A Tree
ボーダーコリー
A Tree
風が心地いい。
星を眺めていたらいつの間にかここで寝ていたみたいだった。
「ん、ん〜」
身体を伸ばすとおもわずあくびが出そうになり、それを強く噛み締める。
もたれかかっていた茶色い体に私は言った。
「おはよ」
私はいつも通り隣の畑で収穫を始める。
夕方になり、
私は仕事を切り上げ茶色い体に腰掛ける。
ふと、あの子のことを思い出した。
あの子は絵が上手で、穏やかな目の綺麗な子だった。
日が暮れるまで一緒に遊んだっけ。
一度私の絵を描いてくれた時があった。
嬉しくてお礼のキスをしてあげたことも。
そしたら真っ赤になってそっぽを向いてしまった。
彼は何をして、どうしているだろうか。
それよりも気になる事がある。
「生きてるかなぁ」
もう夜になる。
夜は嫌。悲しいあの夜を思い出す。
未明の傭兵にお父さんとお母さんを連れていかれた夜を思い出す。
クローゼットで怯える弱い自分を思い出す。
「あの時一緒に行けばよかった。」
久しく今日はこんなことばかり思い出す。変な感じ
私は茶色い体に聞いた。
「今夜もここで寝ていい?」
ざざぁと茶色い体は風に音を鳴らす。
今夜も夜空を眺めながら眠った。
朝になる。
今日は茶色い体に寄りかかり焼いてきたパンを食べた。
ここ最近はずっと天気が良くて調子がいい。
庭から少し外れると、視界にどこまでも続きそうなアスファルトの道が映る。
周りは草原と荒野で囲まれている中にこの道が果てしなく続いているかと思うと、いつか行ってみたくなる。
彼もこの道を辿って行ったのだろうか。
彼は私に何も言わず兵士として故郷から出て行ってしまった。
彼の私に対する配慮なのか、彼自身の為なのか分からなかったけど私としては最後まで見送らせて欲しかった。
パンを食べ終わり私は花の水やりを始めた。
夜になりいつものように茶色い体に聞いた。
「今日もここで寝たいの」
返事はなかった。
今思えばお母さんたちが連れていかれて以来ここらに人なんて来なくなった。
親戚も遠くへ越して、あの子のお母さんも街で暮らすことになった。
今はもう使えないラジオで「世界が終わる」と耳にしたことがある。
ここに私一人になってからだ。
でも、そんなことどうでもよかった。
私にとってはここが全てで世界だったから。
ランプの灯りを消して寝た。
夜空は晴れ渡っていた。
次の日いつものように茶色い体に言った。
「おはよ」
畑に行こうとした時茶色い体の根に足が引っ掛かった。
「痛ぁい…」
振り返って足元に目をやると根元の樹皮が蓋のように取れていた。
「何なのこれ」
蓋を手に取ると根元に空間が出来ており、奥に白い紙のようなものが見える。
私は手を伸ばして取った。
「ん〜っ、取れた」
封筒だった。表にはこう書いてあった。
〝好奇心旺盛な君へ〟
「………」
私は封を開け、中から三つ折りの紙を取り出した。
紙を開いた。
「動かないで」
彼は私の顔と鉛筆を重ねて真剣な顔で描いていた。
正直この体制はきつい。
「あと少しだから、喋ってもダメだ」
一瞬口を開いた私につくように言った。
しばらくして彼は
「よし…出来た」
「見して!」
「そ、それはダメだよ…」
「えぇ、なんでよう」
彼は少しためらってから言った。
「これは僕にとって特別な気持ちなんだ、いつか必ず見せるよ」
「いつ?」
私が不満そうに聞くと彼は少し落ち着いた、いや…寂しそうな顔になって言った。
「君が…きっと君が僕を思い出すときに分かるよ」
意味がわからなかったけど彼はすぐに家に帰ってしまった。
その日を境に彼が家に来ることは減っていった。
「う…うぅ…」
私はその画を強く胸に抱いた。
胸に溜まっていたものがあふれるような感じがした。
独り
この言葉が過り胸を締め付ける。
「寂しいよう…」
くしゃくしゃの絵を胸に
私はうずくまり
泣いていた。
茶色い体は葉をなびかせてくれた。
そしてまたしばらく時が経った。
いつも通りの朝。
いつも通りの畑仕事。
いつも通りの水やり。
いつも通りの場所。
私だけの場所。
何も変わらない日々。
私は生きている。
少なくともそう思う。
そしていつも通り、茶色い体に寄りかかりパンを食べた。
…
……足音が聞こえた。
私は胸元からナイフを取り出す。
振り返った時にはもう、すぐ近くにいた。
ここは私の場所。
逃げ隠れる気など毛頭ない。
ナイフを突き出し構える。
あちらの動きが止まった。
こちらに気付いたのだろう。
茂みで隠れてよく見えない。
何秒か沈黙が続いた。
「出てきて!」
「……」
少しの沈黙の後、ゆっくりと姿を表した。
私の目に映ったのは私の望んでいた存在だったかもしれない。
その日から、ここは私だけの場所ではなくなった。
〈終わり〉
A Tree ボーダーコリー @BorderCollie5
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