第32話 血の繋がり
もう一度目を覚ました時には涙が流れていた。嫌な夢を見たような……でも思い出せない。
未だに握っていたスマホの画面を明るくすると、時刻は正午近くになっていた。
「午前中無駄にしましたね…」
一応そんなことを呟いてみるけど、大して気にしていない。
どうせ普段から有意義な時間を過ごしているわけではないのだ。
でもせめて午後は何かしよう。
私は身体を起こしてベッドから降りる。すると何かがつま先に当たった。
「ここに落ちてたんですか」
うさぎのぬいぐるみが付けられている小さなキーホルダー。
私はそれを持ち上げて顔の前でぶら下げる。
その瞬間、夢の内容が薄っすらと脳内に浮かんだ。
私は眉間に皺を寄せる。
そして大きくため息をついた後、キーホルダーを机の中へと押し込んだ。
そのまま部屋から出てリビングに顔を出す。
「お母さんお昼どうするの?」
「ああ、海華。ちょうど今呼ぼうと思っていたの。手伝って」
タイミングが良かったようでお母さんは台所に立って何やら作っている。
隣に立てば野菜と包丁を渡された。
具材からして冷やし中華だ。私は慣れた手つきで野菜を切っていく。
「今日はお友達来てくれるかな?」
「どうだろう」
「美咲に聞いたんだけど、日曜日その子が来たんだって?」
「うん。勝手にね」
「美咲驚いていたよ。テンション上がって変なこと言ってないか気にしてた」
「いつも通りだったから変なこと言っているかもね」
野菜を切りながら話すとお母さんは小さく笑っている。
横目で見るお母さんの顔はどこまでも優しい表情をしていて、美咲さんが大好きなことを表していた。
でもすぐにその表情は消えて曇っていく。
「………」
「……言いたいことがあるなら言えば?」
「わかるの?」
「これでも血の繋がった娘ですから。まぁ若干、あいつの血も入っているけどさ」
ボヤけた顔をしている男性を思い出しながら私はトマトを真っ二つにする。
柔らかいトマトだったようで水分がまな板に広がった。
「そろそろ、これからについて話そうかなって思っていて」
「私の?」
「うん。このまま学校に行かないのなら転校って手段もあるし中退っていう手段もある。少しずつ決めていかないと」
私は冷やし中華用のトマトを切り終えて包丁を置く。お母さんは麺を茹でているようでジッと鍋を見つめていた。
「この前学校に行ってどうだった?」
最悪だった。本当にイカれたクズしか居ないんだなと思った。
勿論、木崎のことを言っているのではない。
私が今思い浮かべるのは妙に高い声の女子生徒と気持ち悪い視線を向ける男だった。
特に男の方が記憶に残っている。
木崎と同じ身体をしている人間なのにここまで違うとは。
「もう、あそこには行けないと思う」
「…そっか」
麺が茹で上がったようでお母さんは素早くザルへ移していく。
その様子を隣で見ている私の目に光は入っているのだろうか。
「ごめん。お母さん」
「何で海華が謝るの?」
「せっかく入学させてもらったのに途中で行かなくなって。それに、あの日もわざわざ車で送って頑張れって応援してくれたのに」
水道から流れる水の音に所々かき消されながら私は申し訳ない気持ちを伝える。
ザルで麺の水を切っていたお母さんは動きを止めた。
「お母さんは怒ってないよ。今の時代、不登校なんて珍しいものじゃないし。それよりもお母さんは海華があの日の朝、学校に行くって言ったのが凄いと思った」
「でも結局…」
「1回止まったものを動かすのは難しいことなんだよ。何で海華が突然学校に行く気になったかはわからないけど、お母さんはその姿に尊敬した」
「………」
「結果も大事だけどさ。それと同じくらいに始まりも大事じゃない?だからそんなに責めることないよ。美咲も凄いって褒めていたし」
お母さんは微笑みながら冷やし中華を盛り付けていく。
私は突っ立ったまま、ツンとする鼻の痛みを耐えていた。
「お母さんが離婚しても、海華はずっと着いてきてくれたでしょ?美咲とパートナーになった時も否定せずに側にいてくれた」
「……うん」
「だから今度はお母さんが海華を支える番だって思っている。それは美咲も同じだよ。毎日他の高校について調べてくれているみたい」
「そうなの?」
「私も美咲も海華の母親ですから」
出来上がった冷やし中華をお母さんは私に手渡す。
受け取って皿の中を見ていればお母さんの指が私の目元に触れた。
「ねぇ、海華。教えて欲しいことがあるの」
「何?」
「海華が学校行かなくなった原因って
雫先輩。さっきまで夢に出てきていた人物。お淑やかで優しい私の好きな人。
そして私の告白を振った人でもある。
「……雫先輩じゃない」
「本当に?」
「うん」
確かに私は雫先輩に「気持ち悪い」と言われて振られた。
でもそれが不登校になった理由ではない。
不登校になったのはあの炎上のせいだ。雫先輩に振られて自暴自棄を起こして呟いた叫びのせい。
だから雫先輩は悪くない。
……あれ?なんで私、木崎みたいなこと言ってんだろ。
「海華?大丈夫?」
「平気。とりあえず食べない?」
「…そうね」
お母さんから雫先輩の話題を離れさせるように席に着く。
目の前に置いた冷やし中華は涼しげな雰囲気を出していた。
私は無心で冷やし中華を食べ始める。午前中は寝ていたからそこまでお腹は空いていない。
でも今は何も考えたくなくて、ひたすら麺を啜った。この一瞬だけでも忘れたい。
雫先輩も木崎のことも。
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君の叫びが炎上した理由を俺は知らない 雪村 @1106yukimura
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