い換えることも出来る。嫁の余命がない。がはは。これは傑作だ。ついでと言ってはなんだが、確か、犬の方も寿命が近い。原因は頭部外傷らしい。道端でついさっきぼろぼろの状態で見つかって、俺は犯人を一生許せないと思う。誰だ! 俺の犬を路上で引き回したのは。バセットハウンドは珍しいから、全部で二十万の損失だ。クソッ。


 そんなことは、実際、どうでもよくて、暇なので、彼女のいる病室に向かった。俺はすることがあるのだ。それはなにかというと、実は人生のテーマともいえることかもしれない。それは俺の身に今まで起こらなかったことであり、もしかしたら、彼女の死という簡単に劇的な物語を感動的にする舞台装置により、なんとか発生しうるかもしれないのだ。


 元ネタの内容は、残業していたので、死に目にはあえないという、考えようによっては、この世界よりも残酷な台本なのだが、ここは愛のパワーで、台詞やプロットの書かれた用紙を熱血に破り捨てて、ディレクターや他の俳優の制止を振り切って、カメラマンからカメラを奪い、彼女のいる病室へとバイクを走らせた。それは猛烈な速度で、どれくらいの速度かというと、光の速度をちょっと超えたくらいだ。


 俺は病室につくなり、わけのわからないチューブ類が沢山刺さった彼女を見て、彼女の胸をほっとなでおろした。よかった、まだ生きていた。まだ、物語を感動的にする舞台装置、じゃなくて、俺の愛する人は生存していたぞ! 良かった。残業をさぼったかいがあった。


 しかし、予定調和、じゃなくて奇跡は続かなかった。


 心電図の波形は、元気な三角から、どんどんさざ波になり、そしてぴんと真っすぐに張った。心臓の動きが計測されなくなった、ということは一般的に死を意味する。俺は自分の判断で、彼女の周りを囲う、なんらかの装置の電源を抜いた。理由は、蘇生されたら、都合が悪いからだ。償いとして彼女の免許書にある臓器提供の欄を勝手に追加しておく。子宮、配偶者に贈与。しかし、人体を相続したとして税金はかかるのだろうか。


 彼女のキレナガラノメから、大粒の涙が、滝のように流れ落ちた。俺もそれにつられて泣きそうだった。ただ、俺はまだそれでも、ちょっとしか泣けないようで、ようやく涙腺から絞り出した一滴は、右ほほを伝い地面へと落下した。その時、俺はつぶやいた。


「あと、99 回」


 

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