恋のクエスト
次の日以降もサーラちゃんはログインし、宿屋とギルドとリディアちゃんのいる飲食店を回ってハヤトを探していた。だけど、今日は素材採取のクエストでフィールドに出てしまっている。そんなときは愛の女神の御業によって出会いを演出してあげるのだ。
『ゴーキンジョルの洞窟』、『ゴーキンジョルの洞窟』…………。
【女神の囁き】を甘く見ていた過去の自分が恥ずかしい。一方的でも『なんとなく』でも、こちらの意向を伝えられるのはありがたいことだ。
「あれ? サーラちゃん」
「ホントにいたぁ。ここかなって思って来たんですけど。自分でもビックリです」
このあと、ふたりは一緒にクエストを受注して町を出ると雲が空を覆い始める。何かを示唆しているかのように。
クエスト情報を頼りに山を探索したふたりが標的を発見した。
「いました」
ハヤトたちの標的は近隣を荒らす【ワイルドキャット】。クエストの詳細には大型の野生猫と記されているのに、こいつはちょっとした虎じゃね? そっと近づき不意を突こうとしたけれど、ワイルドキャットの耳はそれを許さず襲いかかってきた。
推奨攻略レベルが十八のクエストだけど、このモンスターは速くてタフで、それでいて攻撃力も高い。つまりメチャメチャ強いってこと。
ゲームではなく現実の戦いなんだという認識の違いからだろうか、ハヤトの動きは普通のプレイヤーに比べて動きのキレが一段と高いと思う。レベルも十七になったけれど、それでも苦戦するほどだ。相性と地形効果があるにしても討伐が難しいどころか命の危機すら覚える戦況だ。
サポート仲間は翻弄され、まったくと言っていいほど機能せず、ひとりが戦闘不能になってしまった。このまま継戦すれば全滅の可能性がある。わりと気軽に受けたギルド依頼は思わぬ危機を招き、このモンスターの強さはハヤトの命に届きうる。これはそういう戦いだ。だけど、ハヤトが死ぬことはない。なぜなら、女神レベルが十になった私は、ついに女神に相応しい御業を使えるようになったから。
「勇敢なる闘士達よ、臆することはありません。あなたたちには女神の加護があるのですから」
【女神の涙】(デバフ浄化の雨、継続HP回復:小、火属性攻撃の減衰:小、効果時間:一分)
このピンチに際しても、これまでとは違う粋な演出の女神の御業に私もノリノリになってしまう。
レッドゾーンに入ったHPが徐々に回復していき、【焦燥】などのデバフが消えたサポート仲間の動きも良くなった。それでも勝率が高くなったとは言えない。そこに、勝利に繋がる一手を打ったのは、もちろんこの私だ。
「悪しきモンスターに天罰を!」
【女神の憤怒】(落雷によるダメージ、行動の瞬間停止、行動制度低下、効果時間:一分)『千
上空の雲がさらに分厚く黒くなる。一瞬の光の瞬きに続き、轟音を伴った千
「断空剣!」
私の活躍によって隙を作ったモンスターにハヤトの大技が痛撃した。サーラちゃんは雷鳴に驚いて動きが止まってしまったけれど、NPCたちの追撃で戦況は一気に傾いて、そのまま押し切ったハヤトたちは見事に勝利を掴んだ。
「雷が落ちるなんて運が良かったですね」
「ホントにね。サーラちゃんの日頃のおこないがいいんじゃない?」
「はい、そういったことは気をつけていますから」
そんなやり取りをするふたりを雲間から漏れる陽光が照らしていた。絵になるね。
「一流とはいかなくても
名声値が上がり、それもあってリディアちゃんからの好感度も現在は八十七パーセント。喜ばしいことだけど、ハヤトの背中を眺めるサーラちゃんの好感度も上がってる気がするんだよね。どうしたもんだろう。だけど、ハヤトの想いは変わらない。命を懸けたクエストをこなしながら、その後も店に通って彼女との心の距離を近づけていく。そして、とうとうと言うべきか、愛しのリディアちゃんに関するクエストが届いた。
この日、バイトから帰ってきた私はダイニングテーブルに用意されていた夕飯を掻っ込み、三分でシャワーを済ませて二階に駆け上がりゲームを起動した。
一日に二度のバイトが連日続いている私の体力は限界に近い。なぜなら、ときには夜中に起きてアクティブタイムのハヤトの様子を確認したり、そのままサポートしたりを繰り返していたためだ。しかし、目の前で起こる色恋事情がからんだクエストを目にしたことで、眠気で落ちたまぶたは跳び上がり、椅子に深く座りなおした。
【町娘リディアのためにダンジョンを攻略せよ】
「ついに来たのね、このときが」
私がこのクエストを知らせると、ハヤトは早速キラボシ食堂に向かい彼女から話を聞いた。
町の近くに新たなダンジョンが出現した。そのまま放置しておけば、とうぜん町に危険が及ぶため冒険者たちはこぞって攻略に乗り出すことになる。その中には彼女の幼馴染のパーティーがおり、推奨攻略レベルより低いので心配だというのだ。
なるほど、ここで幼馴染を助けるようなことをすれば好感度はグッと上がるだろう。だけど、その幼馴染こそが彼女が想いを寄せる人。不謹慎だけど命を落とすようなことになれば、ハヤトが入り込む余地ができるのだろうけど……。
「大丈夫だよ。俺もダンジョン攻略に行く。ボスを倒してコアを手に入れればダンジョンは弱体化するし、ダンジョンブレイクは起こらない。君の幼馴染が無理に攻略をする意味がなくなるだろ」
この言葉にリディアちゃんの心が動いたように思えた。
でも、大きな問題があることに気づいている? お前のレベルはその幼馴染くんよりも低いんだぞ。おまけにダンジョンの推奨攻略レベルは二十四ときたもんだ。
「ギルドで雇えるサポートは、レベル十から十九までは自分のレベルのプラス二まで。ハヤトのレベルは十九か。せめてもう一レベル上がっていればなぁ」
強さはレベルがすべてじゃない。ハヤトの装備は同レベル帯の人より少しだけ強いし、能力値も女神の御業のおかげで気持ち高い。プレイヤースキルだってなかなかのモノだ。
「パーティーの連携が大事よね。サーラちゃんがいたら良かったんだけど、こちらから連絡する手段がないのがなぁ」
ダンジョンが現れた時点でダンジョンブレイクまでのカウントダウンは始まっている。プレイヤーは現地に行かないとわからないのだけど、私は女神の特権で確認できる。
「ダンジョンブレイクまで二十八時間だけど、このクエストは四時間以内。ベクマーより先にクリアしないといけないってことか」
サポート仲間を厳選して雇い攻略準備を整えたハヤトは、町の西の丘に現れたダンジョンに向かった。
到着したその場には他のプレイヤーはふたりしかいない。出現して間もないからだろうか。
『ハヤトのステータスが【興奮】です。攻撃力:一割上昇、防御力:一割減少、スキルのダメージ乱数幅がプラスマイナス共に倍になります』
ハマれば強く、ハズレれば弱いという微妙な状態だ。運が良ければ足りていないレベルをカバーしてくれる一因になってくれるだろう。
そんな不確かな期待をしつつ見守っていると、雇ったサポートとは相性が良く、地下二階まではスムーズに進んでいった。これは以前にも雇った盾タンクとサブヒーラーのアーチャーの組み合わせだ。メインヒーラーがサーラちゃんではないことが残念だけど、彼女のレベルが十五であることを考えるとHPの多さには安心感がある。
「幸運値が高いことが効いてるのかな? 私が力を貸せばどうにかなるかも」
熱帯夜の熱気がエアコンで緩和されても、ハヤトと私の熱意は冷めたりしない。デジタル転生が人生と言えるのかわからないけど、青春の一ページを苦いモノにしたくない。せめて甘酸っぱくしてあげよう。この姉の手で。
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