56 遠出冒険二日目の夜。
新治癒薬の効果を実感して、身体は癒された。
立ち上がって、また伸びをする。
「リガッティーは、休んでていいよ」
「身体は、癒されました。身体だけ動かして、考えすぎを避けておきたいんですよ」
「んー……わかった。じゃあ、下級ドラゴンの解体といこうか。ぶっちゃけ、オレ一人だとかなり時間がかかるから、助かる」
やることは、下級ドラゴンの解体。
しかし、ルクトさんも驚愕な大きさだ。解体は、本当に時間がかかるだろう。
「時間……かかりますよねぇ……。どこまで解体するのですか?」
「最初に肉を切り取って保存しよう。流石に、全部は無理だなぁ……肉の方は、正式には買い取りしないんだ。でも、もったいないし……あ、リガッティーの【収納】に入れて、侯爵邸で食べたらどう? 余裕ありそう?」
「……全員が食べるに十分な量だけなら、なんとか」
「腹の中の肉……と、舌。オレのオススメは、舌。牛タンみたいに塩焼きとかレモン掛けにするの好きなんだぁ。弾力ある噛み応えあると思えば、溶けるみたいに柔らかくなるんだよ」
「……物凄く食べたいので、舌、優先しておきましょう」
遠い目をしながら、下級ドラゴンのお肉を渡される我が家のシェフがひっくり返る姿を思い浮かべていたけれど、ルクトさんのオススメに惹かれてしまい、グッと拳を固めた。
お肉を渡したら、シェフにはお任せである。
希少かつ高級食材。下級ドラゴンの肉の料理など、シェフには経験がないだろうが、調理は牛肉とそう変わらないとのこと。
むしろ、高級牛肉を五倍は上回った高級食材なので、シェフが全力で腕を振れば、極上の料理となる。
もうすでに、ルクトさんの説明だけで、牛タンならぬ、竜タンに、口の中は極上の食感を待ちわびている。
「【収納】に収められるくらいの量だけ、肉を取って保存。次はぁ……眼球。討伐証明で一番必要」
「眼球、ですか……。ダイアモンド並みに強度が高いんですよね?」
「そそ。肉体の強度強化が死んで解けても、眼球は破壊が難しいくらいの強度なんだよ。過去ダントツの大きさだろうなぁ、眼球も」
下級ドラゴンは鱗を剥いでも、肉も硬くて刃を通すことに苦労した。
身体を巡回する魔力によって、強化しているらしいとのこと。
だが、それを抜きにしても、下級ドラゴンの目は硬い。
下級ドラゴンの目を狙うのは、愚策。潰そうと剣を突き刺そうにも、ポッキリと剣は枯れ木の枝のように折れる。武器召喚の剣ですら、傷付けることも出来なかった、なんて逸話まであるらしい。
だからこそ、下級ドラゴンの目が、討伐の証となるのだ。確実な証拠。
「あっ! これも【記録玉】に収めません!?」
「え? いいの?」
「下級ドラゴン自体を記録、それから大きさの比較として、私かルクトさんも並んで記録。そうすることで、調査としてもどれほどの巨大な下級ドラゴンだったかを記録として目に出来ますから、役に立つかと。それの映像記録の漏洩は、それこそないに等しいですからね。あとは、二人で下級ドラゴンを討伐した記念!」
「……うんっ!」
私の提案に、ルクトさんは意外そうに目を瞬いた。
でも、二人の記念すべき下級ドラゴンを討伐だ。瞬間的映像で記録したい。
ルクトさんは口元を緩ませて、頬までほんのりと赤らめて、頷いた。
……私だけのイケメン恋人が可愛すぎる件。
映像記録の漏洩は、受け渡しのための魔導道具があまりないので、外部に漏れることはない。普及していないから、よかった。
そういうわけで、強敵討伐の証拠、記念による勝利の自撮りを【新・一画映像記録玉】に記録して残す。
そして、大変な大変な解体のお時間。
これが、現実……。
RPGゲームなら、勝利後は自動ドロップによりバックに入るだけなのに。狩りゲームでも、部位破壊後に拾うだけで済むのに。
これが、現実世界よ……。
眼球、角、爪。それだけでも、骨が折れた。
ルクトさんオススメの部位の食材すらも、多すぎる量。保存しての【収納】にも限界がある。
「……多いね」と、ルクトさんは呑気な感じに呟く。
ルクトさんも、去年は下級ドラゴンの番(つがい)を通りすがりの商人の一団を分け合ったくらいだ。二人で食べ切れるわけがないのである。
私の家のお持ち帰りですら、多めだけれど、全然残る。むしろ、減っている気がしない。
「……もったいないですねぇ」と、残りの肉を放置するしかないことに、もったいないと本音を零すのは当然だ。
なんて言っても、希少な高級食材だ。最高級肉。最強種族の高級肉なのに、放置だなんて。
「わ……ホント……
「でっしょー?」
昨日よりも、本格的に調理をするために、土魔法でテーブルを用意して、その上で、切ってからの味付け。
焚き火のための枝はないので、コンロの魔導道具も出して、焼く。
スライスしたり、ブロックにしたり、私が切っておいた舌部分のお肉を、ルクトさんが味付けして焼いてくれた。
ブロックの方は時間をかけるけれど、スライスした方は軽く火を通すと、私のお皿に運んだ。熱いうちに食べる方がいい、とのこと。
本当に弾力ある噛み応えがしたのに、すぐにとろけるような柔らかさだ。
それを塩コショウだけだったり、レモン汁もつけたりで味付け。
牛タンならぬ竜タン。最高。
こんな柔らかさなので、ちょっとブロックという厚めでも食べやすくて、さらなる弾力さを楽しめたかと思えば、とろける柔らかな肉汁。最高。
「こんなに簡単調理で、もう最高なら……うちのシェフの手にかかると、さらに……? 昇天するのでは?」
「うん。去年の商人のお抱えシェフの料理は、最高だった、マジで」
最高の上に最高がある。
悟った私は、帰ることが恐ろしくも感じた。
「次は、ステーキな。ちょっとかかるから、竜タンを食べてよう」
「はい♪」
ルクトさんのコンロのフライパンで、ステーキ肉をじゅわっと焼き始める。果物や醤油のタレと乾燥ニンニクの調味料による味付け。すでに美味しい。匂いが、美味しい。
私もコンロの魔導道具を買っておいたので、私のフライパンで焼き加減を見ておいて覚えた竜タンをサッと焼いては、ルクトさんと自分の口に運んだ。
「こういうの。オレの親が普通にやってたけど、リガッティー的にはどうなの?」
「……場所や状況を除けば、一般的に仲の良い夫婦のお料理中って感じで、いいと思います」
「うん。……オレも、いいと思います」
ルクトさんとしては、私の価値観として、どう思っているのかを確認したかったようだ。
ルクトさんの口にお肉を運びながら、私も思っていたところである。
この仲良すぎる夫婦のお料理タイム。
昨日交際を始めたばかりなのに……。
やはり、恋に落ちて急接近してきた私達の恋愛……速い。
……いいと思います。
二人で照れ笑いを零すけれど、作業を続けた。
「いや……ホント……もう……最高です。美味しいです。語彙がないです」
「わかるわかる。美味(うま)いでいいよ、もう」
下級ドラゴンのステーキも、また美味。
最高。美味しい。その言葉しか出ない。
「弾力があるのに、しつこくなく、喉を通る感じ……最高級ステーキですね……はあ」
「外なら、焚き火で串焼きだったけどな。そうすると結構ソースが肉汁が落ちるから、こうした方が味が濃くていいな」
「ですね。でも、串焼きも味わいたいですね。やはり、冒険の醍醐味みたいで、外で焚き火で串焼き」
「いつかしようか」
「そうですね、ぜひ」
「よし、言質とった。下級ドラゴンの肉で、いつか、外で焚き火で串焼き」
「失言した……。まぁいいです。ルクトさんの下級ドラゴン運は、今日までだと願います」
「絶対、夏頃に遭遇して仕留める」
「待って。不吉すぎる宣言、やめてください」
下級ドラゴンを食べながら、次の下級ドラゴンを食べる気でいるのは、あなただけですからね?
土魔法で腰を下ろす椅子まで作り、平べったい器の上のステーキを、食事用ナイフとフォークで堪能。
下級ドラゴンの存在のおかげで、完全に安全地帯となった広間で、まったりと食事。
本当に『ダンジョン』内で下級ドラゴンの死体の横で、美味しくステーキを焼いて食べた冒険者カップルは、私達だけですからね?
冒険者の歴史に遺しておこう……名前は伏せます。
「ルクトさんも下級ドラゴンのお肉を【収納】しましたけれど……どうするのですか? 振舞っては、それこそ情報漏洩ですけど」
「ああ、ギルマスと話して様子見。大丈夫そうなら、特別販売してもらうわ。食いたきゃ買えって、ギルドでさ。もったいないしなー。無理だったら、少量でも乾燥肉にして、オレの非常食にする」
「私にもください」
「いいよー」
へらりと笑ったルクトさんの言う通り、もったいないから、振舞いたいものだ。
儲かるなぁ……とか、思ってしまう。
「本当に、どうしましょうねぇ。その特別販売って、匿名でも買ってもらえるものですか?」
「下級ドラゴンのお肉だよ? Bランク冒険者以下が食いつかないわけがない。お金次第だけど。なんなら冒険者ギルドと深い繋がりのある飲食店に流れて、”特別! 下級ドラゴンのお肉の大盤振る舞い!” って限定料理で大盛り上がりだよ」
「そこなんですよねぇ。本当に大盛り上がりだから、困った困ったです」
なんかAランク冒険者なら、下級ドラゴンのお肉をよく食べられるみたいな口ぶりだけれど、そこのところの認識を改めないと、メアリーさん達に怒られますよ、ルクトさん。
「機密扱いの情報として、伝達してもらえるでしょうか……。はぁ……。ちょっと『ダンジョン』で、異変調査のつもりで……天変地異と遭遇とは……」
ちょっと『ダンジョン』に行くだけでも、十分大事なのに。
天変地異級に遭遇して対処するとか……。
やはり、ルクトさんの下級ドラゴン運が原因では?
「今また、オレの下級ドラゴン運のせいだと思った?」と言い当てられたので、スンと真顔でステーキを食べ続けた。美味しい美味しい。
「そこはギルマスと話さないとだめだな。その辺のこと、オレも詳しく知らないし。あ、でも、緊急事態の連絡なら入れたから」
「えっ? いつの間に?」
連絡を入れた? 通信具の普及が全くないに等しいのに? ギルドへの連絡手段があるなんて聞いてないのだけど。
「Aランク冒険者とSランク冒険者の緊急事態の合図用で、別のタグが渡されるんだよ。Aランク以上からの緊急連絡なんて、大事しか考えられないっしょ? 帰ったらすぐにギルマスに対応してもらえるように、その合図を送っただけ」
「それも、そうですね……Aランク以上の冒険者が緊急連絡の事態……コレですものね」
まさに、そういう連絡をすべき事態だと、後ろの下級ドラゴンを振り返ってしまった。
「オレの送った合図は、帰還次第に緊急報告すべきことがあるってやつ。モンスタースタンピードの予兆だったら、厳重体勢のためにも、また違う合図。とりあえず、今夜はしっかり休んで、朝から早くに昼まではギリギリ調査しよう。下級ドラゴンが来た方からな。多分、食い散らかした魔物の残骸しかないと思うけど……ストーンワームの手掛かりも調べないと。オレ達だけには手に負えないってことで、昼までの調査にして、あとは調査機関とAランクパーティーで徹底的調査に回すかな」
「そうなりますか……。私達の今後にも関わりますので、下級ドラゴンについての手掛かりの方に力を入れてもいいですか?」
「もちろん。むしろ、そうすべきじゃん。災害級の事態だから、優先だ」
食い散らかした魔物の残骸か。
ステーキを頬張っていながら想像するとは…………私の順応能力の高さ、凄い。
いや、下級ドラゴンの死体の横で食べている時点で、おかしかった。
ルクトさんといると常識がわからなくなってくるわ……。
そういうことで、明日の動きは決まった。
「あの、ルクトさん」
「何?」
「……水浴びしてもいいですか?」
簡易キッチンを片付けて、寝袋の用意をしようというところで、ルクトさんに許可を求める。
「水浴び? 別にサクッとしていいじゃん?」
許可を取るほどではないと、首を傾げられてしまう。
「その……
「……えっ」
「メアリーさんが、余裕がある隙に、着替えられる時に着替えろ、という助言をくれたのです。今がソレかと……。いいですか?」
軽い水浴びとかではない。もう水をまとって全身を洗うという……本格的、汗と汚れを落とす入浴行為である。
別の服に着替えるのも、本当に余裕がある隙を突いてでもなければ、遠出の冒険内では難しい。
メアリーさん達は、その余裕の隙で、三人で交代しながら着替えてきたそうだ。
「冒険者指導のルクトさんが、だめだというなら……諦めますが」
「そ、そういう女冒険者の事情は、女冒険者にしかわからないよな……う、うん…………ええぇっと、うん。ホント、余裕だから、いいよ。えっと、でも、ううーん。……どんな感じがいいの?」
目を点にして、戸惑い全開ながら、ルクトさんはコクコクと頷いて許可をくれた。
冒険指導者のルクトさんの許可をもらうべきだろう。
「えっと……壁があればいいかなぁ、と。でも、『ダンジョン』ですから……無防備になるのもあれですので……ルクトさん、近くにいてもらえます?」
「……は、はい……」
若干、ルクトさんの声が上ずった。
わかっている。男女なのである。さらには恋人なのである。
そばで裸になられるのだ。壁で隠しても、裸なのだ。
念には念を入れで、離れるわけにはいかない。
ましてや、裸になる相棒を無防備にするわけにはいかないのだ。
非常時は、懸念しないと。
「じゃあ、その……うん。そこの壁。壁出して、壁の間で……オレは前方を警戒して守るから」
「はい。なるべく手早くしますね」
「は、はい……」
物凄く緊張した様子のルクトさんの言う通り、出入り口の穴がちゃんと見張れる位置の壁を背に、土魔法で壁を生やして、その間で身体を洗って着替えをすることにする。
ルクトさんは、生やした壁を守護する形。
出入り口となる穴には、結界の魔導道具を置いている。
結界という役目は、この『ダンジョン』の魔物相手には発揮しないけれど、侵入の警報器となるので設置済み。
早速、壁と壁の間で、服を脱いでいく。
私だって羞恥心がある。外で裸になるだなんて。しかも、昨日交際を始めたばかりの恋人がそばにいる。
それでも躊躇していては、命取り。
なるべく冷たくならないように調節するのは可能だから、水魔法を駆使して、身体の汚れを拭うために水をまとう。
掻いた汗を取り除き、髪にへばりついた砂埃と汗で固まってしまったソレを拭い去る。
そのあとは、水魔法による洗浄を終えたら、【清浄】魔法で仕上げだ。
備えあればと、【収納】しておいたバスタオルがあってよかった。
髪から水を回収はしたが、やはりちょっと湿っている。ロングヘアーなので、もう少し乾くまで、待たないと。それまでタオルを巻いておこう。
着替えも済ませたので、とりあえず、完了。
髪を拭いながら、これもまた備えあればの香油(オイル)で、出来る限りの手入れをしよう。……冒険中もロングヘアーがパサパサしないというヘアーオイル、買わねば。
「終わりました。お待たせしてすみません」
「あ、うん。大丈夫」
肩に置いたタオルで髪を撫でつけながら、壁はそのままにして、終わったと伝えて出る。
「~~~!!?」
ビクッと、ルクトさんが震え上がった。
なんか、声にならない音を出した気がする。
なんて言いました? 今。
「リ、リリ、リガ、ティ!? な、な、なんっななッ!?」
「え? な、なんですか?」
「なんですかじゃないぃいい~!!!」
耳まで真っ赤にした顔を背けて、両手で目元を覆うルクトさんは、動転しすぎて何が言いたいか、わからない。
大声を上げたから、私もビクッと震え上がる。
「足ッ、なんでッ……素足!?」
「あ。あとで穿こうかと。……見苦しかったですか?」
「素敵ですが!? いや違うよ!?」
ルクトさん。動転しすぎです。どっちですか。
ルクトさんが激しく動揺したのは、私が靴下もブーツも履かなかったからだった。
素足ですね。ちょっと、石が足裏を刺激してます。
「ルクトさんって……足フェチですか?」
「えっ? いや、わかんないけど……リガッティーの全てが好きです」
「そうですか……。では、私の素足の感想を述べてください」
「…………勘弁してくださぃ……」
全然目元を隠したまま顔を向けてくれないルクトさんをからかう。
さっきはデレデレされまくりましたからね。
ほっぺのチューもやりすぎ。
意趣返し。……に、なっているのかしら。
まぁ、真っ赤に出来たなら、よしである。
足を晒すことに躊躇する風習が、女性には少々ある。特に、ドレスばかりを好む貴族女性。
だがしかし、私は短パンを穿いているご令嬢である。ルクトさんの前なら、問題ない。
ルクトさんが好きだと言ってくれるなら、脚ぐらい、ドンと見せ付けるわ。
「言っておきますが……ルクトさんだけしかいないから、こうやって脚を晒してます。特別ですよ?」
「……は、はい……ありがとうございます? えっと……え? リガッティーは、オレをどうしたいの?」
どうもしないので、落ち着いてください、ルクトさん。
「ルクトさんも、着替えます?」
「あー、うん。オレも流石に気持ち悪いから、軽く水を浴びて着替えるよ……」
なんかどっと疲れた様子で壁の向こうに移動しようとしたルクトさんは、まだ目元を隠していたので、ゴツンと頭をぶつけた。
クスクスと私に笑われるから、さらに耳を真っ赤にしたルクトさん。
二人して、スッキリ。
「いい匂い!」と私が保湿のために塗った香油(オイル)に気付いたルクトさんが、急接近。
手足と髪に塗った。香水みたいに匂いが残らないものを選んだつもりだったけれど…………いや、むしろ、無臭と書いてあるけれど。
ルクトさんの嗅覚はどうなっているのか、と尋ねれば「リガッティーがいい匂いするんだよ、なんで?」とグイッとさらに接近しては、首元に顔を寄せて嗅いできた。
……反撃されました。
匂いについてのひと悶着を終えて、いざ就寝の時間。
これもまた、ひと悶着。
「リガッティーが先に寝て、オレが三時間後に起こすから」
「絶対に起こさないでしょ。私が先に見張りますので、ルクトさんが先に寝てください」
「……リガッティーが起きてたら、オレ、眠れない」
「……さては、私達、
朝を迎えるまで、その二択しかないのか。
大問題だ。それでは、今後の冒険者活動に支障が出る。
ここはちゃんと冒険者の先輩として、見本を見せるべきだと、ルクトさんに先に寝るように説得した。
しぶしぶながら、ルクトさんは寝袋に潜り込む。
横たわっている。
30分はルクトさんの後頭部を見つめていたのだけれど、そっと近付く。
灯りがあっても眠れるということで、非常時にも備えて、灯りは目の前にある。
だから、ルクトさんの整った横顔がよく見えた。
白銀の前髪が垂れた額の下。閉じられた瞼の長い睫毛。彫りの深い目元から高い鼻が形がいい。閉じられた唇。
覗き込んで、顔を近付ける。
次第に、緊張が高まるのを感じた。――……
「フゥ」
「うぐぁあわあッ!?」
耳に息を吹きかければ、ルクトさんは転がって私から離れると、赤面して耳を押さえる。
反応が、想像を遥かに超えて、大袈裟……。
「な、なな、なんてことを!」
「全然寝る気なかったでしょう、ルクトさん」
「眠れないって言った!!」
「私達に、どうしろと言うの……」
涙目なルクトさんは、私が起きていては眠れないと頑なに訴える。
話し合いの末。
下級ドラゴンという鉄壁な存在もいるので、今回は特例として、一緒に寝るということで譲歩し合った。
昨日と同じく、特例で無防備に寝てしまえ。
今回だけである。
次回は、ちゃんと交代制で見張り、睡眠をとるべし。
繰り返し思うが、もう無意味……。
ここ、『ダンジョン』なのにな……。
私が寝ても、ルクトさんが寝なかったらどうしよう、と思ったのだけれど。
ルクトさんは、案外早く寝落ちた。
「リガッティーがいい匂いすぎて、安心するー」という言葉を言い残して、沈黙。寝息を立てた。
何故この人には、保存魔法で臭いがしないようにしたけれど下級ドラゴンの猛獣臭のある中で、私の匂いが嗅げるのか。気のせいでは……? 好きすぎの幻覚的なものでは? 幻臭(まぼろししゅう)?
そんな私も、ルクトさんの寝息を聞きつつ、握り合った手の温もりを堪能しながら、眠りに落ちた。
んっ……。
本日の朝は、ルクトさんが先に起きたようだ。
まだ仄かな朝陽が、かろうじて天井の穴から漏れる程度の灯りがある時間帯。
ルクトさんが、とろんとしたような目で見つめながら、指先だけで私の頬を撫でる。
「おはよ……リガッティー」
ちょっぴり掠れた寝起きのイケボ。
幸せそうな微笑付き。
「お、おはようございます……」
「なんで顔を隠す?」
あなたの美形が眼福ですからね。寝起きから、眩しいです。
火照る顔を両手で覆い隠して、なんとか朝からの刺激の強いイケメンの好きすぎの幸せ微笑攻撃を耐えた。
私達の今後左右することになる、下級ドラゴンについての調査をするために、ゆっくりすることなく、支度を始める。
朝ご飯も、下級ドラゴンお肉料理。
昨晩、タレにつけて一晩置いたお肉をフライパンで丸焼き。ニンニクとショウガによるタレがしみ込んだ焼き竜お肉。
「ルクトさん……家(うち)でシェフやりません?」
「んー、いいよー」
「オッケーします? 普通」
「いやあ……猛信者もそんな感じでリガッティーのそばにいたっていう」
「真似しちゃだめです。この話はしなかったことにしましょう」
ルクトさんがあまりにも料理上手なので、ついついお戯れに言っただけなのに、前向きに考えられてしまった。
ルクトさんは一人暮らしだものね。これぐらいお手のものよね。
「いや、本当に、その猛信者って……どうするの? ”王妃になるリガッティーに仕える”って、猛進的に信じて四年も武装国家で修行でしょ? どうなるの?」
「本当に、予想がつかないので、考えたくないんですよね……」
王妃にならないと知った時の反応が予想が出来ない。
そもそも、彼が誰かに妄信的に忠誠を誓いを捧げてしまうとは、父親も思わなかったそうだ。
かなり淡々と騎士になりそして近衛騎士となった息子が、猛進的に一旦の辞職と言い訳して、忠誠を誓った主人の執事になって、さらには在学中は武装国家で修行と意味のわからなすぎる行動をしたのだ。呆気にとられている間だった。家族が予想出来なかったのなら、私達にも予想が出来るわけない。
私だって私の学園生活の中で、自分が出来ることが少なすぎると激しく嘆いているなー、と思った翌日には修行に出ると言い出し、翌日には本当に行ってしまったのだ。……予測不可能でしょ?
「それ……普通に、リガッティーに恋してない? 愛情表現が変なだけで」
「やめてくださいって…………恋敵がそんなに欲しいんですか……」
「別にリガッティーを奪う気なら、何人でも相手する」
「メラメラ……。…………猛信者に関しては、本当に違いますね。崇拝されている感しかないですもの」
「本気で断言した……」
いるならいるで相手する気満々な規格外最強冒険者。死者が出るので、やめていただきたい。
そのいるという敵の情報は知っておきたいのだろうけれど、猛信者に関しては、本当に恋慕というものではないのだ。
本当に女神へ信仰を捧げる信者のように、引くほど私を崇めて尽くす信者に過ぎない。
恋愛ものの超鈍感ヒロインじゃあるまいし、自分への好意に気付かない間抜けではないのだ。
恋愛の感情はない。あれは、愛は愛でも、信仰の一種だ。猛進的な。
朝食も済んで、下級ドラゴンが来た方角へ、出発。
分かれ道はあれど、下級ドラゴンがドスドスと突き進んだであろう跡を辿って、ひたすら真っ直ぐに進んだ。
一時間歩いて、マップを読み込み、確認。
マップを見なくても、あの巨大な下級ドラゴンが通れる道は、絞られるので丸わかり。
このハルヴェアル王国もかなりの広さを誇るけれど、この『ダンジョン』も本当に広い。この星って、地球の何倍だろうか……。
そう思いつつも、地下一階、二階、三階、とその分ぐらいは潜り込んだだろうか。
大きさとしては、下級ドラゴンが通って来たはず。
道すがら、魔物の死骸も散乱していた。
調査を始めて、若干四時間。
私とルクトさんは、
「……困った」
「困りましたね……」
文字通り、正真正銘、
大きな大きな洞窟の道を進んでいれば、天井が崩れたらしく、行き止まり。
崩壊が激しい。
試しに土魔法で退かそうとは思ったのだけれど、私の魔力でも届かないほど、道は長距離で塞がっている状態だとわかった。
地道に退かそうにも、時間がかかりすぎる。二人でやったとしても、時間だけが過ぎて、手掛かりらしい手掛かりは掴めないとルクトさんは判断を下した。
ガックリ、と肩を落とす。
結局、巨大すぎる下級ドラゴンの出没と討伐だけを報告することとなった。
ポンポンとルクトさんに肩を叩かれながら、せめて、と地上一階へまで引き返す。
シクシクしながら、ホイホイと【収納】に石を放り込む。
「それ……買い取りでもしてもらうの?」
「違いますよ。加工してもらって、アクセサリーを作ってもらうんです。お世話になったレベッコさんやメアリーさん達に。事業を前向きに考えるということで、シャーリエさんにお近付きの印として渡すのもありですね。あと、母のご機嫌取りも含めて」
放っているのは、宝石のものであろう原石である。
下級ドラゴンが掘り進めたのかはまだわからないけれど、壁を削ったであろう岩の残骸に混じって、色々と落ちてあった。
壁にはギラギラした銀色があったので、土魔法で取り出してみれば、眩い銀色を放つくせに、白銀の半透明の石を発見。
ルクトさん色。価値がさっぱりわからないけれど、部屋に飾るインテリアにしてもらおう。
そんな感じでひょいひょいと拾っている間に、地上。
天井の穴から、差し込む陽射し。
そういえば、丸一日、太陽を見ていない。陽射しは浴びた気がしないものねぇ。
「よし、じゃあ、帰るか。今日は戦ってないし、収穫は拾った石ぐらいだけど……初『ダンジョン』お疲れ様」
イマイチな締まり方だと苦笑しながらも、ルクトさんは労いの頭なでなでをして、笑いかけた。
「ルクトさんも、お疲れ様です。今回も素晴らしい指導をありがとうございます。……素敵な告白も、最高でした」
キュッと、ルクトさんの撫でてくれた手を両手で握り締めて、はにかんで笑いかける。
驚いたように目を見開いたけれど、ルクトさんも照れくさそうにはにかんだ。
「特別すぎた初遠出の冒険となりましたね」
「確かにぃ。……これからも、冒険しような」
ルクトさんは自分の手を包む私の右手に、チュッと唇を押し付けると、ルビー色の瞳で熱い眼差しを注いできた。
頬に火照りを感じながらも、コクコクと頷いて見せる。
そういうことで、【ワープ玉】を使っての帰還。
少々転移酔いが心配ということで、先ずは、一番近い『ハナヤヤの街』の転移装置へ。
かなり離れていると、転移酔いを受ける。それがまた酷い症状を受けるらしい。最悪なケースは翌日まで揺れが治まらず嘔吐を続けるとか。
本当に最悪なケースではあるけれど、万が一でも特別な遠出冒険の締めにそれはお互い嫌なので、そういうことにしたのだ。
『ハナヤヤの街』の転移装置から降りてから、次は王都の防壁の外の転移装置へ。
すでに帰ってきた感を覚える。
冒険の終わりに、この防壁を見上げていたからだろうか。
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