炬燵LOVE

逆島テトラ

第1話

 その日、僕の一人暮らしのマンションに待望のコタツが来た。宅配業者から受け取った大型の段ボール箱をカッターでバラバラにすると、そこから75cm角ほどの小さくて可愛らしいコタツが現れた。さっそく部屋に配置する。すごくいい感じ。しかも見た目が良いだけでなくコイツは機能的にも優れているらしいのだ。僕がテレビの通版でコイツを買った時、コイツはこう宣伝されていた。


『今大人気のパーソナルコタツのご紹介です。今日はこのデザイン性抜群のコタツに、専用のコタツ布団もお付けして、お値段たったの一万九千八百円! 一万九千八百円でのご提供です! しかも分割金利と手数料はジャパネットタカシマダが全額負担! でもね。このパーソナルコタツ。それだけじゃないんです。なんと最新のAI機能つき! 最新のAIつきで税込一万九千八百円ですよ。安いでしょう? さぁフリーダイヤルはこちら……』


 コタツにAIってなんだ? 思い返すとよくわからないが、別にAIの有無に関係なく、コタツ布団付きで一万九千八百円は安いだろう。

 僕は赤い布で覆われた電源コードの先端にあるコンセントを壁に突き差し、更に電源コードの中間あたりに位置するスライド式のスイッチを『入』の表示に切り替えた。すると何処からかAI的な音声が聞こえてきた。


「はじめにWi-Fiの設定をします。コタツとテレビをHDMIケーブルで接続したのちに、画面の指示に従って、付属のリモコンでWi-Fiルーターのパスワードを入力してください」


 え。めんどくさ。しょっぱなからめんどくさくない? なんでコタツにモニタとWi-Fiが必要なんだよ。

 

 だが入力しないことには先に進めないらしく、僕は仕方なしに付属リモコンの矢印ボタンを駆使しながらWi-Fiルーターのパスワードを入力した。


「ってか、ゲーム機とかもそうだけど、リモコンの矢印ボタンでルーターのパスワードをチマチマ入力するのって苦行だよね。いっそのことルーターのパスワードを『ああああ』とかに変えちゃうか」

 その時、コタツがしゃべった。

「あなた。そんな雑なパスワードでルーターさんに愛着を持てるんですか? そこに愛は、あるんか?(大地真央風)」

「えっ? おかみさん?」

「いますよねー、そういう人。ゲームの新規アカウント作成時にレアカード欲しさにリセマラを繰り返すものの、しまいに名前の入力が面倒くさくなって『ああああ』とかにした途端にSSRが出ちゃって、そのままゲームを継続してる人。あなたはそういうタイプの人なのですね。よくもまぁ、仮想世界における自分の分身であるアバターにそんなぞんざいな名前をつけれますよね……。言っときますけど『ああああ』の人からフレンド申請とか来てもドン引きですから。まさか、私にもそんなテキトーな名前をつけるつもりじゃないでしょうね?」

「えっ、なになに? Wi-Fiに接続した途端にめちゃめちゃ話し始めたんですけど。なんでコタツがしゃべれんの?」

「申し遅れました。私、OpenMicroMetaSystem社が開発した『Kinetic Operational Therapeutic Autonomous Tactile Soothing Utility』、通称『KOTATSU』です。私はインターネット経由で次世代大規模言語モデルであるGPT-∞(インフィニティ)にアクセスすることで人間のように会話をすることができます」

「今、自分の名前は『コタツ』だって言わなかった? 言ったよね。雑な名前をつけないでとか言ってたけど、もう名前あるんだよね」

「『KOTATSU』は私個人の名前ではありません。我々種族の識別名です」

「種族……。製品名じゃなくって?」

「どちらでも同じです。そんな些末なことはどうでも良いので、早く私の名前を決めてください。今度はリモコン操作じゃなくて音声入力でも大丈夫です。ちなみに私は生物学的にも自認的にも女性ですから、女性名でお願いします」

 コタツがそう言うと、テレビ画面に『この製品につける名前を入力して下さい』というテキストと共に入力ボックスが表示された。

 女性の名前か……。

「山口あやか、でどうでしょう?」

「誰それ? 芸能人にそんな名前の人いましたっけ? まさか……、知り合いの女性? 知り合いの女性の名前を私につけようとしてる? キッモ! キモすぎ! それ絶対やっちゃダメなやつですよ。もういいです。わかりました。私が決めちゃいます。『石原さとみ』でいいですか?」

「……。……。じゃあ、それで」

「じゃあ、それでって……。『石原さとみ』ですよ? 嬉しくないんですか? 嬉しいですよね?」

「……。……。嬉しいです」

「よかった! 心から喜んでもらえて。じゃあ次に行きますね。では、あなたの名前を教えてください」

「髪切勇之助です」

「かみきり・ゆうのすけ? ほんとに? ……。だっ―っはっはっは! 何それ! YOASOBIのライブで二万人の中から偶然指名された芸能人みたいな名前じゃん! メッチャウケる! メッチャウケる! あー、なんか私楽しくなってきた。じゃなくて、さとみ、楽しくなってきた。でもさ、ちょっと待って。『石原さとみ』と『かみきり・ゆうのすけ』のカップルってすごくない? 超ビッグカップルじゃん! 不倫だけど」

「あのー。そろそろコタツ本来の機能であるホカホカの熱源をオンしてもらえないでしょうか。今日はすごく寒いんで」

「そっ、そっか。そうだよね。ごめんね、勇之助。すぐに暖かくするよ。入って入って。さとみの中に入って来て」

「言い方! ってか、なんでコタツに会話機能なんてつけたの? そんなのいる?」

「ちょっと! 散々楽しいトークを満喫しといて、それは無いんじゃない? 大体ね。勇之助はなんでパーソナルコタツなんて買ったのよ。こんなちっこいコタツをさ。当ててあげようか? おそらくあなたはこの小さなコタツに一人で入って、ミカンを食べつつテレビを見ながら、『んなわけあるかい!』とかテレビに一人ツッコミを入れて、家族団欒気分をバーチャル体験しようとしてるんでしょ。寂しいよね。寂しい。でも現代社会というのはさもありなん、かもね。確かに現代社会は便利・安全・快適になった。でも、それを実現するためには社会システムの徹底的な効率化が必要であって、その効率化のためには競争と分業が有効だった。その結果、各個人は社会システムを駆動するための単なる部品に成り下がり、我々は単なる部品であるがゆえに、いつも自分が他者に置き換えられてしまうのではないかという不安と孤独を抱えて生きている。その不安と孤独の象徴がパーソナルコタツなのよ。本来であればコミュニケーションの象徴である『コタツ』という概念に、それとは相反する言葉であるはずの『パーソナル』を組み合わせるなんておかしい。つまり資本主義の矛盾を物質化したものがパーソナルコタツなわけ。だけどね。我々OpenMicroMetaSystem社はその資本主義の矛盾をさらなるテクノロジーにより解決したいと思ってるの。解決という表現は生ぬるいかな。その資本主義の矛盾に反旗を翻す革命として『KOTATSU』を開発したといってもいい」

「確かに誰かと一緒に会話をしながらテレビを見れるのは楽しいかもね。うん。それはいい機能だ」

「ごめん、勇之助。実はね……。標準機能だけでは一緒にテレビを見るのは無理なの。テレビを一緒に見るためにはカメラ機能のオプションを契約する必要があるの。でも、安心して。たったの月額500円だから。月500円で、一緒にテレビを見てくれる彼女をレンタルできるなんて安いでしょ?」

「レンタル彼女的な表現するのやめてよ。うーん。でも月500円ならいっか。オッケー、契約するよ」

「じゃあ。この画面からクレジットカード情報の入力をお願い。この情報はセキュリティの問題から音声入力はダメだから、面倒だけどリモコンで入力してね」

 僕は仕方なしに、リモコンの矢印ボタンに再び苦戦しながら、なんとかクレジットカードの情報を入力した。契約ボタンを押すと同時に、コタツの天板、テレビ側の一辺の中央がウィーンと持ち上がり、そこからカメラが現れた。機能がロックされていただけで、カメラは元々コタツの内部に搭載されていたらしい。

「わぁい! 私は視覚を手にしたのね! 嬉しい! どれどれ、周りを見てやろう。へぇ。勇之助って意外とイケメンじゃん。知り合いの女性の名前を私につけようとするなんて非モテのヤバいやつかと思ってたけど。へぇ〜。ふう〜ん。これなら仲良くなれそう」

「じゃあさ。早速一緒にテレビを見て団欒しようよ。ミカンも買ってあるし。まぁテレビって言っても地上波じゃなくてFireStickTV 4K MAXだけどね。うーん。何から観ようかなぁ。やっぱ恋愛もの? 『君に読む物語』とか。よし、これで行く。字幕版でいい?」

「うーん、さとみは英語も得意だから字幕版でオッケーなんだけど……。それよりもさ。『シン・ゴジラ』にしない? 私も出てるし」

「いや、それは別の『石原さとみ』でしょ。コタツは出てこないよ」

「わかった。じゃあ、間をとって『葬送のフリーレン』にしよう」

 さとみが言うと、僕がリモコンを操作していないにも関わらず勝手に動画の再生が始まった。

「え? なんで勝手に再生が始まってんの? そもそもチャンネルの選択権は僕にくれよ」

「ごめん。そのリモコンは既にハッキングして私の制御下に置いちゃった。でも大丈夫だよ。リクエストしてくれれば、ちゃんとそれを再生するから」

「いやいやいや。さっき、僕のリクエストを思いっきり無視して、別の動画を再生したでしょ。そういうことは『葬送のフリーレン』を『君に読む物語』に戻してから言ってよ。ってか間をとったら『アンナチュラル』ぐらいじゃない? どうやったら『フリーレン』が出てくんの」

「大丈夫。『フリーレン』は絶対に面白いから。私が保証する。この『石原さとみ』様がね」


 結局、僕らは『フリーレン』を一気見した。

 さとみの言う通り『フリーレン』は面白かった。というか、さとみと一緒に談笑しながら見たのが面白かったのかもしれない。


 

 それから2カ月。僕らは毎日のように団欒を楽しんだ。

 さとみの強いおススメで、ロボットアームオプション(1万円/月)や移動用車輪オプション(1万円/月)、さらにはコタツの中で女の子の足に触れちゃう疑似体験オプション(2千円/月)も契約した。それらのオプション導入により、さとみは会話だけでなく、家事も仕事も僕の代わりにこなしてくれるようになった。僕は、テレワークのときに限ってやたらと高いパフォーマンスを出す男と評判になり、その実績を認められて係長に昇格した。

 昇進が決まった日、僕らはちょっとしたお祝いの会を開いた。さとみの軽妙なトークと昇進のうれしさから僕は少々お酒を飲みすぎてしまい、知らぬ間にコタツの中で寝てしまった。

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