恋の試練

 地下四階ともなると手強いモンスターが増えてくる。一般のゲームほどエンカウント率が高くない分、一戦ごとの難易度が高くてプレイヤースキルと集中力が物を言う。それがフロンティアだ。


 サポート仲間の消耗を避けるべく最前衛は自身が務めているので、精神的な負荷はかなりあるだろう。それを支えているのがリディアちゃんの笑顔に違いない。熱意と運と女神の御業によって、ハヤトは地下五階の最奥部に到着した。


 ダンジョンを進むことでレベルは二十に上がり、仲間の消耗は軽微。ボス部屋の前でひと息ついたハヤトはポーションで傷を治療しながらスタミナゲージの回復を待っていた。


 クエストの期限までまだ二時間二十分ある。もっとレベルを上げてからボスに挑みたいところだけど、さっき上がったばかりだ。もうひとつあげるには半日くらいはかかるだろう。


 幸運値の作用なのか【興奮】のステータスもハマり、実力以上の数値が出ているようだ。この流れのままに挑むのが最善か。


 私がこんなふうに考えてもどうにもならない。心配など伝わるはずもないし力にもならないのだから。


 私が覚悟を決めたタイミングで、ハヤトはボス部屋の扉を押し開けた。


 薄暗い部屋に明かりが灯っていく演出は、何度見ても私を不安にさせる。フロンティアはただのゲームじゃない。死んだらそこで終了なのだ。


 部屋の奥にある円形の台座に現れたのはローブを纏った人型のモンスター。名前の前に付くシンボルの色は濃い黄色。マッドスパイダーほどではないけれど、やはりレベル二十四のダンジョンボスは強敵だ。あとは相性が勝率を左右する要素となる。


 息を飲むなかで浮かび上がった【ウィザード:レベル1】という表記が、私に安堵の息を吐かせた。しかし、ウィザードが放った炎の魔法の迫力にその息を吸い込んだ。


 今日まで魔法を使うモンスターはいなかった。それは、この世界での魔法は一般のファンタジーに比べて特別な力だからだ。


 魔法士を目指すプレイヤーは最初から魔法を使うことはできない。序盤は『魔法の杖』や魔具に込められた魔法しか使えない。そうして魔力を上昇させていきながら、その魔力に見合う『魔法書』を読むことで、ようやく詠唱式の魔法を使えるようになる。その威力は杖や魔具に込められたモノよりもずっと強い。


「レベル1とはいっても本物の魔法士ってことね。付け入る隙は魔法を撃った直後でしょ!」


 それに気づかないハヤトじゃない。とはいえ、この魔法の威力を見てはさすがに腰が引けるだろう。


 ウィザードはすでに詠唱に入っている。次の魔法を避けてから反撃するしかない。


 リアル志向の強いフロンティアなら、三回くらい攻撃がまともに入れば倒せる可能性が高い。逆を言えば三回程度の攻撃をもらえばやられてしまうとも言える。いや、あの魔法は一発でもやばいかも。


 その恐ろしいまでの火力は、言うなれば火炎放射器のようだ。フロンティアのVR技術による迫力はグロテスクなだけじゃない。本物と見紛う火の描画にもプレイヤーは恐怖を感じるだろう。


「ライオス、前衛で防御」


 盾タンク役のライオスが飛び出してハヤトの前で盾を構えた直後、炎の波がライオスを飲み込んだ。一秒ほど噴出した炎が止んだと同時にハヤトが斬りかかり、見事ウィザードにひと太刀を入れた。


「やりぃ!」


 だけど、ウィザードの怯みは少ない。すぐさま両手のひらを突き出し一節の短い詠唱を完了させると、黄色い光と爆発がハヤトを吹き飛ばした。


「嘘でしょ!」


 吹き飛ばされたのはHPも同様で三割も減っている。そんなハヤトを助けるためにアーチャーが矢を放ち、ヒーラーがハヤトに駆け寄り治療した。


 盾持ちのタンクも二割近いダメージがある。魔法耐性のある装備ではないので、そう何度も使える手じゃない。


 ハヤトが受けたのは詠唱の短い下級魔法だったから良かったけど、最初に使った魔法だったなら致命の一撃になっていたかもしれない。


「出し惜しみなんてしていられない」


 【女神の羽根】(俊敏強化:小、効果時間:二分)

 【女神の声援】(攻撃強化:小、効果時間:一分)

 【女神の衣】(守備力強化:小、効果時間:一分)


 使うごとに減っていくジュエールは気にならない。一撃で死ぬかもしれないことを思えばなんと安いことか。


「切れるカードはあんまり残ってないんだ。頑張れ!」


 ここまで来るのに使った御業もある。今使った御業の効果時間は一分なので、おのずと短期決戦だ。それには踏み込んでいく勇気だけでは足りない。過酷な私闘であろうとも、どこぞのアンパンと違って愛と勇気以外にも友達は必要だ。まわりを頼れ!


 それを知らせるために【女神の囁き】を使おうとしたときハヤトが動いた。同時に私も声を上げる。


「いったれ!」


 盾タンクが守り、アーチャーが牽制。その隙を突いて二度目の攻撃が入った。だけど、やはり怯みがない。その理由は、はだけたローブの下の筋骨隆々の身体だ。とても魔法士とは思えない。そうだ、相手は魔族。魔王の手の者。こいつは魔法に特化した、ひ弱な人間ではなくて屈強な魔族だ。


 反撃の魔法を出させないために振るった剣は、たくましい腕のリングに阻まれた。戦い方は間違っていないと思うけど、ハヤトの耐久性と仲間たちの機動力が足りない。何より、魔法攻撃に対する準備がないことが致命的だ。


 ウィザードとはいえども魔族は強い。近接戦でもハヤトの攻撃をしのいでいる。激しく動く標的に、アーチャーは狙いが定まらない。動く標的に対しての命中率が格段に低くなるのもリアリティを重視するフロンティアの仕様だ。


「ヤバイよ隼人。バフの効果が切れちゃう」


 残り時間は二十秒。募る焦りを吹き飛ばしたのはハヤトの猛攻ではなく、ウィザードが使った範囲魔法だ。威力はかなり落ちるけど、アーチャーとヒーラーが巻き込まれた動揺がハヤトの動きを遅らせる。続けて使った魔力光弾の魔法がハヤトに向けられた。


「させないよ!」


 【女神の盾】(魔法・ブレス防御:中、効果時間:一回)


 三千ジュエールの盾が魔法を遮るという不思議な現象に驚きながらも、ハヤトは動きを止めずにウィザードの胸を二度斬った。


「どうだ!」


 斬ったハヤトが声を出す。その会心の攻撃に屈強なウィザードがこれまでよりも大きな怯みを見せた。なのに詠唱は怠らない。三節の呪文を唱え切り、突き出した手の平が爆発する。


「耐えろ!」


 【女神の息吹】(回復:小)


 大きく仰け反ったハヤトを光の靄が包み込み、HPの減少速度は緩やかになった。


「おぉぉぉぉ!」


 踏み止まって咆えたハヤトの剣がウィザードの腕を斬り、返す刃が腹を薙ぐ。勝負は決まったかに見えたのだけど、膝を突いたハヤトに向けて、ローブの奥の目がギラリと光った。


「まだ生きてるの?!」


 今すぐ使える女神の御業はない。あと一撃、もう一撃で倒せるであろうウィザードが二節の呪文を詠み上げた。広げた左手に魔法の光が溜まっていく。片膝を突くハヤトが剣を強く握りなおしたとき、魔法の光が弾け、そして消えた。


 倒れていくウィザードの胸には一本の矢が突き立っている。NPCアーチャーのハイネルの一射によって、ダンジョンボスのウィザード:レベル1が倒されたのだ。


「やった、やった、やったー!」


 ファンファーレと共に光の粒となって消えたその場には、ダンジョンのコアとなる魔道石が現れた。


「赤黒い色の魔道石ってことは、このダンジョンを最初にクリアしたってことか」


 幸運か偶然か、それとも必然なのか。ともかくハヤトは第一踏破者となった。なので、獲得経験値、報酬、名声値などが通常よりも多く得られるのだけれど、そんなことより生きていることが何よりも嬉しい。


「よく頑張った! だけど、もうレベルに見合わないダンジョンに挑むのはやめてよね」


 ハヤトはダンジョンコアの力で地上に戻り、疲労による重い足取りとは正反対の爽やかな表情で町に帰った。


 ダンジョンを終わらせて町の危機を救ったハヤトに、町長から『ハージマの勇闘士』という、町の名前の称号を与えられた。名声値が大きく上がったので、ギルドのクエスト受注手数料やギルドで仲間を雇う料金が少し安くなる。なにより嬉しいのは、すべてのパラメーターにほんのわずかな補正がかかることだ。この特典を得られたのは大きい。


 さっそくリディアちゃんに報告すると仕事中にもかかわらず、彼女はおおいに喜び瞳を潤ませ手を握りながらお礼を伝えていた。それがハヤトも嬉しかったのだろう。満足顔で席に着いた。


「さて、リディアちゃんの好感度はどうかな?」


 ステータスウィンドウ下部のゲージは……。


「おめでとう」


 このクエストを以って命懸けの恋は完遂された。


「いや、まだ終わってない。最後の仕上げがあった」


 そう、この恋を完遂させるには【キューピッドの矢】なる課金アイテムが必要なのだ。その額はなんと驚きの一万ジュエール。ゲームの世界に召喚され、デスゲームに参加させられた弟のためとはいえど、命のやり取りに直接関係ないことに支払う額としてはあまりに破格だ。


「高いけど……『生きる』っていう強いモチベーションに繋がるよねぇ」


 ハヤトはリディアちゃんの店で食事中。時間的にこのあと冒険に出かけそうにはない。


「ジュエールがもうないや」


 神聖力ジュエールを使い果たした私は、奇跡のアイテム【キューピッドの矢】を買うためにコンビニに向かった。

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ゲーム召喚された弟を助ける姉は課金と苦労が絶えない 金のゆでたまご @PUON

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