第5話 暗転

 何頭目かの魔犬から剣を引き抜く。何処をどう移動したのかわからないが、脇道から落ちてきた広場の反対側の壁を背にしていた。中央辺りにはtkが倒れており、倒れた後も魔犬は執拗に噛みついている。ピクリともしないところをみるとtkも死んでしまったのか。倒れた仲間に群がっているため、俺の周りには魔犬は少ないが、もうすぐ自分も噛み殺されるだろう。


「おじさんたち!今助けるからな!」


 そんな必死そうな声が聞こえてきて、声のほうを見やると、突き落とした若者たちがこちらにスマホを向けていた。


「くそっ!何処から降りればいいんだ!このままじゃおじさんたちが死んでしまう!」


 別のガキがニヤニヤしながら叫んでいる。そうだ、あいつらは配信探索者だ。会社でネットサーフィンしてたときに見たんだった。他の探索者を助ける動画をアップしてるが、ヤラセっぽくてコメントが荒れていた。

 もっと早くに気付けていればこんなことにはならなかったはず……。後悔だけが頭を過ぎるがどうしようもない。俺は喰われて死ぬんだ。みんな、ごめんな……。

 

 武器を落とし、その場に膝をついた。あちこち噛まれて何処が痛いのかすらわからない。好機とばかりに魔犬が飛びかかってくる。


あぁ、早く終わってくれ……。


「戦え!」

「剣を拾え!」

「諦めるな!」


 うるせぇよ。もう、どうにもならないだろこれ。精々、面白い動画に仕上げてくれ。

 もはや、憤怒や憎悪といった感情は沸かず、絶望と虚無感だけを感じながら、俺は暗闇へと落ちていった。


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 何もない真っ暗な空間で意識が戻る。身体を動かそうにも何の感覚もなければ、目を凝らそうとしても瞬きもできない。

 ただ、ただ暗闇の中にいた。感覚はないが意識だけは鮮明だ。他のメンバーも此処に来てるのか?という疑問も沸くが、この状態では確認しようもない。此処が死後の世界だとしたら暇すぎる。ラノベやアニメなんかだと神様なんかが出てきて転生させてくれるんだろうけど……。


 おーい。誰かいないかー?

 

 期待はしてないが意識の中で呼びかけてみるとすぐに返事が返ってくる。


『はいはーい。お待たせしました!他の子の対応してたから遅れちゃった』

 

 耳で聴いているわけではないが、子供のような声だと思った。まるで緊張感のない小学生くらいの口調だ。


『ん?もっと威厳ある感じがよかった?でもずっとこの話し方だし、砕けた話し方のほうがウケがいいんだけどなぁ』


 考えてる事が筒抜けだ。そもそも、これが現実か夢なのかもわからない。


『夢か現実かといったら、これは現実だよ。キミもボクという存在もこの空間に確かにあるし、さっきまでキミがいた世界も存在して時間も進んでいるはずさ。それにしても、キミは随分落ち着いてるね。さっきの子なんて怒り狂ってたのに』


さっきの子?他の仲間も此処に来たのか?


『ちょっと前に三人来たね。まぁ、ちょっと前って言っても実際の時間なんてわからないけどね』


みんなは生きているのか?何処にいる?お前は神様かなにかなのか?


 知りたい事、みんなの行方について聞いてみた。


『まぁまぁ、落ち着きなって。わかる範囲で説明するよ。まず、ボクはキミ達が考えているような神様じゃぁない。神様っていうのは祈ったりして救いを求める存在なんだろ?ボクに祈ったところで、どうしてあげることも出来ないからね。じゃぁ、ボクが何者なのか?それはボクも知りたいくらいなんだ。因みに此処に来た子の中にはボクの事を“ダンジョンコア”って呼ぶ子が多かった。』


 俺たち以外にも此処にやってきた人間がいたということなんだろうか。


『キミは百十一人目の訪問者だね。あれ?百十二だっけ?ま、いいや。わかっているのは全員が丸の内線のダンジョンという所で死んだようだということ』


ようだ?やっぱり俺達は死んだのか?


 危険が伴う探索者生活だけど、結局は何もなし得なかったなぁと少し悲しい気持ちになる。呆気なかったな、俺の人生。


『キミが日本という場所のダンジョンで死んだか、それを確認する術をボクは持っていない。ただ、こうしている間にもボクは何かを産み出しているような気がするんだ。やっぱり、今までの子たちの話から、“ダンジョンコア”という存在が一番しっくりくる』


 つまり、コイツは、このダンジョンの主みたいなもので、魔物やら鉱物を創り出しているという事か?そうしたら俺もダンジョンの何かに創りかえられて魔獣のようになるってことか……それはイヤだな。


『そこはみんな同じ反応するよね。それについては安心していいよ。キミたちのような意識がある物は別の場所に行くはずだから』


別の場所?元の世界ではない?


『ボクの事を五次元の存在とか創造神だなんて言う子もいたけど、多分だけど、ボクは別の世界から来たんじゃないかと思うんだよね。何処か別の世界と繋がってて、そこにボクの本体のような物があるんじゃないかと推測してる。キミたちみたいなのを再構築して産み出すときは、別の出口が開くんだよね』


 人類の記録は何千年も前のものが残ってるのに、つい二十年前にダンジョンなんてものが出来始めた。確かに急に出来たというよりは、何処かからやってきた可能性のほうが高いな。ラノベみたいな異世界だったらいいけど、宇宙空間でしたとかだったらイヤだなぁ。


『残念だけど、その先の世界の事はボクも知らない。だから、一つお願いがあるんだ。再構築した先の世界でボクに関わる何かを探してきてほしいんだよ』


 何かって……、大雑把だな。それに、簡単に戻って来れるものなのか?


『ボクが考えるとおり別の世界があって、そこにボクの本体があるなら、見つけたら戻って来れるんじゃない?じゃないと、ボクがこの世界に存在しているはずがないよ。他の子にもお願いしたけど、まだ帰還者はいないんだけどね』


 何処かに産み出されることは不可避なんだろ?もし、戻って来れるようならやってみるよ。


『よかった!じゃぁ、お願いするよ!そろそろキミの情報を維持するのが難しくなってきたんだ。行った先で困らないように少し弄らせてもらうからね』


 情報?弄る?どういうことだ?


『この空間にあるキミの記憶や記録さ。地球の日本に生きてきたキミの情報。留めておく媒体がないから、急がないとどんどん消えていっちゃう。細かい事はボクも知らないし時間もない。じゃぁ、行くよ』


 ダンジョン核(仮)がそう言った瞬間、今まで真っ暗だった意識に光が差し込んでくる。仮想空間を題材にした昔の映画のように記号や文字の羅列、過去に聞いたことのある音や声、様々な情報の波に乗り、徐々に蘇ってくる感覚に反比例し意識は遠のいていった。


 






 

 



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