53 相棒と挑む災害級の強敵。(三人称視点)




 ――――ドラゴン。


 幻獣の一種であり、その中でも頂点。

 いや、恐らく。いや、絶対に。

 生き物の頂点に君臨する存在だ。



 最強種族。



 黒い鱗でまだら模様な背中をしているが、全体的にグレーの身体のようだ。

 ごつごつした顔は、両頬の輪郭に沿って、後ろに二本の角(つの)が伸びている。角張った頬。突き出ている顎とともに、凶悪な三角牙がずらりと並ぶ口元を、目立たせているようだ。

 長い首の後ろは、後頭部のトサカとは違うように見えるけれど、トゲトゲした棘が並んでいることに変わりない。


 カッと見開いた瞳は、先程発掘した『うつろい琥珀石』と似た色であっても、縦長の黒い瞳孔は、狂暴さしか表していなかった。見惚れるなんて、ましてや綺麗とも思わない。それが、ギロリと睨み下ろしてくるなおさらだ。


 足は四本のはず。観察している暇などない。睨み下ろしてくる目から、視線を外せない。外していいわけがなかった。


 この洞窟を這い回れるように折りたたんだ翼は、コウモリによく似た翼だろう。あるいは、鱗に覆われた鋭利とも言える翼かもしれない。先端に、角(つの)にも似た尖った部位が、視界の隅に入った。



 そうだ。洞窟。


 どうして、洞窟にドラゴンがいるのだ。


 まだ王国の真ん中と位置付けられる『元鉱山のうつろいダンジョン』に、いるだなんて聞いたことなんてない。

 こんな近所に、ドラゴンが出没したことも、聞いたことはない。

 せいぜい王国の最果ての街どころか村一つもない山奥に、出没して討伐されたくらいだろう。



 だいたい、こんな元鉱山の『ダンジョン』に、何故這いずり回っているのだ。

 山の中に巣を作っても、入り組んだ洞窟には棲まないはず。ここのような広々とした穴を開けて、鳥のように巣を作って丸まって眠る。


 しかし、ここでは、それに当てはまらない。


 寝るスペースがあっても、飛び立つ穴がないじゃないか。

 どこから入り込んだかはわからないが、現在地になる広間の頭上の穴では、そのドラゴンが飛び立つのは、無理だろう。 

 あの頭が、せいぜい入るくらいの大きさ。

 翼を一度畳んで、這い上がろうとも、無理だ。



 それほどまでに、目の前のドラゴンは巨大だった。



 迫力は、圧巻。

 もしも、はく製か何かだとしても、その大きさだけで、気圧されただろう。


 しかし、相手は獰猛な生き物。

 威圧感が、押し潰してくる。


 さらには、いきり立っているようで、さらに口元を吊り上げての威嚇だろう。

 鼻息は荒い。フシューッと、吐き出される息の音がする。


 完全なる敵とみなしての様子で、リガッティーとルクトは睨まれた。



 心当たりは、一つだ。


 洞窟探索の魔導道具で、マップを作り出すために、特殊な波動を放って周辺の把握をした。

 その特徴な波動を放った直後に、駆け付けたのだ。

 特徴な波動は、一瞬、感じ取れるものではあった。しかし、たった一回ならば、気のせいで済む程度の異変を感じるだけ。


 そんな、たった一回。

 たった一回で感じ取った波動は、たいそう気に入らなかったのだろう。


 放たれた方向に一直線に駆けてきては、発信源に辿り着き、こうして睨み下ろしているのだ。



 ぐるる、と唸る声が長い喉の中で震えているかもしれない。



 今までで、一番の強敵。

 むしろ、これ以上の強敵など、リガッティーは遭遇しないのではないだろうか。


 以前、ルクトと話した。

 冷静を吹き飛ばすような強敵と不意打ちの遭遇した時の反応。


 それが、今のことだろう。


 動けない。

 動け、と頭だって身体に指示しないほどに、動転していて、硬直していた。


 圧倒的に最強な猛獣の前で、無防備に立ち尽くすなんて。

 食べられることを待っているようなもの。


 一飲みだって可能なほどの凶悪なあの口で、食べられる。



 極限状態の緊張で、無意識に息を呑もうとした。

 しかし、それも出来ない。

 動けないからではなく、ただ、そんな息を呑む音で、刺激してはいけないと思ったからだ。


 恐怖で、縛り付けられている。

 強者が立ちはだかる恐怖。


 ――――怖い。



 いつまでも対峙する時間が続きそうな空気ではあったが、動いた。


 ルクトが【テレポート】を行使して、リガッティーから離れたのだ。


 左奥の壁に突き出した岩に移動したことにより、ドラゴンはそちらに顔を向けた。

 動けないリガッティーのためにも、ドラゴンの気を逸らしたのだ。


 自分は百戦錬磨で、唐突の強敵との遭遇は何度も乗り越えてきた。

 だが、経験の浅いリガッティーにとっては、初めて。

 そうでなくても――――


 こんな強敵に出くわしてたまるものか。

 ルクトでさえ、そう思ってしまう相手だった。


 10体もの下級ドラゴンを討伐して来たが、これほどまでに巨大なドラゴンには、初めて遭遇したのだ。


 事前情報を持って、準備を備えての討伐に向かったとしても、この巨大さに一瞬は唖然となってしまっただろう。


 リガッティーのためにも、動けと身体にムチ打ったルクトは、剣先を突き付けた。



「――名乗っていただこう! ! 何故こんなところにいる!?」



 絶望的だという可能性であっても、確認しなければいけない。


 ここまで巨大ならば、ドラゴン。否、上級ドラゴンという可能性がある。



 上級ドラゴン。

 下級ドラゴン。



 大雑把に分けて呼んでいるが、下級ドラゴンはただの猛獣だ。凶暴であって、1体だけでも街を滅ぼせる巨体。ただ単に、ドラゴンの姿をしているだけの生き物。

 そうは言っても、結局は強い。最強種族の姿であって、手強いのだ。


 上級ドラゴンの方は、知能が高く理性的。

 全知全能とさえ思える知識を持っているドラゴンもいて、中には『星創世記』の時代から生きていると語るドラゴンがいるという話もあるし、人々の争いを諭して止めたという伝説も持つ。


 かの昔。ただの猛獣と、知能のある彼らは、同じくドラゴンと呼ばれてはいるが、他に名称はないかと尋ねた者がいたらしい。

 どんな名称がいいか尋ねても、なんでもいい。そう答えたとのこと。


 だから、今も大雑把に、知能が高くて人と意思の疎通が出来るドラゴンは、上級ドラゴン。

 暴れ回って貪り食うのは、下級ドラゴン。


 そう分けてはいるが、誰でも、ただの猛獣と同じようには呼ばれて、いい気はしない。



 上級ドラゴンは、ドラゴン。

 そう簡潔に呼んでもいい。

 。それは、を差す。



 逆に、は、だ。

 ドラゴンとは異なるという意味で込めて、省略せずに、下級ドラゴンと呼ぶ。

 必ず、下級ドラゴン。そう呼ぶことで、ただの猛獣だと指し示す。



 上級ドラゴンへ礼儀を払うためにも、、だなんて問いはしない。



 ドラゴンだという前提で、尋ねて確認をするべき。


 名前を名乗れば。

 あるいは、人にわかる言葉で返答をすれば。

 相手は、話し合いで解決出来る上級ドラゴンだ。



 そう。話し合いで解決だ。

 こんな洞窟で、こんな最強種族と出くわすなんて、頭も真っ白になる激震の驚愕。

 上級ドラゴンが何らかの事情で『ダンジョン』に這い回っていて、先程のマップ読み込みの特殊な波動が気に障っただけ。


 リガッティーは、僅かな戦闘回避の可能性で、身体の硬直を解いた。

 でも、本当に、絶望的なほどの小さな小さな可能性だ。

 そんな都合よすぎる可能性なんてあるわけがないと、ルクトとともに思っていた。


 だから、手汗の酷い手で、剣の柄をきつく握り直す。




 ――――ギィオオオオオォオオオオオオッ!!!




 グルグルッと唸ってルクトを睨み付けたあと、顔を真上に上げて、怒りの咆哮を響かせる。

 ビシビシと肌をはたいてくるような鳴き声の中、顔をしかめた。



 

 


 相手は、下級ドラゴンだ!


 それもとんでもないほどの巨大な下級ドラゴン!



 咆哮で僅かな可能性は掻き消されて、戦闘をしなければいけない選択肢だけが残された。


 左耳のそばの空気が熱くなったため、リガッティーは素早く人差し指で弾く。

 そうでなくても、自分から魔力を込めて、作動させるつもりだった。


 今日初めて、距離を取ったルクトと、通信を繋げる。



「チッ! 倒すぞ!!」

「はいっ!!」


 いきり立つ下級ドラゴンの鳴き声に阻まれることなく、互いの声は通信具のおかげで届く。



 ルクトが悪態をついてしまうのも仕方がない。しょうがないのだ。


 戦闘が避けられない。


 どういう経緯で、こんな巨大な下級ドラゴンが、ここまで来たのかはわからないが、放置していい猛獣ではないのだ。


 通常サイズの下級ドラゴンでも、街を一つ壊滅に追いやれる。



 こんな場所から、這い出て飛んでみろ。



 王都なんて、あっという間だ。ひとっ飛びで到着した王都の王城に留まる下級ドラゴン。

 王国の終わりでも象徴しているみたいな光景だ。


 王都なら冒険者も多くいるし、王室にも魔術師と騎士の精鋭だっている。だが、討伐が出来ても、それまで王都が無傷にいられるわけがない。

 特に万が一にも、舞い降りられた王城は、最悪、半壊するほどの被害を受けかねないのだ。


 王都を直撃しかねない災害。



 ここで討伐。それ以外の選択肢はない。



 不幸中の幸いにも、洞窟の中だからこそ、大魔法を放ってのどデカい穴を開けたりしなければ、頭上から飛び去られることはないだろう。

 移動するにも、やってきた方の穴から這い出るのがやっとだ。完全ではなくても、下級ドラゴンの退路はない。


 翼も満足に広げられない広間で、身動きはそう激しく出来ないはず。


 そこで挟み撃ちで、仕留める。


「先ずは、!」

、行きます!」


 逃がさないことを頭に入れつつ、戦いを始めた。


 属性。下級ドラゴンも、個体別で属性が異なる。

 だから、探らなければいけない。


 幻獣は、魔法を使う。

 身を守り、そして攻撃する魔法。

 属性をはっきりさせれば、使われるであろう魔法を対策や対応が出来るし、弱点だって予想がつける。


 弱点が全く予想不可能で、どんな地にいようがどんな姿だろうが、ランダムなスライムよりも、当てることは簡単なはず。



 遭遇した強敵は、素早く属性を把握し、突くべき弱点を見極めるべきだ。



 さもなければ、仕留められるのは、こちらになる。



 先手のリガッティーは、水属性の魔法を発動。

 頭上に巨大ドリルのように渦巻き、鋭利に先端を尖らせた水の塊を三つ。それを表面だけを凍らせることで、より鋭利に武装。

 下級ドラゴンの身体が覆う鱗の硬さを甘く見ないで、最大限の貫通力を持って、放つ。


 指揮棒のように剣を振って、三つ同時に放つ。

 下級ドラゴンの背中にぶつかる。

 鋭利な武装な氷が砕けても、激しく渦巻く水が、抉ろうとした。


 最大限の大技級な魔法を使っただけある。

 否、こんな巨大すぎる下級ドラゴンなのだ。

 一撃必殺の爆撃の魔法を全力でぶつけて、消滅ぐらいしたって構わない。

 だが、ここは洞窟の中。派手な魔法で、天井が崩れては、リガッティーとルクトは生き埋めだ。


 おかげで、鱗が剥がれて、多少は肉を削った。


 しかし、巨体のせいか、軽傷にしか見えない。

 それでも、痛みはあるわけで、また耳を塞ぎたい咆哮が放たれて、左の翼を振って、リガッティーに反撃。

 ザッと、軌道を見極めて、左足を伸ばして右足を負った態勢で、屈んでかわす。



「どうです!?」

「イマイチ! あんな魔法で、あれしきのダメージじゃあだ!」



 頭上をスイングした翼が通過する間に、ルクトに尋ねた。

 答えは、水属性の魔法は弱点とは言えないということ。


 下級ドラゴンに戦い慣れたルクトが言うのだ。さらに、リガッティーの魔法はかなり高評価をしている。

 リガッティー自身も最大力で放った。

 それで、イマイチという具合のダメージ。


 ダメージを与えられたとはいえ、やはり効果的な弱点属性ではない。



「オレは、火!」



 ルクトも、出し惜しみなどしなかった。

 手にしていた常備装備の剣など予備動作なしに【収納】の中へと手放して、腕を一振りして炎の花びらを舞い散らして、火属性の剣を武器召喚。


 魔力を乗せて、火の刃による斬撃を放つ。全力だ。


 それだけで満足することなく、壁を蹴って足元に風魔法の渦で加速。


 火の斬撃を当てた首に、突撃の勢いで、直接切り込む。


 焼き切った鱗の奥を切ったが、ルクトはすぐに気付く。



「浅すぎッ! だ!!」



 もがき暴れた下級ドラゴンが首を振り、頭突きを振り落としてきたが、ルクトは【テレポート】でまた壁際まで移動して、距離を取る。

 そして、火属性もまた、弱点属性ではないと、リガッティーに教えた。


 下級ドラゴンの背後に位置したため、尻尾が叩き落される。しかし、狙ってのことではなく、暴れただけの一振り。

 だとしても、当たれば、ひとたまりもない。

 衝突した壁は軽く粉砕されて、岩がドタドタと落下。

 ルクトは障害にならなかったため、横で岩が転がっても、無駄に動かなかった。



 斬撃とともに火傷をした首が相当痛むのか、首を曲げて、前足で触れようとする下級ドラゴン。

 その前に、その攻撃をしたルクトではなく、リガッティーが目に入ったため、がぶりと噛み付いてきた。


 リガッティーは【テレポート】でかわし、岩壁に足をつけて、土魔法で操り、ボコボコと足場を作り上げて、上へ上へと登っていく。

 追いかける下級ドラゴンが頭突きをしたが、リガッティーの移動スピードの方が上回っているため、掠りもしない。


 狙いを的確に定められたのは、リガッティーの方。


 方向転換して、壁に頭突きした下級ドラゴンの上に着地。


 そして前方の壁から、ズドンッと岩を突き出させた。下級ドラゴンに匹敵する大きさの岩が、正面衝突。

 下級ドラゴンの頭突きで陥没する強度では意味がない。もちろん、魔法による強化を込めた。


 リガッティーは、追撃をする。強度を上げても、衝突によって散らばる岩の破片を、全て足元に集めた。鋭利に、素早く、集結させた岩の破片は、下級ドラゴンの顔に衝突していく。


 だが。


「!?」


 足元の下級ドラゴンの顔に、岩なんて突き刺さっていない。傷がついているようには見えなかった。

 受けたのは、せいぜい衝撃だったのか、ぶるっと顔を振る。


 得意属性とは言わなくても、十分扱えていた土魔法の全力では、この程度か。


 顔をしかめたリガッティーは、振り落とされないように踏ん張っていたが、下級ドラゴンはどうしても頭の上から退かしたかったのだろう。あえて、壁に頭突きをして、リガッティーを潰そうとした。


 仕方なく、直前で後頭部を蹴って、後ろへ舞うように飛ぶ上がる。


 それを読んでいたのか、本能的だったのか。

 下級ドラゴンの片翼が、一回転する前の宙のリガッティーに向かって、ぶつけられた。



   ドガッ!



 衝突により、反対側へと吹っ飛ばされて、低い位置の壁に叩き付けられた。


「リガッティー!!」


 助けが間に合わなかったルクトが、名前を叫ぶ。


「っ! 大丈夫です! 土、だめでした!!」


 すぐに砂埃が立つそこから、落ちてきた壁の小さな破片を払い退けたリガッティーが、立ち上げる。


 咄嗟に、魔力障壁で、衝突によるダメージを最小限に抑えた。

 直撃を避けたのだけれど、吹き飛ばされて叩き付けられた衝撃は身体に、ジンと鈍く広がるが、痛がって休んでいる暇などない。



「んじゃあ、風と行くか!」



 火の剣を引っ込めてルクトは、常備の剣に切り替えた。

 なるべく上から、落下の勢いで攻撃力を増した風の刃の雨を降らす気だったのだ。


 突き出た壁の岩に飛び上がった時だ。



 地面にいたリガッティーは、いち早く気付いた。


 下級ドラゴンの影が、さらに濃くなったのだ。

 純黒のように――――。


 その現象は、よく知っている。

 肌でも、それを感じ取った。


 口を開いて。



ッ!!」



 声を上げたと、ほぼ同時だ。


 放たれた黒を浴びる。



 咄嗟に、リガッティーは自分の闇魔法をぶつけて、相殺。

 下級ドラゴンから、闇魔法が放たれたのだ。


 だから、力技だった。同じ闇魔法を力一杯にぶつけて、その闇魔法の効果を、受けることを防いだ。



「ぐッ! 目がやられた!!」



 ルクトが目元を剣を持っていない左腕で擦るが、よくはならない。


 視界を奪う闇魔法だ。今のルクトには、一面の黒しか見えない。


 無駄だとわかっていても、視界を戻そうと、目元を擦ってしまう。



!! !」



 リガッティーの声のその声を聞き、ルクトは躊躇なく従った。


 右に身体を倒して、ヒュッと落下。

 しっかり受け身のために身を丸めて、地面に落ちたダメージを軽減。


 真っ黒な視界で見えやしないが、【探索】魔法による気配で、ルクトは危うく攻撃を受けただろう動きが、ぼんやりではあるがわかった。


 落ちた先は、壁と地面から盛り上がった岩の間だろうか。


 パラパラと削れた岩の破片が降ってこようが、ここは安全だ。



 そのまま、突っ立ていれば、よくて、尻尾か翼に叩き潰される。悪くて、がぶりっ、だ。

 咄嗟に、結界の類の魔法を使って身を守っても、あんな凶悪な牙と顎では、ルクトが生み出す結界の強度は心許ない。最悪、結界ごと、ゴクリ。


 【探索】魔法を頼りにするなんて、限界がある。範囲内の気配を感じ取る魔法であって、暗闇の中の敵の動きを、ためのものではない。



 リガッティーがいてよかったと、つい、安堵の息を短く吐く。


 この闇魔法は、一時的に視界を奪うもの。

 その一時的の間で、食べるには十分だ。


 光魔法でもなければ、この闇魔法を即時に解く方法はないに等しい。



 自分に避難の指示が出来たリガッティーは、闇魔法を相殺して視界を奪われることを防いだのだと、ルクトは現状を理解した。



、闇魔法ですか!」


 耳飾りの通信具から、頭に響くように聞こえたリガッティーが、笑うしかないといった風に声を上げる。


「ホントだよな!」


 参ったとルクトは左手で、自分の額を押さえて、闇が晴れることをじっと待った。


 暴れ回っている下級ドラゴンの騒音からして、リガッティーがかわしているとはわかる。

 目にすることも出来ないため、ルクトはドクドクと嫌な心臓の動きで、不安を増幅させた。


 リガッティーがそう簡単に負けるわけがないという自信はあれど、相棒なのだから、心配して当然。


 ましてや、昨日恋人になったばかりの伴侶なのだから、心配しないなんて、無理な話だ。


 そして、さっきは攻撃を受けてしまっていた。



 リガッティーが、初めて受けた攻撃。

 どれほどのダメージを負った? 動揺は、どれほどだ?



 経験の浅いリガッティーを、指導者としても、心配する。


 そもそも、こんな戦闘は、ルクト自身が、あり得ないと叫びたいほどの想定外の遭遇。


 去年の夏の下級ドラゴンの番(つがい)など、比較にならない。


 衝撃で呼吸まで止まっての硬直をした。

 また下級ドラゴンの番(つがい)の時のように、敵が動くまで、硬直が解かれることなく、睨まれたまま動けなかったかもしれない。



 視界の隅にあったリガッティーの姿がなければ――――。



 同じく固まっていたリガッティーのためにも。

 戦闘が経験豊富な自分が。

 先に動いて、戦闘を始めないといけない。


 そう心の中で叱咤して、身体を無理矢理動かした。


 そんなリガッティーの姿が、ない。

 見えないのは、かなり不安だ。情けないほどに不安で、どうにかなりそう。



「闇を相手したのは、ヴァンデスさんでしたね」

「ああ! オレは初めて!」

「希少ですからね!」


 ルクトが討伐した10体の下級ドラゴンの中に、闇属性持ちはいなかった。

 ヴァンデスの方が、1体の闇魔法の下級ドラゴンと戦った経験がある。



「まったく。仕方ありませんねぇ」



 リガッティーの声に、恐怖なんてない。

 ルクトには、わかった。


「弱点は、光属性。こちらにはありませんから――――」


 そう。希少な闇属性を持っているだけで、極端に弱い光属性が弱点なのだ。


 だが、ルクトとリガッティーは、その希少な闇属性持ち。

 弱点の光属性を持っていない。さらなる希少だ。

 さらには。

 闇と光。

 両方の属性持ちなんぞ、存在はしないのだ。


 ルクトとリガッティーは、この下級ドラゴンの弱点を突く属性攻撃を持っていない。



「――――!」



 ――――

 効果覿面な属性の攻撃がなくても、ダメージは与えられた。


 攻撃は可能。戦闘は続行。

 弱点を突く攻撃は諦め、闇魔法による妨害に警戒し、そしてひたすら攻撃していく。それがだけのこと。



 安易に笑みを浮かべていると想像が出来るほど、リガッティーの声が弾んでいる。



 ゾクゾクッ、と不安が、興奮に変わったルクト。


 今まで、ほぼほぼ瞬殺の戦闘をしてきたリガッティーは、長期戦を覚悟して、巨大な下級ドラゴンに挑む。


 せめて、経験を積んでから、そしてAランク冒険者並みの実力として胸を張ってもらおうと、思っていた。


 そんなリガッティーが、Aランクになる冒険者が倒さなければいけない、下級ドラゴンと戦っている。


 ルクトという強力な味方なしでも、対峙しているのだ。



 さらには、この弾んだ声。



 好戦的な笑みを浮かべているに違いない。

 にこやかな笑みを張り付けているわけじゃないだろう。


 そこにいるのは、ではない。



 



 逆に獲物を見るように獰猛な目をギラつかせて、強敵を見張る。

 口元は、高揚で吊り上がるのだ。

 強敵との戦いで、思う存分、力を振るうという自由。

 そして、勝利の達成感を掴み取るまで、奮い立たせる好戦的な笑み。


 自分がそうであるように。



 ルクトは早く、この視界が晴れることを願った。



「だな! ボコボコにしてやるか!」



 そんなリガッティーを見てみたい。


 自分の隣にいてほしい相棒。

 生涯ただ一人の伴侶。



 ともに冒険して、ともに戦う――――愛おしい恋人の姿。



 焼き付けるように、この目で見たい!



 

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