54 勝利の幸福感が愛しい。(三人称視点)
想定不可能な危険な遭遇。
強敵は、この場で討伐しなければ、最悪、王都に直撃落下する災害。
巨大な下級ドラゴン。
魔法は、闇属性持ち。確認出来たのは、視界を奪う弱体化効果。
闇属性を持つなら、弱点である光属性による攻撃が効果覿面。
残念ながら、リガッティーとルクトは、闇属性持ち。光属性持ちなど、あり得ない。
効果覿面な攻撃など、出来ないことが発覚。
だとしても、だ。
他の属性で、倒せないというわけではないのだ。
戦い方は、弱点を探るものではなく、ただただ、攻撃を与え続けて、仕留めるものに変更するまでのこと。
視界を奪われたルクトは、一時的な効果が晴れるまで、壁と岩の隙間に横たわって凌いでもらう。
そうすることで、下級ドラゴンもルクトを見失ったため、リガッティーのみに集中。
腕を振り下げ、尻尾を横振り、翼を叩き付ける。
そうやって暴れ回るが、リガッティーは駆けながら、迫る攻撃を最小限の動きでかわす。
無理ならば【テレポート】で、避難。
注意点は、その先で新たな攻撃を受けないこと。
そして、身動きすることが、危険なルクトを巻き込まないこと。
もう一度、先手に使った水属性の魔法を発動。
大渦による鋭利な水を、表面に凍り付かせて、放つ。
狙うは、先程と同じ、背中だ。
全く同じ個所というのは、動き回るから無理だった。
それでも、付近に直撃。
鋭利な氷が突き刺さり、砕かれた直後には、渦巻く水が抉っていく。
やはり軽傷に見えるが、怪我は怪我。
そして、追撃だ。
鱗が砕け、肉が削れたその傷に、【テレポート】で迫ったリガッティーは、水魔法を付与した剣を突き刺す。
根元まで突き刺したいが、軽傷しか与えられない肉がなかなか硬い。
だが、付与した魔法は、鋭利に差し込んだ場所から、激しく回転していき、削る。
周辺の肉をズタズタにしながら、奥へ進み、傷を深くした。
――――ギイァアアアアアアアァアアッ!!!
抉られる痛みに叫ぶ下級ドラゴンは、じっと見据えるアメジスト色の瞳を睨む。
暴れて振り払おうと、地面を震わせるように足踏みをして、翼を振り回したのだが。
リガッティーは、ニヤリと嘲笑う。
さらなる追撃。
突き刺し、奥まで抉って食い込んだ剣から――――水の大爆発が起こる。
下級ドラゴンは、悲鳴を上げた。
その箇所は、自身の肉が弾き飛んだのだから。
痛みにこれ以上無理なほど、いきり立つ下級ドラゴンは血走る目で、リガッティーを探す。
爆発の勢いで吹っ飛んだリガッティーは、素早く無属性の魔法防壁を発動して、自爆級の魔法の爆発の直撃から免れた。
魔法防壁とともに、後ろへと吹っ飛んだが、着地は問題ない。
剣先で水の爆発魔法を炸裂させたので、肉片とともに爆風を受けることは覚悟の上。
だがしかし。
「硬いですねぇ……」
かなりの威力を込めた水の爆発魔法。
思ったほどのダメージを与えられず、ムッと口を尖らせてしまう。
そんなリガッティーに怒り心頭な下級ドラゴンは、食らおうと頭突きとともに、地面にかじりついてが、そこにはもうリガッティーの姿はない。
「トロールが自己再生能力があるように、下級ドラゴンは身体を強化しているのは、本当だったのですね」
「あー、うん。鱗を剥がしても、肉が硬いのは、下級ドラゴンの魔力のせいだってさ。専門家が言うには、下級ドラゴンなりの身体強化らしい」
「専門家って、ルクトさんじゃないんですか?」
「オレは討伐専門家」
「同じでは?」
【テレポート】での移動。そして、壁に作った足場を駆けて、暴れる攻撃を避けていくリガッティー。
こうして、ルクトと話はするが、流石に息を切らしてきている。
休んで立ち止まってはいけない。
「トロールの心臓みたいに、自己再生能力を抽出したやり方で、出来たりするのかな?」
視界が真っ暗で動けない状態のルクトの呑気な疑問も、リガッティーはいつもの調子で相手をしてやる。
「身体強化をですか? 抽出をするには、やはり源を見付けないといけませんよ。さらにはッ。需要あるかどうかでは? ハァ」
トロールの心臓に自己再生能力から抽出が出来たため、新・治癒薬が出来上がった。
それと同じく、下級ドラゴンが身体強化をしている源を特定しないといけない。
しかし、例え、抽出を可能にしたところで、身体強化の薬は需要があるのか。
「そうだなー……自分で魔法をかけた方が早いもんなぁ。ドルドさんみたいに、極めなくても、大抵は十分か」
息を切らしているリガッティーのためだろうか、それは独り言のように呟いた。
「魔力によるものなら――――不可能だと思います、がねッ!!」
続いて、リガッティーが狙ったのは、ルクトが火傷させた首。
これもまた全力を込めた風の付与魔法で。
頭突きをかわした壁から飛び、後ろに回った位置で、火傷に向かって斬撃を放つ。
あまり、深手を負わせたとは思えないが、それでもダメージを受けて、下級ドラゴンは悲鳴を上げる。
「
「そっか。
リガッティーの報告を受けて、ルクトは一つ頷く。
水属性と火属性は、土属性と風属性よりは、ダメージが大きいと判断。
「あとは
「そこ突くの? りょーかい」
ルクトの三本目の武器召喚は、水属性の剣だ。
水の斬撃を放ち、直撃すれば水が爆発して、振り下ろした先に突き刺さる。
そのあとに、リガッティーが得意な雷属性を放つ。
経験の浅さを感じない戦法に、ルクトはククッと喉を鳴らして笑ってしまう。
そして、瞼を開いて、ルビー色の瞳に天井から差し込む陽射しを浴びる。
ギラリとした獰猛な光りを放つのは、その陽射しのせいではない。
下級ドラゴンの動きを確認してから、立ち上がると同時に、リガッティーの注文の水の武器召喚で剣を手にする。
ザブンと、水飛沫を放った水の剣。
躊躇なく、休むことなく動き続ける下級ドラゴンの背中に【テレポート】で降り立つ。
「行くぞッ!!」
声も力み、力強く、ルクトは穴が開いた傷に、水の剣を振り下ろす。
なかなか大きな穴で、かなりの威力で爆破したものだと感心した一方で、ルクトも負けていられないと闘争心を燃やした。
水の斬撃を一足早く放ち、叩き付ける。その直後に、直接の刃を叩き付けて、水の爆発を一点にぶつけた。
それだけでは終えない。
なんと言っても、数分はリガッティーに任せて、休んでいたのだ。
もう片方の手。左手に持っていた剣には、水魔法を付与。
同じく、水の爆発を放つ一振りをぶつける。
水魔法、三連打。
すぐにリガッティーが来るとわかり切っていたルクトは【テレポート】で前方に見えた壁際に移る。
予想通り、入れ替わるようにリガッティーが、迫った。
バチバチッ!!
槍のような形でありながら、巨大な雷の塊。
手を突くようにして、その雷魔法は大穴となった水でも濡れた傷口に激怒。
響いたのは、雷鳴か、悲鳴か。
両方が轟いたはずだが、キンッと鼓膜があまりの音量に震えてしまい、聞き取れなかった。
「うっわー。今の、【雷槍(らいやり)】?」
「いえ。その名の通り【雷大槍(らいおおやり)】ですよ」
つまりは、上位の魔法というわけだ。大魔法とも言い換えられる。
肉は焦げていて、骨も見えた大穴の傷。
もう一発、【雷大槍】を当てれば、内臓まで貫通出来るかもしれない。
「
「……はい」
かなりの息切れ。大ダメージによる負傷で、ガクガク震えては、少しよろめく下級ドラゴン。
瀕死な猛獣は、警戒を最大限に上げるべき。
これからは、傷口が広がろうとも、出血を増そうとも。
今までの比ではない暴れっぷりを見せる。
そう予想がついた。
絶叫が轟く。
先程よりは、マシな声量であっても、強烈に耳をつんざく。
その下級ドラゴンが、この場を回転しながら、暴れる。
同時に。
「「ッ!!」」
黒い刃が、翼の羽ばたきと同時に飛ぶ。それも無数だ。
回りながら、放たれる闇魔法。
ガリガリと壁に衝突する黒い刃。
壁の削り具合から、それほどの殺傷力はない。
だが、受ければ。
掠るだけでも。
視界は奪われる。その純黒の刃と同じく、黒一面となるのだ。
不規則に放たれる無数の刃を、のたうち回る下級ドラゴンの尻尾とともに、かわす。
二人で大穴を開けた傷は、下級ドラゴンの左肩の部分に近い背中。
そばに生えた翼が、次の攻撃を受けないように、せわしなく動かされる。
背中に乗ることも許さないと、大暴れ。
尻尾を叩き付け、黒の刃を叩き付けて、頭突きをする。
壁はだいぶ崩れてきて、さらに広くなった気までしてくるが、地面に転がる岩の残骸が積み上がると、どうだろうか。
それも、巨大な足が踏み潰すから、粉々だけではなく、へこむ。
一つの刃を避けて、壁に沿って走るが、その目の前にも来て、ザッと足で踏み留まって急停止して、接触を避ける。
土魔法で壁を地面から生やして、闇魔法を防ぐという凌ぎ方もあったのだが、愚策。
大暴れでグルグルと回っているくせに、それは躊躇なく狙って壊す。
リガッティーは、試しただけなので、その壊された壁の後ろにはいない。
ルクトも、宙で身体を横にねじって、刃と刃の間に入り込んで、間一髪でかわす。
魔法防壁は、一度が限界。
目に見えない魔法の壁は、一瞬にして真っ暗に染まる。解除しないと、術者にまで及ぶ闇魔法だ。
ルクトも、巨大な下級ドラゴンの動きと、あちらこちらに飛ぶ黒い刃に注意しつつ、リガッティーを目で追う。
ルクトが休んでいる間も、一人で戦い続けたリガッティーは、息が上がったままだ。
遠出の経験は今回が初めてのリガッティーは、体力が万全とは言えない。
初めての『ダンジョン』の進行で、何時間も身体を動かしてきたし、その疲労を持ったままのこの激戦。
危なければ、パッと闇魔法で相殺していくが、リガッティーの体力は削られ続ける一方だ。
なのに、負傷した巨大な下級ドラゴンの方が、体力が持つ。
体力勝負なら、下級ドラゴンの圧勝は、確定。
背中の大傷を狙いたいが、やはり翼がそれを許さない。
無理そうだ。
ペロッと、ルクトは自分の唇を舐めた。
「
ルクトの声に、リガッティーが反応して顔を上げたが、引き続き、かわしていく。
ルクトは魔法防壁で、一つの刃を防いだと同時に、右手に火の剣を武器召喚した。
「なッ!?」
リガッティーが絶句した声が、耳元に届く。
二つの属性の武器召喚。
リガッティーほど、器用でないが、ルクトはこれくらいなら出来る。
光と闇の属性が一番相性が最悪ならば、火と水の属性は二番目に相性は最悪だ。
光と闇ならば、あっという間に、闇は光に消される。
だが、水に弱い火は、そう簡単ではない。
消えないように、ルクトは維持する。その消耗は激しいのだから、こんな二刀流を、長時間はごめんだ。
ニヤッと片方の口角を吊り上げて、ルビー色の瞳をギラリと獰猛に光らせた。
ルクトが二本の武器召喚の剣を持って狙ったのは、首の火傷部分。
【テレポート】で接近。
右手の剣で、炎の斬撃を叩き付ければ、爆炎を上げた。
そして、左手の水の剣。衝撃でよろめいた首に、追い打ち。
水の斬撃を放つ。
その二連打は、全力投球だった。
爆炎を、水が鎮火する形となり、じゅわっと煙が上がる。そばにある顔がそれを浴びたため、下級ドラゴンの視界が悪くなった。
無差別的に放たれた黒い刃は、止む。
ブンブンと煙を振り払おうと、下級ドラゴンは顔を振り回す。
しかし、背中の傷はまだ警戒を解かず、翼を動かして近付けないようにしたままだ。
「……規格外最強冒険者」
やっと足を止める余裕が出来たリガッティーは、深く息をついてから、そう呟いた。
「前から思ってたけど、それって褒め言葉?」
「畏敬と畏怖の念を込めてます」
パッと、ルクトは水の剣を戻して、一息つくために、距離を置いて着地。
武器召喚を、同時に二本を扱うとは。
さらには、別属性。
またさらには、相性最悪属性。
負担が大きいが、やって退けることが凄い。
だから、畏敬と畏怖の念を込めての、規格外最強冒険者呼び。
実際、ルクトの負担は大きく、体力も消耗はした。
しかし、リガッティーよりも、体力はある。
これで、少しはリガッティーが休む暇を得た。
なんとか息を整えながら、リガッティーは大傷を見る。
絶対にまた攻撃を受けまいと、翼が阻んでいた。
邪魔なら翼を切り落としたいのだが、鱗の下もまた同じ硬い肉があるのだろう。そこも、一苦労。
部位破壊による障害を取り除くという遠回りより、隙を作っての追撃がいいに決まっている。
闇魔法の刃の雨が止んでいる隙に、案を。
そこで、リガッティーは閃いた。
フッ、と笑みを浮かべる。
「あ、悪い笑み」
「不敵な笑みと言ってください」
ルクトの面白がっている指摘に、ムッとするが、気を取り直して、不敵な笑みを浮かべたリガッティー。
そんなリガッティーを見て、ワクワクと笑みを深めているルクトには気付かない。
「何すんの?」
「ちょっとしたお試し」
甘い声で、リガッティーは楽しげに告げた。
しかし、声に反して、アメジスト色の瞳は、鋭利で妖しげな光りを宿す。
振り下げたリガッティーの右手に、魔法を発動させるための魔力が練られて込められた。
やっと首から立ち上る煙を取り除けた下級ドラゴンが、ギロリとリガッティーを睨んだと同時だ。
バッ!
右手が、真上に振り上げられるとともに。
ズンッ!!!
下級ドラゴンの真下の影から、純黒の柱が立ち上がった。
腹部を貫かれた下級ドラゴンが。
――――ガハッ!
と、苦しげな息を吐く。
貫かれたと言っても、外傷はない。
それでも、ダメージは与えられた。
「
えげつないッ!
と、ルクトは、闇属性の下級ドラゴンに対して、闇魔法をブチ放ったリガッティーに仰天した。
「同じ属性が効かないというタイプではないみたいなので」
リガッティーはよろめく下級ドラゴンを見て、気を良くして目を細めて笑みを深める。
「並じゃない強力な闇魔法をぶつけます。――――自信、あるので」
一番極めている闇属性の魔法も、ちゃんとダメージを与えられたことが確認が出来た。
ご機嫌な弾んだ声。
ルクトはゾクリと興奮で緩む口元を、奥歯を噛み締めて堪える。
耳から頭の中に響くような声。堪らない。
圧倒的強者の笑みを浮かべる笑み。堪らない。
「リガッティーの格上を見せつけるところ、すんげぇー好き」
「……私って見下している性悪ってことですか?」
「んーん。正真正銘、格上だって事実を見せてるだけ。優しー」
「どんな優しさですか」
気高い身分らしい姿勢。そして強者らしい力。
格上を見せつけるのは、優しい。
現実を見せてやっているのだ。
もちろん。
格上を見せつけられる相手に対しての。
「今のは、衝撃を与えるだけですが、隙は十分ですね。闇、水、雷。行けます?」
「りょーかい♪」
もう一度、リガッティーが内部だけに衝撃を与える強力な闇魔法を行使。
怯んだ隙に、もう一度、ルクトが武器召喚の水の剣で、大傷に三連打。
そして、リガッティーの雷で、ズドンッといく。
リガッティーに負担が大きいが、本人からリクエスト。
リガッティーが本気で魔法を放てるなら、乗ってやるべきだ。
ルクトが承諾したのだが。
ズバッ!
格段と勢いをつけた回転をした下級ドラゴン。
尻尾が、翼が、大きな刃のように広間を回転。
壁に、大ダメージ。
足場として作り出した岩も、ボロボロと落ちていく。
上から降ってくる岩に注意しながら、狂ったように回転を続ける下級ドラゴンを避けるより、攻撃範囲ではない避難した方がいい。
落ちてくる破片や飛ばされる破片までは、小さすぎて避け切れなかった。
小さくても、下手な当たり方をすれば、チクリと肌を傷付けられる。
リガッティーは右のふくらはぎ部分を。
ルクトは左頬を。
傷を作って、少し血を垂らした。
下にいては、無駄な傷を受けるだけ。
そう思い、リガッティーは【テレポート】で、かなり高い位置へ移動。
壁にブーツを引っ掛けるとともに、土魔法で突き出させてまともな足場にする。
「地面じゃないと、アレは出来ないんですけど」
「だな。違う攻め方を考えないと」
リガッティーは下に集中しつつ、チラッと陽射しが差し込む穴の開いた天井を一瞥。
影を媒体にしていく闇魔法だ。影のある地面がいい。
リガッティーの今いる陽射しのそばでは、やるだけ無駄。
闇魔法のその特徴についてよく理解しているルクトも、下級ドラゴンを見下ろす位置で、考えた。
上から見下ろしてはいるが、今背中に乗るのは無謀。
攻撃は上手く当たらず、振り下ろされるのがオチだ。
他の攻め方。
動きを止める隙を作るという目的は、変わらない。
「ルクトさん。
「えっ?」
急な言葉に素っ頓狂な声を上げて、ルクトさんは顔を跳ねるように上げた。
「
【闇のナイフ】とは、切った部分を、切り落とされたかのように、感覚を遮断させて無にする魔法。
ナイフだけあって、それは小さな刃でしかなかったはず。
それをあの巨体の首に試す?
よくわからないが、リガッティーも考えあってのこと。
それに、リガッティーにカバーを頼まれている。
救出、か。
どちらかといえば、自分が無茶する側だと思っていたので、ムズムズする。
「おう。任せろ、相棒」
あの首を狙ってナイフを振り下ろすのだ。
そのリガッティーを【テレポート】で回収するだけ。状況次第では、結界の魔法を使えばいい。
「任せました、相棒」
リガッティーの声に頷く。
ルクトは、下級ドラゴンの首を見張った。
リガッティーが現れる、その付近を。
いつでも、飛び出せるように、構えた。
リガッティーは、すぅーっと深く息を吸い込んだ。
【闇のナイフ】で、首を切る。
何かに、やったことはない。
黒い刃が通過すれば、部位が小さい方が、神経も感覚も途絶えて、無になる。
効けば、脳内は停止。身体の動きだって、止まるはず。
ふぅーっと深く息を吐いたリガッティーは、右手の剣に【闇のナイフ】を付与した状態にした。
通常、闇魔法で生み出したナイフの形をした【闇のナイフ】を、リガッティーの魔力操作で無理矢理、手にした剣にまとわせたのだ。
膨大な魔力の消費。維持は、長く出来ない。
やるなら、一瞬のみ。
尖らせた集中で狙い定めた首元に【テレポート】し、目の前の首を左から振り翳した剣を、右へ振った。
付与した【闇のナイフ】を放ちながら。
暴れていた勢いは、急停止。
効いた。
切られたトカゲの尻尾のように、身体は動きはするが、頭は地面に落下した。
その揺れで、首の棘を掴み損ねたリガッティーも、転げ落ちる。
愕然としているルクトと、目が合った。
まさかの無理矢理の付与で斬撃化するとは、驚愕の技だ。
しかし、隙が出来た。いや、相手を動けなくさせたのだ。もう追い詰めたようなもの。
リガッティーの目配せを受けて、ルクトはトドメを引き受けた。
リガッティーが受け身を取って地面に転がっている間に、火の剣を大傷に突っ込んだ。
烈火の爆炎を引き起こして、熱風を浴びても、ルクトは怯まなかった。
火力全開で、ありったけの魔力を追加投入して――――大爆発。
心臓まで、爆撃を与えた。
見苦しくピクピクと震えていた首下の身体は、ばたりと地面に落ちる。
ルクトが息の根を止めた下級ドラゴンの背中から、リガッティーを見た。
ルクトが仕留めると手放しで信じていたリガッティーは、絶命をロクに確認もせず、地面に座り込んだ。
ハァーっと息を吐いて、呼吸を整えつつ、両足は投げ出すように伸ばして、両手は後ろの方につく。
そんな貴族令嬢らしかぬ座った姿勢のまま、ルクトをじっとアメジスト色の瞳で見上げた。
「かっこいいです、ルクトさんっ」
こてん、と首を傾けて、可愛らしい笑みを見せたリガッティー。
その愛らしさが胸に衝撃を与えるから、ルクトは思わず左手で押さえた。
可愛いっ!
初めて言葉を交わした時と同じだ。
惚れ惚れするかっこいいご令嬢が、ひょっこりと可愛い笑みで目の前に現れたあの時。
とんでもない技で、動きを封じて見せたかっこいい女冒険者。
編んでやった三つ編みはところどころほつれているし、わざと垂らしたサイドの髪なんて、変にはねている箇所がある。
砂埃だらけで、ボロッとした格好。お互い様なのだ。
それでも、本当に可愛い。口元を緩めて笑いかける恋人は、ひたすら愛らしい。
恋人贔屓をしても、事実、美少女のリガッティーは可愛いのだ。
初めて会った時みたいに呆けていないで、こちらも褒め言葉を返さないといけない。
リガッティーが可愛い。本心をそのまま、言葉にして伝える。
「ルクトさん。私は――――
先に言葉を伝えたのは、リガッティーだった。
ルクトさんは、開きかけた口を止める。
「ランクアップのどうのこうの話は置いといてくださいよ、前に言った時もそうですし、順序がありますので」
先回りして、リガッティーは釘をさすが、それでも話は変わらない。
「ルクトさんと、ちゃんと肩を並べる冒険者の相棒にもなります」
ドクン、と脈打つ熱を、胸の中に感じた。
「あなたの隣は私のものですし、ルクトさんについていけるのも、私だけなのですからね」
冗談まがいに笑いかける彼女が、愛らしい。
また、ドクン、と脈打つ熱を感じた。
目の奥が、熱くなる。
「これからも経験を積んでいき、ランクアップもしていき、それで、堂々とルクトさんの冒険者の相棒としても、隣に立ちますから。ちゃんとその許可も、断固として譲らずに、もぎ取ります!」
ドクン、と胸の中の熱が響く。
「だから、これから先も、楽しい冒険を私と一緒にして、生きて行きましょうね」
歪む視界の先へ、ルクトさんは【テレポート】した。
リガッティーの真後ろ。
振り返ると同時に、リガッティーを掴み上げて、引き寄せた。
両腕で抱き締めて、そのまま、ポスンと腰を落とす。
「えっ、ル」
「オレの隣は、リガッティーのものだから――――相棒だって、リガッティーだけだよ」
堪え切れなかった涙が零れて、ルクトさんはリガッティーの方に顔を押し付けた。
声は震えないように、その言葉を伝えたというのに。
「え、と……泣いてます?」
リガッティーの肩に落ちた涙。ジャケットに染み付いたとは、考えにくい。
もしかしたら、ポトリと音が鳴ったのを、そばにある右耳が拾ったのかも。
それとも、泣いていることが丸わかりなほど、声は思った以上に震えているかもしれない。
「泣いてない……と、言ったら、嘘……」
「正直」
「リガッティーに嘘は嫌」
白状したのなら、スンと遠慮なく鼻を啜る。
「言質とったからね?」
「あ、はい」
「ランクアップもして」
「ええ、もちろん」
「ランクも並べる」
「はい」
「最速記録で」
「それは違います」
「……むぅ」
リガッティーならば、ルクトの最速ランクアップなど超えるだろうに。
その言質はとれなかったが、ちゃんと肩を並べるようなランクアップを約束してくれたのだ。
たぶん、せめてAランク冒険者になるという話だろう。
まぁ、先ずはAランクアップだ。
むぎゅーっと締め付けるリガッティーの細い身体を、両腕に閉じ込めるだけでは足りない。
涙を零すほどの昂ぶりをどう収めよう。
昨日だって、嬉しさのあまり泣きそうになった。
想像よりも強く、リガッティーが自分を想ってくれている告白。
「――――幸せすぎ……」
きっと、色々込み上がっているせいだろう。
突然の強敵と遭遇、相棒とともに連係プレーを繰り返しての激戦で、勝利した。
大物をともに仕留めた達成感。勝利の爽快感。闘争心の興奮が収まらないうちに。
愛おしい伴侶からの胸を打つ言葉。
ともに戦えた喜びも、ちゃんと肩を並べる相棒となる約束も、堪らなく幸福感を溢れさせる。
泣き顔なんて見られないようにきつく閉じ込めてはいたが、ルクトは顔を上げて、真横のリガッティーの頬に唇を重ねた。
びくり、とリガッティーが固まったのがわかる。
それでも、また唇を押し付けた。
頬に、こめかみに、髪に。
「ちょっ、ルクト、さッ……! 汚れ! 汚れッ!」
「今更だし、お互い様」
「も、もうっ!!」
本当に今更ながら汚れを気にしてジタバタと足を上げたリガッティーに、抵抗は無駄だと腕に力を込めて伝える。
耳まで真っ赤にしているリガッティーは、もう両手で顔を覆っていた。
単純に恥ずかしくて押さえているのだろか、それとも先読みされてしまい、隠されたのだろうか。
唇に唇を重ねたい。
愛おしい人への愛情表現。
じっと物欲しげに見つめるが、いきなりはだめ、の言葉を思い出して、諦めることにした。
譲歩として、また色白で赤みが目立つ頬に、唇を重ねる。
またもう一度、ちゅっとリップ音を鳴らす。
「っ~~~!」
「ふふ……可愛い。好き」
さらに真っ赤になった気がしたリガッティーの耳に、唇を押し付ける。
「ひゃんっ」と、甲高い小さな悲鳴を零して、震え上がった。
なんだか違う反応だと不思議になり、唇で触れたまま、その右耳に尋ねた。
「耳?」
「ひやあ! だめです!! もうだめですから!!」
もう限界だと悲鳴を上げては、またジタバタするリガッティー。
……なるほど。把握した。
ルクトは「はいはい」と、もうやめてやることにする。
でも、解放する気はなく、すりすりと頭を擦り付けては首元に顔を埋める形のまま、抱き締め続けた。
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