二年後の流れ星

藍条森也

二年後の流れ星

 季節は春。

 入学式を迎えたわたしの胸は高鳴っていた。

 ――やっと、追いついた。今度こそ、思いを叶える。

 一年、上の憧れの先輩を想いつづけたジュニア・ハイスクールの二年間。想いつづけ、陰からそっと見守ることしかできなかった二年間。先輩が卒業していったあとの空白の一年間。それが、どんにさびしかったことか。

 でも、今日、わたしは先輩に追いついた。先輩と同じ場所に入学した。

 ――今度こそ。

 わたしは心に誓った。

 ――今度こそ、思いを叶える。先輩が卒業し、流れ星となって去っていく二年後までに。必ず、今度こそ。

 わたしは拳を握りしめ、固く心に誓った。

 そう。もう、恥ずかしがってなんていられない。この二年が過ぎれば先輩はもう決して手の届かない存在になってしまうのだから。今度こそ。必ず……。


 そして、二年。

 先輩の卒業式。この二年間、わたしは見栄も外聞もかなぐり捨てた猛烈なアタックを繰り返し、ついに先輩を射止めた。ついに、憧れの先輩と結ばれたのだ。

 そして、今日。先輩は他の卒業生たちと共に有人ロケットに乗り込み、二度と帰らない旅に出る。

 いまから数年後。

 巨大な小惑星が地球に激突する。

 その激突のインパクトは、恐竜を絶滅させたと言われる隕石衝突の一〇倍以上になると試算されている。現実のものとなれば人類絶滅は免れない。

 そんな物体を破壊できるミサイルなどあるはずもない。破局を防ぐ方法はただひとつ。

 有人ロケットでの小惑星への特攻。

 もちろん、そんなことで巨大な小惑星を破壊できるはずもない。でも、核ミサイルを抱いた何百というロケットが綿密に計算された特定箇所に激突し、一斉に爆発することで、小惑星の進路をわずかにだけどかえることができる。

 そのわずかな狂いは日を追うごとに大きくなり、ギリギリで地球との衝突を避けられるはずだった。

 先輩をはじめとする卒業生たちは、地球とわたしたちの未来を守るために自ら志願してロケットのパイロットとなった。三年間に及ぶ訓練を受けて今日、旅立っていく。

 およそ二年後、小惑星に激突して燃え尽きる流れ星となるために。

 それは、小惑星の軌道変更が間に合うギリギリの距離であり、また、人類が有人ロケットを送り込めるギリギリの距離でもあった。

 そして、わたしたち女子生徒は――。

 卒業生たちの守るべき未来――つまり、卒業生たちの子ども――を、その身に宿し、旅立ちを見送っている。でも、わたしは――。


 「なんで、お前がいるんだ⁉」

 ロケットのなかで先輩は叫んだ。いるはずのないをわたしを見て。顔は青ざめ、全身がわなわなと震えている。

 「わたしも行きます。わたしは絶対に、先輩とはなれません」

 「馬鹿を言うな! お前が死んだらお前のなかの子どもはどうなる⁉ お前がおれの子どもを産んでくれる、おれの未来を繋いでくれる。そう信じられたからこそ、おれはこうしてロケットに乗ることができたんだぞ!」

 「先輩との受精卵は妹に託しました」

 「なっ……⁉」

 「先輩とわたしの未来は妹が繋いでくれます。だから……わたしは、先輩と一緒に行きます。心配はいりませんよ。水、食糧、空気、燃料。すべて、ふたり分、用意してこっそり積み込んでおきましたから。問題なく、ふたりして小惑星までたどり着けます」

 「……お前は、ロケットの補給部門だもんな。それぐらい、できるか」

 「はい。このために補給部門に入ったんです」

 はは、と、先輩は笑った。

 「……負けたよ。お前はそういうやつだったもんな。いいだろう。それじゃあ、小惑星に衝突するまでの間、ふたりきりの暮らしを満喫するとしよう」

 「ええ。あなた」

 そして、わたしたちは宇宙を駆ける。

 宇宙で燃え尽きる流れ星となるために。

 これから二年の間つづく、ふたりきりの世界。これが――。

 わたしたちの新婚旅行。

                 完

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