系統1‐4 数字の《60》と表示された。

 私はまぶたをぎゅっときつく閉じ、何らかの衝撃にそなえた。

 しかし押しボタンは普段通りの無機質な音を鳴らし、薄暗い車内に《とまります》の赤い光を一斉いっせいともした…だけだった。

 それ自体や、それ以外の場所が爆発するような事は…起こらなかった。


 ―これじゃ、なかった…!!


 私は恐怖で無意識に止めていた呼吸を思い出し、大きく息を吐き出した。

 爆破魔は、そんな私の姿を車内ミラーで一通り凝視ぎょうしした後、ふっと失笑しっしょうする。


「…まぁご察しの通り、こんな場所が爆発したら運転と走行に支障が出ますからね。お客様の考えは正解です。」


 爆破魔はそう言いながら、運転席で手元の機器をかちかちと操作そうさした。車内にともっていた《とまります》の赤い光は、ふっと消え、車内は暗闇へと戻る。


「では、ここからが本当の始まりでして…」


 すると、フロントガラス上部に取り付けられている運賃うんちん表のモニター表示が切り変わり…数字の《60》と表示された。

 見る見るうちに、59、58、57…と数字は1秒ごとに減っていく。


「な、なに…!?」

「次のボタンは60秒以内に必ずお押しになって下さい。」

「えっ!?」

「制限時間をもうけないと、永遠に押さないお客様も過去にいらっしゃいましたので。改良を重ねた結果のシステムです。無論むろん60秒を過ぎますと、自動的に爆発いたします。」

「っ!!!」


 ここまではお遊びでしたと言わんばかりに、爆破魔は突如とつじょ、タイムリミットを宣告せんこくした。先程さきほどまでのどこかたのしそうな表情も消えている。

 私は恐怖にられ、手近てぢかにあった運転席の左横の、最前席のボタンを躊躇ためらいなく押した。


 ぴんぽーん つぎ とまります ご乗車ありがとうございます


「はい。次どうぞ。」

 爆破魔は無機質に、また手元の機器を操作そうさした。運賃うんちん表のモニターが再び《60》となり、減り始める…


 60、59、58、57…


「な、なんで…!? こんな事…しなきゃいけないんですか…!?」

「はは…お客様は運が悪かったとしか。」

「なんでっ……!!!」


 ぴんぽーん つぎ とまります ご乗車ありがとうございます


 60、59、58、57…


 ぴんぽーん つぎ とまります ご乗車ありがとうございます


 60、59、58、57…


 もうどこが安全でどこが危険だとか、考えている暇は無い…!

 結局、前から順にひとつずつ、目に付いたボタンを闇雲やみくもに押していく。一向いっこうにどれも爆発はしないけれど、恐怖で心臓が破裂しそうになる…!

 爆破魔の思い描いた通りの舞台の上で、私は無様ぶざまに踊らされている…!!


 ―部活なんか、たまには休んで友達と…柚良ゆらと一緒に帰っていれば、こんな事には巻き込まれなかったのに…!!


 ぴんぽーん つぎ とまります ご乗車ありがとうございます


 60、59、58、57…


 …ああ、分かった。これが、目的なんだ。

 極限状態の人間をこうして鑑賞するのが、爆破魔の目的なんだ。


 40、39、38、37…


「さあ、ご遠慮えんりょなさらず。次のボタンをお押しになってください。」

 あおるように爆破魔は私をかすが、ふつふつといきどおりがき上がってきて…手が止まる。


 30、29、28、27…


 モニターは軽快けいかいに数字を減らし、私の命をおびやかしていく。


 20、19、18、17…


「お客様、早く押して頂けますか。」


 もうここから帰れない? …なぜ?

 急にこんな事件に巻き込まれ、理不尽りふじんに命をおびやかされて、この状況が…許せなかった。


 …死にたくない。当たり前だ。

 生きて、帰りたい。そのために…


 ―爆破魔を


 10、9、8、7…


「お客様。」


 ―殺される前に


 ぐらんぐらんと脳が揺れ、定まらない目線の先に…座席の下に置かれている、バスの備品らしき物が目に入る。

 黄色い、三角形の…タイヤ止めだ。

 私は床を蹴り、手荒てあらにそれを引きり出す。持てないほど重くはない。

 両手でそれをつかみ、爆破魔を目掛めがけ、躊躇ためらわずに振りかざした―…!!


「困りましたね。」


 私の行動を察知した爆破魔は突如とつじょ、急ハンドルを切った。

 バスはぎゃりぎゃりと激しい音を立て、道路をれて雪深い雑木林ぞうきばやしに突っ込んだ。

 私はその衝撃でバランスを崩し、体を床に打ち付け…車止めを手放してしまう。


 3、2、1。


 同時に、私のすぐそばが……爆発した。


 *


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