第2話 パンツ!!

「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ、ふっ……」

「おー、今日もやってるね筋トレ! どうしたの? 好きな子でもできた?」

「違、います……。むしろ、恨みが爆発しそうで……。ふふふふふ、絶対屈服させてやっからな。ってもう時間ですね。お疲れさまでした!」

「あ、ちょっ! そんなに焦んなくてもいいじゃん! 私この時間に来ることなんかあんまり……ってはっや」


 ファミレスの雇われ店長。

 若くて綺麗で誰にでも話し掛けてきて、いい人なのは分かるし、俺にとって貴重な話せる女子だからもうちょっと話したい気持ちはあるよ。


 でも俺もう1週間同じパンツなんよ。

 そんでもって死ぬほど壁を殴って殴って殴ってんのに、まだ隣人屈服スコア【与】の数字が増えんのよ。


 多分だけど次のペナルティってこれよりもひどいよね? だったらそりゃ当然焦りますって!


 帰りはランニング、毎日どこでも筋トレ。それに時間いっぱいまで恨みの正拳突き。

 今の俺には前よりもさらに時間が無いんだよ。



「――はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……家、着いた。筋トレ、筋トレ、筋トレしないと……。あ、でも腹減った。鶏肉鶏肉鶏肉ぅ……もうヤダ! こんな生活!! もう一週間経つだろ、せめて早くパンツ脱げろよ!」

「うっさ、退いてくんない?」


 全力でアパートに到着して泣きそうになってると、追い打ちをかけるように隣人が話し掛けてきた。


 まったく、誰のせいでこうなってると思ってるんだよ! 此畜生! 可愛いのずりぃよ!


 いや、パンツはあのわけわかんないシステムのせいでもあるんだけどさ!


「は・や・く」

「……すみません」


 急かされて俺はアパート唯一の階段の前から退いた。


 このアパートは2階建てで1フロア3部屋。


 隣人と俺は2階に住んでるんだけど、不思議なことに1階の人からクレームがきたことがない。

 人の気配がないから多分住んでないのかな?


 ま、こんなところ分かってたらそりゃ住みたくなんか……お、パンツ見えた。今日は白か。


「んっ。その、あんたさ」


 階段を登る隣人を見上げ、絶景が俺の視界を楽しませてくれていると最悪なことに隣人が何を思ったかふいに振り返った。


 まずい。


 パンツ見てたのバレた。いや、わざとじゃないし初めてだから。



 ノーカン! ノーカン! ノーカン! ――



「なんか、臭い。風呂入れ」

「……」



 ――バタン。



 バレなかった。それはいい。

 でも……。


「臭い、だと……。くぅぅぁぁぁっ……」


 怒りが限界に達した俺の口からは今まで出したことのない声が。


 激情が身体を動かしてくれる。

 拳にあり得ないくらい力が入ってくれる。


 自分の部屋の扉を開け、閉め、向こう側に隣人のいる例の壁の前に立つ。



「すぅ……。パンツっ! パンツうううううううううううううううううううっ!!」



 湯だった頭から自然と出たその言葉を推進力に変えて、俺は右拳を壁にぶつけた。


 1週間程度の努力でじゃそこまで身体は変わってないのかもしれない。


 だけど、今の一撃は俺史上最高。


「これは、いっただろ? なあ、おい」

『隣人屈服スコア【与】が1に達しました。ダンジョンが解放されます。案内が始まります』

「や、やった! きたきたきたきたっ! 見てろよ、こっからは俺のターン。ずっと俺のターンっ!!」


 ――コンコン。


 達成感で満たされていると、扉を叩く音が聞こえた。


 もっと余韻に浸りたいところだけど、大家さんからクレームがきたって、最悪の通告がきたのかもしれないからでないわけにはいかない。


 というかなんでこの建物インターホンつけてくんないの?

 古風だって流石に。


 ――コンコン。


「はいはい! 今出ますよ!」


 これまた急かされて扉を開けた。


「こんばんわ。案内人兼買取屋です」


 すると、そこには大家でも隣人でもなくありえないくらいの胸筋と真っ黒なスーツを纏う……モンスター。


 狼男? いや、コボルト?


 大丈夫か? 俺殺されないこれ?


「ええっと……」

「早速ダンジョンへ案内致します。こちらへ」


 迫力が凄い。


 黙ってついていくしかできない。

 ダンジョンっていいながら港の倉庫とかに連れていかれるなんて……はは、流石にそれはないか。


 ……。……。……。


 え? え? 港どころか1階の一番手前の部屋で止まったんだけど、この人。


「ここがダンジョンの入口になります。まずはスペアキーをお渡ししますね」

「あ、ありがとうございます」

「詳しくは中に入ってから説明しますので、取り敢えずまたついてきてください」

「あのさ、その前に聞きたいことがあるんだけど――」


 案内人は俺の話を聞きながら別のカギを取り出してドアを開けた。


 すると……。


「があっ!」

「ふんっ!!」


 いきなり狼に似たモンスターが飛び出し、それを案内人は一撃で沈めたのだった。



 ……。つんよ、この人。



「ふぅ、なにか御用でしたでしょうか?」

「……。なんでも、ありませんでした。勘違いでした。気にしないでください。大変失礼な態度すみませんでした。許してください。何でもしますから」

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