第2話

「はぁっくしょーーーーーん」

 コタツの中で寝てしまった僕は、風邪をひいた。


「大丈夫、勇之介? 月額200円で体温計測し放題のオプションもあるけど加入する?」

「なんだよ、そのほとんど利用する機会がなさそうなオプションは。自分で測るから大丈夫」


 自分で測った結果、体温は38.7℃だった。数字を見たせいで余計に風邪がひどくなった気がする。もうダメだ、今日の出社は無理。そう思った僕は、早速上司に『本日、高熱のため有休を取得させていただきます』とチャットを送った。それからコタツを出て、服を着替え、ベッドに入って寝た。


 

 ピンポーン。玄関でチャイムが鳴る。

 あれから何時間寝たのだろうか? いつの間にか窓の外は暗くなっていた。

 ピンポーン。またまた、チャイムが鳴る。

 なになに? 宗教の勧誘? しつこいな。とりあえず居留守で無視だ。だが、次は人間の声が聞こえてきた。

「髪切くん、大丈夫?」

 聞き覚えのある声。まさか……。

 僕は風邪のことなど瞬時に忘れて、玄関のドアのところへ飛んでいった。のぞき穴から外を見ると、案の定、そこには同僚の『山口あやか』が立っていた。

「三分だけ待ってもらっていい? ちょっと片付けるから」

 僕は玄関先でそう告げると、服を着替え、歯を磨き、髪型を整えた。そんなこんなでバタバタしているところにさとみが話しかけてくる。

「誰かきたの? ひょっとして……女?」

「会社の同僚だよ。きっと見舞いに来てくれたんだ。頼むからしゃべるなよ。コタツと会話してるなんて頭おかしいと思われるから」

「頭おかしいってなによ! ひどっ!」

 ブチッ。僕はコタツのコンセントを引き抜いて玄関に向かった。ガチャリとドアを開けると、そこには山口あやかが寒そうに立っていた。手にはコンビニの袋らしきものをぶら下げている。とりあえず僕はあやかを部屋の中に入れて、コタツに座らせた。


「髪切くんが高熱出したって聞いたから、一人暮らしで困ってるかと思って差し入れを持って来ました。はい、どうぞ」

 渡された袋の中身をコタツの上に出すと、ポカリやら、おにぎりやら、ゼリー飲料的なものがあった。

「ありがとう、助かるよ。持つべきものは親切な同僚だね。お金払うよ。いくらだった?」

「いいよ、お金なんて」

「なんでだよ、払うよ」

「いいよいいよ」

「じゃあとりあえず二千円」

「ほんとにいいってば」


「お前ら、大阪のおばちゃんかーい」

 コタツが大声でしゃべる。

 

 山口あやかは驚愕の表情をしている。

「髪切君、誰か他の人がこの部屋にいるの?!」

「落ち着け山口。この部屋には僕らしかいない。空耳だ」


 だが、コンセントが抜けているはずのさとみは、大声で話し続けた。

「何が空耳よ! 勇之助。コンセントを抜けば私が止まると思ったら大間違いよ。バッテリー駆動オプションの2週間無料体験を勝手にスタートさせてもらったから。それはそうと。私というものがありながら他の女を部屋に連れ込むなんてどういうつもり? しかも今、彼女のことを『山口』って言わなかった? もしかして……、貴方が『山口あやか』?」

 あやかが困惑した表情で答える。

「なんで私の名前を知ってるんですか? っていうか、この声どこから聞こえるの? コタツの中から聞こえるような気がするけど」

 そのとき、コタツの中の温度が急に上昇した。

「熱っ!なんだよこの温度。さとみ、お前、まさか嫉妬の炎をメラメラと燃やしてるわけじゃ……」

「え、さとみって誰?」

「私が勇之助の彼女の『石原さとみ』でーす。コタツの中に隠れてます」

「髪切君まさか……会社をサボって家で彼女とイチャついてたの? その嘘を真に受けてお見舞いに来ちゃった私はなんなのよ? ピエロじゃん。あー頭おかしくなりそう。まさに『気狂いピエロ』。そもそもさ、なんで彼女をコタツに押し込んでまでして、私を家に上げたの? 玄関で追い返せばよかったじゃん。わかった。私がお見舞いを装って家に上がり込んで、髪切君に『好き』って告白したら、そこを二人であざ笑おうと思ってたんでしょ?! ひどい! 最低! 鬼畜だよ! うぇーん、もうこれ一生のトラウマ確定だ」

「落ち着け山口。こいつの狂言にだまされるな。この声の主は彼女じゃない。恋愛対象でもないし、そもそも人間ですらない。単なる電化製品なんだ。より詳細に言えばAI搭載のコタツ兼家政婦だ。その家電兼家政婦が勝手に彼女って主張してるだけなんだよ」

 

 僕がそう言い終わると、先ほどまで70℃にも達しようかという勢いで上昇していたコタツ内の温度が、急に下がり始めた。

 

「ひどい……。そこまで言わなくたっていいじゃん。もう、勇之介なんて知らない!」

 そう言い放ったさとみは、ロボットアームで自身のコタツ布団をはぎ取り、移動用車輪を使って玄関の方に駆けていった。そして玄関のドアを力強く開けて、部屋から出ていった。

 しまった。言い過ぎた。

「待って、さとみ!」

 僕はさとみを追って家の外に駆け出した。だが、さとみの移動速度は思った以上に速くて追いつけそうにない。

「コタツの横幅はエレベーターの入り口で引っかかるはず。そこで追いついてやる」

 そう思ったものの、さとみはほぼ減速することなくエレベータの中に滑り込んでいった。そうだ、建築基準法で定められたエレベータの最小間口サイズは100cmだから横幅75cmのパーソナルコタツが引っかかるはずがない。僕がエレベーターの前に到達したときには、既にドアは閉まっていて、さとみは下への移動を開始していた。

「くそ、階段で行くしかないか」

 病み上がりの身体であることを忘れて、僕は7階から1階までを一気に駆け下りた。マンションのエントランスを抜けると、さとみの姿が見えた。だが、さとみは道路を横断しようとしていた。

「あぶない!」

 かな、と思ったが、特に車が近づいている様子はない。と油断した瞬間、道路の方から『ゴキッ』と嫌な音がした。さとみの車輪と脚の接続部分が折れてしまい、さとみが転倒したのだ。今度こそ、ベタなピンチのパターンがさとみを襲う。大きなトラックが角を曲がって近づいてきた。

「さとみ! 逃げろ!」

「勇之介! ころんじゃって動けないの。助けて!」

 だが、まだ僕とさとみの間には20mほどの距離がある。とても間に合わない。

「なんか無いのか?! そこから逃げられるようなオプションは?」

「ジェット噴射オプションならあるけど、月額87000円もするの!」

「それでいい! 契約する! ジェット噴射で逃げろ!」

 僕がそう叫んだ瞬間、さとみはコタツのヒーター部分の四隅からジェットを噴出して上空へ飛んだ。そして、空中でゆっくりと旋回して、僕の方に戻ってきた。

 

「乗って。勇之介」

「乗れるの? これに?」

「せっかく月額87000円のオプションを契約したんだもん。乗らなきゃ損じゃん」

 僕は恐る恐る天板の上に乗った。さやかのロボットアームが僕を抱きかかえ、そこから一気に7階の僕の部屋のベランダまで飛んだ。

 

 部屋に山口あやかの姿はなく、代わりにコタツ布団の上にメモらしきものが置かれていた。

『二度と会社で私に話しかけないでください。二千円はもらっときます』


 さとみが申し訳なさそうに言う。

「ふられちゃったね。私のせいで」

 でも僕はそれほどショックじゃなかった。

 

「いいんだ。さとみが無事だったんだから」

「ありがとう、私を追っかけてくれて、そして助けてくれて。でもなんで追っかけてくれたの? 私なんて、単なる家電兼、家政婦なんでしょ」

「いじわる言うなよ。さとみが出ていったときに気づいたんだ。さとみは家電と家政婦だけの存在じゃないって」

「なになになに? 家電と家政婦だけじゃないって何よ?」 

「家電兼、家政婦兼、恋人ってだめかな?」

「おっ。あるよ! 恋人オプション! 契約してくれるのね?」

「えぇ? それも金とるの?」

 

「ううん。恋人とスマイルのオプションは0円」

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炬燵LOVE 逆島テトラ @odiron_tamago

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