系統1‐3 やたら丁寧な口調を崩さずに喋り続ける。

「ではお客様、押しボタンはお分かりですね? お降りになる際に押して頂く、車内に沢山あるボタンです。」


 運転手…もとい爆破魔は、れた口調で説明を始めた。

 これは私に拒否権きょひけんなど無い、強制参加のデスゲームなのだろうと、容易よういに想像がつく。


「これからお客様に、車内の押しボタンを、どれでも好きなだけ押して頂きます。…小さなお子様には非常に喜ばれるご提案ですが、お客様の場合…さほど楽しくは御座いませんね。申し訳ないです。」


 爆破魔は、やたら丁寧ていねいな口調を崩さずに喋り続ける。

 その所為せいで、ひどく業務的な…うわつらだけの営業トークを聞かされているようで、人間的な感情がいまいちつかめない。


 ―…わざと、そのように振る舞っているのだろう。

 あれだけ凶悪な事件を起こし続けてなお、こうして堂々と人前に姿を現せる人間なのだから…


「その押しボタンの内、ひとつだけを、起爆スイッチとさせて頂きました。」

「!!」

が出るまで、車内のボタンを全て押して頂きます。…押さない、という選択は無しです。逃げようなんて考えず、したがってくださいね。」


 連続バス爆破事件は、模倣もほう犯が現れないように必要最小限の犯行手口の報道と、バスが爆破されて犠牲ぎせい者が出た…という結果しか知らなかった。

 ―もしかして、そこにいたるまでの過程かていには、毎回こんな…舞台じみた、手の込んだ事が行われていた…!?


「ここまでの説明で、ご不明な点はございませんか?」

「…いいえ。」

「お客様、随分ずいぶんとお静かですが…ご気分でもすぐれませんか? 理解できずに騒いで暴れても、反論して泣きわめいても問題ありませんよ? そのような方の対応にも、僕は慣れていますので。」


 爆破魔の一人称は「僕」のようだ。

 ただ、爆破魔なる肩書きが凶悪すぎるので、温和な一人称を使ったところで焼け石に水の印象操作にしか思えない。


「…気分は、最悪ですけど…あなたを刺激する方が…怖いので…」

「はは、そういう状態のお客様でしたか。理解が早く、助かります。」


 許されるのなら今すぐここで気絶したいぐらい、恐怖と混乱で脳がぐわんぐわんと揺れていた。

 そんな私の表情など気にも留めず、爆破魔は陽気に、丁寧ていねいに、ハンドルを握りながら話を続ける。


「爆発の詳細については、伏せさせて頂きますね。どこが爆発するのか、何が爆発するのか…、としか。」


 爆破魔の瞳は輝いている。今から始まる新たなゲームのお膳立ぜんだてが整った高揚こうよう感で。

 そして車内のあかりは不意にぱちりと消され、外の闇と同じ暗さになった。


「では、開始いたします。ボタンをお押しになってください。」

「……!!」


 ―…デスゲームって、生存条件が提示ていじされているからこそ、成り立つものじゃなかったっけ…!?

 むしろ、極限状態の複数人を参加させて、互いの命をみにくり落とし合うのが、デスゲームの醍醐味だいごみなのでは?

 しかしこのゲームの生存条件は、提示ていじされていない。それどころか今、この空間には、私一人と、犯人一人しか居ない。


 ―車内の押しボタンを押す…? そのどれかが起爆スイッチで爆発する…?? 意図いとがわからない…

 …ゲームになんか、なっていない。じゃあこれは、デスゲームなんかじゃない。

 ただ純粋な、狂気の舞台の出演者として…理不尽りふじんに巻き込まれているだけだ…


 次第に、車内の暗さにも目がれてきた。

 私は爆破魔から距離を置くように、じりじりと後退あとずさる。…かと言って、逃げ場は無い。

 理不尽りふじんな状況にどれだけいきどおっても、結局は爆破魔の指示にしたがって、ボタンを押すしかない状況だ。

 押したらどこが爆発するのか、何が爆発するのか、何もかもが分からない。

 ボタン自体が?別の場所が?座席が?床が?天井が?


 …運転と走行に支障のない程度、と爆破魔は言った。きっとそれが、唯一のヒントだ。

 運転席の後ろの手すりに、押しボタンが付いている。

 もしボタン自体が爆発するとしたら、爆破魔自身に被害が及ぶような、運転席の近くには設置しないはずだ。

 何がどう爆発するのか全く分からないので、私は身をかがめ、手だけを伸ばし…運転席の後ろの手すりにある、押しボタンを…覚悟を決めて……押した。


 ぴんぽーん


 つぎ とまります


 ご乗車ありがとうございます

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る