第12話 マグニフィセントドラゴン討伐戦①
赤い岩肌の岩山が乱立する岩地のなか、駐屯基地を乾いた風が吹きすさんでいた。
王立軍の兵士達が襲い来る強大な敵に備えて着々と準備を進めている。特にやることの無い俺は、公務に勤しむ皆さんの邪魔にならない場所で突っ立っているしかない。
この国の政務担当官であり、最初の転移者である女性リンイェンに課されたクエスト、マグニフィセントドラゴンの討伐。その討伐対象であるモンスターは本日、この国を襲来する予定とのことである。
王立軍ではこの日のために、リンイェン主導のもと何度も会議が行われ、討伐に向けての作戦が練られてきた。
俺もぜひその作戦会議に参加させてもらいたかった。というのも、俺の転写スキルを最大限活かすには後方支援が最も適しており、その対策の中に混ぜてほしかったからだ。
しかし、その申し出はリンイェンによって丁重に断られた。
彼女いわく、
「あくまで、あなたをクエストに参加させる目的はあなたのスキルの成長よ。後方支援じゃあ今までのスキルの使い方と変わらないわ。
前線でどうしようもないほどの強敵と対峙したときにこそ、変革が訪れるものよ」
とのことだった。
言っていることはごもっともだが、それで死んだら元も子もない。だが、この世界の秘密を知るためには、彼女のお願いであるこのクエストをクリアするしかないのだ。
「ああ、いたいた。あなたのこと探してたのよ。スマホないと不便ね」
聞き覚えのある声に振り返ると、今しがた考えていたリンイェンの姿があった。そして、その後ろには、日に焼けた肌にタトゥーが肩から胸に入った青年が立っていた。
「遅くなったけど紹介するわ。彼が今日のクエストで前線を担当するカノアよ」
なんとなくそんな気はしていた。身長は恐らく2mを超えており、その体は海外の水泳選手のように全身の筋肉が発達していた。
黒髪直毛のツーブロックで、サイドには耳にかかる程度の長さで髪を流していた。
タトゥーは黒を基調としたもので、絵やイラストというよりも紋様に近く、胸、肩、腕の半分ほどまで入っていた。
「はじめまして、ヨハネス。俺はカノアだ。今日はよろしく頼む」
一歩踏み出して、俺に向かって手を差し出した。握手の意向なのだろう。断る理由もない。友好の証として、彼の手を握り返した。
「ヨハネスです。こちらこそよろしくお願いします」
握手に応じると、カノアはニコッと笑った。
タトゥーに目を取られていたが、その顔や表情から感じる彼のイメージは「爽やか」がぴったりだった。
綺麗に並んだ白い歯と、焼けた肌のコントラストが美しい。握った大きな手も温かく、右手が抱擁されているような気分だった。
「前にも言ったけど、彼が2番目の転移者よ」
「ああ、そうだ。俺はハワイ出身なんだ。ヨハネスは日本だそうだな」
「そうです。東京から来ました」
「同じ島国出身だな、仲良くやろう!」
彼は握った手を大きく振って笑顔を見せた。
リンイェンは後ろで遠くの方を見ており、こちらには一切の関心を示していない。
……なんだろう、この2人の差は。カノアには、リンイェンから感じる怪しさというか疑わしさが全く感じられなかった。最初に会ったのがリンイェンだったせいか、転移者にはそれぞれ思惑があると勝手に想像していたが、彼にそんな素振りはない。
「じゃあ後は若い2人でよろしく。私は作戦開始前の詰めがあるからもう行くわ」
俺とそんなに歳も変わらないだろと思いながら、彼女を見送る。
2人きりになったところで、カノアが話しかけてくる。
「ヨハネスはどうやってこの世界に来たんだ? 俺はサーフィン中に海に引きずり込まれて、気がついたらこの世界にいたよ!」
……いきなり話したくない話題だ。なぜ、転移先輩2人は海辺なのに俺は居酒屋のトイレからなんだ。水があることが条件なのか? それにしたら対象が広すぎる気がする。
「……転移のきっかけは今度話します。ところで、カノアさんはどんなスキルなんですか?」
「俺のスキルは『力』そのものだな!」
「あー、身体強化みたいな感じですか?」
「最初はそれがメインだったけど、力に関係すればそれ以外もできるよ。自分に働く運動と言えばいいのか……、口では説明しづらいな。まあ見てもらえば分かるよ!」
そこはかとなく脳筋な感じがする。なんにしても、この世界で最強の冒険者ということであればその強さは折り紙付きなのだろう。
「ヨハネスのスキルは転写だったか?」
「そうです。えーと……こんな感じのスキルです」
言いながら地面に転写スキルを発動する。転写したのはフラダンスを踊る女性の姿だ。本物を見たことがないのであくまでイメージだが。
「おお、すごいな、大したものだ! 久々に目にしたよ、ありがとうヨハネス!」
喜んでくれて嬉しい。転写スキルについては、あれから夜な夜な練習を繰り返して、見たものでなくてもかなりの解像度で写すことができるようになった。そのせいか、あらゆるものを注意深く観察する癖がついた。
例えば、目の前の相手と話をしながら頭の中では模写をしているような感じである。この癖も功を奏したのか、今ではほとんど写真同様の転写が可能になっていた。だが……
「戦闘では役に立たないですよ。これじゃブラフにもならないし」
本当に前線に立っていいものか。カノアの足を引っ張るのは目に見えている。その疑問はクエスト直前になっても消えなかった。
「ヨハネス、君は俺に今勇気を与えてくれた。もっと自分のスキルに自信を持っていい。それから……」
涙が出そうになるくらい嬉しい事を言ってくれる。彼の言葉一つで、俺がどれだけ助けられているか。なんて伝えればいいか分からなかった。
「俺の戦いを見ていてくれ。君のスキルのヒントにもなるかもしれない」
確かに、リンイェンもカノアも、この世界では俺よりも一日以上の長がある。リンイェンは政務担当官、カノアは最強の冒険者として、この世界で活躍している。
スキルのことだけ考えれば、僻みがないとは言わない。だがそれ以上に、2人が今の立場にいるのは、2人の人間としての器が生み出した結果なのだろう。
羨ましいとも思うし、妬ましいとも思う。俺はその感情を隠さない。俺はこのHSPという気質に生きづらさを感じてきたからだ。
だからと言って、2人に敬意を持っていないわけではない。俺がこの世界にどの程度貢献できるかと聞かれれば、到底2人のレベルには届かないのは分かっている。それでも、この世界では俺のこの過敏すぎる感覚が誰かの役に立てるなら、喜んで差し出す。
「わかりました、カノアさんの戦いをしっかり見届けます。その上で、俺に出来ることがあればやってみます」
カノアを見上げると、眩しい笑顔に目が眩みそうになる。
「その意気だ! ところで、ヨハネスはなぜそんなにかしこまっているんだ? 日本人は皆そうなのか?」
「え? いや、でも年齢とか……」
「年齢なら、俺は18歳だ!」
…………。
自己肯定感が音を立てて下がっていく。
俺が18歳の時といったら……。止めておこう。クエストの前に死にたくなる可能性がある。
「さあ、もう少しで作戦の開始時間だ! お互いにベストを尽くそう!」
乾いた岩地だが、青空の中、大きな入道雲が浮かんでいる。この平和な時間もあとわずかだ。
マグニフィセントドラゴンの襲来は、おおよそ1時間後。討伐戦開始まで、もうまもなくである。
最弱スキルな上にHSPでも異世界でお役に立ちますか? 百山トト @momoyamatoto
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