第3話 ジェネレーション
居酒屋を出た俺たち紳士四人は、ほろ酔いで中野坂上の駅前へやってきた。ハイボールをガブガブ飲み続けた男だけはフラフラだが……。
夜の七時を過ぎて探索者もまばらとなった駅の入り口には数名の自衛隊員と警察官が立っている。
丸ノ内線方面へと向かい、以前は電車の乗車カードを読み込んでいたリーダーへ財布から取り出した探索者ライセンスカードをかざす。
中野坂上駅からはCランクの丸の内迷宮とAランクの大江戸迷宮にしか入れない。Aランクの大江戸迷宮へ入るにはBランク以上のライセンスが必要になるため、Cランクの俺たちはここでは丸の内迷宮にしか入れない。AとCという極端な難度の迷宮しかないため、中野坂上はいつも空いている。
構内へ入ってすぐにコインロッカーがあり、再度カードをかざす。預けている物がピックアップされて運ばれてくる仕組みになっている。
迷宮探索に使う装備は地上に持ち出すことができない。隠して持ち出そうとすれば待ち構えている警官に逮捕される上にライセンス剥奪となる。
構内には探索に必要な装備を売るショップもいくらかある。ナイフや刀剣のような武器を扱うショップや、一般的な食料を扱うコンビニもある。
それぞれ装備を受け取り更衣室で着替える。今の時間だと更衣室も空いていて快適だ。探索者には女性もいるため男女それぞれ更衣室が設けられている。
炭素繊維製のボディアーマーを着込みチタン製のナイフと刀身六十センチほどの直剣を装備して準備完了だ。見た目は特殊部隊っぽくなる。迷宮と言ってもそれほどファンタジーはしていない。
いち早く準備を終え買い物に行っていたtkが合流する。
「買ってきたぞー」
かなり買い込んできた袋の中身は酒とツマミだ。毎度のこと飲みながらの探索となる。
「まだ飲むの?」
俺はフラフラのtkを見て非難の声をあげる。
「当たり前じゃん!社長、今日はDだろ?だったらベロベロでも余裕だって」
そう笑いながら全員にビールを配り出す。どうしても仲間に引き込みたいらしい。苦笑いを浮かべながら社長もブリもビールを受け取る。結局は俺も受け取る。
迷宮のランクはCからAしかないが、丸の内迷宮の方南方面は距離も短く、最終が行き止まりのためDランクと揶揄されている。
「じゃぁ、いつもの通り方南までいって折り返してくるルートで行くぞ!」
「「「了解!」」」
社長の号令が二度目の乾杯の合図となり、缶をぶつけて飲みながら出発する。
地下鉄の面影がなくなった洞窟のような道を進む。薄暗いが真っ暗ではない。洞窟の壁は所々にMESを含んでいるため、ほのかに光っているためだ。
その中でも強く光っている部分を小型のツルハシで採掘しながら進む。大きな結晶ではないが、粒のようなMESでも結構な収入になる。
「いいねぇ、この感じ!」
小太りで普段は鈍重なtkが地上ではありえないスピードでナックルをはめた拳を振り出し壁の一部を粉砕する。
未解明であるが、MESの影響で地下迷宮は探索者に力を与えてくれる。迷宮では地上よりも速く走れるし、本気でジャンプすれば五メートルもある天井に頭もぶつける。
「tk、うるせぇよ」
うるさいと言いつつも社長は笑っている。気持ちは分からなくもないため、別に注意したりもしない。要は楽しければいいのだ。このルートには強い獣も出ないからな。
そんなことをしてオッサン四人がじゃれ合っていると、唐突に後ろから声をかけられる。
「オッサンが調子こいてるぅ」
「ねぇ、ねぇ、オッサンたちって強いの?何歳?」
「いい歳して冒険ごっこってどんな気分?お小遣い稼ぎなの?」
ニタニタと見る者を不快にさせる笑みを浮かべながら、若者三人組が声をかけてくる。
見た感じ二十代前半かひょっとしたら十代かもしれない。
「あ!?」
掴みかかりそうな勢いで前に出ようとするtkをブリが制止し社長が若者たちに近づいていく。
「おうよ。カミさんが小遣い増やしてくれねぇからな。お前らはオムツ代でも稼ぎにきたのか?まだ履いてんだろ?オムツ」
ヘラヘラと小馬鹿にする社長に対し今度は若者がキレる。
「はぁ!?」
「オッサンが上等こいてんじゃねーよ?やんのか?あ!?」
キレたフリだ。ネトゲでも某掲示板でもこういった輩は多い。相手にしたらつけあがっていつまでも絡んでくるのだ。俺はため息をついてボソッと一言。
「やんねーよ。バーカ。さっさと行けよ」
「クソつまんねぇ。オッサンが調子こくなっつーの」
「オッサンはせいぜい掘り掘りしてろや」
「Dランクのくせに生意気ぃ」
俺の言葉にヤル気をなくした若者たちが吐き捨てるように言いながら先へと進んで行った。
「馬鹿にされて悔しくねぇのかよ!」
tkがイライラと壁を壊しまくる。ブリは「楽でいいな」と、tkが壊した石屑からMESを拾っている。真面目なやつだ。
「無駄無駄。あの手の輩は適当にあしらう方がいいの。ガキと口喧嘩して勝っても嬉しくねぇし」
社長は顔色ひとつ変えずにヘラヘラしながらtkを宥める。社長はいつもこんな感じなのでムキになっても肩透かしを食らうだけだ。ちゃんとした大人なのだ。
それに対し、まだ怒りが収まらないのかtkはブツブツと文句を言う。
「ちっ。今度会ったらボコボコにしてやる」
酔っ払いは怖い者なしだ。警察二十四時で見たことあるダメなオッサンがそこにはいた。
「それやったらライセンス剥奪なんだけどな」
とブリが正論を口にし、俺はふと思い出したことを口にしようとした。
「さっきのやつら何処かでみたような……」
そこまで言ったところで社長が全員を黙らせる。
「シッ!何か来るぞ」
社長が声潜め、真面目な顔をして腰のナイフに手をかける。
俺も音を立てないように剣を鞘から抜く。さっきまで暴れていたtkも真面目な顔をして身構える。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」
犬のような息づかいが聞こえてくる。というか犬そのものだ。
「見えてきたぞ。あれは、魔犬だな。数はそんなに多くねぇ」
俺たちから十メートル程離れた先に魔犬のシルエットが浮かんでくる。大きさは地上にいる犬とそれほど変わらないが、口は大きく裂け、そこから覗く牙は鋭く、目を紅く光らせている。どこの迷宮にも生息しており好戦的で動きは素早い。
向こうも俺たちを獲物と認識しているだろうが、今のところ仕掛けてくる気配はない。
「ブリ、先制攻撃しろ。できれば一匹仕留めろ。ブリが撃ったら全員動け」
社長の命令にブリは最小限の動作で銃を構える。三四式魔素拳銃と呼ばれる魔素を放出する拳銃だ。
ホルスターから抜いたままの位置で銃から紅い魔素の塊が放出され、それが戦闘の合図となった。
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