系統1‐5 私はバスに、取り残された。

 …気付くとバスは、雪深い雑木林ぞうきばやしで停まっているようだった。

 窓が割れたのか…風雪が容赦ようしゃなく吹き込んでいて…寒い…

 私は床に、いつくばっていた。

 そこまで自身の置かれた状況を理解すると、急に痛みを思い出す。


 指で床をむしると、じゃりりとガラスの破片はへんのようなものが指先に触れた。

 どこをどう怪我けがしたのか、暗くて、寒くて、よく分からない…脚も腕も、体も頭も、全部痛い。

 だけど、皮膚ひふがぬるぬるしていて…感触で分かる。これは血だ。

 かぼそく呼吸をするたびに、白い息が、生まれては消えていく。

 痛い。痛い。痛い………


 私は首を必死に動かし、周囲を見渡そうとする。

 ―爆破魔は…どこに…?


 …そのとき、頭上ずじょうから…声がした。


「まだ生きてらっしゃいましたか。」


 爆破魔は、私を…見下ろし、立っていた。

「…っ!!」


 なんとかして目線を向けると、爆破魔の表情は…消えていた。

 眼鏡の奥の瞳も、口も、人形のように動かない。感情がわからない。

 ただ、いつくばる私をじっと…無機質に、見下ろしている。


 すると爆破魔は不意にひざをつき、身をかがめた。

 距離がぐっと近付き…私の顔がのぞき込まれる。

 かすんでいた目の焦点しょうてんが合って、爆破魔が着ている制服の…左胸に、名札が見えた。


 蓮華れんげ中央交通…… 京乃きょうの康史やすし……。


「…お客様。最期まで必死に足掻あがきましたね、素晴らしい!!」


 途端とたんに爆破魔の表情が、ゆがむ。

 嬉しそうに、嘲笑あざわらっている。

 たのしそうに、賞賛しょうさんしている…


 爆破魔はひとしきり愉快ゆかいそうに笑い、私を見つめた後、立ち上がり…きびすを返して去っていった。

 前ドアから車外に出て、ざくざくと雪を踏む足音が遠ざかる。


 …完全に爆破魔の気配けはいが、消える。

 私はバスに、取り残された。


 このまま、救助を待つしかない…

 早く、帰りたい…

 帰って、いつもの日常に…


 戻りたい。



 戻り…たかった。




 ………バスは再び、大きく爆発をした。


 *


「…お疲れ様です。京乃きょうのです。本日の乗務終了いたしましたので、ご連絡差し上げました。」


 京乃きょうの、と名乗った男は、白い息を吐きながら歩いていました。

 目深まぶかなフードと、口元まで隠れる防寒着に身を包み、降りしきる雪の中を足早あしばやに…人気ひとけのない夜道を進んでいきます。

 少し離れた雑木林ぞうきばやしからは黒い煙がもうもうと立ちのぼり、くさい匂いがこちらまでただよっていました。


 すると京乃きょうのの背後からライトが近付き、乗用車が現れ…すっと横に停まりました。そして躊躇ためらいなく、すべり込むように後部座席へと乗り込みます。

 ドアが閉まると乗用車は、吹雪の中へ走り出しました。


「はい、お疲れ様でした~ 相変わらず手際てぎわいいね~!」


 乗り込むやいなや、底抜そこぬけに明るい声に出迎えられます。

 乗用車を運転しているのは、京乃きょうのと近い年齢に見える男性でした。


手際てぎわ…良かったとは言えませんね。つい喋り過ぎてしまいました。」

「ルール説明は必要でしょ。まーいくら喋り過ぎたところで、死人に口なしだから。」


 京乃きょうのは車内で防寒着に積もった雪を払い、後部座席をべちゃべちゃにしました。

 そのまま車に備え付けのティッシュを数枚抜き取り、眼鏡の水滴も拭きました。


「…乗務中の状況を逐一ちくいち判断した運行ルート指示、ありがとうございます。君原きみはらさんのおかげで、乗客から反撃されずに済みました。」

「あーすごかったね、あの子! 車止めで殴りかかるとか! てか乗客の武器になるような物、勝手に車内に置いちゃ駄目でしょ。」


 京乃きょうのは眼鏡をかけ直し、少し微笑ほほえみます。


「…あのぐらいの執念しゅうねんが無いと、僕の乗客に相応ふさわしくないです。」


 君原きみはら、と呼ばれた男はバックミラーでちらりと後部座席に視線を向けると…声に真剣しんけんさをびました。


「…あの車止め、偽物にせものでしょ。市販しはんのじゃない。手作り? あの中に遠隔えんかくの爆弾入れてた? わざと乗客に触らせた? あれ全部、お前の罠?」

「詳細は日報にっぽうに書きます。」

「そういうとこが手際てぎわいいんだよ。バス爆破なんて、目立ちまくりの大掛かりなジャンル選んだわりに、毎月の業務目標こなしてるし…に向いてるわ。」


 パトカーや消防車のサイレンが、遠くから風に乗って…かすかに聞こえてくる夜でした。


 *


 20××年2月 バス爆破事件


 発生件数:3件

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戦慄の公共交通機関 廻路ねず @kedamanezumi

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