雪の思い出

芳岡 海

ワールドワイド書店

 ワールドワイド書店は世界中のどこにでも本を届けます。品ぞろえがすばらしいと評判なので、世界中から注文が入ります。

 ほんとうに、どこへだって注文の通りに届けますよ。


 たとえば熱帯雨林の真ん中へ。

 たとえば南極の氷のてっぺんへ。


 今日はツンドラの丘の上にいるシロフクロウから、百科事典の注文が入りました。


 ワールドワイド書店には、ちいさいけれどよく飛ぶプロペラの飛行機があります。店主は注文を受けると、その飛行機に乗って本を届けます。

 シロフクロウから注文された百科事典を、店主はていねいに荷台に積み込みます。ぶあつくて重たい百科事典は、箱に入れられてしっかり包まれています。重たいからといって、注文の品を落としたりしたら大変ですから。

 店主は飛行機の周りをぐるりと回って、機体に異常がないかをひとつひとつ点検します。世界中を飛ぶためには大切な作業です。

 プロペラがぶるんぶるんと回りだし、右のエンジンがかかり、それから左のエンジンがかかります。店主は計器盤をチェックして、飛行機は飛び立ちます。


「こんにちは! ワールドワイド書店です。こちらがご注文の百科事典です」

 飛行機をおりた店主は礼儀正しくあいさつします。

「やあ! 遠いところまでありがとう」

 シロフクロウはうれしそうに羽を広げて店主を出迎えます。

「百科事典は定期的に新しいのを揃えなくちゃ。あまり古くなると世の中からおいていかれてしまうからね」

「うちにはいつでも最新の辞典がありますよ。また、ご注文をお待ちしております」 


 ワールドワイド書店はどこにでも本を届けてくれるので、世界中の本好きから評判です。


 今日はサバンナのシマウマから、冒険小説「海底二万里」の注文が入りました。

「こんにちは! ワールドワイド書店です。こちらがご注文の海底二万里です」

「やあ! ありがとう。待っていたよ」

 飛行機を見つけたシマウマは、サバンナの草原をうれしそうにかけてきました。本を読むのが待ちきれなさそうです。

「ぼくはこの草原を走るのが大好きだけど、海の冒険ってどんなものなのか、知りたかったんだ」

「うちにはいろんな冒険小説がありますよ。また、ご注文をお待ちしております」


 ワールドワイド書店はいろんな本を届けてくれるので、世界中の本好きから評判です。


 今日は太平洋のシロナガスクジラから「親指姫」の注文が入りました。


 ワールドワイド書店には飛行機だけではなく船だってあります。だから太平洋の真ん中にだって届けられます。


「こんにちは! ワールドワイド書店です。こちらがご注文の親指姫です」

 ざぶんざぶんと波にゆられながら、店主はあいさつしました。

「まあまあ! ご苦労様。ありがとう」

 シロナガスクジラの親子が出迎えてくれました。子どものクジラがうれしそうに背中から海水を噴き上げます。水しぶきが太陽の光できらきらしました。

「わたしたちは地球で今一番大きな生き物なのよ。だから、ちいさなお花の中に生まれるってどんなものなのか、うちの子に教えてあげたくて」

「うちにはいろんな主人公のお話がありますよ。また、ご注文をお待ちしております」


 ワールドワイド書店の品ぞろえはすばらしいと世界中の本好きから評判です。どんな注文の本だって届けます。


 でも時には、ただ届けるだけではありません。

 南極のペンギンからこんな注文が入りました。


「ぼくはこの海と氷が大好き。つめたくて、ぐんぐん泳げてとっても気持ちいいからね。だけど砂漠に行ってみたいと思うことがあるんだ。だから、砂漠の出てくるお話を届けてくれませんか」


 さあさあ、これも店主のうでの見せどころです。

 砂漠の出てくるすてきなお話を選りすぐります。

「これがいい! 砂漠の真ん中にある伝説のオアシスのお話。きっとペンギンも気に入るだろう」

 店主はうれしそうに言って、本をていねいに飛行機へと積みます。

 それから、飛行機の周りをぐるりと回って、機体に異常がないかをひとつひとつ確かめます。プロペラがぶるんぶるんと回ります。


 南極までは長旅です。

 途中の南の島で店主が休んでいるとヤドカリが声をかけました。

「ワールドワイド書店じゃないか。きみはこんなところまで本を届けにくるのかい」

「まだここは途中ですよ。もっと先の南極まで飛んでいかなきゃ」

「そいつはたいへんだ」


 ヤドカリは店主のとなりに来ると、貝殻の点検をしながら言いました。

「なんだってそんなあちこちに本を届けるんだい。ぼくなんて、いつでもこの貝殻のおうちにこもっていたいと思うけどね」

「これはとってもすてきな仕事です」

 店主は言いました。

「本はどこにいても読めるのだから、どこにでも届けてあげなくてはいけません。読めばいろんなことを知ることができます。山奥にこもっていたって世界中のことを知ることができます。冒険したり、大きくなったり小さくなったり、魔法を使うことも、未来に行くことも、宇宙を見ることもできます」


 店主は姿勢を静かにぴんと正して、お話を聞かせるようにヤドカリに話します。


「そして、読んだお話は、お話だけど読んだ人の思い出になるんですよ」

「へえ。それはそんなにいいものかね」

 海からの風をびゅうびゅう受けながらヤドカリは聞きかえしました。


「ええとっても。サバンナのシマウマには海の大冒険の思い出。クジラの親子には小川や麦畑の思い出。南極のペンギンには砂漠のオアシスの思い出。そんな思い出は本じゃないとできないでしょう。ヤドカリさんだって、知らなかった世界に新しい思い出できたら楽しいですよ」


「ぼくはこの砂浜しか知らないよ」

「では、雪を見たことはないでしょう。南の島のヤドカリさんに雪の思い出ができたらすてきだと思いませんか」

「ううむ。なかなか興味深いものがあるね。一冊お願いしようかな」

 ヤドカリははさみで触角をなでて言いました。店主はそれを見てにっこりします。

「うちにはすてきな雪のお話がたくさんありますよ。どこにでもお届けしましょう」


 ワールドワイド書店は世界中のどこにでも本を届けます。

 サバンナのシマウマに海の大冒険の思い出を届けるために。

 クジラの親子に小川や麦畑の思い出を、南極のペンギンに砂漠のオアシスの思い出を、そして南の島のヤドカリに、雪の思い出を届けるために。

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雪の思い出 芳岡 海 @miyamakanan

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