第2話 集合するおっさん

昼の休憩が終わり、満腹になって脳に血液が回らなくなった俺は、ついウトウトと眠ってしまう。


 時折、「はっ」として起きるも誰に咎められることもなく、その行為は終業時間まで続くこととなった。


 給料泥棒の鑑だと思う。うん、胸を張って言える。いつクビになってもおかしくはないし、別にクビになっても俺には迷宮がある。多くは稼げなくとも、養う者がいない独身だから生きていける自信がある。


 午後五時になり定時退社をする。最近では白い目で見られることもなくなったので気分爽快である。


 会社の外に出ると、歩道は新宿駅へ向かう人々でごった返していた。電車に乗る訳ではなく、コイツらは新宿駅から迷宮に入ろうとする人々だ。迷宮解放後から週末になると当たり前に見られる光景である。


 この、万は超えるのではなかろうかという人間のうち、毎週何十人かは帰らぬ人となる。


 俺は新宿駅には向かわずに、徒歩で中野方面へ向かう。もちろん家に帰るつもりもない。

 二十分ほど歩いたところで、一軒の居酒屋に入る。


「いらっしゃいませー。あ、こちらへどうぞ」


 女性店員は俺の顔を見るなり席へと案内しようとする。

 毎週通っているため、「何名様ですか?」など、お決まりのやりとりもなく、いつもの席に案内される。


「ありがとう。とりあえず生もらえるかな?」


 女性店員は「はーい。」と軽く返事をして席を離れた。そういえば、今日初めて人と会話?をしたような気がする。コミュ障か!と心の中でツッコミを入れつつ運ばれてきたビールを喉に流し込む。


『かぁ!うめぇ!』というのはちゃんと仕事をしてきた人にだけ許される行為だ。俺は「はぁ」とため息にも近い声を出し哀愁を漂わせることにする。


「ハイボールちょうだい!メガで!」


 店に入るなり、やたらでかい声で注文しながら小太りのサラリーマンがこちらに近づいてくる。


「タッチー。どうしたの!?元気ないじゃん!」


 椅子が壊れるんじゃないかと思うくらい乱暴に座り、話しかけてくる。


tkティーケー早かったな」


「おう!嫁に送ってもらったからな!」


「そっか。嫁がいるっていいなぁ」


「え?それマジで言ってる!?嫁とかウザいだけだぜ?稼ぎが少ないやら、家事手伝えやら。独身のタッチーが羨ましいよ」


 そう言うと、「とりあえず乾杯!」と運ばれてきたメガハイボールのジョッキを俺のジョッキにぶつけて一気に飲む。


「いらっしゃいませー。こちらへどうぞー」


「あ、生ね」


「俺も」


「ハイボールおかわり!」


 少し高めの声と、反対に低い声でそれぞれ注文しながら近づいてくる。おかわり早すぎだろ!?

 声の高い背の小さい男と、声の低い背の高い男が席につく。


「よ!待った?」


 小さい方が人懐っこい笑顔で声をかけてくる。


「さーせん。遅れたっす。社長のせいっす」


「え?なに?ブリ、俺のせいにすんの?」


 いつものやりとりが始まる。社長と呼ばれた小さい男は社長、俺たち四人のリーダーだ。ブリと呼ばれた大きい男は社長の会社の社員であり、ブリックというキャラネームを使っている。


 俺たち四人はネトゲで知り合ったクランメンバーの集まりだ。

 ちなみに俺は橘悠希たちばな ゆうきという本名から安易に作った“タッチー”という名前で呼ばれている。

 社長はキャラネームが“社長さん”なのでそのままだし、“tk”はカトウテツヤのイニシャルだという話だったと思う。本当は佐藤さんらしいが……。


 全員の本名も詳しい住所もわからないが十年以上同じネトゲでチームを組んでいる。詳しいことなんて誰も気にしない全員四十路のオッサンだ。独身は俺だけなのは確認済みだが……。


「うっし!じゃぁ、今週も気合い入れて行くべ!乾杯!」


 社長の号令で一時間程の、短い飲み会が始まった。


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