第4話 戦闘
一番近くにいた魔犬の頭が爆ぜると同時に全員が身を屈める。今まで頭があった位置を、残りの犬が高速で跳んでいく。
魔犬の戦い方の定石だ。あいつらは首か頭目掛けて跳んで来る。パターンではあるが、失敗したら一発で喰い殺される。
「三匹!同時に行くぞ!ブリは援護よろしく!」
社長が一瞬の判断で指示を飛ばす。
一対一になるように俺を含めた三人が速やかに肉薄する。
「どらぁ!」
tkが走る勢いのまま一頭を蹴り飛ばし、社長は滑るように低い態勢のまま一頭の脚を斬り落とす。
俺も負けじと振り向いた魔犬に向け上段の構えから真っ二つ!
とはいかず、斬れ味のない直剣は硬い頭蓋骨に当たり、顔の肉を削ぎ落とすだけになってしまう。
その一瞬で魔犬は態勢を立て直し俺の喉を食い千切ろうと跳躍する。
あ、やべ……、終わった。
「ドーン!」
噛まれると思った瞬間に視界から魔犬が消える。グシャっと肉が潰れる音が聞こえ、助かったと安堵する。
「タッチー、油断しすぎ。今の死んでたぜ?」
拳を振り出した格好のtkが酒臭い顔を近づけてニヤニヤしていた。
「あ、あぁ、わりぃ」
冷や汗を流しながら俺も笑い返し、二人で見つめ合う。
ビチャッ!
生温かい液体が飛んできて目の前のtkが血に染まる。一頭の魔犬が物凄い勢いで地面を滑って行く。
tkは自分の顔に手を触れその手を見て……。
「なんじゃこりゃぁ!」
お決まりの文句を口にした。
「お前も油断しすぎ。ちゃんと留めをさせよ」
銃を構えたブリがため息混じりに言うと、社長がゲラゲラ笑いだす。どうやら最初に蹴り飛ばした犬がtkに飛びかかろうとしていたようだ。
「お前ら二人とも死んでたな。ま、生きててよかったな!」
社長は「回収〜、回収〜♪」と訳の分からない歌を歌いながら犬の解体に向かう。
「うえぇ、きもちわるぅ。どうすんだよこれー」
「自業自得だろ。それより回収するぞ」
真面目なブリが、MESの回収を促すが、マイペースなtkは「うえぇ」「汚ねぇ」と血を落とそうと無駄なあがきをしていた。
tkがいなければ死んでいた俺は何も言わずにMESの回収を行う。
四匹の魔犬は全て死んでおり、胸を切り開いて心臓にくっついている三センチほどの紅いMESを切り離す。
横文字の洒落た名前もない魔犬は凶暴性以外は解剖学上、地上の犬にMESがくっついているだけである。それほどファンタジーではないのだ。因みに、熊や猪もいるが、魔熊であり、魔猪である。カッコいい名前を募集中だ。
生体に関してはよくわかっていない。迷宮の何処からか恐ろしいほどの量が産まれている。人間も食われるが共食いをしていることもある。需要と供給のバランスがおかしいのだが、まともに内臓もあれば、焼いたら食料にもできるらしい。俺は遠慮したい。
それにしても大失敗だ。さっきのは完全に死んだと思った。社長とブリはいつも危なげなく処理するが、俺とtkはいつも死にそうになる。正直、足を引っ張っていると思う。
一度でも失敗したらそれは死ぬということだ。MESのお陰で、ある程度身体は頑丈にはなるが、回復魔法みたいな便利なものはない。それほどファンタジーしてないのだ。
ガチクランだったら速攻でクビだ。
「ま、次は気をつけようぜ!」
回収を終えた三人に、身体を拭き終わったtkがハイボール片手に励ますように声をかける。
「「「お前が言うな!」」」
四人でゲラゲラと笑う。迷宮に入る前のネトゲ時代から十年以上一緒にいる最高の仲間だった。
その後は落ち込んでいた気分も晴れて、一匹、二匹と魔犬を倒しつつ順調に進んだ。
しばらく歩くと壁に背をつけ座り込む人影を見つける。
「おい、あれってさっきのヤツじゃねーか?死んでんのか?」
tkが言う通り、先に進んでいたはずの若者の一人に見えた。
近くに魔犬どもがいないか警戒しながら近づいて行く。近づくとと若者の周囲は犬の死骸だらけで血だまりになっていた。
「おい、生きてるか?」
社長が血だまりに座り込む若者に声をかける。血だらけで、何処を怪我しているのかもわからない状態だ。
若者はゆっくりと顔をあげてガタガタと震えながら話始める。
「そ、そっちに……、あ、新しい、み、道が……」
若者は震える手で持たれる壁とは反対の方向を指差す。それほど大きくはないが脇道が出来ていた。迷宮は大きく変化することはないが、たまに小部屋や脇道が出来ることがある。先週来た時にはなかったはずだから、新しいものだろう。
「それで、どうしたんだ!?残りの二人は!?」
tkが先の言葉を促すように若者の肩を揺する。
「ご、ごめんなさい。た、たすけてください。まだ、向こうに仲間がいるんです。お願いします!」
肩を掴むtkに、若者が泣きながらすがりつく。
「よし!わかった!ちょっと待ってろ!」
さっきは馬鹿にされて喧嘩になりそうだったはずのtkがすぐに走り出す。意外に熱血漢な男だ。
「しょうがねぇなぁ」
苦笑する社長もそれに続き、ブリも後を追う。
俺は何か忘れているような気がして、もう一度若者を凝視する。若者はグッタリとして気を失ったようだ。
話もできそうにないと判断して、俺は三人の後を追った。
脇道に入ってすぐに若者二人が倒れていた。生きているか死んでいるかはわからないが、先に進んだはずの三人の姿が見えない。脇道は正規ルートより暗くハッキリと確認できないが、少し先から怒号が聞こえてきた。tkの声だ。
「おい!tk!何処だ!?」
「タッチー!引き返せ!来るな!逃げろ!」
「は!?何言って……」
「もう、おせーよ」
後ろから声が聞こえ、振り返ろうとした瞬間、背中を蹴られたような衝撃が走る。
「ぐっ、かはっ……」
咄嗟に身を丸くしたが、落下したのか背中に強い衝撃を受けて呼吸が止まる。
何かに腕を噛み付かれ、そいつを引き剥がそうと転げ回る。なんとか引き剥がすことに成功する。
ようやく目が慣れてきて呼吸も回復し状況が見えた。
見たくもない光景だった。魔犬だらけの空間だった。
tkが泣いていた。
社長とブリはあちこちを犬に噛み付かれ、無惨な姿で絶命していた。
「ごめんな、ごめんな……」
tkは泣きながら、謝りながら、傷つきながら拳を振るっていた。
「オッサーン!頑張れー!死ぬぞー!」
「犬も頑張れー!あと二人ー!」
「マジウケる!オッサンたち弱すぎ!」
落ちてきた脇道の方に三人の若者が立っていて、見下ろしながらゲラゲラを笑っていた。
俺は剣とナイフを構えて必死になって、斬って、刺して、噛まれて、転がって、斬って……、走って……。
頭上から聞こえる下品な笑い声を聞きながら。
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