55 異常災害阻止の功績は。




 感極まってしまって、後ろから抱き締めて放さないルクトさん。

 涙を落とすほど感情の昂ぶりで、全然放してくれない。


 ルクトさんの相棒に関しては、私の方も弱いので、涙まで零させてしまった側としては、放してとは言いづらかった。


 なんとか雨のように横殴りに降らしてきた口付けをやめてもらったあとは、ルクトさんは私の首元に頭を置く姿勢で抱き締めたまま。


 最初に座り込んでいたのは、私だけども……『ダンジョン』でこんな風に座ってもいいのか。


 いや、いいのだろう。


 目の前の巨大な下級ドラゴンを見ながら、そういえば、ここは『ダンジョン』だったと思い出す。


 もう、この洞窟から逃がさず、仕留めることで頭が一杯だった。


 王都に行かれたら、ただでは済まないとか。

 最初は考えてはいたのに、すっかり思考の範囲外へ行っていた。


 無我夢中とは、このこと。



「それにしても……ルクトさんの下級ドラゴン運、酷いですね?」

「え? オレのせい? オレのせいで、コレはここにいるの?」


 昨日冗談で話していた、あってたまるか運。

 ここ二年だけでも10体の下級ドラゴンを討伐して来たルクトさんは、めでたく10体超えの記録更新。


「それ以外にあります?」

「ほ、本気で言ってる、だと……?」

「もしや、知ってて私を連れてきました?」

「酷い冤罪! 下級ドラゴンの討伐は、ワイバーンの群れで経験積ませてからだって決めてた!」

「そんな計画もありましたね。しかも、そっちも本気か」


 ぐすん、とわざとらしく鼻を啜る真似をして、私の肩にグリグリと額を擦り付けるルクトさん。

 本気で思って責めているわけじゃないと、頭を撫でることで示す。


「ちょ。頭撫でるとか、ッ、反則~……うぅ〜ん、好き」とルクトさんは、余計にすりすりと頭を擦り付けてきた。


 だから、あなたはデレ全開の猫さんですかッ!!?

 可愛すぎるんだからもうッ!


「飛ばなくてよかったですね……」


 頭上の穴を見上げて、しげしげと声を零す。

 私には飛行戦闘の経験がないので、外に飛ばれたら、万事休すだった。


「飛んだら、リガッティーの【雷大槍】で落とせばいいよ」

「いや、無理ですよ。大きいだけあって時間かかりますもん」


 ルクトさんの助言に、真面目な返事をする。

 この下級ドラゴンを落とすために、翼だけを狙っても、十分な威力を備えるまで時間がかかるだろう。


 さっきは、ルクトさんの水の剣の連打攻撃の間に、準備が出来たので、大穴の傷に全力をぶつけられたのだ。



「だからなんで、ルクトさんの下級ドラゴン運は酷いのです?」

「そこ戻る?」

「長期休みの度に、下級ドラゴンが会いに来てますよね?」

「え。そうじゃないよ、週末に仕留めに行った時もある」

「そういう話じゃないんですよねぇ」


 あなたの下級ドラゴン遭遇率の高さの話をしています。


「異常じゃないですか……こんな王国のど真ん中で、こんな巨体の下級ドラゴン? あなたは下級ドラゴンを全滅させる使命のもと、生まれました?」

「オレはリガッティーに会うために生まれてきました」


 いや、だから、そんな話じゃないんですよ……ッ!

 さらりと言うイケメンが、デレ全開の猫ちゃん! すりすり、もうやめません!?


「んー、まぁ、そういう異常も、オレ達が調べないと。ストーンワームの件と、なんか関係あるかも。こんな巨体の下級ドラゴンが、空から飛んできて、目撃されずにここに潜り込むのは流石に、なぁ……」


 下級ドラゴンが飛んでいれば、警報を鳴らすだろう。一つの街を壊滅させる猛獣なのだから。


「そうですよね。こんな異常の手掛かり……もう流石にいませんよね? 番(つがい)がいるとか、やめてくださいよ、下級ドラゴン運」

「オレ泣くよ? 例えそんな運があるなら、こんな巨体だし闇属性だし、この春休みはコイツで十二分。ないない」


 下級ドラゴンの引きの強さがあるなら、闇属性の巨大な下級ドラゴンが、最大の引きだろう。


 夏休みにまた引き当てそうな口ぶりに物申したいが、緊張の糸が切れたので、どっと疲れを感じた。


「いや、本当に……強かったですねぇ。もう、疲労困憊です。人生最大の全力投球で魔法をぶつけました……人生最大の強敵でもありましたが」

「いや、ホント。リガッティーの魔法の威力の凄まじさときたら……感服」

「ルクトさんも、二属性の武器召喚とか、なんてことしてるんですか。大丈夫なんですか?」

「ん。まぁ、ちと、しんどい」


 ちと、しんどい。

 絶対に控えめな表現だ。

 ルクトさんの左手を掴んで、掌を確認。魔力的にも、体力的にも、消耗は激しかったはず。


「私がしんどそうだったから、あんな無茶をしたのでしょう?」

「バレたか」

「もうっ!」


 べしっと、左手に手を叩き付けて不満を示す。

 ダメージを与えるとともに、目眩しを与えて、黒い刃の闇魔法を止めてくれたのだ。私の息が、上がっていたから。


「リガッティーも最後、無茶したじゃん」

「私は先に言っておきましたよ」

「うわ、自分を棚に上げた〜。本来の魔法の形を、無理矢理剣に付与とか、失敗したら魔法が崩れて、単に首の鱗に剣が弾かれるだけに終わってたかもじゃ〜ん。いや、付与の維持と狙いも的確とか、集中力が半端ないな」

「そうです〜、もう集中の使いすぎで気力も困憊です〜」


 もうルクトさんの左腕に凭れるように身体を押し付けて、疲労アピール。実際、もう、ぐったりだ。


「オレが規格外最強冒険者なら、リガッティーは規格外天才冒険者だな」

「なん、だって……!?」

「そこまで驚く???」


 規格外最強冒険者と、畏敬の念を込めて呼んでいたら、規格外天才冒険者と名付け返された。


「やめてくださいよ。それもルクトさんの称号にしてください、相応しいです」

「じゃあ破天荒天才令嬢」

「何故???」

「ん? 破天荒天才新時代開拓者」

「盛り沢山か。新時代の話は忘れてと言ったのに」


 相応しい称号を真剣に考え始めたので、なんとか気を逸らそう。


「まぁ、ルクトさんだからこそ、無茶が出来たんですよ」

「ん?」

「私が持ちうるものを制限なく振るわせてくれるルクトさんが、そばにいてくれたから、遠慮なく無茶しました」


 話を戻して、へらりと笑った。


「……はあ、好き。もう、好き。全部好き」

「ルクトさん。今日も言い過ぎでは?」

「え? まだ言い足りない。オレも制限なく言わせて」

「ひ、ひえぇ」


 すりすりぎゅうぎゅう。

 放さない上に擦り付けては、好き好き言葉攻撃。

 疲労困憊だってばっ!


 もうなんなの! このデレデレなイケメン恋人は!!


「もうっ! 私も好きです!」


 私だけのルクトさんが好き!


 言い返してやれば、ピタリとルクトさんが一時停止した。


 ん? と不思議に思いきや、改めて抱き締め直されて、ぎゅうぎゅう。すりすり、というか、互いに砂埃のせいでパサついた髪が、ザリザリと鳴っている。


「好きぃ〜」

「も、もう!!」


 悪化した。火に油。


 本当に、汚れを気にしてほしい!

 冒険者の、名誉の負傷ならぬ名誉の汚れだけども!



 魔物の巣窟で、しかも巨大な下級ドラゴンを仕留めた横で、こんなラブラブする冒険者カップルは、絶対私達だけだと断言出来る。


 いや、ラブラブしている場合じゃないんだ。

 ちゃんと冒険者として、依頼を受けて来ている。

 残るは、異変の調査だ。


 この『ダンジョン』にある異変の有無を探し、手掛かりを見付け出す。


 こんな特大の異常は、この調査の目玉報告内容確定だ。



 はた。


 私はとんでもないことに気付いていなかった。



「や、やや、ヤバいですよ!? ルクトさん!!」

「え、何?」

!!」


 べしべしとルクトさんの膝を同時にはたいて、デレデレ表現行為をやめてもらう。


「うん、ヤバい異常だね?」

「そうじゃなく! いや、そうですけど! そうじゃなくて!! ここに下級ドラゴンがいたこと! 私達が討伐したこと!! しかも、巨大で被害が災害級を予測出来るほどの下級ドラゴンです!!」


 うん、そうだね。な相槌を打つルクトさんと、身体を捻って顔を合わせて、必死の形相で訴えた。


とも言えます!! これ、どうやってッ、伏せればいいんですかッ!?」


 意図せず、王都を救ってしまったのだ。

 いや、救うつもりで討伐はしたのだが。

 違うのだ。そうじゃなくて、本当に功績欲しさではない。


 王都を直接守ったと言っても、過言ではないのだ。

 今まで一番、人命救助、さらには王国のど真ん中にある王城を守護した貢献。


 功績自体は、いいのだ。

 人々を救うのは、当然。危機から街を、王都を、守るのも必然。


 ただ。そう。

 ――――すぐさま、のが、だめなのだ。



 ルクトさんは、苦そうに顔を歪めて口を閉じてしまった。深刻に顔を曇らせる。


 情報漏洩に気を付けるべきだと、口を酸っぱくして言い続けた。昨日だって、言い聞かせ合ったのだ。


 なのに、救世主扱いされかねない功績。

 お祭り騒ぎは、大袈裟ではあるが、そんな想像が脳裏に浮かぶ。



 王都に災害が降るかもしれなかった。

 そんな危険を報告しないわけにはいかない。


 『ダンジョン』にて、巨大な下級ドラゴンが出没。

 討伐者は、ルクトさんと私。

 王室で、私の冒険者活動はもう知られた。指導担当の冒険者ルクトさんの肩書きも、知られている。


 ルクトさんについて、調べられたら、最悪。


 この功績を王室外にも広まったのなら、最悪。


 悪目立ちによる注目、最悪。


 慎重にことを進めたいのに…………最悪かッ!!



「いっそ……隠蔽?」

「いやいやいや! だめだから! この実績大事! ランクアップのためにも! それ以前に、この事実は隠しちゃだめだから!!」


 え? だめ? この巨大な下級ドラゴンは、生き埋めにでもして隠しちゃえばよくない? あ、生きてないわ、もう。


 腕の中に閉じ込められたまま、ブンブンと左右に揺さぶられた。


「いいじゃないですか……知らない方がいいってことも、世の中にあります……」

「気をしっかり! リガッティーは平民落ちとか、選択肢にとんでもないの入れるね!? 落ち着こ! その辺は、ギルマスに詳しく聞かないと!!」


 いや、最善策の一つで、浮かぶだけですもの。


「ですが……調査機関に報告が行きますよね? そこでも、情報漏洩しないとは限らないじゃないですか……一滴でも零されたら、爆発的に広がりますよ? 近くで? 下級ドラゴン? しかも、ダントツの巨体? ……やはり、隠すのが一番では?」

「お! ち! つ! け!」


 王都が山火事並みに混乱する。


「調査機関はわりと水面下で動く感じだから、派手な動きはしないと思う。冒険者ギルドの一部だから、情報漏洩の心配は必要ないはず! この事実も、慎重に扱ってもらえるだろうし、無事王室に報告してもらったあとも、混乱させないためにも情報規制とか、厳重にするでしょ?」


 ブンブン。また私を揺さぶったルクトさんは、言い聞かせては、確認してきた。


「そう、ですか……? そうなん、ですかね……? そうか……婚約解消の成立をはっきり発表しないように、出現と討伐された事実だけを公表して、誰が、という部分だけは伏せる形で、留めてもらう……?」

「あえての公表で、、と?」

、という事実だけを前面に出して、あとは口を閉ざす。知る人ぞ知るで、あとは尾ひれはひれと噂好きの人々が話すだけです」

「リガッティーの噂みたいに、か」

「……賭けですね」


 情報操作により、あえての強く公表して、肝心の功労者についての情報を完全に伏せる。

 私とオレ様王子の婚約解消に至った経緯も、その結果の発表もしないように。

 伏せたいことは伏せ、気を逸らすためにも少しの情報操作で、勝手に噂をして満足してもらう。


「第一王子の破局という重大事件の直後に、王都の危機からの救済という大事件……隣国に広まるのが早いかもしれません。ハルヴェアル王国の騒がしさを…………あの王太子を、消」

「さない! 気持ちはオレも同じ!! でもだめ!! リガッティーはその罪を回避したばかり!!」


 ブンブンと揺さぶって、ルクトさんは私を説得する。


 確かに、王族殺害の冤罪から回避したばかりだった……。

 気持ち的には、あの隣の王太子が耳にして飛んでくるなら、仕留めたい。この下級ドラゴンのように。

 そんな衝動のまま消したら、それはそれで問題なわけだから……だめよねぇ、ハハッ。


「本当に賭けですよね……。どこまで上手くいくか。情報操作をしても、完璧ではないですからね。最悪な流れにならないと祈るしかないです」

「最悪な流れか……。オレがお捜しの冒険者だと疑ったり、ついでみたいにリガッティーの婚約解消を聞いちゃったり?」


 ルクトさんの言い当てたそれに、私は呻いてルクトさんの腕に顔を押し付けた。


「ギルドマスター……ギルドマスターに、詳しい情報伝達の内容を聞いて、対策を…………ああ、頭がぁ。疲れて回らない感が……」

「あっ、じゃあもう今日は休もう? 気晴らしが前提の冒険者活動なのに、思い詰めちゃだめだもんな。本末転倒」


 ぐったりな私の頭をルクトさんはよしよしと撫でる。苦笑交じりながらも、明るく笑いかけて優しい声をかけてきたとわかる。


「考えるのは、一旦止めて、休もう。でも食べてさ」

「美味しいご飯……?」


 そんな携帯食料、持って来ていただろうか。

 ぽけーっと見つめている先が、下級ドラゴンだと気付く。

 そこに、下級ドラゴンが、いる。


「……?」

「うん。

?」

「そう。大穴の傷と首の火傷から、お肉とって、調理するから。リガッティーは、このまま休んでていいよ」


 なでなで。ルクトさんは優しく声をかけながら、頭を撫で続けてくれる。


「……まさかの、希少、高級、お肉が……『ダンジョン』で……」


 『ダンジョン』で、希少な高級お肉の素材を手に入れるって、ある?

 いや、ない。そもそも、幻獣はこんな元鉱山の『ダンジョン』には、いないはずだった。


「え? ちょっと待ってください。ここで調理、なんですか?」

「そうだよ。下級ドラゴンの匂いで、他の魔物は近付かないから、今日はここで野営」

「え、ええぇ……」


 ここで調理するまで休んでいいと言われた気がしたので確認すれば、ルクトさんがあっさりと答えてしまう。


「場合によっては『ダンジョン』内で野営とは聞きましたが……」

「うん。最適な野営場所だよ。洞窟探索で確かめればわかると思うけど、大暴れもしたから、強者のコイツのおかげで、今だって近くに魔物はいない。もうあと何日かは、ここには近付いては来ないね」


 調査が長引いたり、いい場所があれば、『ダンジョン』を一度出ないまま、野営する可能性はあると聞いていた。

 そんな絶好な野営地が、下級ドラゴンの死骸の隣だ。


 確かに強者だと丸わかりの猛獣の匂いがするのに、わざわざ来るような知能の低さはない。

 大暴れの音だって、尋常じゃないと本能的に察して遠ざかったのだろう。


 弱肉強食。弱者だって、食べられたくないから、逃げる。



 【収納】から出して、魔導道具でマップを取り組んでみれば、見事にここ一時間で移動出来る範囲内に、生命反応は私とルクトさんのみになっていた。


 もう『ダンジョン』の臭いに慣れた鼻には、下級ドラゴンの猛獣らしい口臭は今更。

 ちなみに『ダンジョン』内の臭いは、魔物臭だ。

 なんだか、身体に悪そうな臭いと獣臭の混ざり合い。身体に悪そうなのは、【核】による瘴気のものだという見解だけれど、本当に害はない。ただそう、鼻で感じるだけ。



「……身体、痛い……」

「あ! そうだ! リガッティーは、攻撃受けたもんな!? 大丈夫!?」

「あー、受けましたねー……魔力障壁で直撃は免れましたが……やはり身体が痛みますね。疲れましたし」


 遠い目で、さらにぐったりとしてしまう。

 私だけ、ほぼ直撃の攻撃を受けていた。


「岩の破片だって、バラバラと降ったり、ビシバシと飛んできて当たったり……お互い無傷とはいきませんでしたね……って、こういう時こそ、治癒薬ですよね?」

「そうだった……!!」

「驚愕がすごい……でも、ルクトさんほどの人では、そう怪我はしませんものね。治癒薬を使うほどの怪我なんて、なおさら」

「うん、まぁー。怪我なんて、出来る限り、回避したいもんな。ソロなら、なおさら」

「致命的……」


 びっくりと、驚愕するルクトさん。

 全然頭になかったもよう。


 しょうがないとも言える。

 光魔法を込めた治癒薬の『ポーション』が効かない体質だとわかったのなら、怪我なんて致命的だから、負わない戦いを続けてきたはず。


 そうでなくても、治癒薬があるからと怪我をするのは、ゲーム内のキャラぐらいだろう。

 ポッと、光魔法の使い手が毎回治してくれるなら、別の話にはなるが、戦闘あとに自動回復のボタンはない。

 痛いのは嫌なのだし、負傷も弱体化として戦闘が不利となる。死に直結するのだから、怪我は負わない。


「じゃあ、オレ達は軽傷だけど、試してみようか。新治癒薬。オレも試供品もらったし」

「そうですね。……いえ、私が前回の治癒薬を三つ持っているので、改良版の試供品は取っておいてください」

「え? なんで?」

「改良版の方は、取っておいてください。そうでなくても、軽傷に使うのはもったいないです。最初の新薬を試しましょう」


 私とルクトさんが一つずつ試供品を持っている。

 けれど、ルクトさんが万が一にも億が一にも、致命的な怪我をした時のために、取っておくべきだ。

 そのためにも、この新薬を完成させてもらったのだもの。


 ルクトさんの腕から解放された私は向き合うように座って、一緒に手に持った小瓶を見る。


「味って……」

「わかりませんね……」


 味見はしていない。薬を味見なんてしないのが常識人。

 鑑定では流石に味がわかるはずがないので、未知の味。

 しかし、薬は薬。良薬は口に苦し。

 とんでもない不味さしか予想が出来ない。材料が材料だ。考えたくない。


「味の改善を……私達の意見で」

「身体張るね……。水を用意して、一気に飲み干そうか」


 絶対に製作者のレインケ教授も味の確認なんてしていないのだから、口にした私達が改善案を出さないと。魔法薬の味付け方法は、色々あるもの。必要な意見。


 ルクトさんが中に水を出すので、私も人差し指を立てて、水を生み出す。



 不安げにルクトさんを見れば、眉を下げての苦笑を返された。


 覚悟を決めて「せーの」と合図をして、小瓶をグビッと顔を上げて喉に流し込む。


 舌で味を感じないためだったが、この方法はなかなか上手くいかないものだ。

 ピリッとした強い刺激による苦味で、呻きを堪えて、身体を強張らせる。

「ゲホッ、ゴホッ! み、水! リガッティー、水!」と硬直した身体内で悶える私の肩を叩いて、すぐに水で味を飲み干すように促す。


「ゴホッ……ケホッ…………ハァ、ハァ。苦味の刺激で……なんだかわかりにくかったですが……身体中に、何か巡った感がありませんでしたか?」

「ああ、うん。オレもそんな感じした。もっと水飲んだら?」

「傷……塞がってますね。ここもちょっと熱を感じた気がします。打ち身したような身体の痛みも、なくなったようです」

「あ、オレも、ちょっと違和感あった肩、軽くなった。おお~。『ポーション』並と言っても、効かなかったから、わからないけど、通常の治癒薬より本当効果が歴然だな!」

「ええ……本当に。凄いですねぇ……」


 ほほーう。

 感心した私達は自分の身体をあちこち確認しては、違和感程度に残っていたダメージも消えたことに感動した。


「味も凄かったけれどな」

「まさしくですね」


 味を改善しなければ。

 ルクトさんが苦笑を零すので、私も同じ苦笑を零してから、笑い合った。



 身体の疲労感まで、取り除かれた気がする。

 ググッと手を組んで、斜め後ろの頭上で腕を伸ばした。


「……とても、今更ですが」

「ん?」

「強敵打破……最高ですね」

「……うん。でしょでしょ?」

「勝利の達成感、凄まじいです。冒険、爽快ですね」

「うん。うん。……よく頑張りました」


 巨大な下級ドラゴンの討伐の感想を伝える。

 ルクトさんはルビー色の瞳を細めて、眩しげに見つめながら、嬉しそうに微笑み、そして頭を優しく撫でつけてくれた。



 

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