57 新人指導八日目完了。




 初遠出の冒険から、王都へ、無事帰還。


「お腹減ったぁー……報告が先だよな」

「あ、お昼ですね……」


 ルクトさんがそうお腹を擦ったのは、冒険者ギルド会館の前だった。


「んー……お肉渡して、作ってもらおっと」

「ルクトさん。情報漏洩」

「そうでした……携帯食で我慢しようか」

「そうしましょう」


 どれくらい長引くかわからないので、私達はモグモグとチョコレートバーのような携帯食を咀嚼しながら、冒険者ギルド会館に入る。

 ルクトさんに手を引かれて、真っ直ぐに向かったのは、緊急窓口カウンター。


「Aランクのルクト。ギルドマスターに緊急連絡です。レベッコさんに対応お願いします」


 コンコン、とカウンターをノックしたルクトさんに、嬉々とした笑みで対応した女性のギルド職員は、ピシリと固まった。


 以前に、依頼報告を対応してもらったギルド職員だ。

 ルクトさんに好意があるけれど、本人は隠せていると思っているらしい。笑顔対応はもう好意がただ洩れだし、嫉妬や敵意の目、私に向けられていてバレバレだった。

 ルクトさんは、知らぬフリ。というか、慣れっこなのだろう。肩書きの凄いイケメンだもの。


 そんなルクトさんファンなギルド職員は、一瞬に袖にされて、レベッコさんを指名されてしまった。最早、一瞥すらもない。乙女心が砕け散った音が聞こえた気がする。


「……連絡、伺っています。特別室へ、待機してほしいとのことです。レベッコに……対応、代わります」

「いや、特別大部屋でお願いします」

「は、はい……」


 プルプルと震えて、なんとか対応を終えて、レベッコさんの元に向かうギルド職員。

 特別室は、特別対応室のこと。通常の報告ではない場合のための部屋。

 その中でも、ルクトさんは一番大きな部屋を選択。変更を求めた。


「ルクトさん……容赦ないですね?」

「ん? んー……リガッティーが優しくしろって言うなら、善処するけど、だめ?」

「いえ、別にそういうわけではないですけど。前の方が、まだ愛想笑いしてましたよね?」

「うん、まぁ。冷たくする理由もないし……。今はリガッティー以外の好意は、拒絶したい」

「急に極端になりましたね」

「そう? オレ、元々こうだと思うけど……興味なかったから、のらりくらりかわしてた。……ちなみに、告白されたことない」

「嘘!?」

「え、そこまで驚く?」

「学園でもないのですかっ? 先輩方とか! 呼び出し、ラブレターは!?」

「いや、ルーシーさんにも問い詰められたけど、ホントないよ。そこまで個人的に仲良い女子生徒、いないし」

「いやいや。女の子は、? ルクトさんほどのイケメンに、?」

って何? 初めて聞くよ?」


 レベッコさんが他の窓口で冒険者の対応が終わるまで、私とルクトさんはそんな会話をした。


 直接の告白を受けたことないイケメンがいることに、心底びっくりで初めて聞くよ!!


 イケメンがいたら、好きって言うのが女の子だよ!? 学生なら、もう若さで突進するのでは!?


 美形役者がいれば、告白のファンレターを送るくらいのノリでもするものだよ!?

 そうですよね!? ルーシーさん!!



 ルクトさんの顎をガシッと掴み、目の前の窓口に立ったレベッコさんに、顔を近付けさせた。


「レベッコさん、お久しぶりです。突然ですが、こんなイケメンなのに18年間告白されなかったって信じられます!? 何が原因でしょうか!?」

「はい? ……やはり、性格の問題ではないでしょうか?」

「ひでぇ」


 完璧な小さな笑みを保って答えるレベッコさん。あなたは、やはりプロだ。


 学生恋愛に並々ならぬ想いを抱えるルーシーさんと後日、ルクトさんが学園ですら告白を受けなかった理由を解明するために、意見交換しよう……。



「お久しぶりです、リガッティーさん。……その……もう、髪色は変えなくても大丈夫になったのでしょうか?」


 そんなプロなレベッコさんが、躊躇をして私の髪を指摘した。


「「あっ……!!」」


 私とルクトさんは、バッと顔を合わせる。


「ルクトさん! なんで言ってくれなかったんですか!」

「いや、だって、この三日はずっと””だったから!!」


 すっかり黒髪の冒険者リガッティーを見慣れてしまったルクトさんも、気付かないまま、私をここまで連れてきてしまった。

 すぐにジャケットを脱ぐと、私の頭に被せる。


 レベッコさん、ルクトさんに呆れた眼差しを注ぐ。


「どうしましょう……知り合いが見ていないことを祈らなければ…………」


 なんて失態をしてしまったんだ。

 シクシクしながら、ルクトさんのジャケットに包まれながら【変色の薬】を飲む。


 両親の許可も得ずに、冒険者活動が公になったら……。

 一刻も早く、領地から帰ってきてもらって、説明しないと。

 手紙で伝えてはいけないわ。直接。直接言わなければ。


「初めての遠出の冒険者活動でしたか、如何でしたか?」

「えっと……報告する依頼内容的には、なんとも言えませんが……個人的な感想としては、とても、素敵でした」


 部屋へ案内しながら、レベッコさんの方から尋ねてくれたので、本当になんとも言えない微妙な顔をしてしまったけれど…………やはり、ルクトさんと恋人関係になったのだから、その一言でいい。

 ニコニコと答えると、レベッコさんも優しげに笑みを深めてくれた。


「ところで、レベッコさんに個人的にアクセサリーをプレゼントしたいのですが……普段使いと特別なお洒落用、どちらがいいですか?」

「遠慮してお断りしたいところですが、個人的にと言うなら受け取らないわけにはいきませんね。『ダンジョン』先の宝石なら、特別なお洒落用がいいと思います」


 流石、レベッコさんは無駄な応酬をすることなく、すんなりと受け取ってくれると返事した上に、『ダンジョン』の収穫と見抜いての返答。

 無駄がない。素晴らしい。対応のプロ。

 特別なお洒落用がいい、か。あとはお任せかな、と思っていれば、特別大部屋に到着した。


「大部屋……」

「たまに、手合わせしたりする」

「誰とですか」

「大変迷惑ですが、決闘部屋とも呼ばれています」


 ポカンとしてしまうほど、予想を超えた大部屋だ。


 隅っこにソファーやテーブル、鑑定などの魔導道具が置かれてはいるが、ドーンと奥まで何もない。冒険者同士で決闘するための部屋にも使われると……?

 あの下級ドラゴンの眼球や角の提出には、いいだろうけれども。


「すぐにギルドマスターがいらっしゃいます」とレベッコさんが、ソファーで待つように手を広げたけれど、そのタイミングでギルドマスターのヴァンデスさんが部屋に入った。


「ギルマス~」「ギルドマスタぁ~」


 ルクトさんも私も、情けない感じに声を伸ばして、肩を落とす。


 緊急事態を予想して、真剣な表情で登場したのに、面食らった顔になるヴァンデスさん。


 そのあとに、サブマスターのマダティンさんが入ってきたので、私と一緒にルクトさんもシラけた顔になっただろう。


「サブマスもかー」「サブマスターもですか……」

「嫌われたものですねぇ……」


 隠しもしない落胆に、マダティンさんは苦笑をヒクつかせる。


「この依頼は、サブマスターが持ってきたものでもありますから、同じく報告を聞くのも当然だとは、重々承知しています。ですが……ですが、マッキャン男爵? 侯爵令嬢のリガッティー・ファマスとしてお話ししますが……」


 緊急事態の報告を抜きにしても、担当となっている依頼なので、サブマスターが顔を出さないわけがない。それは理解しているのだと、前置きをしておく。

 しおらしく俯いて、自分の胸に祈るように組んだ手を押し付けた。


「この報告は、私の未来に関わることですわ」

「み、未来、ですか?」

「はい。マッキャン男爵もご存知の通り、ついこの間の私の未来は痛ましいことが起きました。それなのに、また私の未来に痛ましいことが起きては……」


 彼の言葉を借りて、しおしおとしたけれど、時間が惜しい。

 サッと切り替えて。


「困るのです。心底、困るのですわ。ええ、もう。本当に。だから、私の未来に痛ましいことを起こすような不安要素なんて、のです。情報漏洩なんてされては、、混乱いたしますわ。もしも関わりたいというならば、お覚悟を。情報漏洩が発覚次第、疑いがあるだけで、私は使える手を全て使ってでも、

「リガッティーリガッティー。どうどう。落ち着いて」


 本題をバッサリと切りつけるように言い放つ。喧嘩腰。

 青ざめた引きつり顔で立ち尽くすサブマスターに、薄笑いで言い募る私を、ルクトさんが肩を掴んで押さえた。


「なんですか」

「なんですか、じゃないよ、リガッティー。気持ちはわかるけど、昨日もあっただろう? 追い込まれた猛獣の抵抗。そうやって刺激しすぎるのは」

「え? ? ? これ以上は、かと」

「落ち着こう。本当に落ち着こう。な?」


 不安要素抹消を口にする私を、ルクトさんはポンポンと頭を撫でて宥める。


 昨日の下級ドラゴンみたいに深手の猛獣の抵抗をされないように、完璧に追い込むなんて、もうナイフを喉に突き付けたままがいい。

 いや、いっそのこと、刺してしまえばいいと思う。


「リガッティーさん。お茶、淹れましょうか?」

「え? あ、はい。お願いします」


 レベッコさんの提案に、おずおずと頷く。


 なんか、レベッコさんの笑顔が輝いて見えたのだけど……何故?

 もしや、レベッコさんも、サブマスターがお嫌い? ここまで追い込まれているサブマスターを見て、喜んでいらっしゃる?


「こんなに信用ない方に、報告していいものか……」

「本人の目の前で容赦ない……だが、お前の自業自得だからな」

「……私にどうしろと言うんですか……」


 ヴァンデスさんは気の毒な目で見つつも、厳しい声をかける。

 サブマスターは、弱々しい。

 人望と信用のなさを生み出した言動を、改めればいいんじゃないですか。今更ですが。


「サブマスターの務めを果たせばいい!」

「うぐっ!!」

「万が一の場合は、オレもリガッティー嬢とともに、抹消するからな! その覚悟、決めろ!」


 ヴァンデスさんの喝が、サブマスターの背中に叩き付けられた。


 あの指まで極太の分厚い平手打ちを受けたサブマスターは盛大に呻き、さらには背中を押さえて、プルプルと生まれ立ての小鹿のように足を震わせつつも、必死に踏み止まる。

 効果はばつぐんの攻撃を受けて、ライフゼロ寸前では……?

 元Bランク冒険者が、現役Sランク冒険者の攻撃とか……気の毒。


 レベッコさんがいい気味だと言わんばかりの細めた視線を向けていたわ。嫌われ度が酷いわ、この蛇男爵。



 瀕死なサブマスターとギルドマスター、そして、報告記録係としてレベッコさんが同席することとなった。


 私はレベッコさんの淹れてくれた紅茶を啜って、一息つく。


「さて。緊急事態ということで気を引き締めて来たんだが、深刻なのかどうなのか、イマイチわからなくなったな、ハハッ。気の抜けた二人を見ると、事態は急を要するわけじゃないんだな?」


 ギルドマスターのヴァンデスさんも紅茶を飲み干すと、サブマスターへの脅迫をどう捉えたのやら、あまり深刻ではないと感じ取ってしまったようで笑った。


「確認したいのですが、ヴァンデスさん。いえ、ギルドマスター。調査機関に今回の『ダンジョン』の調査報告は、どう伝わるのでしょうか?」

「『ダンジョン』調査の依頼自体は、サブマスターが直接担当したんで、サブマスターが調査結果を作成し、その記録を送るんだ」


 冒険者としての報告ということもあって、ヴァンデスさんは冒険者リガッティー対応だ。

 私とルクトさんが笑い返さないので、少し怪訝な顔付き。


「サブマスターが、直々に作成するのですか……」

「仕事ですので……」


 サブマスターのマダティンさんは、信用ならないと言わんばかりの視線に、苦い顔で俯く。

 顔色が真っ青だけれど、それは私の脅迫のせいだろうか、それとも、ヴァンデスさんの平手打ちのせいだろうか。


「その過程、いえ、報告後も、情報漏洩の危険は?」

「調査機関の情報漏洩を危惧? ……調査機関自体、研究解明も行(おこな)っているからな。特に、深刻……例えば、モンスタースタンピードのような災害の予兆となれば、国に報告となるが」

「その国への報告ですが、どんな流れか、伺っても?」


 そこだ。キラリと目を鋭くさせて、質問すれば、ヴァンデスさんは身構えた。

 つまりは、モンスタースタンピードな災害級の報告をするかもしれないと、勘付いたのだろう。

 マダティンさんも、レベッコさんも、真剣な顔付きで緊張を帯びた空気で聞く姿勢を保つ。


「災害の予兆となると、冒険者ギルドと調査機関とともに、報告に行く。二年前のモンスタースタンピードでは、オレと調査機関のリーダーが代表で報告に行った。急を要するということで、デリンジャー宰相の元まですぐに通されたぞ。危険度によるが、先ずは宰相の補佐官の元まで報告が届く」

「なるほど……デリンジャー宰相様の元まで、ですか。それで、漏洩の危険は?」

「……混乱を招かないように、機密扱いだ」


 険しい顔で、ヴァンデスさんはそう答えた。

 私とルクトさんは、顔を合わせる。


「最初に言うと、ストーンワームの手掛かりは掴めませんでした。ワームの形跡もありません。、他はないです」


 ルクトさんが間にあるテーブルを指先でつつきながら、そう報告を始めた。

 サブマスターの持ってきた依頼、ストーンワームに関する『ダンジョン』の異変の調査。


とは?」


 異常。それは見付かったのに、ストーンワームとは別件と言わんばかりの口ぶりに、ヴァンデスさんもマダティンさんも怪訝さを深めた顔で、ルクトさんを見た。


「先程も言いましたが、私の未来にも関わります。侯爵令嬢リガッティー・ファマスの未来を狂わせかねない情報であり、して頭に入れてくださいませ」


 にこり、と前置き、もとい忘れてはいけない覚悟を、親切にもう一度教えてやる。

 自分もそうだとわかり、ヴァンデスさんはマダティンさんと一緒に慄いた様子で頷いた。


「そういうことで、厳重に機密扱い情報として、受け取っていただき、そして慎重に伝達していただきたいです」


 ふぅ、と真剣に、真摯に伝えて、私は一息つく。


 ルクトさんと、また顔を合わせた。見やっての意思の確認。

 私達も覚悟を決めて、今回の功績の報告を始めた。



「昨日『元鉱山のうつろいダンジョン』を進んで進んで、昼過ぎまで休憩を挟んで進んだ先で――――今までで見た中で、ダントツで巨大な下級ドラゴンと遭遇しました」



 ルクトさんが告げたのだが、誰も動かない。

 反応なし。反応が出来ない。


 それほどまでの衝撃的な報告なのだ。

 ギルド側も、完全停止する異常の報告。


「大きさは……この部屋の六倍、ってところですね。討伐証拠の眼球は、採取済みです。属性は闇でした。翌日である今日、下級ドラゴンの調査を行いましたが、四時間弱、下級ドラゴンが通ったであろう道を進んだら、地下深くの位置の道が長距離で塞がっていまして。それで、手掛かりらしい手掛かりは見つかりませんでした」


 私はこの部屋を一瞥してから、そう報告の続きをする。


「もちろん、あんなところで下級ドラゴン、ましてやこの部屋の六倍の大きさの下級ドラゴンが、『ダンジョン』を飛び立っては、被害が尋常じゃないと早急に討伐しました。念のため、上級ドラゴンかと疑ってはみたんですが、下級ドラゴンでしたよ」

「万が一、あの下級ドラゴンが王都へ向かってしまったら、無傷では済みません。その被害を推測すると――――この『ダンジョン』にての巨大な下級ドラゴンの討伐は、激震が走る功績となりますし、大掛かりな調査を要しますし、王室にも耳に入れてもらわないといけない重大案件。、どう対処したらいいでしょうか? ギルドマスター」


 機密情報として慎重かつ厳重に扱いつつ、どういう動きならば、ルクトさんの無事爵位授与を終えられるか、対処案を求む。


 ルクトさんと並んで遠い目をしてから、そう丸投げ気味に質問をして、答えを求めた。



 息していないのかと思えるほどの無反応だったけれど、マダティンさんがそーっと腰を上げたのを機に、ヴァンデスさんは首根っこを掴んで止める。

 聞く側に徹していた三人が、息を吹き返した。



 私の情報漏洩の疑いがあれば、、と脅迫された身としては、関わりたくないと泣きべそをかく蛇男爵。

 ヴァンデスさんに叱咤されて、私が『うつろい琥珀石』で利益のある話をちらつかせれば、なんとか立ち直ってくれた。チョロい。


 レベッコさんのマダティンさんを見る目は、虫けらを見下すようだったな……一瞬。



 意見交換で、対策を考えた。


 漏洩を危険視するなら、最初から下級ドラゴンの出現と討伐で災害が防がれたニュースを流す案が推された。

 もちろん、王室へ報告をするべき案件なので、調査機関も協力を仰ぐため、打ち合わせだ。そこまで、この功績を安全に隠しておかないといけない。



 マダティンさんの手前、私の冒険者活動が公にされては困るということ。さらには隣の王太子の捜索の件も知っていたので、それに関してのルクトさんを守るためということ。それだけの情報で、対策を求めた。



 やはり出来るだけの根回しで、迅速な伝達、そして情報操作を徹底的にしてもらうべきということ。



 マダティンさんは恐る恐るながら、を利用すべきだと提案した。

 婚約破棄騒動をダシに、デリンジャー宰相に直接話が通るように計らってもらう。

 眉をひそめる。伏せてほしいのは、完全にこちらの都合だ。



 ルクトさんの爵位授与を完遂してもらいたい件。

 関わってもらうが、それは宰相としての仕事のため。私的に頼むのは、倫理に反する。



 私の明らかな不機嫌に、真っ青な蛇男爵は慌てて「ファマス侯爵夫妻は、どう動かれるのでしょうか!?」と気を逸らす。


「…………私の両親、ですか」

「そちらも、可能なら、協力をしていただければ……」


 ひやひやしているであろうマダティンさんは、胸を片手で押さえながら、私の機嫌が落ちないことを祈っている。


「ん、どうなの?」

「まだ不在なので……冒険者活動について許可を得る気ではいます。やはり”侯爵令嬢の冒険者活動”がネックですので、両親がどう動いてくれるかは話してみないとわかりません」


 ルクトさんが首を傾げるから、顎に拳を当てて、考えながら答えた。


「リガッティーの冒険者活動を認めてもらえれば、あとはファマス侯爵家で公にするかどうかを決めるんだろ? 協力はしてくれるんじゃない?」

「ええ、ですが、やはり迅速な対応が必要ですからね。まだ帰ってくる日がわからない両親の協力はどうか……」

「んー。じゃあ、ギルドマスター。この報告は、どれくらい留められる?」

「内容が内容だからな……一日、二日。他に異変がないってなら、とりあえず、報告はそれくらいは留められる」

「じゃあ、リガッティーは帰ってくるって手紙が届いているかもしれないから、家に帰ってみれば? それ次第ってことで、もう一度明日話し合って、進めてもらおう?」


 両親の協力を仰ぐ。

 その手を加えて、根回しを増やしてもらう。

 それで情報操作も強固なものになり、情報漏洩による最悪な流れに行かないように阻止できるかもしれない。



 顔を曇らせる私の手を取って、ルクトさんはギュッと握り締めた。

 両親の協力ならもらえる、と優しい眼差しで見つめて励ましてくる。

 ルクトさんの案に、私は頷こうとした。



「へあっ? そ、そ、そういう、え?」と裏返った声を上げたマダティンさんが、今日一番の動揺をする。

 視線の先は、繋いだ私とルクトさんの手。ご丁寧に、指まで差して、驚いた。



「え。気付いてなかったのか?」と、ヴァンデスさんは呆気にとられて目を点にする。



 前回の対面で、かなりルクトさんが私のために噛み付いていたし、弾ける笑顔で『ダンジョン』行きをせがんでいたのに。

 よほど、自分の嫌われっぷりのせいだったと思ったのだろうか。


 大抵の人達に、初対面で思い込まれてきたので、ここまで勘繰らなかったことに呆れてしまうけど、貴族としては身分差で恋人になるなんて思わなかったのかもしれない。



「いや、待て。!?」

「あ、うん。オレを恋人にしてもらった」


 正式に恋人関係になったとは聞いていないとハッとなり、ヴァンデスさんが問う。


 ルクトさんははにかんで繋いだ手を見せると、私の頭にコツンと自分の頭を重ねた。


「よ……よかったなぁ」

「え、そこまで? 泣くの?」

「バーロー、泣くもんか。お前達は、これからだ……」


 涙ぐんだけれど、目頭を押さえて、ヴァンデスさんは堪えて、ハードボイルドな感じに告げる。


「おめでとうございます」と、レベッコさんはとっくに気付いていたようで、にこやかにそして優しい眼差しで祝福してくれた。



 そういうことで、私は先に帰ることを促されてしまう。両親の帰宅の日を把握するためにだ。

 ルクトさんは残って、通信具で知らせて、また明日集まる予定を組むということに決定。


 『ダンジョン』の依頼については、私は関与しないのだけど、一日目と二日目の討伐の証拠の【核】と、下級ドラゴンの討伐による眼球の提出で、記録をされることになった。

 二日の移動と『ダンジョン』で、軽く200個超え。私の分である。

 ルクトさんが先導しては、モルモーの群れを火炙りにしてくれたから、ルクトさんの方が30個は多い。


 眼球の大きさに、三人揃って腰を引かせて固まっていた。レベッコさん、それでも笑みを保つ。プロ。

 これも、厳重に保管らしい。討伐の証だもの。隠さねば。



 あとは、新人指導の報告。

 三日分をカウントしてもらったので、新人指導は八日目を終えたことになった。


 少々野暮用で鑑定の魔導道具を使わせてもらったあと。

 残りは、ルクトさんだけがいれば、対応が済む。ので、退室を……。



「……めちゃくちゃ離れたくない」

「いや、ルクトさん、人目人目。むしろ、目の前」


 先に帰っていいと言った本人が引き留めて、両腕で抱き締めてくる。


「この三日ずっと一緒だったのに……足りない」

「交際を始めてたっぷり三日過ごしたじゃないですか……」

「……足りない」

「家に帰って、手紙の確認をしなければ」


 しぶるルクトさんが、ずりずりと前髪に頬擦り。


 ヴァンデスさんもマダティンさんも、ルクトさんのデレ全開に戸惑っているのだけど……ホント、人目を気にする気ないですね。


 レベッコさんは小さな笑みで待ってくれていたのだけど、急に雰囲気が変わる。


「……交際、三日目ですか。その間、二人きり、ですか……。?」

「ん? あ、はい。です」

、とは?」

「いや、

「ルクトさんルクトさんルクトさん! 誤解! 誤解を生んでます!」


 女冒険者の味方、レベッコさんに、大いに誤解を与えてしまっているとも気付かず、ルクトさんは、すりすりと私に頬擦りを続けた。


 吹雪を放つような凍りついた微笑を浮かべたレベッコさん。

 その冷気に当たりつつも、一線を越えたのかと、蒼白の顔で口をあんぐり開けるヴァンデスさんとマダティンさん。



 野営に関して、認識と言葉を誤ってのすれ違いによる誤解が発生!


 、大丈夫です!!



 めちゃくちゃ健全かつ純情な理由により、満足に野営が出来なかったと、慌てて説明した。


 魔物出没する山で、二人一緒に寝落ちてしまった失態を、指導担当として、ヴァンデスさんとレベッコさんにお叱りを受けることになってしまったルクトさんと別れて、私は一人帰宅。





 ちゃんと貴族令嬢のズボンスタイルに着替えて、髪色も直した私は、開いたままの門の前で、顔色を悪くして立ち尽くした。



「――――……」



 我が家であるファマス侯爵邸。

 特別なお出迎えのように、門内には、ずらりとお抱え騎士団が整列していた。


「おかえりなさいませ、リガッティーお嬢様」


 いかつい口調で言うのは、


「ええ……ただいま。……あなた達も、


 春休み前から不在だった騎士団長と、その騎士団員に、顔色が悪いままだとは思うが、精一杯に微笑んだ。


 そう……。


 帰ってきた。

 帰ってきたのだ。


 我が両親が、ファマス侯爵夫妻が、



「お父様の具合は、どうかしら?」

「お怪我は、完治しました。中でお嬢様をお待ちです」

「そう。それはよかったわ。…………ちなみに、いつ、帰ってきたのかしら?」

「朝と昼の中間の時間帯です」


 機敏な返答をする騎士団長の言葉を受けて、私は緊張で心臓が吐きそうな思いで、玄関まで歩いた。


 ……帰ってきて、約半日か。



 …………何故、こうも、心の準備をさせてもらえないまま、挑む羽目になるのだろうか。



 玄関までの道のりでなんとか心構えをしようとはしたけれど、先回りで私の帰宅を知らされた両親が、玄関ホールで待ち構えていた。



「おかえりなさい。リガッティー」



 ひょえぇえ……。

 お怒りオーラを背負った我が母が、閉じた扇子をペシペシと手に当てて、親切にお怒りを示している。


 鮮やかな紫の髪をひとまとめにして、宝石を垂らす簪を着けたお母様は、ハイウエストのスカートデザインのドレスで、気高いマダム感溢れるお姿で立ち塞がっていた。


 下級ドラゴンが、ラスボス前のボスで、お母様がラスボスかぁ……。



「ただいま帰りました。お母様も、お父様も、無事お帰りくださって安心しました」


 なんとか緊張を吐かないように、笑みを保っての返し。怯えたら、負けなのだ。


 黒髪とちょび髭のお父様は、難しい顔で腕を組んでいる。お母様の後ろの位置にいるので、やはりここはお母様との一騎打ちか。


 ちなみに、ネテイトも玄関ホールに立ってはいるけれど、青ざめたしかめっ面で俯いている。

 苦労をかけたわね……義弟よ。


「ええ……あなたも『ダンジョン』から無事帰ってきて、とても安心しましたわ」


 ギラッとした目をカッ開き、棘をグサリと刺すお母様。むしろ、槍を突き刺したかもしれない。


 冒険者活動も、『ダンジョン』行きも、話すしかなかった義弟……ご苦労様でした。


「さて……積もる話をしましょう。リガッティー?」

「……はい、お母様」



 震えないように、全力で努力した。

 怖気付いたら、劣勢だ。


 恋人の顔を思い出すのよ、リガッティー。


 彼のためにも、負けられない!




 拝啓、規格外最強冒険者の恋人、私だけのルクトさん。


 唐突ですが……下級ドラゴンより手強そうなラスボスことお母様に、これから挑みます。

 私はあなたのためにも、冒険者活動の許可をもぎ取ります。

 私達の将来の始まりを命懸けた、私の最初の難関である戦いです。頑張ります。


 追伸、大好きです。

   あなただけのリガッティーより。




 巨大な下級ドラゴンと激戦して討伐した翌日に、真のラスボス。

 もう一回、下級ドラゴンの討伐で許してもらえないだろうか。気持ち的には、そうしたい。

 あ、通常サイズでお願いします。



 心の中で、ルクトさんに手紙を送り付けた私は、ハッと思い出す。



「そうでしたわ! を手に入れたのです。仕込みを終えたかもしれないシェフ達には悪いですが、ぜひとも、今晩の夕食に出していただきたいので、ちょっと渡してきますわ」

「高級食材ですって?」


 パッと明るく言い出す私に、お母様は眉をひそめた。

 悪足掻きだとでも思ったのだろうか。ご機嫌取りで、買ってきたわけではない。


「あ。これから、大事な話に関わり、機密扱いとしてファマス侯爵邸内から、情報を出さないように厳重に命令をして。たくさんあるので、全員に、食べていただきたいわ! なんせ、ですもの!」


 ニッコニコと怪訝な顔付きになる家令と侍女長に指示をしつつ、強調をしておく。


「いいですわね? お父様、お母様」


 厳重な口止めの命令。二人がいるのなら、許可を求めるべき。


「それはなんだ?」

「私が、冒険者の先輩とですわ。お父様。本当に私の未来を左右しかねないので、緘口令を敷いてくださいませ。なんのお肉か、知ってもらった上で食べていただきたいです。ですが、難しいなら、シェフだけに伝えて腕を振るってもらうだけでも」


 お父様にしおらしく見せてから、健気に頼む。

「……わかった。そうしてくれ」と家令に指示を下すお父様によって、緘口令は決定。


 よし。

 では、始めようか。




「下級ドラゴンのお肉ですわ」




 不幸中の幸いとはこのこと。

 下級ドラゴンのお肉という食材が、新鮮な切り札となった。


「は」とお母様を筆頭に、短い声が溢れる。


 ネテイトが蒼白の顔で「ヒュッ」と喉を鳴らし、その後ろのスゥヨンが青を通り越した白い顔でよろけた。お父様は、微動だにしない。

 ポトッと、唖然とした顔のお母様は、扇子を落とした。



 先手必勝!!!


 最初の一手!!!


 下級ドラゴンのお肉様々!!!



「討伐したその場で、調理してもらって、食べたのですが、美味でしたわ。我が家のシェフなら、さらに極上の料理にしてくれることでしょう」


 私が、討伐、した。

 ここ大事なので、下級ドラゴンのお肉があるという衝撃に、付け足してもらう。


 私が討伐した下級ドラゴンのお肉。


 私は下級ドラゴンを討伐してきた事実。



 我が両親のファマス侯爵夫妻と対決。

 厳密には、ファマス侯爵夫人のお母様と、一騎打ちによる対決は、私のリードにより、始まったのだった。



 対決内容は、冒険者活動による理解と許可を勝ち取ること。


 さらには、新たな私の将来について。


 この春休みで出逢った規格外最強冒険者と、未来を添い遂げるための話を聞いてもらおう。




【一章・甘々な春休みは、最強冒険者と。】完。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

婚約破棄された悪役令嬢は冒険者になろうかと。~指導担当は最強冒険者で学園のイケメン先輩だった件~ 三月べに @benihane3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ